『天使の蕪のヴルーテ』

 トリムの「碧耀神殿」で賄いを作っていたときのこと。


 目の前をパタパタ飛んでいるメレンゲが、何やらアピールをし始めた。


「えっ? 私も……やりたい?」


 どうやら俺が調理しているのを見て、自分もやりたくなったらしい。


「トントン? 切るのは無理だよ。メレンゲサイズの包丁がないから」


 少なくともNPCの店では売っているのを見たことがない。でも、メレンゲがこう言い出すってことは、問い合わせたら出てくるのかな?


「味付けは、任せるわけにもいかないし、オーブンも危ない気がする。……こら、トマトはおもちゃじゃないから。転がしちゃダメ」


 そして、メレンゲに何ができるか検討した結果。


「いいか、メレンゲ? このクリームスープは、油断すると鍋底が焦げついてしまうんだ。えっ? 焦げるとどうなるのかって? 焦げると、焦げた味というか、苦味が出ちゃう。そう、大変だろ?」


 うんうんと頷くメレンゲ。


「そこでだ。メレンゲを『グルグルかき混ぜ係』に任命する!」


 そう聞くなり、目をキラキラさせるメレンゲ。このチョロさが可愛いかもしれない。

 そのメレンゲの目の前に、柄の長い木べらを取り出して見せる。


「この木べらでかき混ぜて欲しいんだけど、持てそう?」


 メレンゲには結構重いはず。でも色妖精は身体の大きさに似合わずよく食べるし、力も結構ある。だからイケるんじゃないかな?


「そうそう、上手上手。熱くなったら休憩していいからね」


 火加減は一番弱くしてあるし、鍋はかなり大きめ。


 鍋の口を半分塞ぐように木の板を置いて、そこを足場にしてもらう。うん、大丈夫そう。湯気が立ってはいるが、火傷するほど熱くはない。じゃあ、俺も調理に戻ろう。


 最初はしっかり踏ん張りながらかき混ぜていたメレンゲが、だんだん慣れてきたのか、鍋の縁近くを宙に浮きながらグルグル周回するようになってきた。


「メレンゲ、凄いじゃないか。そんなに早くかき混ぜられるなんて」


 褒めて育てる……というわけじゃないけど、頑張っている子には言葉を惜しまない。実はスープがユルめだから、かなりかき混ぜやすくなっているのは内緒だ。


「さて。こっちはだいぶできた。あとはスープの味見と仕上げかな。メレンゲ、ちょっとどいてもらってもいい?」


 どうだとばかりに足場の板の上に仁王立ちするメレンゲに断って、鍋を覗き込む。


「えっ、なんでこんなにキラキラしてるの? メレンゲ、何かした? ……してない。じゃあ、いつから光り始めたのか分かる?」


 そう聞いても、首を傾げている。


 どうやらかき混ぜるのに夢中で、メレンゲもスープの変化に気づかなかったみたい。でも、光っていることを除けば、見た感じはトロリとしていて美味しそう。


「ちょっと味見してみるか」


 お玉でスープをちょっとすくって小皿に取る。いい香りがする。味は?


「うおっ、なんだこれ。なんか特殊効果がついてるんじゃあ……」


 俺の反応に驚いたのか、メレンゲがあたふたし始めた。


「そんな心配しなくても大丈夫。美味しくできてるよ。ありがとう、メレンゲ」


 ちょっと味を整えれば、スープとしてはバッチリだ。NPCの皆さんも、きっと喜んで食べてくれる……はず。



 後で調べて分かったが、どうやらあのスープは、飲むとしばらくの間だけMNDがちょっとばかり上がる。


 そして料理の名称も変わったものになっていた。


 元のレシピは「蕪のクリームスープ」というごくシンプルな名前だったのに、出来上がったスープは「天使の蕪のヴルーテ」という、何やらありがたいものになっていた。


 たぶんメレンゲの影響なんだろう。


 うん、そういうことにしておく。その日に俺が作った料理も、ことごとくありがたみのある名前に変わっていたのは、俺の胸の内だけにそっと秘めておこうっと。


*── お読み頂きありがとうございます ──*


1巻発売記念SSはこれで終了です。

次回から第三章に入ります。


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