大好きな幼馴染にゲームで負けた俺は、罰ゲームとして【幼馴染ガチャ】という変なものを引かされた件について

ゆうき@呪われ令嬢第一巻発売中!

罰ゲームは自作のおかしなガチャでした

「はぁぁぁぁ……」


 とある真夏の放課後、俺——御手洗みたらい飛鳥あすかは自分の席に座り、スマホの画面を見ながら大きく溜息を吐いた。


 帰宅や談笑に勤しむクラスメイト達の何人かが、俺の方に一瞬視線を向けていたが、すぐに自分のするべき事へと戻っていく。


「どうしてガチャってこんなに闇が深いんだ……」


 俺は恨めしそうにスマホの画面を見ながら呟く。画面には、一人の可愛い女の子が、ワンピースタイプの水着を着て浜辺で遊んでいるイラストが描かれている。


 そう……今日は俺が唯一やっているソシャゲで、期間限定の水着キャラが排出される日だ。しかも俺が一番推している女の子キャラの水着なんだ!


 このキャラが排出されると知った日、俺は思わず大声で叫んでしまったほど嬉しかった。そしてガチャを引くための石を溜めに溜めたが……期間が短くて百連ほどしか溜められなかった。


 そして運命の日である今日。授業が終わって速攻で引いたんだけど……見事な爆死。推しキャラは俺に微笑んでくれなかった……。


 同時に期間限定で排出されたお姉さんキャラは出たんだよ! 嬉しいよ? このキャラも好きだからね!


 でも違うんだ! 俺が好きなのはなんていうか……こう……いわゆる妹キャラってのが好きなんだ! 生意気だけど、たまに無邪気に笑い、そしてデレるのが滅茶苦茶いいんだよ! わかってくれこの気持ち!


 はあ……はあ……熱くなり過ぎた。ちょっと落ち着こう……。


「どうかしたんですか?」

「ん?」


 幼い子供の様な高い声に呼ばれた俺は、ゆっくりと振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。


 中学生と言われてもおかしくないくらい小柄で幼い彼女は、肩くらいまである明るい茶髪のサイドテールと、クリッとした大きな瞳が特徴的だ。長いまつ毛にシュッとした鼻、小さいながらも艶のある桜色の唇。大多数の人が美少女と認める容姿をしている。


 彼女の名前は小鳥遊たかなし結愛ゆあ。一つ歳下の高校二年生で、俺のお隣さんでもある。俗にいう幼馴染と言う奴だ。


 結愛は毎朝起こしに来て朝ご飯を作ってくれている。昼休みは毎日一緒に飯を食ってるし、下校の時も今日みたいに迎えに来てくれて、一緒に帰っている。


 ちなみに勉強もスポーツも出来る完璧美少女でもある。何の特徴もない、どこにでもいそうな才能しかない俺なんかには、勿体ないくらいの幼馴染だ。


「まあ……ちょっとな」

「ふふっ、変な飛鳥ですね」


 上品に口に手を当てて笑う結愛だったが、唐突に手をパンっと叩いた。


「今日はちょっと用事があるから、一人で帰るように言いに来たんです」

「そうか。じゃあ一人で帰るな」


 端的にそう言うと、結愛は「それじゃ伝えましたのでー」と言いながらペコリと頭を下げると、教室を後にした。


 やっちまった……俺はどうして用事が済むまで待ってるから一緒に帰ろうって言えないんだ……。もしかしたら学校外での用事かもしれないから、一人で帰るのが正解なんだろうけどさ……。


「はぁ……」


 俺は本日二度目の溜息を吐きながら、トボトボと一人で家に帰るのだった。



 ****



「相変わらずこいつのドロップ率、渋すぎだろ……」


 俺はベッドの上でゴロゴロしながら、先程爆死をしたソシャゲの周回をしていた。次のイベントの為に装備を集めているんだけど、ビビるレベルで落とさないんだよな……。


 でもこの装備がないと、確実に次のイベントしんどくなるのは目に見えてるし、ウダウダ言ってないで無心で周回するしかないか。


 そんな事を思っていると、俺の部屋の窓が勢いよく開き、一人の少女が入ってきた。


「飛鳥~あそぼ~」

「……結愛、いつも玄関から入ってこいって言ってるだろ」

「だって部屋が隣なんだから、こっちの方が早いじゃ~ん」


 入ってきた少女——小鳥遊結愛は、文句を言いながら俺をベッドから追い出すと、我が物顔で寝転がり始めた。


 俺達の家は隣同士なんだけど、俺の部屋の窓から結愛の部屋が見える位置にある。距離もメチャクチャ近い為、こうやって簡単に互いの部屋を行き来できるという訳だ。


 あとどうでもいいかもしれないけど、こうやって唐突に遊びに来るのもベッドを取られるのもいつもの事だから、特に怒ったりはしない。


 俺が言いたいのは、俺達の部屋は二階だから、窓から入ってきて落っこちたら怪我をする可能性がある。だから面倒くさがらずに玄関から来いって事だ。


「飛鳥~おかし食べたい。何かない?」

「ない」

「え~!? あたしの為に用意しておいてよ~!」

「食いたいなら自分で持ってくればいいじゃないか」

「飛鳥が用意したのが食べたいの~!」


 まるで駄々っ子のように、足をばたつかせながらわがままを言う結愛。


 結愛は外ではしっかりしているが、家の中では見ての通り。わがままというか子供っぽいというか……簡単に言ってしまうと、外では猫を被っているだけで、結愛の本性はこれだ。


 小学生くらいは普通だったんだけど、中学辺りから猫を被るようになっていったんだが……なんでだろう?


