26 ティニア湾の攻防

 やって来ました。トリム解放クエスト本番当日。


 今回も、みんなは後方支援。俺は、「神聖騎士団」改め「東方騎士団」と一緒のチームになった。


「東方騎士団」にクラン名が変わっていたこと以外に驚いたのが、「聖女」さんが、中級職で「占星術師」にルート変更をしていたことだ。服装も当然、修道服じゃない。


「占星術師」は、聖職者寄りの魔法職らしいんだけど、いわゆる魔女っ子じゃなくて、魔法学者風? ……っていうの? 所々キラキラしてはいるんだけど、割とカッチリしたデザインのガウン姿になっていた。


 いわゆるアカデミックドレスっていうものらしいが、頭に被っている房付きの角帽子がよく似合っている。


 いやでも、女性って服装や化粧でこんなに印象が変わるんだね。


 以前は、いかにも修道女っていう感じの清楚なナチュラルメイクで、髪の毛は全てウィンプル(頭巾)に隠れていた。でも今は、華やかなゆるふわにまとめた長い金髪が見えているし、柔らかな色合いのピンク系のメイクは、とても似合っている。


 ガウンの下は、秘書風の細身のスーツを着ていて、歩くたびにタイトスカートのスリットから覗くスラリとした足に、思わずドキッとした。


 ふいに、「綺麗なお姉さんは好きですか?」っていう、ネットで見かけた昔のCMシリーズを思い出しちゃったよ。


 それに対して俺はというと、大司教のフル装備(キラキラ典礼服にジャラジャラアクセ)です。はい。


 だって、レイドだから、フル装備じゃないとね。失礼でしょ、皆さんに。


「こんにちは。今日は、よろしくお願いします」


 東方騎士団のグレン団長が、このチームのリーダーなので、レイド前に挨拶しに行った。


「おう。こちらこそ宜しく。先日の作戦会議でも聞いていると思うけど、この後もう一度、我々のチームで、大まかに開戦後の作戦の確認をするけどいいかな?」


「はい。その方が俺も安心です」


「もうすぐ始めるから、その辺りで待っていてくれ」


 *


 しばらくすると、チームメンバーが集まってきて、作戦のおさらいが始まった。


「じゃあ、みんな聞いてくれ。まず立ち回りだ。我々は、レイドボスに向かって左、左翼に位置する。


 後方支援部隊の前方、前衛寄りに陣取る。メインアタックは中央チームが担当するので、我々はそのアシストに徹する。


 中央チームが大きく被弾し、陣形が保てなくなったときは、速やかにそのカバーに入る。


 最前列は盾部隊1組、その後ろに盾部隊2組が待機。


 いつでも交代できるように備えるが、飛び出しは厳禁だ。我々のチームは、援護部隊を多数抱えているから、後ろへの被弾は徹底して避けなければならない。盾部隊は、それぞれ一枚の壁になるように意識して動いてくれ。


 一方、攻撃部隊は、左翼からボスへの牽制を行う。深追いは避け、被弾したら交代して回復に努めるように。一斉攻撃のタイミングは、合図に従ってくれ。


 ジーク岬で見つかった詩の記述から、ボスの弱点属性は『雷』と予想され、調査班による追跡調査でも、ほぼ間違いないと判断された。しかし、レイドが進むにつれて、攻撃属性を雷から変更する場合もある。その際は指示が出るので、気をつけていて欲しい。


 次に援護部隊。長期戦が予想され、GPの管理が非常に重要になる。


 定期的に【戦闘強化】をかける部隊は、タイムキーパーの指示に従って動くこと。また、【結界】部隊も、基本的には同様だが、こちらは度々、臨時指示が入ることが予想される。指示を聞き逃さないように注意だ。


 そして最後に【回復】部隊。


 前衛の消耗具合を見ながら、『回復』を飛ばして欲しい。後半戦に入ったら、【持続回復】をかけ始めてくれ。対象者には、予め周知したマークが付いている。指示が出たら、対象者がこちらに寄せてくるので、担当者は迅速に対応を頼む。


