004 閑話 オフ会
「ねえ、由香里、どっちが似合ってると思う?」
「そっちの黄色かな」
「じゃあ、これとこれだったら?」
「うーん。TPO によるかな。お姉ちゃん、デート? 随分と気合い入ってるじゃん」
「もう、真面目に意見お願い。ちなみに、デートじゃないわよ。オフ会だから」
「オフ会って、もしかしてISAOの?」
「そう」
「ISAOか。それで、お姉ちゃんは誰狙い?」
「…………」
「なに? ちょっと言うのを躊躇っちゃうような相手なの? まさか、お姉ちゃん……既婚者が相手? 不倫はダメだよ不倫は」
「違うわよ、不倫じゃないわよ! ……年下、年下なの!」
「えっ? ……淫行……もっとヤバイじゃん! 相手いくつ? っていうか誰よ、その少年は。お姉ちゃんのパーティ、オジサンばっかでしょ?」
「淫行でもない! 18歳以上だから。大学生だし。あと、みんなもオジサンって年齢じゃないわよ。由香里くらいの子からすれば、だいぶ年上には感じるだろうけど」
「それをオジサンって言うの! でも大学生か〜ギリセーフ? 何歳なの? その彼は」
「…………19歳。先月なったばっかり」
「3つか4つ違いかぁ。結構大きいね、その年齢差は」
「やっぱりそう思う? 同年代より年上の女性の方が好きみたいだから、射程圏内かな……って思いたいけど」
「年上好きなんだ」
「うん。まず間違いないかと。以前、ISAO内で打ち上げしたとき、同年代は苦手って言ってたし、ゲーム内での若い子に対する態度も、かなりそっけない。でも、私とかギルド受付嬢に対しては、とてもフレンドリーだし、ちょっとはにかんだりすることもあって、意識しているんじゃないかな……と」
「ふぅん。可能性はあるかもね。お姉ちゃん、なかなか美人でナイスバディだし、姉御肌なところもあるから、年上好きならアリかも」
「そう? そうかな? 見込みある? 本当にそうだといいんだけど」
「結構ガチだね。で、誰? 協力するから教えてよ」
「……………ユキムラさん」
「えっ! ユキムラ!? いや無いっしょ、あの勘違い刀士!? マジ!? ああいうのが好みだったの?」
「ち、違うわよ! あれじゃない、あっちじゃなくて、もう一人の方。神殿にいるユキムラさんよ」
「あー! 『神殿の人』! ……だよね? ユキムラって名前だったんだ。えーっと、どんな人だっけ? 顔……あれ? 思い出せない。変だな。私、結構人の顔を覚えるの得意な方なのに」
「顔は、……悪くはないわよ。普通? 特に欠点のない顔っていうか、目立たない印象っていうか……まあ、地味? な感じかしら」
「うーむ。ぶっちゃけ、イケメンアバターが標準のVRで、普通で地味って時点で、あんまりリアルは期待できない気がするんだけど」
「でも、背は高くって、筋肉もついているし、スタイルはかなりいいわよ。体格は全く変えていないって言ってたし。高校まで運動していて鍛えていたんですって」
「ふむ。高身長、スタイルイケメンか。おまけにスポーツマンと。実物もアバターくらいの平凡なお顔なら、結構いいかも」
「でしょ! そうなのよ。さらに人柄も穏やかだし、時々ちょっと子供っぽいところもあるけど、基本的に真面目で努力家。笑ってる時とか可愛いし、訪ねて行くとお茶入れてくれたり、手作りお菓子を振舞ってくれたり。それが、ゲームだからやっているって感じじゃなくて自然体。リアルでもあんなだとしたら……モテる子にはモテる。見る目のある女子は、その価値に気づくはず。だから、負けるわけにはいかないの!」
「おう!? お姉ちゃんの勢いに、ちょっと引いちゃったわ。……分かった。今回、お姉ちゃんが、かなりガチだということがよく分かった」
「分かってくれた? じゃあ、協力して。『年下男子を惹きつける』洋服選び」
「まかせて! 由香里、お姉ちゃんを応援する。お姉ちゃんの大人の女の魅力で、『神殿の人』を悩殺しちゃおうじゃないの!」
◇
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
「葉山で予約が入っていると思います」
「葉山様ですね。こちらへどうぞ」
やっば。すっごい緊張してきた。
今日のカッコ、変じゃないよな? 一応、大学の友達にはチェックしてもらった。時間にはまだちょっと早いけど、誰か来てるかな。
予約されていた店は、オシャレだけどカジュアルな人気居酒屋で、お酒の種類が多く、創作料理と串揚げが評判の店だった。これも友人情報。
「こちらのお席になります」
案内された席は半個室風になっていて、そこにいたのは、若いスーツ姿の男性が1人。スマホを見ていて俯いているから、顔が見えない。誰だろう?