「って、そんな格好で暴れたら下着が見えるぞ」

「え~? あたしの下着見るとか飛鳥のえっち~!」

「そんな事を言うならもうちょっと布の多い服着てきてくれ!」


 俺を小馬鹿にするように笑う結愛に、俺はやや声を荒げながら懇願する。


 今の結愛の恰好は、ノースリーブの服に短パンというなんともラフな格好だ。家の中だから楽な格好をするのはわかるけど、肌色が多すぎて目のやり場に困る。いや嬉しいけどな? ホントごちそうさまです。


「ところで飛鳥、今日のガチャはどうだったの?」

「うぐっ……」

「あ、放課後に何か元気無さそうだったのってやっぱりそれか~! 相変わらずガチャ運ダメダメだねぇ!」


 ダメダメとか言うな! そんなの俺が一番わかってるっての! いつも欲しいキャラは出ないくせに、いらないキャラだけはやたらと引けるのはバグなんじゃないか!?


「そんな楽しそうにいうな! くっそおおおお! 運営ももっと早く告知しろよ! そうすればガチャの石貯めといたのに! ああぁぁガチャ引きてえぇぇ!!」

「いや、夏は水着キャラ来るの確定なんだから、それに備えて溜めておけばいいのでは?」


 うっ……ぐうの音も出ない……でも石が溜まっちゃうとどうしてもすぐに引きたくなっちゃうんだよな……。


「ほら慰めてあげるから。お~よちよち、可愛そうな飛鳥くんでちゅね~」

「うぐぐ……」


 結愛に後ろから抱きつかれた俺は、思わずその場で固まって唸り声を上げる事しか出来なかった。


 ――俺は結愛の事が異性として好きだ。


 きっかけは覚えていないけど、気付いたら俺は結愛を一つ年下の妹分としてではなく、一人の女の子として見るようになっていた。


 結愛の笑顔が好きだし、拗ねてる顔もかわいいし、楽しそうに大好きなゲームをしている姿も好きだ。


 わがままな所もあって大変だけど、それは俺にしか基本的に言わないって思うと、それもなんだか可愛く思えてしまうから不思議だ。


 今も馬鹿にされているってわかっているけど、結愛に抱きつかれてよしよしされるのを嬉しく思ってしまっている自分がいる。年上の威厳? そんなものは燃えるゴミとして捨てたから問題ない。


 あと、小柄なくせにやたらとでかい胸が、ムニムニと押し当てられて……ゲフンゲフン。なんでもないぞ! 俺は変態じゃないからな! そんなの押し当てられても……すみません普通に嬉しいです俺も男の子なもので!


「あたしは十連で引いちゃったけどね~!」

「はああああ!? 許せねえそこに正座しろ! 説教してやる!」

「え、なに? 説教という名の負け惜しみならいくらでも聞いてあげるよ?」

「ちくしょおおおお!!」


 世の中理不尽だ! どうして同じゲームをしているのにここまで格差が出るんだ! こんなの絶対認めないぞ!!


「まあまあ、気分転換にゲームしようよ~」

「俺の許可を取る前にゲーム機の用意をするな」

「え……してくれないの……結愛かなしい……」

「…………」

「えーんえーん……ちらっ」

「………………」

「えーんえーん……ちらちらっ」


 ゲーム機を用意しようとテレビの前に移動した結愛は、めそめそと泣きながら両手で顔を覆っていた。ついでに言うと、時々指の隙間から俺の様子を観察している。


 わかってる……これが俺を強制的にイエスを言わせるための演技だって……でもな、好きな女の子にそんな目で見られたら、イエス以外の答えなんて返せないって!


「わかったよ」

「やったー! じゃあじゃあ、ぶっとびシスターズやろ!」


 悲しそうな様子から一転、ニコニコしながらゲーム機の準備を始める。全く厳禁な奴だが、そういうところもまた可愛い。これも惚れた弱みだろうか。


「えーっとゲーム機はっと……飛鳥、なんかゲーム機増えてない? 新しく買うお金あるならガチャに回せばいいじゃん」

「全部お前が持ってきた奴だろうが。あとソシャゲは無課金でやるって決めてんだよ」


 少し呆れたように言うと、結愛は「あれ~そうだっけ~」ととぼけながらゲーム機を引っ張り出す。


 俺の部屋には大量のゲーム機が置いてあるが、これは全て結愛が自分の部屋から持ってきたものだ。


 元々俺はゲームを一切やらない人間だったんだが、結愛と一緒に遊びたいという理由でゲームをしている。今やっているソシャゲも、結愛がやっているから俺も始めただけだしな。


