第3章 第四の街・湖の街

28 碧風祭

 この間は楽しかったなぁ。

 何って? もちろん、渚ビーチだよ。


 みんなで相談した結果、それぞれボディボードやサーフボードと交換して、集まって遊んだんだ。

 何? 残念ガックリじゃないのかって? ボードならウェットスーツでしょ? 水着じゃないじゃん?


 そりゃボードはウェットスーツでやったさ。みんな持ってるからね。魚人の集落で、【水泳】スキル取得時に購入したのを着ました。


 でも、そのあとバーベキューした時に、みんなまた後で泳ぐからって普通の水着に着替えたのさ。Tシャツとか着てたけどね、男は。

 紅一点、キョウカさんは、パレオっていうの? あのヒラッとしたやつ。それが付いたビキニに、パーカーを羽織っていた。


 凄く似合ってた。


 普段は世話焼きで、割と男前? なところもあるキョウカさんだけど、水着姿はとても女性らしくて、露出を気にしてか、仕草もいつもより色っぽい感じがして、俺、ドキドキしちゃったよ。


 更に、陽が暮れてからした花火の時には、自作の浴衣姿も披露してくれて……。


 日本女性の浴衣姿って、いいよね。髪をアップにしたりすると、うなじから裾までのラインが、とても綺麗だ。ちょっと隙がある感じがいいのかな。いつもより距離を詰めてもいいのかなって思えて。


 ……俺、大満足です。




 そして、十分に海を満喫した後には、……来ました。転職クエスト at トリム。


 うん。予想はしてた。


 だって、ジルトレの「ウォータッド大神殿」のクラウスさんは「次は、豊穣祭ですね」って言っていた。ジルトレ以外でも祭礼が行なわれることが分かった今、これは、クラウスさんと一緒に開催するのが「豊穣祭」だってことだと解釈できる。


 そうなると、順番的に、次の転職クエストになりそうな「碧風祭」はどこでするのかな? って思っていたんだけど、ここトリムに来て、ここだろって思ったのが「碧耀神殿」だ。


「碧風祭」と「碧耀神殿」。


 ……そう。「碧」っていう字が被ってるよね。



 だけど、転職クエストは起こらない。


 もちろん、トリム解放クエストが終わらないと、個人クエストは何も始まらない可能性も考えた。でも、それにしてもNPC神官さんたちから「祭」のまの字も出なかったんだ。


 ちょっと心配になるだろ?


 でも、ただ待ってるだけじゃダメなんじゃないか? 今までの経験から、クエストのフラグが立つには、好感度が足りないのかも……と思い至り、手っ取り早く好感度を稼ぐならこれ……と、神殿の仕事のひとつとして、賄いを作り続けたわけだ。



 ……そして、頂きました。フラグです。


「大司教様。実は、お話しなければならないことがあります」


「なんのお話でしょうか?」


「ここトリムの港は、数十年前、シーナ海峡に大渦が発生するより以前は、貿易港として非常に栄えていました。シーナ海峡を通って多くの交易船や外洋船が外海に出ていたのです」


「外洋船まで行き来していたのですか。それは知りませんでした」


「もちろん漁業も盛んで、市場は日々水揚げされる海産物を求める者たちで溢れていました。そして、それらの船舶の海上安全・商売繁盛・豊漁を祈願するため『碧風祭』という祭が、ここ『碧耀神殿』の主催で執り行われていたのです」


「六祭礼のひとつである『碧風祭』ですね。この地で行われていたんですか」


「そうなのです! この度、冒険者の皆様のお陰で、ようやく災厄が取り除かれ、港も復活致しました。交易船も新たに建造中です。間も無く『進水式』が行われて、このトリムの港から、次々と船が出航していくことになるでしょう」


「それは目出度いことですね。昔日の勢いを取り戻す日も近いのではないでしょうか」


「そこで大司教様にお願いがございます。港の復興にあたり、新造船の『進水式』と場を同じくして、『碧風祭』の復活を……と望む声が、私のところに数多く届いているのです」


「『進水式』と同時に、ということですか?」


「はい。このティニア湾は、冬の間は海が荒れるため、進水式は春から夏にかけて一斉に行われるのが通例でした。そして『碧風祭』は、その新しい門出を祝う意味で、進水式と同時開催されるのが常だったのです」


「そうなのですか。それで私に願いとは? 私にできることであれば、是非、街の皆様のお力になりたいと思っています。私は、いったい何をすれば宜しいのでしょうか?」


「おお。そう仰って頂けますか! では、申し上げます。祭を主催出来る資格を有される大司教様は、この街では、あなた様ただお一人でございます。誠に厚かましい願いではありますが、『碧風祭』を執り行って頂きますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」


「マーロウ司教、頭をお上げください。人々のために祈りを捧げることは、私の仕事であり使命でもあります。若輩者ですが、皆様が望まれるのであれば、私の力の及ぶ限り尽力する所存です。共に『碧風祭』の成功に向けて頑張りましょう」


 よし! 長いセリフを噛まずに言い切った!


