24 岬にて
《ジーク岬》
眩いばかりに広がる青空の下、目の前にはどう表現したらいいのか、何とも迫力のある絶景があった。
壮観というか奇観というか。
海岸線には、黒ずんだ六角柱状の巨岩が立ち並び、高く切り立った垂直の壁を築いている。延々と連なるその断崖絶壁には、白い波頭をまとった荒波が、打ち寄せては弾け、打ち寄せては弾けて、激しい波飛沫を生み、荒々しい景色を作り出していた。
圧倒される。
畏怖を感じるっていうのは、こういうのを言うんだな。
……あれが「トリキエ岬」なのだろう。
遠景に薄っすらと対岸が見える。
そして、この海が「シーナ海峡」。以前は、ここに大渦が発生していたっていう設定なのか。こんなところに大渦があったら、そりゃ確かに船は通れないだろうな。船で渡ればすぐに着きそうな距離なのに。
波により侵食され、入り江状に切り込んでいる崖上に、這いつくばるように身を伏せた。そして、恐る恐る真下を覗き込んでみる。
ビョウビョウと強い風が吹き荒んでいるから、結構怖い。
リアルじゃこんなこと出来ないな。でも、こういうの一度やってみたかったんだ。そういうのない?
ん?
なにかある?
這い
……自然のものじゃない、人の手が加わったような形……あれは、祭壇じゃないか!
*
「確かに祭壇のような形ですね。前回の調査では、目視出来なかったものです。しかし、どうやってあそこまで行くのか……」
「直接ここから降りるのは厳しいな。風が強過ぎる。あそこまで通じる道ができていないか、みんなで手分けして探そう」
……そして周辺に散って、それぞれが探すことしばらく。
「あったぞ!」
生い茂る灌木の林の中から声が聞こえた。
あの木、なんだろう? 丸い黄緑色の実が、所々に
林の中へ進むと、人が集まっていて、その足元に下へ降りる階段が見えた。階段の幅は狭く、大人2人が並んでは通れなさそうだ。
斥候班の人たちが先に降りていき、大丈夫そうだということで、俺たちも順番に降りて行った。下へ降り切ると、そこはやや広い空間になっていて、どこからか陽が差し込んできていて、意外に明るい。
「なにこれ? 牛? こっちは羊かしら?」
壁画だ。周囲の壁一面に、海の大渦、人々、動物たち、そして…怪物と思われる異形の絵が描かれていた。
「大渦を起こす怪物に、生贄を貢いでいる絵か。村人の言葉の通りだな」
「後でこの絵は記録するとして、先へ進もう。斥候班が戻ってきた。どうやらあの出口が、先ほど見えた祭壇らしきもの…いや、もう祭壇で間違いないだろう……のある場所へ通じているようだ」
壁に空いた穴から伸びる通路を進むと、そこは海に面していて、波の打ち寄せる岩礁の中に、先ほど上から見下ろしたあの祭壇が設置されていた。このくらい近くで見ると、かなりボロボロで、既に風化が始まっているようにみえる。
「表面に文字が彫られています。読めそうなところを拾って読み上げますね。
『……私に…語って下さい…数々の苦難を
…私に語って………………ものの末路を
海を父とし大地を母とする……………
……その貪欲な魂は………を知らない
……怒りの雷が………を襲い…………
魔の淵に沈められし…………果ては…
海を飲み込み…なお飽くことを知らず 』
このくらいですね。あとは削れていて分からない」
「これは、まるで詩みたいですね。ちょうど吟遊詩人さんがいるし、歌ってもらったら何か起きるかも?」
「やりますよ。欠けている部分は、Jスキルの【即興】で補えると思います」
「何か起きるか、あるいは何も起きないかもしれないが、やってみて損はないな。みんなもそれでいいか? では、ミンストレルさん、お願いします」
*
ミンストレルさんが、その柔らかな声で歌い始めてからしばらくすると、どこから聴こえてくるのか、細く高い女性の歌声が流れてきて、歌に重なってきた。優美な多重唱が織り成され、辺りに響き渡る。
そして、そのまま歌唱が続けられると、岩礁の狭間から、人ならぬ女性たちが姿を現した。
美しく長い蒼髪。髪に飾られた真珠が淡い光を放ち、その下半身には紺青の鱗が煌めいている。
人魚?
……いや、【生体鑑定】によると、「セイレーン」のようだ。
ただ、残念なことに……そう非常に残念なことには、上半身は肝心なところが髪の毛に隠れてしまっていて、全く見えない。
(そうだ、18禁じゃなかったんだ、このゲームは。)
でも、動画保存ものだな、この光景は。吟遊詩人の歌に合わせて、水も滴る半裸の美女軍団登場なんて、出来過ぎている。
歌が終わると、美女軍団の中央にいる、リーダーと思われるセイレーンが話かけてきた。
「遠くより訪れし者共よ。かの者は既にここにはいない。立ち去るがよい」
「かの者とは?」
「哀れな女神の成れの果て。大渦の化身、『カリュブディス』に他ならぬ」
「では、その『カリュブディス』は、一体どこへ?」
「知らぬわ。いずこかへ消えた。ここはもはや、我々の領域。立ち去れ」
「わかった。君たちと争うつもりはない。しかし、ひとつだけ教えてくれないだろうか? 『カリュブディス』に近づくには、どうしたらいい?」
「よかろう。かの者は大食ゆえ、たらふく食って腹を満たせば、しばらくは寝に入るだろう」
「ありがとう。我々は引き上げるとするよ。美しい歌声にも感謝する」
……レオンさんて、言うことが、なんかいつもカッコいいよな。
大人の男っていうか、ちょいワイルドだけど紳士っていうか。さすが最前線クラン「黒曜団」のクランマスターって感じだ。俺も、もっと年をとったら、こんな風に……いや、無理だな。きっと、恥ずかしくて、こういう言い回しはできないままだろう。
壁画の記録を済ませた俺たちは、セイレーンたちとの約束通り、手早くジーク岬を引き上げた。
撤収時には丁度日が暮れて、蜜柑色に染まりながら対岸の稜線に沈む夕陽と、その明かりに照り映えて、キラキラと金色に光る海が 、とても綺麗だった。
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