 まあソシャゲを始めた結果、どハマりしたわけだが……。


「じゃあ負けた方は罰ゲームね!」

「え、やだよ。結愛の方がゲーム強いんだから俺だけ罰ゲームさせられるだろ」


 手早くゲーム機の準備を終えた結愛は、俺にコントローラーを手渡しながら、とんでもない提案を持ち出してきた。


 俺はゲーム自体があまり得意じゃない。一方の結愛は幼い頃からゲームをしていて、大体のゲームが上手い。そんな実力差がある中で罰ゲームありとか勘弁してほしい。


「……飛鳥、もしかして怖いの~?」

「は?」

「まあそうだよね。あたしの方が強いし、毎回負けた上に罰ゲームありとか……惨めすぎるもんね~。いいよやっぱり罰ゲーム無しで」

「上等じゃねえか! 負けたら罰ゲームな!」

「それでこそ飛鳥~! 燃えてきたぞ~!」


 あっさりと結愛の挑発に乗ってしまった俺は、半ばムキになりながらゲームを始める。


 このぶっとびシスターズというゲームは、色んな作品の女の子キャラが出てくる格闘ゲームで、攻撃してステージから落としたら勝ちになるゲームだ。沢山のシリーズが出ていている人気作で、結愛とも何度も対戦している。


 このゲームも例に漏れず上手い結愛だが、俺だって付き合わされて結構プレイしている。今回こそ勝って結愛に罰ゲームをさせてやる!


 ——そう意気込んで始めて数分後。画面には結愛の使ったキャラが嬉しそうにポーズをとっている画面が表示されていた。


「あたしの勝ち~!」

「ちくしょう……一回も落とせないなんて……」

「でも上達してきてるじゃん。昔は完全試合とかざらにあったし。まあそれでもあたしの方が強いんだけどね~? うりうり」


 ニヤニヤしながら、俺のほっぺをプニプニする結愛。くっそ……馬鹿にしやがって……そしてプニプニされてちょっと嬉しい自分が悔しい……。


「くそーもう一回!」

「飛鳥、もう一回とか言って罰ゲームをするの流そうとしてない?」

「…………」


 何故バレた。これも付き合いが長い故の弊害と言う奴なんだろうか。


「という訳で~……罰ゲームとして、ガチャを回してもらいます! タダで!」

「なにそれ罰ゲームどころかご褒美じゃ……って、なんだこれ。幼馴染ガチャ??」


 結愛は自分のスマホを意気揚々と俺に見せてくる。それはいいんだけど……マジで何だこれ? スマホにデカデカと幼馴染ガチャって書いてあって、その下に回す! って書いてあるけど……。


「この前、お姉ちゃんが暇つぶしでこれ作ったからってダウンロードさせられたの」

「結衣さんが?」


 結愛の言うお姉ちゃんと言うのは、俺の七つ年上のお姉さんである、小鳥遊たかなし結衣ゆいさんの事だ。彼女は現役バリバリのプログラマーとして、社会で活躍している。


 元々頭の良い人で、プログラマーの仕事も楽しいって言っていたけど……まさかアプリも作れるなんてな。


「で、結局これはなんなんだ?」

「ガチャを回したら罰ゲームのお題が出るよ~んって言ってたよ。ほら、いつもガチャがたくさん引けないって飛鳥が言ってたし、ご褒美じゃんやったね!」

「このよくわからんガチャが引きたい訳じゃないんですけどねぇ! んで、どんなお題が出るんだ?」

「さあ? 回してみればわかるって! さあいっき! いっき!」

「なんで掛け声が飲み会の掛け声なんだよ! あといっき飲みはダメ絶対!」

「ぶ~」


 何故か不満そうに口を尖らせる結愛を尻目に、俺は恐る恐るスマホの画面をタップすると、画面が切り替わり、結愛のミニキャラが出てきてデパートとかにありそうなガチャを回し始めた。


 なんだこれ、めっちゃ可愛いんだけど。結衣さん、こんなアプリ作れるなんて凄いな! あとこの結愛のミニキャラも結衣さんが描いたの!? あの人才能あり過ぎだろ!


「このキャラあたしだ~! 可愛い! さすがあたし!」

「自分で言うなって。確かに可愛いけどさ」

「え?」

「な、なんでもねーよ」

「はっきり言えよ~男らしくないぞ~!」

「肘で脇腹をうりうりするな!」


 結愛とギャーギャー騒ぎながらスマホの画面を見ていると、ミニ結愛がガチャのカプセルを開けて中の紙を広げた所だった。その紙には、これまたミニ結愛と……俺に似たミニキャラが、仲良く手を繋いでいるイラストが描かれていた。


「なになに……レア、恋人繋ぎ……」


 えっと……つまりこれを結愛としろって事か? マジで言ってます?


 そんなの……めっちゃやりたいに決まってるだろ! そもそもこんなの罰ゲームどころかご褒美だって!


 でも緊張するっていうか……恥ずかしいっていうか……そういう意味じゃ、これ以上ないくらいの罰ゲームかもしれない。


「恋人繋ぎって、あの指を絡めた手の繋ぎ方だっけ……ほ、ほら! 罰ゲームなんだから早く終わらせて次の試合やるよ!」

「うおっ!?」


 握って良いものか悩んでいると、結愛の方から手を握られてしまった。そしてそのまま指を絡めて恋人繋ぎに……これ緊張する! 手を繋ぐのなんて子供の頃はよくしてたけど、でかくなってからはしてないからな!


