003 閑話 二人のユキムラ
俺の名はユキムラ。
刀士だ。(本当は見習い刀士だ。だがすぐに刀士になる。だから刀士だ。)
ユキムラはもちろん、「六文銭」の「真田幸村」から貰った。
「
に、俺はなる!!
そんな俺は、ただいま絶賛ISAO中。念願のISAOだ。第二陣だけどな。しかし、俺の活躍はこれから始まる。さっさと第一陣に追いついて、追い越してやるのさ。
そして、俺の名を天下に知らしめる。見てろよ!
《第2の街「ジルトレ」冒険者ギルド》
来てやったぜ。ジルトレの街の冒険者ギルドだ。
道中出てきたカッパみたいな敵を、俺は一刀のもとにバッタバッタと切り倒し、とうとうここまで来た。レベルもかなり上がったぜ。さすが俺だ。
「お兄ちゃん、ちょっと休もうよ。あそこに、イートインみたいなのがあるよ。ISAOって、食べ物や飲み物が美味しいんだって!なのに、ゲーム始めてまだ蜜しか飲んでないんだよ」
妹よ。お前は情緒がなさすぎる。
しかし、飯か。うまいのか。それは試してみてもいいな。腹が減っては……って言うしな(武士は食わねど……という言葉もあるがな)! ちなみに、ことわざは得意だ。
「ナデシコ、先に席とっとけ。俺は常設依頼の報告をしてから行く」
そうしないと金がないからな!
「依頼の報告ですね。ギルドカードの提出をお願いします」
おっ! ここのねーちゃんも美人だな。でもなんで
チッチッチ!
わかってないな運営。やれやれ。受付嬢といえば猫耳ギャル。お約束はちゃんと守ってもらわないと。
「合計 3,600G になります」
うわっ、怖え。なんか睨んでないか、このおばさん。接客態度悪過ぎ。いや、NPCがそんなことするわけないか。気のせい、気のせい。
よし。金も手に入ったことだし、メシを食うか。
「お兄ちゃん、どうだった?」
「わりといい金になったぞ。渡しておくな。美味そうなのあったか?」
「んっとねー。オススメは、これみたい。ジルトレ名物のシチューだって」
「ふーん、シチューか。悪くないな、食ってみるか。注文よろしくな」
「うん、行ってくるね」
しかし、空いてるな。静かだし。冒険者ギルドって、もっとザワザワしているもんじゃないか?まあそれもそうか、第二陣はまだみんな始まりの街だろうしな。
俺たち以外はなっ!
第二陣の先陣を切るのも大変だ。まあ、俺だからできるがな。
でも、第一陣はいったいどこにいるんだ?
カウンターにも誰も並んでない。過疎か? 受付嬢が猫耳じゃないから、獣人の村にでも集団移動したのかもしれないな。きっとそうだ。俺も探そう。
「常設依頼の報告をお願いします」
おっ。そう言ってたら人が来た。
背が高いなあいつ。く、悔しくなんかないぞ、俺はこれから成長期が来るんだ。そうだ、そうに決まってる。あいつは装備からして坊主みたいだしな。顔も地味だし。俺の敵じゃあない。うん、敵じゃない。
「あら、ユキムラさんお久しぶり。ギルドカードをお預かりしますね」
…………。
な……なんだと!?
ユキムラ? ユキムラって言ったか? ユキムラは俺だぞ。「
「お兄ちゃん、シチュー頼んできたよ。怖い顔してどうしたの? って、お兄ちゃん、どこ行くの?」
「おい。お前、俺と勝負しろ!」
「えっ? 勝負??」
「お前、ユキムラってんだろ? 俺も、いや俺が
「名前? ……ああ、ユーザー名が同じなんですか。でも、ISAOではユーザー名は重複可だし、カタカナ表記しかできないから、被りもあるんじゃないですか?」
「そんなことは知らねえよ。とにかく本物のユキムラは俺だ! だから勝負しろ!」
《ギルド訓練場》
「おい。どっちが勝つと思う?」
「んー。まあ決まりかな。神官服の方は、時々見かける顔だから第一陣だろ? で、喧嘩売った小僧の方は戦闘職みたいだが、装備を見ると第二陣っぽい。レベル差からいったら、まだ神官の方がかなり強いと思うぞ」
「だよな。賭けにならないよな」
「おっ? 木刀でやるの? 小僧の方が『刀で勝負だ!』って言ってるぞ」
「マジ? 相手は神官なのに? 木刀でワンチャン狙いか?」
「あっ! 神官の方が木刀に持ち替えた。マジか」
「そもそもなんでこんな勝負してるんだ?」
「俺、聞いてたぞ。ユーザー名が被ってるって小僧がいきなり怒って、『勝負だ!』って吹っかけてた」
