ISAO二巻SS 迷子

 

 ゲームなのになぜか勉強漬けの日々。


 だけど、ユーキダシュで修業に励んでいるのは俺だけじゃない。トオルさんとアークも魔術エリアに滞在して頑張っている。


 専門分野は違うけど、たまには会って愚痴の吐きっこでもしようということになって、魔術エリアの外側にある西4区のレストランで待ち合わせをすることになった。


 西4区には魔術関連の工房や専門店に、長期滞在者向けの宿屋や飲食店がある。スケールの大きい大神殿周辺とは真逆の、細々として雑然とした雰囲気の区画だ。


 入りくんだ小路。冷やかしで入ることを躊躇ってしまいそうな怪しげな看板を下げた店の数々。屋根の上を見上げれば、おそらく工房のものであろう煙突の先に、紫や緑やピンクといったおかしな色の煙がたなびいている。


 街並み自体に、作り手である運営の気合を感じさせる、ユーキダシュの街で一番ファンタジックな場所かもしれない。


 路地を歩く人の姿も多く、ぼんやりと歩いていたら迷ってしまいそうなので、市街地マップを見ながら、待ち合わせ場所へと急いだ。途中で思わぬアクシデントに遭遇したせいで、時間的に余裕をもって出たはずなのに、遅刻するかと思って焦ってしまった。


「ユキムラ、こっち!」


 お目当てのレストランの中に入ると、すぐにトオルさんから声がかかった。そんなに広い店じゃないから、入口からホール全体を見通せる。真っ直ぐに二人がいるテーブルに向かったわけだけど……。


「久しぶり。こっちまで来てもらって悪いな。この店の場所はちょっと分かりにくかったか?」


 うん。でも、俺がギリギリに到着したのはそのせいじゃないよ。


「そうですね。でも、地図を見ながらなのでなんとか迷わずに済みました」

「ここ、変わった料理を出すんだよ。ユキムラなら興味あるかと思ってさ」


 もちろん、思いっきりある。アラウゴア湖産のシラウオやシジミなんかの料理は是非食べてみたいし、ウニとアワビを使った贅沢な吸物である「いちご煮」があるなんて聞いてしまったら、この機会を見逃すわけにはいかない。


「でさ、そんなところに立っていないで座れよ……と言いたいところなんだが」


 そこでトオルさんが言い淀む。うん、そのリアクションはよく分かるよ。


「ねえねえ。ユキムラはISAOでパパになったの? となると、母親は誰?」


 アークがそう言って茶化す。


 なぜかというと、俺が一人で来たわけじゃなかったから。

 ここに来る途中で、思わぬ連れができてしまった。そしてその連れは今、俺としっかり手を繋いで隣に立っている。パパと言われても仕方がない状況だ。


 ……だって不可抗力というか、拒否するには忍びなかったというか。


 途中で通った水場のある十字路で、気になる光景が目に入った。泣きそうな顔をした幼い子供が座り込んでいたんだ。迷子? そう思って、つい声をかけちゃったんだよね。ゲームの中とはいえ、泣いている子供を放っておけなかったから。


「君は迷子かな? 家族の人は?」


 そうしたら。


 俺の呼びかけに、その女の子はびっくりした顔で見上げてきて、でもためらいがちに小さな声で返事を返してきた。


「お母さんが見つからないの」


 やっぱり迷子? それとも、もっと入り組んだ事情持ちか? うーん、これはどうしようかと対応を考えていたところ、


 《ピコン!》

 《「迷子クエスト」が発生しました。

 達成目標:迷子を家族の元へ連れて行く

 達成報酬:感謝の気持ち(NPC好感度上昇)


 ※このクエストは、『受諾・拒否』を選択することができます。

 選択して下さい。》


 →[受諾]

 →[拒否]


 ……うわっ。出ちゃったよ。それもこんなタイミングで。これが噂に聞く迷子クエストか。


 ISAOは15歳以上しかユーザー登録ができないから、当然のことながら、この子供はNPCなわけだ。


 街中で迷子を助けるというお題は、各街に設定されているわりとメジャーなクエストで、遭遇頻度も高めだと聞いている。……俺は初めてだけど。


 拒否するのもなんだけど、ここで受諾してしまうのも待ち合わせをしている身としては辛い。受諾する前に話を聞くとかできるのかな?