「……飛鳥、手おっきくなったねぇ」

「そういうお前は小さいな」

「誰が身長が小さいだってー!?」

「そんな事は言ってねーよ! ていうかもういいだろ!」


 何故かぷりぷりと怒りながら、バシバシと俺の事を叩く結愛。それなりに痛いから勘弁してほしいんですが。


 って、あれ? 結愛の頬が赤くなってる気がする……そんなにさっきの小さい発言が気に入らなかったのだろうか?


 別に俺は身長の事を小さいって言ったわけじゃないんだけどな。むしろ俺は小柄な方が好きだから小さいままでいてくれた方が良い。


 もちろん結愛が大きくなっても変わらず好きだけどな! 長年の片思い、舐めてもらっちゃ困るぜ!


「まあいいけど。とにかく次やるよ~!」

「よし、今度こそ負けねーぞ!」

「おーおー弱い奴は威勢だけはいいの~おほほ~」


 くっそー馬鹿にしやがって! 絶対次こそ勝ってその可愛いにやけ顔を崩してやるぜ!


 そう思ったのだが……またしても俺の敗北。何故だ……どうして俺は結愛に勝てないんだ……。


「飛鳥って動きがワンパターンなんだよね。もっと行動の選択肢を増やさないと、攻撃が全部読まれるよ?」

「ぐぬぬ……」

「さて、じゃあガチャ引いてね!」

「う〜……」


 結愛のスマホに表示されている画面をもう一度タップすると、また結愛のミニキャラがガチャを引き始める。ホントにこれ可愛いな……見てると凄く癒される。


「出た? なんだって?」

「えっと……レア、勝者にあーんをしてあげる……だとよ」

「あーん? って、別にいつもやってもらってるしなぁ……」


 結愛の言う通り、俺はゲームから手を離せないからお菓子を口に運んで~と結愛によく無茶振りをされていて、その度にあーんみたいな事をやってる。


 だからいくら俺が結愛にべた惚れでも、流石にこれは緊張しない……と思う。


「あんまり面白くないの引かないでくれますぅ?」

「ガチャで面白いものをピンポイントで引けたら苦労せんわ!」

「あっそうだよね……爆死常習犯だもんね……なんかごめん……」

「憐れむな! どうせガチャ運皆無だわ! あーもう、下からスナック菓子持ってくるから待ってろ!」


 俺はそう言い切ると、逃げる様に部屋を後にした。


 少しでもガチャの運が今よりも良ければ反論のしようがあるんだが、冗談抜きで俺のガチャ運は悪すぎる。何かに呪われてるんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。


「とりあえずこれを持っていけばいいか」


 一階にあるキッチンから、結愛が大好きなスナック菓子の袋を一つ持って部屋に戻ると、結愛は何故か俺の枕に顔をうずめていた。


「すーはー……すーはー……うへへ……」


 ……あいつ何してんだ? なんであんなに深く深呼吸を……ま、まさか! 俺の枕が臭うのか!? 結構な頻度で枕カバーを洗濯してるし、本体も天日干しをしたりしているんだけど……もしそうならショックだ。


「お菓子持ってきたぞ」

「待ってました~! あ、それあたしが大好きな奴だ~!」


 勢いよく起き上がった結愛は、目を輝かせながら俺の持つお菓子の袋を見つめる。今はお菓子よりも枕の事を聞かないといけない。なにしろ今後の俺の枕の洗濯事情に関わるからな。


「ゆ、結愛。あのさ……俺の枕そんなに臭うか?」

「ふぇ!? そ、そんな事ないよ~?」

「ならどうしてそんなに匂いを嗅いでたんだ?」

「あ、あのあの……その……ちゃ、ちゃんと洗濯してるかチェックしたのだよ! 結愛チェックは合格なのだ!」


 なんか変な口調なのは置いておくとして。とりあえず臭いって言われなくてホッとした。


 結愛は唐突に遊びに来るから、掃除や洗濯は常日頃から怠らないようにしていたのが功を奏したぜ。


「ほら、はやく罰ゲーム! あーん!」

「…………」

「は~や~く~!」


 なんか……結愛がこうやって口を開けて食べ物を待っているのを初めてよく見たけど……ひな鳥が餌を待ってるみたいで可愛い。


 あと、いつも適当に食わせてたから感じなかったけど、正面からあーんするのって思った以上に緊張する!


「ん~~! 相変わらずこのお菓子は最高だねぇ! あーんしてもらうと余計においしく感じるよ!」

「そ、そりゃよかった」

「という訳で、飛鳥をあーん大臣に任命するのじゃ。これからもあたしの為に毎日あーんをするのじゃぞ。ほっほっほ」

「ご飯くらい自分で食べろ! あと変なキャラ付けするな!」

「ちぇ~飛鳥のケチ~」


 できるなら俺だって毎日あーんとかさっきの恋人繋ぎとかしたいさ。でもそんなの恥ずかしすぎるし、変にガツガツいってこの関係が崩れるのは絶対に避けなければならない。


 あと、ずっとあーんで食べさせてもらえると知ったら、結愛は常にゲームをしながら俺に食べ物を要求するのが目に見えている。そんなの結愛がダラダラ人間まっしぐらじゃないか。お兄さん許しませんよ!


「罰ゲーム終わったし、もう一回だ! 次こそ勝つ!」

「やろやろ!」


 三回戦目。さっき結愛に言われた事……行動がワンパターンだから読まれるのなら、色々別の攻撃や回避行動をすればいいという事だ!


 ふふふ……敵に塩を送るような事をするとは結愛もまだまだ甘いな! 今度こそ俺が勝って結愛に罰ゲームをさせてやるぜ!


「おっと、そこでそう来るか~! 飛鳥やるね~!」

「おらっ! おらっ!」

「負けるか~!」


 さっきよりは確実に健闘をしたが……またしても俺の敗北で終わった。ちくしょう、もうちょっとだったのに!


「またまたあたしの勝ち~! もしかして飛鳥、わざと負けてる? くすくす」

「いたって真面目だわ! くっそ~!」


 結愛め、楽しそうに笑いながら馬鹿にしやがって! 可愛いなちくしょう!


「はい罰ゲームのお時間でーす!」

「……なあ、罰ゲームなしで普通にやらないか?」

「ダメで~す! ささっ、はやく!」

「…………」

「お、何が出た?」

「……Sレア、勝者に膝枕! だって……」


 恋人繋ぎに始まり、あーんと膝枕って……もしかしてだけど……結衣さん、ガチャから排出されるお題を、恥ずかしいものにしか設定してないんじゃないか!?


 ていうか、これじゃ俺が勝っても結愛が勝っても、結局恥ずかしい事には変わらないよな? あの人何考えてこんなの作ったんだ!?


「ひ、膝枕か~! そういえばやってもらった事なかったねぇ。ほらこっちで準備して!」

「お、おいマジかよ!? ホントにやるのか!」

「だって罰ゲームだし? はやくはやく!」


 何故か嬉しそうな結愛は、俺のベッドの上でここに座れとバフバフ叩く。それに従う様に俺は正座で座ると、その上に結愛が頭を乗せてきた。


 なんなんだこの状況は……罰ゲームで俺の部屋のベッドで結愛が膝枕で……なんか頭が混乱してきた。


「膝枕って思ったより気持ちいぃ……」

「そ、そうなのか……」


 そんな色っぽい声出すな……死人が出るぞ……主に俺だが。


「ほら飛鳥、頭撫でてよサービス悪いな~」

「はぁ!? そんなのガチャで出てないだろ!」


 ただでさえ緊張してるっていうのに、さらに頭を撫でるとか! そんなのドキドキし過ぎて心臓が爆発するって!


「ほら早く!」

「うわっ!」


 結愛は俺の手を掴むと、無理やり自分の頭の上に俺の手を乗せた。


 結愛の髪めっちゃさらさらだ……気持ちよくてずっと触っていたい……って! ダメだ戻って来い俺! これじゃただの変態だから!


「えへへ。なんかナデナデしてもらうと昔の事を思い出すなぁ」

「昔の事?」

「覚えてないの~? あたしが泣いてると、飛鳥がよく慰めてくれたじゃん」


 忘れる訳ないだろ……転んで膝をすりむいて泣いたり、ゲームで勝てなくて悔しがって泣いたり、他にも色んな理由で泣いていた結愛を、俺はお兄ちゃんとして、よく頭を撫でて慰めていた。


 あの時は、結愛にこんな恋心を抱くなんて微塵も思ってなかったな……。


「はい、もうおしまいな」

「え~!? あと三……」

「三分か?」

「三年!」

「桁がバカすぎる!? そんなしてたら俺の足が死ぬ!」

「そこは気合なのだよ! あと寝転がったままだとご飯が食べれないから、飛鳥があーんすれば万事解決! さっきのあーん大臣も絡めるとか、あたし天才なのかな!?」

「その無駄に自信たっぷりになれる根拠はなに!? ていうか何も解決してねーよ! むしろ問題しかないわ!」


 不満そうにそんなジト目で見てきてもダメなものは駄目です。


 ていうか、俺より学校の成績が良いくせに、ときどきこうやって発想が馬鹿になるのはなんなんだ。


 まあ……俺としても出来る事ならずっと膝枕してやっていたいし、なんなら俺もしてもらいたいけど、そんな長時間やってたら俺の足と心が限界を迎えて死ぬ未来しかない。


「あははっ! 冗談だってば! 飛鳥っていちいちツッコミ入れてくれるから面白くって」

「ツッコむ身にもなってくれ……結構疲れるんだぞ」


 疲れるけど……凄く楽しいからいいんだけどさ。そんな事は口が裂けても結愛には言えないけどな! 恥ずか死してしまう!


「それにしても、あたし一回も罰ゲームやらなかったな~飛鳥もうちょっと頑張ってよぉ」

「頑張った結果なんですけどね! そんなに引きたいなら結愛も引けばいいじゃないか」

「え? いやいや、あたし負けてないんだから罰ゲーム受ける意味ないじゃん」


 結愛の言っている事はド正論だ。けど、俺ばかり罰ゲームでガチャを引かされるのは……なんかムカつく。


 それに俺は、結愛に引かせて恥ずかしいお題をさせたい! そして照れる可愛い結愛を見たい!! そのためには俺は恥ずかしさに耐えるし、心を鬼にする事もできる!!


