『勝負服』
「雅弘、このあとちょっと時間ある?」
「おう。いつもお世話になっている昴くんの頼みなら、たいていのことは聞いちゃいますよ」
授業のあと相談したいことがあって、友人の雅弘を呼び止めた。
「洋服選びを手伝って欲しいんだ」
「洋服選び? いいよ。で、普段着? よそいき? それともまさかまさかの勝負服?」
「……えっと、その内のどれかといえば、勝負服かな?」
そうだよ。たぶん今が勝負時なんだ。だから、できるだけ印象をよくしたい。そのための服選びだ。
「マジか。女子たちの間で『難攻不落』『金城湯池』と呼ばれる昴が勝負服。うわぁ。女子に知られたら騒ぎになりそう。で、相手は誰なの? 俺にだけそっと教えて」
周りを気にしてか。最後の方は声を低めて聞いてきた。
「相手って、まだ付き合うとかそういうところまでいってない」
「じゃあ、どんな関係?」
「えっと、知り合い? あるいは、ちょっと親しく話す間柄? まだそんな感じ」
でも、今度のオフ会をチャンスに変えて、もう一歩進みたい!
「いやいや。昴を見て冷静でいられる女なんて、そうそういないから。好みとかそういう垣根を越えた立ち位置にお前はいる。もっと自覚しろよ」
「この姿を見られたことはないから、見かけは関係ないんだ」
だってアバターだもの。
「なにそれ? 出会い系かなんか? そういうの危ないから、迂闊に会わない方がいいぞ」
「出会い系じゃなくて、ゲームだよ。VRゲームのオフ会があるんだって」
「あっ、なーる。そのゲームでアバターを弄ってるわけか。ふむ。ちょっとその辺りの事情を詳しく聞こうじゃないか」
そこで、現在に至るまでの経緯を簡単に説明したところ。
「ほうほう。あえて平凡なモブ顔にしてゲームをしていたら、優しいお姉さんと知り合いになった。それも美人でナイスバディな。なんて羨ましい状況。そのお姉さんが本物なら」
「アバターに関しては正直分からないけど、女性なのは間違いないと思う。あと年齢も大丈夫かな? 同じチームの人と既にオフ会をしているらしいから」
キョウカさんは、内面から滲み出る人柄がとても魅力的な女性なんだ。だから、もしアバターと容姿が違っていてもそんなの全然構わない。だって俺も思いっきり変えてるし、お互い様だ。
「巨乳も?」
「たぶんそれも」
実物が大きくなくても、もちろん平気さ。
「よし分かった。それなら、気合いを入れて服を選ばないとな。ところで、そのお姉さんには、よく似た妹さんっていないの?」
「妹が一人いるって聞いてる。似ているかどうかは分からない。でもまだ高校生らしいよ?」
「つまり間違いなく年下ってことね。ふむふむ。昴くん、早速服を選びに行こうじゃないの。お姉様と上手くいくようにね」
「お客様、とてもよくお似合いです」
雅弘がよく利用するというショップで、見繕ってもらった服を何着か試着してみた。
「さっきのとどっちがいいかな?」
「どちらもよくお似合いです。本当にお似合いです。ここまでお似合いの方は当店始まって以来です」
もうさっきからオーバーなんだから。やっぱり、お店の人に聞いてもダメだよな。何を着ても「お似合いです」しか言わない。
「雅弘、どう?」
「本当によくお似合いです。俺、いる必要なかったかも。イケメンは何着ても様になるって本当なんだな」
「それじゃあ分からないよ。じゃあ、どっちがよりいいと思う?」
「ぶっちゃけ、どっちでもいいぞ。俺みたいな雰囲気で錯覚させるタイプじゃなくて、本物のイケメンは服を選ばない。それが真理だ。俺は改めて悟った」
「雅弘は、顔もカッコいいと思うけど」
「ありがとう。それを真面目に本気で言っちゃうのが昴なんだよな。もう、昴くん大好き。まーくんは照れちゃいます」
いやだって。雅弘は顔立ちが綺麗でセンスもいい。明るくて気配り上手。初対面の人に対しても話しかけやすい態度をとるせいか、男女共に人気がある。
「俺には雅弘みたいなセンスがないから、本気でよろしく頼むよ。夕飯奢るから」
「スタイルも性格も頭もいいイケメン。普通なら嫉妬するところだけど、昴ならいいや。よし! 俺が最高に似合う服を厳選してやる!」
「そうこなくっちゃ」
本気になった雅弘に、買った服の着こなしや当日の髪型まで指導してもらって、これで準備は万端。
明日はいよいよオフ会だ。
なんか緊張しちゃうな。リアルの姿を見て、あまりのギャップにドン引きされないことを祈ろう。
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