「あー。困った君か。ユーザー名被りなんて当たり前じゃん、制限なしなんだから」
「有名戦国武将なんて、被らない方がおかしい。実際、ノブナガとか二桁以上いるし」
「ノブナガなの?」
「いや。『ユキムラ』。真田幸村。みんなが知ってる有名武将」
「本名かもしれないって考えないのかね。神官で『ユキムラ』とかあまりつけなさそうだよな」
「神官で『ユキムラ』? ……ちょっと待て。やべえ。あの小僧、社会的に逝ったわ」
「何者?」
「あの地味顔。まず間違いない。あれ、『神殿の人』だ」
「マジ? この街で『神殿の人』に喧嘩売るとか。面白過ぎ。掲示板に流そ」
「『神殿の人』かぁ。NPCの好感度がヤバイらしいね。なんでも、『神殿の人』の通った後は、NPCが次々と頭を下げていくせいで、見通しがよくなるって噂が」
「本当かよ、それ? おっ、はじまったぞ」
*
「……あれ。武道経験者だな。構えが違う」
「神官さんの方だよね。わかる。型が決まってる。で、小僧の方は、……なんか特撮レンジャーみたいだな。決めポーズかって! 気合いだけは感じるけど」
「リアルスキル違い過ぎ。ステ差もあるし、こりゃ勝負にならないな」
「そっかぁ。神官なのに『ユキムラ』は、リアルで剣道か何かやってるからなのか」
「踏み込み速え。剣速も速い。剣術、持ってないんだよな? リアルスキル凄いな」
「おっ。決まったな。勝負ありだ」
「観戦乙」
「さて行くか、いい休憩になったな」
*
「ごめんね。刀を持った勝負では、手抜きは出来ないんだ」
奴はそう言って去って行った……悔しいがカッコいい。
「お兄ちゃん、大丈夫? もう! ゲーム始めたばかりでこれだなんて、超信じらんない。シチューだって、せっかく頼んだのに置いてきちゃったんだからね」
「ナデシコ……男には勝負しなくちゃならない時があるんだ」
「知らない人に喧嘩売るののどこが勝負よ! あんまり変なことばっかりするなら、パーティ解散だよ」
「ふっ。所詮、女には分かるまい」
「何言ってるの、このバカ兄い!」
──《ナデシコ 視点》──
私はナデシコ。弓術士よ。(本当は見習い弓術士。だって始めたばかりだもん。)
ナデシコはもちろん、大人気アニメ「戦乙女 フラワーキューティ」の「キューティ撫子」から貰ったの。
「戦乙女 フラワーキューティ」は、5人組の女の子。刀の桜・槍の椿・斧の山吹・盾の桔梗そして弓の撫子。色違いの袴を身につけて闘う姿は、とてもカッコいい。
撫子みたいな強くて可愛い女の子に……私はなりたい。
そんな私は、絶賛ISAO中。
念願のISAO。本当は第一陣だったんだけど、事情があって第二陣と一緒のスタートになっちゃった。
でも、これからきっと楽しい冒険が始まるわ。やたらテンションが上がっているお兄ちゃんが心配だけど、パパと約束してやっと始められたISAOだもの。いくらお兄ちゃんだって無茶はしないはず。
あれ?
お兄ちゃん、どこに行くの? 初心者向けのダンジョンの入口はあっちよ。そっちにそのまま行ったら、初心者エリアから外れちゃうのに。
《第2の街「ジルトレ」冒険者ギルド》
来ちゃいました。
ジルトレの街の冒険者ギルドに。
道中、頭にお花が咲いた「メル」っていう可愛いモンスターが沢山出てきた。
忘れちゃってたけど、今はイベント期間中で、始まりの街とジルトレの街の間の草原は、イベントエリアになっていて、普段の敵よりずっと弱い「メル」しか出てこないんだった。
「メル」ちゃんには申し訳なかったけど、お兄ちゃんに群がっているところを1匹1匹着実に射倒して行ったの。
楽しかった。
リアルで弓道をしているし、ゲーム補正もあって、最初から命中してくれたの。レベルはかなり上がったけど、ジルトレに来るにはまだ早いはず。でも、イベント期間中だけならいいかな?
「お兄ちゃん、ちょっと休もうよ。あそこに、イートインみたいなのがあるよ。ISAOって、食べ物や飲み物が美味しいんだって! なのに、ゲーム始めてまだ蜜しか飲んでないんだよ」
ISAOを手に入れてから、実際に始めるまで2ヶ月もあったから、ISAOについてはいろいろチェック済み。攻略本も持っているし、情報サイトもよく調べたわ。
「ナデシコ、先に席とっとけ。俺は常設依頼の報告をしてから行く」
換金は、お兄ちゃんに任せても大丈夫かな?