 しゃがんで子供の目線に近づいて。試しにちょっと聞いてみる。


「お母さんとはここではぐれたの?」


「ううん。この子が急に飛び出しちゃって、追いかけていたら、お母さんがいなくなってたの」


 幼児にしてはしっかりした言葉使いなのは、やっぱりNPCだからか。


「この子?」


「見たい? すっごく可愛いのよ」


 胸を押さえるようにしていたのは、どうやら懐に何かを抱えているせいらしい。


「見せてくれる?」


「うん」


 上着の前をちょっとだけ開くと、その隙間からモコモコとした毛玉が見えた。子猫? ……じゃないよな。もっと長いような。そうしたら、ピョコンと頭が飛び出てきて、尖った鼻先と円らな黒い目がこっちを見つめてきた。


いたち?」


「うん。銀毛鼬シルバー・フィッチのフィーちゃんです」


「お母さんを探してあげたいけど、どこに行く予定だったか分かる?」


「おじさんの家」


「この辺りに住んでいるんだよね? お店屋さんかな?」


「おじさんは、コックさん。美味しいご飯を作るけど、ガニ汁は苦手。だって私まだ子供だから」


 ガニ汁は、モズクガニを砕いて作った蟹汁のことだ。そしてそれはまさに……。



「なるほど、それでクエストを引き受けて連れて来たってわけだ」


「ガニ汁はこの店の名物料理のひとつだものな。ラッキーというか、一石二鳥だな」


「マノンちゃん、この店に見覚えはある?」


 まず間違いないと思うけど、一応確認する。ちなみに、迷子の名前はマノンちゃん。お母さんはヤスミンさんだって。


「ううん。初めて」


 えっ! 違うの? てっきりドンピシャだと思ったのに、勘違い? うわっ、どうしよう!


「お店だとフィーと一緒にご飯を食べれないから、いつもお家の方に行くの」


 ん? それはつまり。


「店と自宅が別ってこと? お店の人に聞いた方が早いか」


 なんて言っていたら、


「マノン! どうして店の方に? ヤスミンはどうした?」


「リュカおじさん!」


 その後はクエストのせいかトントン拍子にシナリオが進み、母親であるヤスミンさんと無事再会を果たしてクエストを達成。


「ご面倒をおかけしました。ご親切にありがとうございました」


 ホッとした顔のヤスミンさんがお礼を述べると、


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 それを真似してか無邪気にお礼をいうマノンちゃん。


「お客さん、姪がお世話になったので、今日は特別にサービスしますね」


 やった!


「マノンからも『感謝の気持ち』をあげる」


 マノンちゃんがくれたのは、母親に買ってもらったばかりだという砂糖菓子が入った小瓶だ。


「瓶ごといいの? これってマノンちゃんのおやつでしょ?」


「そうだけど、人に親切にしてもらった時は感謝の気持ちを表すものなの。だからあげる!」


「ありがとう。じゃあ、大切にちょっとずつ食べるね」


 レストランで舌鼓を打って、賑やかな会食を終えて大神殿の自分の部屋に戻った。ひと息ついた後に、マノンちゃんからもらった砂糖菓子を、ひとつ取り出して口に入れる。


 見かけは硬そうなのに、口の中でシュッと溶けて、優しい甘さが広がった。ゲーム的にはなんのバフ効果もないはずだけど、心がフワッと温かくなる。


 このゲームは面倒くさいところも多いけど、こういった作り込みは好きかもしれない。改めて、ISAOって面白いな──そう思った。

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