「あの……。こんばんは。初めまして……は変かな!?」
顔を上げた男性(たぶんトオルさん)は、訝しげな顔をしている。やっぱりこういう反応するよね。
「えっと……。俺、君みたいな知り合いはいない……いや、いや待て。案内されて来たんだよな。ここ、『葉山』の予約席だけど?」
「はい、合ってます。アバターと見た目が違うんですけど、俺、ユキムラです」
「…………はぁ!? ユキムラ? マジで、あのユキムラ? 本当に? ぜーんぜん違うじゃん。……でも、声は似てるか? マジか。リアルユキムラ、超ヤバイじゃん!」
「アバター、だいぶ弄ってるんで……」
「弄るとか、そういうレベルじゃないと思うぞ。まあ、話は座ってから聞こう。こっちこいよ」
*
「「「「「「乾杯ーーー!」」」」」」
〈〈〈〈〈〈カチーン!〉〉〉〉〉〉
乾杯の掛け声とともに、和やかにグラスをぶつけ合う。
ほぼ時間通りに全員が集まって、飲み会は始まった(俺だけジュースだけど)。
「いやあ、今日ほど驚いたことは、ここ最近なかったぞ」
「だよなあ。丸っきり別人だし。それに、いくらなんでも男前過ぎだろ。驚いたわ」
「普通、逆だよな。アバター盛るやつは多いけど、削る? 盛るの反対語ってこれか? ……やつってあんまりいないし」
「いなくはないけど、やり過ぎ!」
「ま、ユキムラらしいちゃ、ユキムラらしいと言えなくも……いや。それにしても、やり過ぎだな!」
やっぱり、そこは突っ込まれるよね。
「ほら、ユキムラ。お前のせいで、キョウカお姉さんが、すっかり石になっちゃってるぞ」
「えっ! 俺のせいですか?」
「そりゃそうだろう、ユキムラ君。責任を取って、お世話をするように」
「えっと、お世話?」
「そう、まだオフ会は始まったばかりだ。これから、ゆっくりしっぽり何かを育んで……イタッ! キョウカちゃん、痛いって!」
「黙って聞いていれば、言いたい放題! ……変なこと言わないでよ!」
あ、石化が解けた。
……えっと。どう話かければいいかな。
「あの……、キョウカさんは、やっぱり驚きましたか?」
うわっ。何あたりまえのこと聞いてんの、俺。もっと気がきくセリフ、出てこい!
「ユ、ユキムラさん!? それは、……それはまあ、そうね。それは、やっぱり……そう、驚いたかなって」
「この見た目じゃダメかな?」
うおっ! 何言ってんだ、俺!
「ダ、ダメってことはない……わよ。そう、ユキムラさんには、違いないし。ただ、ちょっと……いえ、かなり……カッコいいかな……」
あ、また石になりそう。
「ユキムラ、よかったな。『カッコいい』だそうだ。うむ。めでたい」
「うんうん。今日は飲もう! 俺の上京を祝して、そして、実はカッコいいユキムラ君を歓迎して、もう一度、乾杯ーーー!」
〈〈〈〈〈〈カチーン!〉〉〉〉〉〉
みんな、最初からガンガン飲んでる。
「ほれ飲め、ユキムラはダメだけど、アークはもう飲めるよな! だから飲め! 思いっきり飲め!」
「やだな、ガイさん、もう酔ってるんですか? いや、飲むから、お酒混ぜないで下さいよ」
「はぁっはっは。うまいぞ〜。おまけに早く酔える!」
「今日は飲むぞーーーー!」
「おーっ!」
それからは、賑やかに時間は過ぎていった。
最後の方は、キョウカさんともだいぶ話せるようになったし、オフ会、参加してよかったな。
◇
「ただいま……」
「お帰り〜って。お姉ちゃん、どうした。テンションめちゃ低いね。オフ会が上手く行かなかった? ユキムラさんが予想と全然違ったとか? VRのオフ会だと、あるあるだよ。めげない、めげない」
「……無理。あれは無理。あんな………」
「よしよし。現実は残酷なんだね。詐欺男だか偽装男だか分からないけど、世の中には35億の男がいる! 次に行こう、次に」
「違うの。全然違ったの」
「うんうん。違ったんだ。実は背が低かったとか? 筋肉がなかった? 笑顔がめちゃ怖かった? 由香里に言ってスッキリすればいいよ。あるあるだよ、あるある」
「違うの。その方がまだよかったかも。あれはない。現実じゃ普通ない。いるわけないし。ないったらない。ないないない!」
「おっ? 怒りモードにチェンジ? その調子。それで、どう? リアルユキムラは結局どうだったの?」
「………」
「KYキモイオレサマチュウニ?」
(ブンブン⇄)
「違うのか。……じゃあ、オヤジクサイエロイウザイ?」
(ブンブン⇄)
「これも違うと、じゃあ、ナルシスマザコンストーカー?」
(ブンブンブン⇄)
「うーん。他に何があったかなぁ。だいたい網羅したと思うけど……。残るは、実は
(ブンブンブンブンブン⇄)
「えーっ。これでもダメなの? もうないよ。これ以上、思いつかないよ。教えて。これ以外で、全然違うって、何? さあ、白状しろ〜」