本当にやっとここまで来れた。友達に勧められて応募した懸賞が、まさかの当選! ISAOのギアセットが本ゲーム開始前に届いた時は、お兄ちゃんが大騒ぎして家中が大変だった。
可能なら、お兄ちゃんにあげてもよかったんだけど、転売防止の為に、懸賞に当たった本人しか登録できないようになっていたの。
お兄ちゃんが、成績とか進路とかパパに沢山条件を付けられて、VRギアセットを入手したのが、つい最近。
それまでは、お兄ちゃんの手前、ISAOを始める訳にもいかず、パソコンでこっそりアバターを作るので精一杯。
だから、アバターは、我ながらとてもよく出来ていて、いい感じにキューティ感を取り入れられたと思うの。髪の色は「キューティ撫子」と同じパステル・ピンクよ。
「お兄ちゃん、どうだった?」
「わりといい金になったぞ。渡しておくな。なんか美味そうなのあったか?」
「んっとねー。オススメは、これみたい。ジルトレ名物のシチューだって」
「ふーん、食ってみるか。注文よろしくな」
「うん、行ってくるね」
お兄ちゃんたら、いい刀が欲しいから金貸してくれってしつこいんだもの。
初心者装備で耐久∞の刀を貰ってるのに。でも恥ずかしいくらい人前で頭を下げるから、仕方なく初期配布の
「おじさん、シチューを二つお願いします」
「あいよ。大盛りと普通盛りがあるが、どっちにするかい? 大盛りは1杯200G、普通盛りは1杯150Gだ」
「二つとも普通盛りでお願いします」
「はいよ。出来上がり次第、テーブルに運ぶから、座って待っていてくれ」
「はーい」
あれ? お兄ちゃん何で立ち上がってるのかな? それになんだか雰囲気がおかしい。
「お兄ちゃん、シチュー頼んできたよ。怖い顔してどうしたの? って、お兄ちゃん、どこ行くの?」
お兄ちゃんが、ギルドカウンターの前にいる男の人のところに行っちゃった。
「おい。お前、俺と勝負しろ!」
やだ、信じられな〜い。
何喧嘩売ってるの? 他人に迷惑をかけないって、パパと約束してたじゃない。なのに知らない人に喧嘩売るとか、迷惑そのもの。マジありえない。
《ギルド訓練場》
うん、無理。
お兄ちゃんじゃ勝てないどころか、ハナから相手にならない気がする。
喧嘩を売った相手の人、体幹がしっかりしていて姿勢もいいし、鍛えている人だと思う。身長は10センチ……いえ、15センチくらい違う。それにこの街にいるなら第一陣だよね。
「刀で勝負だ!」
えっ? あの人、神父服みたいなの着ているし、棒を持っているから、神官職だよきっと。
なのに武器指定「刀」?
一方的に喧嘩を売っておいて、自分の有利な武器を指定するなんて、卑怯者って言われちゃうよ。お兄ちゃん、ヤバイよそれ。掲示板で拡散だよ。
……相手の人も木刀に持ち替えちゃった。仕方ないって表情してる。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。お兄ちゃんが迷惑かけてゴメンナサイ。
あら。あの人カッコいい! フラワーキューティの桜ちゃんみたい。凛とした感じ。
お兄ちゃんは……。
うん。見なかったことにしよう。「ゲーム同好会」所属で、ほぼ帰宅部のお兄ちゃんには、あれが精一杯なんでしょう。
速い! 一瞬で決まっちゃった。
「ごめんね。刀を持った勝負では、手抜きは出来ないんだ」
こちらこそゴメンナサイ。
「お兄ちゃん、大丈夫? もう! ゲーム始めたばかりでこれだなんて、超信じらんない。シチュー、だってせっかく頼んだのに置いてきちゃったんだからね」
「ナデシコ……男には勝負しなくちゃならない時があるんだ」
やだもう、馬鹿馬鹿馬鹿、本当にお馬鹿。
「知らない人に喧嘩売るののどこが勝負よ! あんまり変なことばっかりするなら、パーティ解散だよ」
「ふっ。所詮、女には分かるまい」
「何言ってるの、このバカ兄い!」
あとで分かったことだけど、相手の人は攻略サイトにも必ず名前が挙がるような有名人だった。
NPC好感度のページで。
そして神官職のページでも。
あの勝負? のあと街に買い物に行ったら、NPCの人たちがお兄ちゃんに冷たい。
気のせいじゃない。
私には普通に愛想がいい店員さんが、お兄ちゃんを見ると表情が変わる。お兄ちゃんは、元々NPCはAIって思ってちゃんと見ていないから、気付いてないと思うけど。
さっき情報サイトをチェックしたら、掲示板で早速お兄ちゃんのことが話題になってた。第二陣の馬鹿1号って呼ばれてたよ、お兄ちゃん。
ナデシコ、ピンチ!
でも負けない! だって、キューティフラワーはどんなに敵が強くても逃げないし、立ち向かっていくもの!
力を貸して、キューティフラワー。私、頑張って強くなる。とりあえず、「メル」を倒して妖精をGETしなきゃ。キューティ達にもそれぞれ「花の妖精」が付いているもの。絶対GETよ!
「お兄ちゃん、メル狩りに行くわよ」
「おう。いきなり積極的だな。だが望むところだ! 行こう、ナデシコ!」
……無事、妖精さんはGET出来ました♡
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