「はー……そうか。結愛は弱虫だなぁ」

「むっ……」

「俺には散々煽っておいて、自分の時は即逃走……結愛も落ちぶれたもんだ」

「むっきー! いいよ引いてあげるよ! どんなお題でもクリアしちゃうもんね!」


 やれやれと大げさに肩をすくめながら言ってやると、結愛は頬を膨らませながらガチャを回し始める。


 俺の煽り耐性も低いけど、結愛はそれ以上に耐性が無い。だからこうやって小学生レベルの煽りでも簡単に乗っちゃうところが、なんともまあ可愛いんだよなぁ。


「えっと……Sレア、デート! だって」

「え、デート?」


 デートって……あのデートだよな? え、俺と結愛でデートに行けって事!?


「ふ、二人で遊びに行く事はあったけど、デートってした事は無かったね」

「そ、そうだけど。お前まさか……」

「だって出ちゃったものはやらなきゃダメじゃん! 丁度明日は学校休みだし……明日開けておいてね!」

「あ、おい!」


 顔を赤くしつつも、ビシッと俺を指さしながら言いきった結愛は、窓から自分の家へと帰っていってしまった。


 デート……結愛とデートって……マジでどうしてこうなった。そんなの……嬉しいに決まってるだろ!!


 あっでも……着ていく服どうしよう……。



 ****



 翌日、俺は地元の駅の三つ隣の駅の近くにある、大きな自然公園へと足を運んでいた。目的はもちろん……結愛とのデートの為だ。


 けど、肝心の結愛は今は一緒に行動していない。実は昨日の一件の後、結愛から『明日の十一時に、自然公園にある噴水前に集合ね!』と連絡が来たんだ。


 お隣さんなんだから待ち合わせなんてする必要は無いと思って結愛に言ったら、何故かすごく怒られたのは未だに腑に落ちない。俺は何か変な事を言っただろうか?


「集合まであと十五分か……ちょっと早く着きすぎたかな」


 噴水前に到着した俺は、独り言を呟きながら辺りをキョロキョロする。今日は休日だからか、周りには散歩やジョギングをする人や、家族連れで遊びに来ている人がたくさんいる。暑いのにご苦労な事だ……俺もその中の一人だけどさ。


「あっ! 飛鳥~!」

「……え、結愛?」


 俺を呼ぶ声のする方へ視線を向けると、噴水の近くのベンチに座っていた少女が勢いよく立ち上がりながら、歩み寄ってきた。


 結愛は白いシャツに青のショートパンツにサンダルと言う、いかにも夏らしいスッキリした格好をしている。髪型もいつものサイドテールではなく、降ろして髪先を内巻きにしているし、うっすらと化粧もしているようだ。そのせいで、一瞬結愛とわからなくて変な声が出てしまった。


 なんていうか……いつもの数割増しで可愛く見える。一応これ罰ゲームっていうか、ガチャで出たからデートをするだけだよな? なんでそんなに気合入れてるの?


 いや嬉しいよ? 嬉しすぎて顔が爆発するんじゃないかってくらい熱いし、心臓も高鳴りすぎてヤバイくらいだ。


「思ったより来るの早かったですね。もうちょっと待たされるかと思ってました」

「そ、そういう結愛こそ、約束の時間までまだ結構時間あるぞ?」

「あ、その……えっと、準備が早く終わったので家にいてもつまらないから、早く出てきたんです!」


 ……家にいてもつまらない? いやいや、ゲーマーの結愛なら、時間があれば何かしらのゲームをしてるから、この理由は嘘だな。


 なら、どうしてそんな嘘をつくのだろうか? うーん……わからん。


「それよりも結愛、学校じゃないんだから、かしこまらなくても良いんだぞ?」

「だって、誰が見てるかわからないじゃないですか」

「まあそうかもしれないけどさ、俺は肩肘張ってる結愛よりも、自然体の結愛とデートがしたいからさ」

「…………」


 何故かぽかんとした表情で、俺の事を見つめる結愛。


 おかしいな……俺は普通に思った事を言っただけなんだが? 罰ゲームとはいえ、せっかくの初めてのデートなのに、周りを気にして肩肘張ってたら楽しめないと思うんだけど、違うんだろうか?


「も、もう。飛鳥ったら……いつから女たらしになったわけ?」

「誤解しか招かない事を言うな!」

「冗談だって! うん……わかった! 今日だけはいつものあたしね!」

「ったく。別に今日だけじゃなくても良いんだけど……まあいいか。どこか行きたい所あるか?」

「う~ん、飛鳥と一緒ならどこでも!」


 えへへ、と結愛は少し照れくさそうに笑いながら言う。


 何この可愛い生き物……これ以上好感度上げようと思っても、数値はマックスですから無駄ですよ!?


「お、おう。うーん……とりあえず外は暑いし、涼しい所に行くか」

「じゃあじゃあ、駅前のデパートいこっ! 涼しいし、お昼も食べれるし、なにより近くにゲーセンあるよ!」


 ゲーセンの部分が一番テンションが上がる辺り、結愛はやっぱり生粋のゲーマーなんだな。初デートなのに色気もへったくれも無いって言われるかもしれないけど、この方が俺達らしい。


「その案もらった。じゃあ早速行くか」

「うんっ!」


 嬉しそうに頷いた結愛は、俺の隣を陣取る。そこまでは良かったんだけど……何故か俺の手をギュッと握ってきた。しかも指と指を絡めて……って! これ昨日やった恋人繋ぎじゃないか!


