ISAO二巻SS 幸運の尾羽
ユーキダシュの大神殿での滞在が長くなった。ずっと根を詰めているのもしんどいので、学習の合間にちょこちょこと外出をして気分転換をすることにしている。
一番のお気に入りの場所は街の北側にある湖で、そこにいる白鳥たちとの触れ合いが、またとない癒しになっている。
なにしろ彼らは食欲旺盛で、餌袋を持っている人を見つけると、物怖じせずに積極的に寄っていく。だから、誰でも簡単に白鳥たちにモテモテになれるってわけ。
そして最初は凄い勢いで突撃するように迫ってきた白鳥たちは、何回か通っている内に徐々に穏やかにフレンドリーに変わっていった。NPCと同様に、白鳥にも隠し要素として親密度が設定されているのかもしれない。
「毎度あり。お客さん、いつも沢山買ってくれるから、サービスでこれあげます」
そう言って顔見知りの餌売りの少年(NPC)が取り出したのは、一枚の楔形の羽根だった。
「これは?」
「この辺りにいる野鳥の尾羽です。男性に幸運を運んでくるお守りとして人気があります。貴重ってほどではないけど、ちょっと珍しいものなんですよ」
受け取ってチェックしてみると、こんな表示が出る。
【幸運の尾羽】:使用効果 ??? アラウゴア湖の葦原に住む野鳥の雄の尾羽。使用すると、ちょっといいことがあるかも(非売品 男性プレイヤー向けアイテム)
装備として身に付けるアクセサリではなくて、使い捨てのアイテムなのか。でもなぜ効果の欄が疑問符になっているんだ?
……これはもしかしてあれか。街プレイをしていると、運営がふざけて仕込んだと言われているお遊びアイテムが手に入ることがあると聞いたことがある。
おそらく効果は一時的でプレイスタイルには影響しない。ちょっとした日常スパイス的な変化を起こすだけ。
「男性人気っていうのは?」
「それはですね。幸運の効果が『女性に好かれること』だからです。ほとんどの鳥って一夫一妻なのに、この鳥は一夫多妻で有名で、この尾羽にその効果があると言われています」
えっ、マジで? もしかして女性NPCの好感度が上がるって意味?
でもそんな効果があるアイテムなら、もっと噂になっていてもいいかもしれな……いやないな。入手条件が白鳥の餌を頻繁に(あるいは沢山)買うことなら、そもそもやる人自体がいないだろうから。
俺以外にはね!
「ちなみに、この尾羽の持ち主ってどんな鳥なの?」
「めったに見ることはできないけど、背中が茶色くてお腹が白っぽい小さな鳥です。さえずりに特徴があって『コイルルルルルルル』って鳴きます。名前は……
……なるほど、いかにもな名前だな。
まぁ、あまり期待しないで(嘘です! ちょっとは期待してるから)もらっておくか。
*
さて。偶然手に入れた【幸運の尾羽】だけど、特に使い途を思いつかないまま、しばらくはその存在を忘れていた。
そして今のこの状況で、急に思い出したわけです。
「何度来られても、これは売らないよ。男には売らないって決めているんでね」
アンティークなデザインの手挽きミル。丸い輪っかの形をした縦型ハンドルが付いていて、とてもオシャレ。ひと目見て気に入って、いざ買おうと思ったら断られてしまった。
高いNPC好感度を保有する俺にとっては、これは珍しい状況だ。不思議に思って調べてみたら、このNPCの女性は「男嫌いのミル婆さん」として知られているちょっと特殊なキャラだった。
ここユーキダシュの街はとても広くて、調理関係の道具類を扱うお店が何軒もある。ミル婆さんのお店はいわゆる珈琲専門店で、なぜか女性客にしか商品を売らない。
それだと男性プレイヤーは困るんじゃないかって?
そこはちゃんと良くできていて、ほとんど同じ商品を扱っている別のお店がある。その名も「女嫌いの豆挽き爺さん」の店。こっちはこっちで、男性客にしか商品を売らない。
爺さんの店にもコーヒーミルは売っているけど、ハンドルが水平についたタイプしかなかった。コーヒーミルは手作りの嗜好商品という設定で、お値段もかなりする。だから、できれば気に入ったデザインの方がいいと交渉中なわけです。
あの幸運の尾羽。女性NPCの好感度を一時的に上げるらしいけど、はたしてミル婆さんにも効くのか? 無駄になってしまうかもしれない。
この瞬間、俺の頭には、各街の冒険者ギルドの受付嬢の姿が、走馬灯のように次々と浮かんだ。みんな年上の素敵なお姉さんばかり。
……迷う。迷わない。迷う。……いやいや花占いじゃないんだから、ここはすっぱり未練を断ち切れ!
ほんのちょっと後ろ髪をひかれながら、【幸運の尾羽】を取り出して使ってみた。
「毎度あり! 神官様には根負けしたよ。特別に売ってあげる」
やった! コーヒーミルGET!
ついでにコーヒー豆の何種類か買ったら、なんだか凄くサービスしてくれたので、俺はホクホク顔で神殿に戻った。
そんなユキムラを見送りながら、
「私みたいなババアに【幸運の尾羽】を使うとはねぇ。全く信じられないよ。年甲斐もなくときめかせてくれた相手に、お礼をしないわけにはいかないよ」
と、ミル婆さんが言ったとか言わなかったとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます