20 神殿③

 

 はい、今日も絶賛お務め中です。


 ……でも今日はいつもと全然違います。


 そう、大聖堂の中は人でいっぱい。


 どこからこんなに集まったのかっていうくらい、一般NPCで満ち満ちている。


 そして、その全員が壇上オレに注目している。



 *



 大聖堂の中は薄暗く、数多くの燭台に立てられた蝋燭の灯りが、静かに揺らめいていた。そのどこか温もりのある灯りに照らされて、室内の凝った装飾や神々の聖像が、柔らかなラインで浮かび上がり、荘厳な雰囲気を演出している。


 蝋燭の灯りには、いろいろな意味や効果があるそうだ。


 ・不浄を燃やし、魔を退ける。


 ・心の闇を照らし、明るい道へと導く。


 ・緊張を緩め、心身を落ち着かせ、癒しを与える。


 ……どうやら、最後のは、今の俺には効かないようだ。



 祭壇前には、典雅な式服で身を包んだ神官たちが立ち並び、金銀で装飾された数々の祭具が並べられた祭壇上は、眩いばかりの煌めきを放っていた。


 …………。


 自分の鼓動が聞こえてきそうだ。こんなに大勢の人(NPCとはいえ)に見つめられるのは、もちろん初めて。


 ……超緊張。手に汗かいてきた。


 だ、大丈夫だ。あんなに練習したじゃないか。練習の通りにやればいいんだ。


 深呼吸スーハー


 上手くやろうなんて思わなくていい。失敗しなければいいんだ。


 焦るな……動作はゆっくりでいい……いや、むしろゆっくりの方がいい。せっかちにやると、威厳がなくなるって、何度も注意されただろ。


 よし。もう少しだ。


 落ち着け……誰も地味な俺の顔なんか見ちゃいない。この荘厳な雰囲気に酔っているだけだ(そもそもみんなNPCだけどな!)。


 第一段階終了(ホッ)。


 これからしばらくはクラウスさんの番だから、俺はここで静かに立っていればいい。次の段取りをイメトレしていよう。


 で、……なぜこんなことをしているかというと、


 これが俺の転職クエスト(のひとつ)だからだ。



 ◇



「お疲れ様でした。無事、祭礼の大役を務め上げられたことを、お慶び申し上げます。これにより、神々のご威光が、ますます民に行き渡ることでしょう。本日は、ゆっくりおやすみ下さい。では、失礼致します」


〈パタン……〉ドアを静かに閉めて、クラウスさんが出て行った。


 終わった〜。マジ疲れた。これ、あと5回もやるの? 勘弁してくれよ。ふーっ。


 次の転職は、今までと違って一筋縄ではいかない。


 今までは、「格★」とレベルと必要スキルが条件を満たせば、それでもう次の転職先が出てきた。しかし、今回、次の上級職になるには、専用の転職クエストを消化する必要がある。


 俺の場合は、「神殿の六祭礼を全て執り行うこと」になるそうだ。


 ちなみに、「六祭礼」とは以下の通り。


「華燭祭」 火

「蜉蝣祭」 水

「碧風祭」 風

「豊穣祭」 土

「宵闇祭」 闇

「煇煌祭」 光


 見てわかる通り、6属性の祭になる。


 インスタンスエリアで行われるので、祭礼に参加するプレイヤーは、クエスト対象である俺1人。周りは全員NPCだ。


 クエストの開始・中止をプレイヤーの都合に合わせても周りに影響が出ないように、また、同時期に複数のクエストが重なっても大丈夫なように、こういう仕様になっているそうだ。



 *



 今日クリアしたのは「華燭祭」。


 次は「豊穣祭」を予定していますって言ってた。一体いつになったら終わるんだろう。先は長いな。


 でも、全て消化すれば、確実に「格★」はMAXになるそうなので、レベル上げしながらゆっくり進めていけばいいか。


 最近は、祭礼の準備に時間を取られ、ほとんどフィールドには出られなかった。みんなも転職クエスト絡みで忙しそうだし、久々にソロでフィールドに出てみるか。


 そうそう忘れてた。儀式の間、表示OFFにしてたんだった。


《ピコン!》


「メレンゲ、やっと終わったよ。今日はもう何もしないでログアウトするつもりだけど、その前にお菓子食べる?」


「そうか。マドレーヌとクレーム・ブリュレとどっちがいい? 両方。わかった。先に出しておくから食べ始めていていいよ。俺はお茶用のお湯を貰ってくる。俺も疲れたせいか、なんだか甘いものがすごく食べたい。VRだから、ブドウ糖補給にはならないんだけどな」





 はい、ログイン。


 今日はフィールドに行く予定。


 行き先は決めてある。南の山岳地帯で見つかった「常闇ダンジョン」だ。名前から予想がつくと思うけど、魍魎蔓延はびこるアンデッドダンジョンになっている(つまり俺の得意分野)。


 準備するものはあまりないんだけど、カンテラだけは買い直しておきたい。


 今持っているカンテラは、ゲーム初期に揃えたもので、光量があまり強くない。常闇ダンジョンには、何回か通う予定だし、この際買い替えようと思う。



〈カランカラーン!〉道具屋のドアを開けると、勢いよくドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


「すみません。カンテラを見せて欲しいのですが」


「はい、こちらになります」


「『常闇ダンジョン』へ行くのですが、どれがお勧めですか?」


「おひとりですか?」


「はい、1人で行くことが多いと思います」


「さすが大司教様ですね。先日の『華燭祭』、素晴らしかったです。感動でした。十数年間ぶりに行われたらしくって、うちのお婆ちゃんなんか、涙ぐんじゃって大変でした」


 あれに来てたのか……。


「そうですか。喜んで頂けたなら幸いです」


「あっといけない。つい余計なお喋りをしちゃって。『常闇』なら、お勧めはこれです。少しお値段は高くなりますが、十分な光量を確保できますし、光量調節機能も付いています」


「では、これをお願いします」


「毎度ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」



 *



 NPCって、どうも誤魔化せないみたいなんだよな。どんな服装でも大司教だって必ずバレる。店員さん、店の前でまだお辞儀してるし。……早く立ち去らねば。


 で、冒険者ギルドに来た。


 タッチパネルで依頼をチェック。道程でできる討伐依頼や採取依頼があるといいな。


 おっ、あったあった。



 ・[採取依頼]ブラックトータス 生息地:常闇ダンジョン周辺

 報酬:甲羅(品質[標準])1つにつき400G(上限50)※品質[良]は1割増し、品質[劣]は1割減とする。


 ・[採取依頼]夜光花 自生地:常闇ダンジョン

 報酬:1本(茎ごと採取。品質[標準])につき200G(上限100)※品質[良]は1割増し、品質[劣]は1割減とする。


 亀退治と花摘みね。丁度いいな。ポチポチ、受諾と。



「あの〜」


 ん?


「あの〜。すみませ〜ん」


「えっ、俺?」


「そうですぅ。今〜お時間いいですか〜?」


 うわっ。超苦手タイプ。語尾伸びギャルじゃん。


「私たち〜、この街に来たばかりで〜よくわからなくってぇ〜」


 いいって言ってないぞ、俺。


「まだ始めたばかりで〜不安だし〜」


 一方的に話すんだな、やっぱり。


「それでぇ、お兄さん、優しそうだし〜。一緒に冒険できたらいいかなぁ〜って思って〜」


 いやいや、それ寄生プレイっていうの。それに何で俺? パーティ募集なら、タッチパネルでできるでしょ。


「だから〜。私たちと一緒……」


「ユキムラさん! ちょっといいですか? こちらにお願いします!」


「ごめんね。呼ばれてるから、俺行くね」


「え〜」


 助かった。ダッシュでギルドカウンターへ移動。


「エルザさん、ご用は何でしょう?」


「ふふっ。ごめんなさいね、呼び寄せて」


 うわっ。笑った顔も綺麗だなぁ。眼福眼福。もーいくらでも呼んで下さい。


「いえ。正直助かりました。ちょっと困っていたので」


「本当? 可愛いじゃない、あの子たち」


「いや、一番苦手なタイプですよ、ああいうの。パーティに勧誘されても困るし」


「そうなのよね。さっきからずっとああなのよ、あの子たち。システム使ってくれたらいいのに」


「俺もそう思います。知らない人にいきなり誘われてもちょっと……」


「よかったわ。邪魔してなくて。それに、本当に用件もあるのよ」


「何でしょう?」


「ユキムラさん、さっき『常闇ダンジョン』の採取依頼を受けてくれたでしょ? そのついでと言ってはなんだけど、採ってきて欲しいものがあるの」


「ついでにですか?」


「そう。具体的にいうと『星辰草』ね。『夜光花』の群生地の中に、時々紛れていることがあるのよ。特徴は、このメモを見てね。葉が星形をしていてキラキラ光ってるはずなの。見つけたらで構わないので、お願いできるかしら? 依頼票はこれ。イレギュラーな依頼なので、カウンターで受け付けるわ」


「美人の頼みは断れませんよ。見つけたらでいいならお引き受けします」(言ってみたかったコレ!)


「ふふっ。お上手ね。でも嬉しい。では、よろしくお願いします」


「はい、じゃあ早速行ってきます」

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