52 シークレットクエスト③[王都]

 霊峰ミトラス。その麓の入口に今俺はいる。


 聖霊島に渡る方法を聞こうと王都のミトラス大神殿を訪ね、マルソー大神殿長に相談したところ、


「なんと! 伝承『レシピ』を手に入れられましたか。それは僥倖です。島へ渡る船はこちらで手配致しましょう。是非とも『神の啓示』を現して頂きたいものです」


 といって、協力してくれることになった。


 やはりクエストだからかな。こういうところは順調にいく。


 そして、神殿の手配してくれた船で島へ。


 大祭礼の時とは違い、入山の祈りをすれば黙々と登っても構わないそうなので、早速登り始めた。


 1人だと、登山道がとても長く感じる。


 そうだ。こんな時こそ、妖精2人を出せばいいじゃないか。最近、厨房でしか出してなかったし。たまには外の空気も吸わせてあげたい。


 屋外は久しぶりだろう。忙しくて時間がなかったんだ。悪かったな。


 ……なにキョロキョロしてるんだ? 何か珍しいものでもあるのか?


 えっ?


 お腹が空いた? おやつくれ?


 まだ登り始めたばかりなんだが。途中で休憩するから、その時でいいんじゃないか?


 お腹が空いて……力が出ない。


 このままじゃ、山登りなんてとても無理?


 ………仕方ない。


 移動しながら食べるなら……クッキーでいいよな?


 プリン?


 それはダメだ。クッキーで我慢しておくように。


 そして、ポリポリクッキーを囓る妖精たちは、最初は自力で飛んでいた。


 メレンゲは自前の羽で。


 爺はそりに乗って。


 でもクッキーを食べ終わると、きっと面倒くさくなったんだろう、俺の肩や頭に乗ってきた。


 もしかして、うちの妖精、2人ともインドア派なのか? 楽ちんそうにくつろぐメレンゲを頭に、いつものように悪ーい顔をした爺を肩に乗せながら、俺はひたすら頂上まで登り続けた。


 *


 ふぅ。ようやく山頂に到着した。相変わらずここは見晴らしがいい。


 転職クエストの儀式の時とは違って、今日は快晴なので絶景だ。眼下に広がる紺碧の海。白い波頭が眩しい。


 ……ぼーっと眺めている場合じゃなかった。


 林檎を探さなきゃ。どこにあるんだろう?


 説明書きでは、


 ➖神銀の林檎[落果実]/使用量: 1個

  ➖枝から自然落下した神銀の林檎。未成熟だが瑞々しく爽やかな芳香を伴う。

    ➖天界にある神銀の木に実る林檎。霊峰の頂きに落ちることがある。


 となっている。


 [落果実]「自然落下」って書いてあるから、おそらく地面に落ちているんだろう。


「霊峰の頂き」っていうのはやや曖昧だが、このミトラス聖霊島以外に霊峰と呼ばれている山はないはずだ。頂きってことは、山頂だよな?


 周囲をグルっと見回すが……そう都合よく見つかるわけがないか。


 山頂といっても結構広いんだよな。あれだけの人数を集めて儀式ができたわけだし。山の頂きは平らになっていて、周囲には岩混じりの草むらと、低木の林が広がっている。


 銀の林檎。どれくらいのサイズか分からないんだよな。


 大きいぶんにはいいが、凄く小さかったらどうしよう。


 えっ?


 私たちも、探すのを手伝う。見つけたらご褒美をくれ……分かった。見つけたらとっておきのをやる!


 じゃあ、手分けして探そう。メレンゲはあっち、爺はそっち、そして俺はこの辺りから、あそこの林まで。


 捜索開始だ!


 *


 それからあっちこっち歩き回ったが一向に見つからない。参ったな。


 ちょっと休憩。


 ちょうど腰掛けられるようなサイズの岩があったので、それに座って、海を眺めながらボンヤリする。


〈ザブンザブン ザブンザブン〉波の音。なんか心が洗われる。


 既にメレンゲは戻ってきていて、俺の頭の上で同じく休憩中。爺はまだ戻ってこないけど、大丈夫かな?


〈ザブンザブン ザブンザブン〉


 なんだっけ? なんとかセラピーっていうのあったよな。分かる気がする。


〈ザブンザブン ザブンザブン ポトンッ ザブンザブン〉


 ん? 今なんか、変じゃなかったか?