 あとはユキムラ君、臨機応変に【完全回復】も頼む。特に後半戦、ボスの直撃を受けて、HPが大幅に減った者には遠慮なく飛ばしてくれ。だが、GPの消耗具合にだけは、くれぐれも注意して欲しい。


 以上だ。質問があれば受け付ける。なければ持ち場に移動だ」



 こうして、「ティニア湾の攻防-トリム解放クエスト」は始まった。



 *



 誘導班が、幻影魔術により作った船影を操り、怪物カリュブディスを沿岸部に誘い込む。


 港湾には、土魔術によって予め何箇所も足場を作ってある。足場は、常に結界により波風から守られ、前衛組の退避場所として使われる予定だ。



 怪物の接近と共に、波が次々と陸地に押し寄せてきた。

 しばらくして、予定していたポイントに怪物が侵入したという合図があった。


 ……第一段階成功だ。


 続いて、牛の亡骸を山積みにした沢山の筏が、風魔術によりコントロールされて、怪物の真上の海域に近づいて行く。


 筏がポイントに差し掛かり始めると、ゴボゴボゴボッと、海面が大きく泡立ち、湧き上がる潮煙りと共に、轟々と波の立てる重低音が響き始めた。


〈ゴォゴゴォォォーーーーーーー!〉


 ……突如、海が逆巻いた。


 波が引き寄せられ、凄まじい勢いで、見る間に大渦が広がって行く。


 渦の中心を目掛けて、海面にあったありとあらゆるものが、海水ごと吸い込まれていく。そして、周囲の海水が大瀑布となって渦の内側に流れ込み、更にそれが新しい渦を形成しながら、深く深く海がえぐれていった。


 周囲は高波が荒ぶり、激しく波打つ。


 ……そして、しばらくして海上にあった全てのものが消え去ると、今まであったことがまるで無かったかのように、次第に、海が……………凪いでいった。


「よし。第三段階開始だ。潜水班は出発。『堤防班』『排水班』は準備を始めてくれ」


 そう、今回の作戦は、海底を縄張りに持つカリュブディスに有利な水中戦を避けるため、予め用意していた場所におびき寄せた。


 怪物が眠っている間に、土魔術と結界で周りを囲み、堤防を作る。そして、堤防が完成したら、その内側の海水をできる限り排水して、海底にいる怪物を露出させる。


 大変、大掛かりな仕掛けだ。


 特に、この堤防班と排水班の仕事は、広域かつ同時進行で、更に速さも要求されるので、能力のある者が集まり、一丸となって押し進めている。


「壮観ですね」


「ああ。君も結界に協力するんだろう?」


「ええ、しばらく抜けますので、よろしくお願いします」


「分かった。行って来てくれ。戻ったらまた声をかけてくれ」


 *


 事前に形成しておいた土台の上に、新たに土の壁が築き上がっていく。出来上がった壁には、硬化の魔術と範囲結界(物理・魔)を重ねがけし、更に強化する。


「こっちも頼む」


「はい。今、行きます」


 水没部分には、潜水班の結界師が下から処置をしていってるので、俺は排水が進むにつれて露出する壁に範囲結界をかけ続けた。


「第三段階終了。第四段階に入る。配置につけ」


 堤防が完成した。

 海水はかなり抜けている。まだ怪物の姿は直接見えないが、黒い大きな影が海面に映っている。


「最後の作業だ。ギリギリまで海水を抜く。怪物が起きる前に、遠距離班は一斉攻撃準備。合図があったら放て」



 *



 紫電の閃光が、空を切り裂き巨魁へと突き刺さった。


〈グギャァァァーーーーーー!〉


 ドラゴンから手足をもぎ取り、口を目元まで裂いたような醜い怪物が、びっしりと鋭い歯の生えたその大きな口を開けると、そこから放たれた雄叫びが空を震わせた。


 激しい雷撃と雷属性弓、雷属性を付与したカタパルトと弩の連射の後、遠距離班は一旦下がり、クールタイムを待つ。


 入れ替わりに、雷属性付与武器を手にした攻撃班が前に出た。


 攻撃班は、水上歩行が可能になる「水蜘蛛の巻物 」を使用している。長柄鑓を構えた部隊が槍衾を作り、多方面から一斉に、怪物を突き刺した。


 怪物が長柄鑓を振り払おうと暴れ、水飛沫と地響が上がる。


 長柄鑓を怪物の体に残したまま部隊は離脱し、続いて、激しい剣戟が怪物を襲う。体表面を覆う鱗は案外柔らかいのか、怪物の傷は次第に増え、赤い血で真っ赤に染まってきた。


「HPバーの1本目が終わる。各自、不測の事態に備えて警戒!」


 そう言った直後、怪物が頭をもたげ、大きく息を吸い込んだ。


「ブレス警戒!!」


「「「「【結界】範囲結界!」」」」


〈ドゴォーーッ!!〉


 怪物の口から、ジェット流のような水ブレスが噴き出た。逃げ遅れた人たちのHPが、見る間に減っていった。


「「【回復】回復!」」「【回復】回復!」「「【回復】回復!」」……


 危なそうな人たちに、次々と回復がかけられていく。もちろん、俺も参加。


 怪物の周囲の水位が上がり、動きが良くなると、怪物は堤防に対して攻撃を始めた。


「遠距離班、一斉攻撃! 」「堤防班、排水班、対応を頼む」


 再び、雷撃の嵐が怪物を襲った。

 怪物は、度重なる雷撃を受けて、あちこち焼け爛れ、苦しそうに唯一自由になる首をくねらせ、もがいているように見えた。


 堤防を修復しながら攻撃を繰り返し、HP2本目も終わる頃、


 怪物が変態した。


 根元から首が2本に分かれ、長く伸びる。そして2つの頭がそれぞれ大きく口を広げ、息を吸い込み、吐き出した。


「ブレス……!!」


〈〈ブッシャァァァァァァーーーーー!〉〉


 ……ジェット水流と猛毒の霧が攻撃部隊を襲った。


 攻撃部隊のメンバーに、次々と猛毒の状態異常がつき、ごそっとHPが削れる。やばっ!


「【状態異常治癒】毒中和!」


 消費GPを増やして中和レベルを上げ、猛毒に対処する。

 更に退避してきた人たちに、範囲回復をかけ、状態異常耐性も重ね掛けをした。


 ふぅ。……なんとかリカバリー出来たみたいだ。


 毒中和やアイテムを駆使して毒に対応しながら、続いて3本目を削る。


 3本目が終わる頃、またカリュブディスは急に動きを止め、雷撃の嵐に曝されながら、変態を遂げた。今度は、短く太かった尾が蛇のように長く伸び、頭が分裂して3つになった。


「ブレス警戒!!」


 ジェット流、猛毒ときて、今度は………!


 ブレスを浴びた攻撃部隊の面々が、急に陣形を崩し、揉み合って倒れて行く。


 やばい! 混乱だ!


 慌てて混乱解除に向かう。


「【状態異常治癒】混乱解除」


 こればかりは、対象者を待っていても、こちらには来てくれない。AGIを上げておいて良かった。神官がこんなに走る状況があるなんて、思ってもみなかったけど。


 こんな風に、最後はちょっとバタバタしたけれど、事前の入念な準備が功を奏し、見事HPバー4本を削りきって、カリュブディス討伐は終了した。


 ふうっ。



*── 《トリム解放クエスト報酬》 ──*


 [参加報酬]

 ・20000G

 ・HP回復ポーション(5)

 ・MP回復ポーション(5)

 ・R確定/アクセサリ・ランダム召喚券 1

 ・アイテム選択券〈海〉

 ・素材召喚券 5


 [討伐報酬]

 ・80000G

 ・HP回復ポーション(20)

 ・MP回復ポーション(20)

 ・R以上確定/職業別・武器/防具/アクセサリ・ランダム召喚券1

 ・R以上確定/ジャンル別・武器/防具召喚券1

 ・アクセサリ装備枠拡大券2

 ・Sスキル選択券1

 ・R以上確定/素材召喚券3

 ・レイドボスモンスター素材召喚券5

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