「ありがとうございます。この度の祭りは盛大なものになるでしょう。神の御導きが我々と共にあらんことを」




《進水式・碧風祭会場(造船所)》


 雲ひとつない快晴。いい天気だ。

 会場は、大勢の人が集まり、色鮮やかな幕や幟で豪華に飾られて、とても晴れやかな雰囲気だ。


 今回の進水式は、4隻まとめて行われる。


 現実ではあり得ないけど、ゲームならではの演出で、とても豪快なものになるらしい。

 湾岸に設けられた進水台の上には、それぞれ真新しい船体が乗り、解放されるのを今か今かと待っていた。


 進水台からは、勾配の付けられた斜面が水中まで伸び、その表面に塗られた潤滑油が、日差しを照り返して光っているのが見える。


 4隻の進水台のちょうど真ん中辺りに祭壇が組まれ、俺はその前で待機中だ。


 もうすぐ、進水式の祭儀が始まる。



 *



「祝福の祈り」を言葉に乗せながら腕を振るうと、撒布された聖水が陽光を受けてキラキラ輝き、祭壇を聖なる光に包んでいく。


 続いて参列者に向かい、再度、聖水盤に浸した灌水棒を振るう。参列者の上から、聖水の雫が降り注ぎ、祝福ムードが徐々に高まっていった。


 一通り散布し終わると、辺りには清らかな気配が立ち込め、厳粛な雰囲気が醸し出されていた。


 そんな中、俺は粛々と儀式を進めていく。



 ・神々に呼びかけ、その眼差しを向けてもらうための「風韻の祈り」


 ・神々を招き、この地に降りてきてもらうための「招神の祈り」


 ・訪れた神々に船の完成を報告し、これを喜び祝い航海の安全を願う「喜祝の祈り」


 ・3種の祈祷を行った後、感謝の言葉とともに神々に「神饌」を捧げた。



 ここで一旦、祭壇から離れ、一隻一隻新造船を回って聖水で清めていった。


 そして、祭壇前に戻り「命名の儀」を執り行う。予め船名の書かれた短冊に祝福を授け、祈りを捧げる。


 それから参列者の拝礼だ。


 長い拝礼が終わり、神々の祝福を授かった「神饌」を祭壇から下げた後、

 神々に戻って頂くための「昇神の祈り」を行った。


 ふぅ。いよいよ進水式だ。



 *

 


  勇壮な行進曲の演奏が始まった。


 各船体と祭壇の間に各1本ずつ、計4本の細い支綱ロープが張られている。支綱の船体側には、幾つか酒瓶がぶら下げられ、くす玉も飾られていた。


 進水式は、北側から順番に一隻ずつ執り行う事になっており、既に各船の船主が、祭壇側の支綱の側で待機している。


 真新しい4本の銀の斧を聖水で清めてから祝福を授け、そのうち1本を右端(北側)の船主に手渡した。


 船主の振り降ろす銀の斧によって支綱が切断されると、船名を覆っていた幕が外れて露わになり、目の前にそびえる巨大な船が、轟音と共に水しぶきを上げて、ゆっくりと海に向かって滑り出した。


 船にぶつかった酒瓶がガチャン! と音を立てて割れ、飾られていたくす玉も見事に割れて、紙吹雪と五色のテープが風に舞い踊る。


 ドォーン!!  着水。


 大きな波飛沫が立つ。……しばらくすると、揺れは収まり、船は泰然と波に浮かんでいた。


 成功だ。


 2隻目、3隻目と、順調に支綱の切断は続き、全ての新造船の入水が完了した。



 続いて船は順次接岸し、 関係者が乗り込んでいく。


 もちろん俺も乗り込んだ。さあ、お披露目運行に出航だ。

 岸で手を振る人々に見送られ、4隻の新造船は湾内に進んで一周した後、予定していたポイントで停泊し碇を降ろす。


 しばらくすると、色とりどりの幟や満船飾、大漁旗を風になびかせながら、沢山の飾り立てた船が、波をかき分けてこちらに近づいてきた。そして船は次第に連なり、新造船の周りを周回する。全ての船が出揃うと、新造船を中心に円陣が組まれた。


 船が出揃ったのを見て、俺は、甲板に設置された仮設祭壇を前に、祈祷を始める。


「碧風祭」の開始だ。


 ここまでくれば、後は流れに従って祭儀を進めるだけなんだけどね。


 〈大海原に出航する全ての船が安全な航海が出来ますように。豊かな恵みを得られますように。〉


 祈祷後、清めの儀式を行い、海に供物を捧げ、祭儀が一段落すると、美しい音色と共に、着飾った海の男たちによる見事な舞や剣舞の奉納が始まった。


 それに合わせて、周囲の船から太鼓や鐘が打ち鳴らされる音が響く。


 爽やかな風にたなびく、目に鮮やかな船飾りと、壮大な音の饗宴。……雲ひとつない青空に、豊かな音色が響き渡った。




 ちなみに今回のイベントは、「進水式」は通常エリア、「碧風祭」(出航後)はインスタンスエリアで行われた。


 そういうこともあるんだね。


 俺(プレイヤー神官)がいなかった場合は、マーロウさんか、あるいは、新たに行けるようになった街から派遣されてきた(という設定のNPC)神官が「進水式」を執り行ったんだろう。


「進水式」は、結構見に来ていたプレイヤーがいたみたいだ。リアルじゃ、なかなか出会えないイベントだし、楽しんでもらえたんじゃないかな。


 日本の「進水式」だと、「餅撒き」っていう目玉行事があるんだけど、ISAOでは、さすがにそれはなかった。まだ「米」すら見つかっていないのと、西洋ファンタジー風の世界である事など、設定の関係で再現出来なかったのかもしれない。


 でも、これでやっと半分か。


 次は「豊穣祭」だろうから、一旦、ジルトレの街に戻った方がいいかな。でも、もうちょっと海で遊んでからでいい気もする。


 アイテム選択券〈海〉のリストにあったもののうち、いくつかの品物については、解放クエスト後、NPCショップで買えるようになった。


 釣りセット買っちゃおうかな。ここなら気軽に楽しめそうだし。


 ……よし、買いに行こう! 今日は魚料理だ!

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