 気になって後ろを振り返ると、小さくて丸っこくてキラキラしたものが目に入った。


 これか? と思って即拾ってみる。


《連続シークレットクエスト『**のレシピ』クエスト①を達成しました。

 引き続き、クエスト②が開始されます。》


 よし! クエスト①達成。②っていうのが始まっちゃったけど、後で確認しよう。今は、林檎をもう少し集めておきたい。



 林檎は思っていたより小さかった。


 姫林檎とまではいかないが、それに近い、やや小ぶりの林檎だ。てっきり既に地面に落ちている実を拾うだけかと思っていたが、こうやって上から落ちてくるのか。


 予想外。


 上を見上げる……青空が広がってるだけだ。どこから落ちて来たんだ、これ?


 小さな林檎と空を交互に見ながら首を傾げていると、


 おや? 爺さんが、林の中から出てきた。えっちらおっちら林檎を抱えてこっちに歩いてくる。


 偉いぞ爺!


 やるときはやる爺なんだな! ほら、約束のご褒美だ。特製ドーナツだぞ。……とっても嬉しそう。


 粉砂糖をたっぷりまぶしたふわふわドーナツを、皿にのせて爺に渡す。


 メレンゲが、じーっとそれを見ていて、羨ましそう。


 えっ?


 私も、やるときはやる妖精だって? うんうん。そうだな。分かった、分かった。


 メレンゲにも期待している。頑張れよ。


 その後、本当に林檎をフラフラ抱えて戻ってきたメレンゲに、同じく特製ドーナツをあげた。さらに捜索を続けたら、もう2つ林檎を拾えたので、最終的に林檎は5個になった。


 2人ともよく頑張ったな。


 林檎はこれで十分だろう。収穫をアイテムボックスにしっかりしまってから、俺たちは下山し、ミトラス大神殿に戻った。


 王都での予定が済んだので、王都観光中のみんなにメールで連絡を入れた。俺だけ別行動だったからな。合流しなくては。


 次はいよいよ渓流下り。ジオテイク川の上流の出発地点から、専用の船に乗り込む予定だ。



 ◇



〈ゴゴォォォ———ォォ〉


 どこを見回しても、水・水・水。


  うわっぷ! ヤバイ、なにこれ。


 頭から大きな波を被る。右から、そして左から、もちろん前からも。俺たちは今、渓流下りの真っ最中。それは、予想以上の激しさだった。


 渓流下りって、こんなだっけ? なんか違くない?


 おびただしい量の水に揉まれ、激しい水飛沫を浴びながら、舟は、そしてそれに乗る俺たちも、川の流れに翻弄され、ジェットコースターのように浮かんでは落ちていく。


 水に浮かぶ木の葉のようにって言葉があるけど、もう本当になすがままだ。


 どわっ!


 途中、鉄砲水のように急激に増水してからは、さらに何が何だか分からなくなった。


 打ち上げられたロケットのように、船が空中をダイブする。


 浮いてるってば!


 そして、ドォォン! と着水。もちろん水をモロ被り。頭どころか、濡れていないところを探すことができないくらい、水びたしだ。


 こんなに激しく揺れているのに、なぜか船からは落ちない。落ちたら大変だけど。


 楽しいけどやばい。やばいけど楽しい。人ひとりじゃどうしたって敵わない、圧倒的な水圧に押し流される。凄い迫力。でも楽しい。


 その後もしばらく激流は続き、VRって凄いって改めて思った。


 *


 ビッチョビチョというよりずぶ濡れ。


 リアルなら、これどうするの? って非常に困る状態だが、なんて言ったってここはゲームの中。下船してエリア外に出たら、水気は綺麗サッパリなくなった。非戦闘エリアのレジャー施設は、大抵こういった便利仕様になっている。


「いやあ。面白かったね。癖になりそう」


「俺はもういいかな。次はのんびり観覧コースにするわ」


「いやいや。絶叫ゴムボートコースだろう。きっと楽しいぞ」


「ボートも試してみたいわよね。船でこれなら、どんだけって?思うけど」


「俺もボートに乗ってみたいです。凄く船が楽しかったし」


「俺は、観覧コースで酒飲めればいい。いい景色を眺めながら飲んだら、きっと美味いぞ」


 それぞれ、渓流下りについて意見を交わす。


 みんなも王都観光でそれぞれ収穫があったようだし、渓流下りも満喫した。今度、西方面に遠征する機会にまた乗りにこようという話になって、俺たちは帰途に着いた。

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