「……………………イケメ………」
「ん? なんて言った? 気のせい? イケメンって聞こえた」
(ブンブンブン⇅)
「えっ! マジ? イケメン!? イケメンだったの?」
「…………そう、イケメン。イケメンだった……。それも本当のイケメン。そこら辺にいちゃいけないイケメン。リアルで出くわすとか、まずあり得ないイケメン。一般人じゃないだろなイケメン……。もう、メチャクチャカッコいい、CGみたいな、アバターだってここまでじゃないよ的な、超イケメン……だった……」
「それはまあ、なんて言ったらいいか……予想外過ぎ?」
*
「ちょっと落ち着いてきたね。よかったよかった」
「うん、ごめん。衝撃が強過ぎて、帰り道、いろいろ考えちゃって、プチ崩壊してた」
「そーんなにカッコ良かったんだ?」
「うん。あれはヤバイ。見ているだけで幸せになれる。それが、動いて話しかけて笑って照れて……もう最高。アイドルに大枚はたくヤローの気持ちを、今日、マコトに理解した。イケメンには、お金に換算できる価値がある」
「マジか。うわー見てみたい。リアル超イケメンなんて、TVの中にしかいないと思ってた」
「あるわよ、写真。みんなで撮ったやつだけど」
「見せて、見せて。……うわっ。マジだ。マジでオーラ漂う超絶イケメンじゃん」
「うん。私も最初、目を疑ったわよ。本当にユキムラさん? って、つい聞いちゃったわ。当人は苦笑してたけど。他のみんなも、とても驚いていたし」
「本物なんだ。なんでこんなにカッコいいのに、わざわざ地味なフツメンアバターを使ってるのか聞いた?」
「うん、もちろん。リアルでは日頃から、外見のせいで色眼鏡で見られてしまうから、ゲームでは、そういうのなしで過ごしてみたかったって、ユキムラさんは言っていたわ。同世代の女子が苦手なのも、外見ありきで全然中身を見てくれない、なのに所構わず騒ぐから……だって」
「ふぁあ。痛いところを突いてくるね。確かに、クラスにこんな見とれちゃうようなイケメンが居たら、凄い騒ぎになると思う。間違いなく、学校中の女子の噂になるレベル」
「そう、それでね。ユキムラさん、小学生の時にお母様を亡くされていて、それ以降、お父様と2人暮らしで、家事全般をやっていたんですって。だから、毎日がとても忙しくて、自分のことだけで手一杯。時間的にも精神的にも、全然余裕がなかったって。それなのに、周りで勝手に女の子が騒いで、とても対処に困っていたんですって」
「苦労してるんだ、ユキムラさん。それじゃあ、リア充キャピギャルは苦手になっちゃうかもね。年上好きっていうのは、そこからも来てそう」
「ゲームのままの人柄だったわ。穏やかで優しくて、でもちょっと子供っぽい。笑った顔なんかもう素敵過ぎてなんて言ったらいいか。いやもう、無理……需要があり過ぎて無理。私とか無理。もっと美人で包容力があって気が利いて、年齢も3つも4つも離れていなくて仕事ができて経済力があって魅力的な女性が、相応しいんじゃ……ないか……と……」
「あ、また落ち込んじゃった。待て待てお姉ちゃん。そういえば服装への反応はどうだった? お姉ちゃんのFカップをアピールするべく、ちょっとパッツン気味の薄地シャツ、ボタン二つ開け仕様は?」
(ガバッ!)
「……それはバッチリ。ユキムラさん、時々チラ見してた。他の連中はガン見してたけどね。やっぱりそこは若いっていうか、どうしても気になって、つい目が引き寄せられる……って感じだったわ。それで慌てて目をそらしたり、見ていることを気づかれたらヤバイどうしようみたいに焦っている感じもまた初々しくて……ちょっとなら触ってもいいのよっ、とか言ってみたく……、痛っ」
「お姉ちゃん、トリップしないように。オフ会の場でお触りとか、ダメでしょうに」
「はっ! いけない、つい。それに大丈夫。ちらっと思っただけで、実行はしてないから」
「お姉ちゃんの話を聞いていると、脈あるんじゃない? 少なくとも、お姉ちゃん、かなり好感度を稼いでそう、ユキムラさんの」
「そ、そう? 本当にそう思う? 気を使ってくれちゃったりしてない?」
「うん。ここはもうちょい積極的にいってみたら? 年上好きなら、美人で優しくて世話焼きでFカップナイスバディのお姉ちゃんに惹かれないわけない。少なくともISAO内じゃあ、今現在、競争相手はいないわけだから、ちょっと距離を詰めてみるくらい、ありありだよ。じゃないと、そのうち性格のいいスタイルイケメンってだけで、近づいてくる子が出てくるかもよ?」
「そうか……そうね! 分かった。由香里、ありがとう。お姉ちゃん、頑張ってみるわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます