25 牛狩り
ジーク岬から引き上げてトリムへ戻り、攻略班や劇団の面々とはそこで別れた。
その後、今日は金曜日で夜更かしOKってことで、みんなで食事に行った。俺はまだ酒は飲めないけど、他のメンバーは成人しているから酒場へ直行だ。
「ハイナル遠征お疲れ様。乾杯!」
「お疲れ様。でも進展があってよかったな。どこでフラグを踏めたのかは、結局よく分からなかったが」
「そうね。吟遊詩人が一役買っていたとして、きっとそれだけじゃあないんでしょうね」
「おそらくまたレイドだろうから、トリムに集まったプレイヤー数なんかも関係していそうだ」
「プレイヤー数といえば、第二陣はあまり来ていないようだな」
「そりゃあこねえわ。初回撃破報酬が手に入るようになったんだ。連中は今頃、ダンジョン攻略に夢中だろう」
なんの話をしているかというと、第二陣のプレイヤーを対象に、ダンジョンボスやエリアボスの討伐回数がリセットされた。彼らにとって、今は早い者勝ちで初回撃破報酬が手に入る稼ぎ時というわけだ。そりゃあ、モチベが上がるし、レイドなんて後回しになるよ。
「確かに。レイドに参加するよりも各ダンジョンを巡った方が、レベルも上がるし実入りもいいって考える連中は多いかもな」
「今はとにかく第一陣に追いつきたいでしょうから、余計にそうなるわよね。レイドだと、主導権はまだ第一陣が持つでしょうし、それを面白くないって思う人もいるでしょう」
「ってことは、今回のレイドは、前回とあまりメンバーが変わらないってことになるのかもな」
「牛狩りメンバーを見るとそうなりそうだ」
「牛狩りか。怪物の腹を満たすには、一体何匹狩ればいいのかね」
「そこは検証班が考えてくれるさ。まっ、楽しもうや」
「そうだな。気楽に牛狩りだな」
*
「話は変わるけどよ。来週の週末、仕事で上京するんだ。夜は空いているから、どっかで飲まないか?」
「リアル?」
「そう、リアル。ISAOだと、酒を飲んでもあまり酔えないからな。このメンバーで飲み会したいって思ってたしさ」
「俺はいいぜ。特に予定は入っていないし」
「俺も参加」
「たぶん大丈夫。確認してから、また返事する」
「私も大丈夫だと思うわ。ユキムラさんは?」
「えっと……」
リアルで飲み会とか、ヤバくないか? アバターと全然違うことがバレちゃうじゃん。
俺以外は全員βテストからの仲だから、既にオフ会で会ったことがあるらしい。βの時は、もっとメンバーが多くて、生産クランを作っていたんだって。キョウカさん以外の女性も数名いた(その中にはジンさんの奥さんも)らしいけど、正式配信では大多数が戦闘組にチェンジしてしまったそうだ。
……みんな、俺ほどアバターを弄っていないんだろうな。
「ユキムラ、未成年に無理に飲ませようとはしないからさ、お前も来いよ。変な奴はいないことは保証するぜ」
「そうそう、もし別人のようなユキムラ君が来ても、俺たちは温かい目で迎える」
ドキッ。
「おっ。なんだ、そういうことか。もし、ユキムラ君がユキムラさんでも、俺たちは気にしない。むしろ喜ぶ」
「いや俺、男ですから」
そうだ。ちゃんと付いてる。
「そうか、男か……残念だ。じゃあ、その男を見せてみろ」
それは恥ずかしいから嫌だ。
「ユキムラさん、本当に迷惑なら断っていいのよ。それで関係が変わるとか、今更ないから」
「そうだぞ。この優しいキョウカお姉様とも会えるぞ」
キョウカさん、リアルのキョウカさん。それは……会ってみたいかも。いや、是非お会いしたいです!
やはり大きいのだろうか……。
その、あの、あれだよ。女性の魅力的な身体的特徴のひとつ……ええい! 回りくどいのは止めだ!
乳だ! 巨乳だ! 巨乳だよ! (大事なことだから繰り返し言った)
「みなさんがよければ、俺も参加させて下さい」
おう、言っちゃった。やはり、巨乳の魔力には勝てない。俺、非力。
「そうか、青年。楽しみにしているぞ。連絡先は、後で交換な」
「ユキムラさん、本当によかったの? 無理してない?」
「はい。大丈夫です」
大丈夫……ただ、巨乳に負けただけだ。
「そう。それならよかった。私も会ってみたかったから。楽しみだわ、オフ会」
「俺も、凄く楽しみです」
ホントに楽しみにシテマス。
◇
はい。ただいま乳狩……じゃなくて牛狩りの真っ最中です。
牛狩りといえば「ジルトレ」の東の高原で盛んにやったけど、今回はここ「ハイナル」の南の草原に来ている。
以前狩った「黒魔牛」に比べると、この草原にいる「黒炎魔牛」はひと回り体が大きくなり、頭の両側から生える立派な角は、興奮すると火を纏う。これは狩りがいがあるね。
「ジン、キョウカ、そっちへ行くぞ!」
「おう!」「任せて!」
〈ドス! 〉キョウカさんの槍の一撃が見事に入ると、それに続いて、
〈ザシュ!〉ジンさんの振り下ろした剣による追撃が上手く決まった。
みんなβから一緒なわけだから、この辺りの連携には無駄がない。
「よっしゃ! 急所に入った! 仕留めたぞ!」
「順調、順調、その調子。次行くぞ!」
魔術を使うアークと弓を操るトオルさんが追い立て役、防御の固いガイさんと身軽な俺が牽制役で、ジンさんとキョウカさんが仕留め役。
これが一番嵌っている気がするな。もちろん、スキル育成もする必要があるから、役割は時々交代しているけどね。
*
そうやって、十数匹ほど狩った頃、牛たちの様子が急に変わった。
「おい、奴ら一斉にこっちへ来るぞ。やばくないか?」
「左右に分かれて、牛の進路を開けよう。一旦、回避だ」
俺たちが両脇に退避すると直ぐに、牛の群れが俺たちの横を駆け抜けた。激しい蹄の音と共に、土埃が舞い上がり、地面が揺れる。凄い圧力をひしひしと体に受ける。
すると、
《ポーン!》
《エリアボス「雷光魔牛アステリオス」が出現しました。発見者は、チーム「クリエイト」6名。なお、この戦闘は、複数パーティが参加可能です。参加依頼及び許可については、発見者に権限があります。》
牛の群れの通り過ぎた後、牛頭人身、身長3メートル超の大きな怪物が、そこにいた。
「【結界】防御壁!」
〈ガゴッ!!〉張ったばかりの結界に、魔牛の振り下ろした巨斧が激突する。
「ユキムラ、下がれ! 俺が受ける!」
「お願いします」
ガイアスさんが前に出て、大盾を構えた。
「【敵視】タウント!!」
魔牛の視線がガイアスさんに向き、また巨斧を振りかぶる。
「雷光ってことは、麻痺を使ってくる可能性がある。ユキムラは、後ろに下がって後衛でフォローをよろしく」
「了解です」
「戦闘組に、メールを送ったわ。近くにいると思うから、しばらく凌げば応援がくると思う」
「気がきくな! よし。行くぜ!」
俺はまず全員に「身体強化」と「状態異常耐性」をかけ、それでも麻痺にかかった時は「麻痺解除」し、状況に応じて「結界」を張ったり、「回復」を行ったりして支援を続けた。
「かった、硬過ぎるだろ、これ!」
雷光魔牛は、その体の大きさに比例して、
「待たせた。許可よろしく」
「おう! 許可出したぜ。麻痺を使ってくる以外は、物理だ。攻防共にパワータイプ。こちらこそよろしくな」
「『状態異常耐性』をかけてもいいですか?」
「是非頼む」
「完全耐性ではないので、麻痺することもあります。気をつけて下さい」
「了解した。ありがとう」
*
「黒曜団」が参加すると、戦況は一転して攻勢になった。
「やっぱり戦闘組は強いな。あんな固いのに、みるみるHPが削れて行くぜ」
「うん。一気に暇になったな……ってわけでもないか。黒炎魔牛が沸いてきたぜ。アステなんとかはあっちに任せて、俺たちはこっちを狩ろう。悪いがユキムラは、両方の支援をよろしく頼むな」
そうして、しばらくは順調に進んでいたが、敵のHPが1/4を下回ると、雷光魔牛は頭の左右の大角から雷撃を放ってくるようになった。
「うひょー、強烈。神官さん、回復頼むわ」
「どうぞ!」
「サンキュー」
それでも、戦闘組……それも最前線組は伊達じゃない。間もなく、残り1/4も削りきって、雷光魔牛は討伐された。
「お疲れ様でした。ご協力ありがとうございました」
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう。牛狩りに作業感が出てきたところだったから、エリアボス討伐はいい気分転換になったよ」
「いやあ、助かりましたよ。俺たちだけじゃ無理だったんで」
「お互いにWIN-WINだな」
「っつーことで」
*
戦闘組と分かれ、その後もしばらく牛狩りを続けた俺たちは、日没近くになって帰路に着いた。
「やっぱり綺麗な景色ね」
「VRの醍醐味ですね。リアルじゃ旅行なんて、なかなか行けないから、こういったのも楽しみのひとつかな」
「今日は、結構頑張った。黒炎魔牛の素材が手に入らないのが残念だが」
「牛は丸ごと怪物行きだもんな。でも、エリアボスの初回討伐報酬が、各人に召喚券として来たのはラッキーだった。揉めなくて済むもんな」
「そうだな。雷光魔牛・素材召喚券3、雷光魔牛・武器/防具/アクセサリ・ランダム召喚券1。もう引いたか? 俺は、左大角・皮・骨、『雷光魔牛のヴァンブレイス(籠手)』だった」
「引いたぞ。素材は肉・骨・
「肉・骨・蹄、『雷光魔牛の巨斧』だね」
「右大角・皮・肉、『雷光魔牛のブレストプレート(胸当て)』よ」
「皮・肉・蹄、『雷光魔牛のタセット(草摺)』だ」
みんな違うんだな。俺は首飾りだったし。
「皮・骨・魔石、『雷光魔牛の首飾り』です」
「綺麗にバラけたな。仕様か? ま、いいや。皮を回してくれ、皮を」
「ガイさん、斧いる? 肝と交換しない?」
「おう、好きなもん持ってけ」
「角希望。骨も一部」
各自交渉して、欲しいものに交換したり、売り買いし合った。こういうのも楽しい。俺は、皮はジンさんと、骨はトオルさんと交換して、何故か両方とも肉になった。嬉しいけど。
「魔石は、首飾りの強化に使えるがどうする?」
ってトオルさんに聞かれたので、加工をお願いすることにした。
◇
狩りの後は、みんなと別れてトリムの「碧耀神殿」に戻り、そこの厨房を借りて、先程GETしたばかりの雷光魔牛の肉を調理してみた。早速、味見だ。
ついでに他の食材も使って、本日の賄いを何品か用意してみたところ……。
・〈帆立貝のポワレと香草のエミュルション〉
・〈トマト・オ・クルヴェット〉
・〈ウフ・ポシェ・フリカッセ・ドゥ・シャンピニョン〉
・〈天使の蕪のヴルーテ〉
・〈痺れる味覚、雷光魔牛のロティ 人参のピュレを添えて〉
・〈救済の無花果 コンフィ仕立て〉
……いやいや、おかしいだろ。俺が作ったのは、
・帆立貝の蒸し焼きにバジルソースかけただけ。
・茹でた海老をタルタルソースで和えて、中をくり抜いたトマトに詰めただけ。
・キノコの油炒めに温泉卵を載っけて生クリーム垂らしただけ。
それに、
・蕪のクリームスープ (メレンゲがグルグルかき混ぜていた)
・牛肉のオーブン焼き
・イチジクタルト
……なんだよ。なんでこうなった?
【調理Ⅶ】……お前のせいか?
まさか【J聖餐作成Ⅱ】……これは関係ない、よな?
それとも、この街がいけないのか? 設定が南フランスとかなんとか。
………考えても分からないし、結果オーライでいいか。
賄いを食べた神殿の人たちはとても喜んでくれたし(涙流しながら食べているのは、よほど口にあったんだろう……ということにしておく)。
あれ?
このイチジクタルト、やばい……。
食後6時間HP持続回復(中)が付いてるじゃん。ジーク岬で採取したイチジクで作ったんだが、使用前に鑑定したときは、こんな効果はなかった。……よな?
……まあいい、今度行ったらまた採取しておこう。そんな食材もあるってことで。
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