「ゆ、結愛さん? 何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「だ、だってデートなんだし、手を繋ぐのは普通だよ! うん!」

「そうかもしれないけど! なら恋人繋ぎじゃなくても、普通に繋げばいいだろ!」

「も~男の子のくせに細かい事を気にしないの! もしかして……あたしとするのはイヤ?」


 あーもう! その悲しそう表情と上目遣いのコンボは卑怯なんだって! そんな顔をされたら断れるわけないだろ!?


「わかったからそんな顔すんなって、な?」

「わ~い! いこいこっ!」


 改めて強く手を繋いだ俺達は、デパートへと向かって歩き出す。その途中、結愛は「ねえ」と俺を呼んでから話し始めた。


「さっきあたしが声をかけた時に変な顔してたけど、なにかあったの? あっ、もしかして……いつものあたしより可愛くてじっと見ちゃったとか!」

「…………」


 図星過ぎて何も言い返せない。いつもと雰囲気が違ったから気づくのに遅れたからというのもあるけど、可愛すぎて見惚れていたって言った方が正しい。


「えっ、ちょっと黙らないでよ……そこは、そんな訳ねーだろ! 鏡見てから言えよバーカバーカぐはははは! っていう所でしょ!」

「お前の中の俺のイメージに文句を言いたいが……まあ実際、髪も服もメイクも似合ってるし、可愛いと思う、ぞ」

「え……あ、ありがと。凄いね、メイクしてるの気が付いたんだ。かなり薄くなのに……えへへ」

「まあ、な……」


 やべええええ!!? なに可愛いとか言っちゃってるんだああああ!!!


 ダメだ恥ずかしすぎて結愛の顔をまともに見れない! きっと俺の顔どころか身体中が真っ赤になってる! とにかくうまく誤魔化さないと!


「と、とにかく早く行くぞ!」

「なに焦ってるの? もしかして、素直に褒めちゃって恥ずかしくなったか~?」

「うっせえ!」

「あははっごめんってば~!もうからかわないから引っ張らないでよ~!」


 俺は恥ずかしさを必死に隠すように、楽しそうに笑う結愛の手を引っ張ってデパートの方へと向かって歩き出すのだった――



 ****



「ん~~~~! おいし~!」

「確かにうまい。初めて入った店だけど、当たりだったな」


 合流してから約一時間後、ウィンドウショッピングを楽しんだ後に、互いに腹が減ったという事で、デパートの中にあるレストランにやってきた俺達は、互いに注文した料理に舌鼓を打っていた。


 ちなみに俺はナポリタン、結愛はハンバーグのセットを注文している。俺は小食だからこれだけでも余裕で足りるんだが、結愛は結構大食いなため、ハンバーグ以外にもライスやサラダも注文してる。


「見た目もおしゃれだし、お値段もお手頃とか最強すぎでは? もはやチートクラス!」

「わかったから、少し落ち着いて食えって」

「えへへ、ついテンション上がっちゃった。ほら、飛鳥もこのハンバーグ食べてみなって! はい、あーん」

「い、いや自分で食えるから……」

「あーん!」

「……あ、あーん」


 結愛は自分のハンバーグを切って俺の口元に差し出す。


 今度は俺があーんをされる立場になってるな……これ、やる側も恥ずかしいけどやられる側もめっちゃ恥ずかしいな! しかも昨日と違って外だから、尚更恥ずかしい!


 あとこれ、か……間接キスになってるよな……!?


「どうどう? おいしい?」

「……うん、うまい」

「だよね~! これはリピート確定だね!」


 正直ドキドキしすぎて味がよくわからなかったんだが……まあ結愛が嬉しそうだし、まあいいか。


「じゃあ……あーん」

「結愛、なに大きく口を開けてるんだ? ちょっとマヌケだからやめなさい」

「ひっど~い! あたしの心は深く傷ついた! 罰としてそのナポリタンを一口献上しなさい! というわけで……あーん!」


 なるほど、ナポリタンが欲しかったのか……って、だからあーんをやるのもやられるもの恥ずかしいんだって! なんで結愛は恥ずかしいって思わないんだ? 俺の幼馴染の心は鋼製なのか?


「もう……恥ずかしいんだから早くしてよ……」

「結愛? 何か言ったか?」

「なんでもない! いいから! は~や~く~」

「わかったって。ほら、あーん」

「あーん……もぐもぐ……ん~! これもおいしいねぇ!」


 俺のナポリタンを食べた結愛は、満面の笑みを浮かべていた。


 ああもう可愛すぎる! でもやっぱり恥ずかしい! なんとかこの空気を変えないと、俺のメンタルがもたない!


「こ、これも俺があーんをしたおかげだな。感謝しろよ」

「それは絶対あるよ! さすが飛鳥!」

「…………」


 まさか肯定されると思ってなかった俺は、思わず視線を逸らしてしまった。


 くそっ……想定外のカウンターすぎる……さっきからドキドキしてるっていうのに、これ以上ドキドキさせないでくれ。そろそろ死人が出るぞ。主に俺だが。


「ふっふっふ……まさか肯定されると思ってなかっただろう! まいったか!」

「ま、まいりました」

「いえーい! じゃあじゃあ飛鳥のおごりでパフェね!」

「ちょっと待て。全く意味がわからん」

「飛鳥がまいったって事は、勝者はあたし。だから勝利の証としてパフェをおごるのです! しょーめーしゅうりょー!」

「なんの証明も出来てないから! そもそもこんなんで勝敗がつくのもおかしいし、負けたらパフェなんて約束もしてねえ!」


 俺の必死の抵抗も虚しく、結愛は店員さんにパフェを注文してしまった。


 まあ……元々ここの飯代は俺が出すつもりだったし、そこにパフェ一個くらい増えてもそんなに大差はないだろう。それに、結愛が喜んでくれるならそれでいいか。


 そう思っていたのだが、結愛が頼んだデラックスパフェとかいうものは、千円くらいするものだった。


 思わぬ出費すぎる……パフェってこんなに高いのか……けど、一口食べるごとに幸せそうにしている結愛が見れたし、結果オーライって事にしておこう。


 その後、注文した料理を全て食べた俺達は店を後にして適当に歩いていると、結愛はニコニコしながら俺の方を向いた。


「えへへ、飛鳥のおごりで食べるごはんは良いものだな~!」

「おう、そいつはよかったな」

「冗談だからそんなに睨まないでよ~! ごちそうさまでしたっ! 今度はあたしが奢るね」


 特に怒ってるわけでも呆れてるわけでもないのだが、ちょっとからかいたくなった俺は、わざとジト目で結愛を見つめる。


 結愛はちょっと生意気な所があるけど、こうやってお礼をちゃんと言えるし、恩も忘れない良い子だ。だからこそ、生意気な事を言われても許せちゃうんだよな。


 べ、別に俺が結愛の事が好きだから何でも許しちゃうわけじゃないぞ!


「さて、腹もいっぱいになったけど……どこ行く?」

「ふっふっふ……そんなに決まってるじゃん……あたし達の聖地、ゲーセンだっ!」


 結愛は目を輝かせながらゲーセンのある方角を指さしていた。


 いつの間に俺達の聖地になったんだろうか? まあいいか。


「じゃあ行くか」

「うんっ!」


 俺達は仲良く手を繋ぎながら、ゲーセンへと向かっていく。とはいっても、ここから数分もかからない所にあるんだけどな。


「涼しい~! ゲーセンに来るの久しぶりだけど、やっぱりテンション上がるなぁ! さあ飛鳥、なにやる?」

「そうだな……ゲーセンに来たら、まずあれだろ」

「あれ……あれですか……お客さんお目が高いですねぇ……ひっひっひ」

「変なキャラやらなくていいから」

「ぶ~……ノリ悪いぞ~」


 口では文句を言っているが、とても楽しそうに笑う結愛と一緒に、一つのゲーム機の前に立つ。リズムに合わせて太鼓を叩くリズムゲームだ。


「この太鼓、家庭版も出たから買ったんだけど……やっぱりゲーセンでやるのが一番って思うのはあたしだけかなぁ?」

「その気持ちはわかる」


 適当に太鼓談義をしながら、俺達は百円玉を入れてゲームを始める。


 俺はこのゲームはある程度は出来るが、結愛の実力には遠く及ばない。実際、俺はクリアにギリギリのスコアだったのに対して、結愛はまさかのノーミスだった。結愛のゲームセンスが高すぎて怖い。


 その後、レースゲームや格闘ゲームといった、色んな種類の対戦ゲームを片っ端からやりつくした。


 もちろん全部のゲームで俺が負けた……結愛は絶対に手を抜く事をしないからなぁ。くっそ~悔しい……一体いつになったら結愛に勝てる日が来るのだろうか。


「ふ~! めっちゃ遊んだね!」

「そうだな。少し休憩するか?」

「うん、ちょっと疲れちゃった」

「じゃあ飲み物買ってくるから、そこのベンチに座って休んでな」

「ありがと~あたし緑茶がいいな。はい、お金」

「おう、いつも飲んでる緑茶な」


 俺は結愛から二百円預かると、自販機の元へと歩いていく。


 俺は何飲むかな……ちょっと今日は出費が多いから、安い水にして少しでも出費を抑えるか。主にあのパフェのせいだが……おっと、過ぎた事をグチグチ言っても仕方ないな。


「……あれ、結愛の好きな緑茶売ってないな」


 ゲーセンの中にあった自販機には、結愛の好きな緑茶は置いてなかった。仕方ない、確か入口の近くにも自販機があったはずだし、そこに無かったらここで売ってる玄米茶で我慢してもらおう。


 そう判断した俺は、少し離れた所にある自販機の前へと移動した。


 さて目的のものはっと……お、売ってるじゃん。よかったよかった。


「あーでも水はこっちには無いじゃないか。さっき買っておけばよかったな」


 二度手間だけど仕方ない。さっき買わなかった俺が悪いんだし。


 まあそんなわけで、思ったより時間をかけてはしまったが、とりあえず飲み物を確保してベンチに戻ると、結愛が俺の知らない金髪の男に話しかけられていた。


 なんだ、知り合いか? でも……なんか様子が変だな。


「姉ちゃん一人? よかったら俺と遊ぼうぜ」

「あの……人を待ってるんで」

「またまた~そんな意地悪言わないでさ~」


 まさかナンパされてるのか? 結愛は可愛いからナンパしたくなる気持ちは死ぬほどわかる。それに今日はおしゃれしてるから、一段と可愛いくなってるからな……って、早く助けに行かないと!


「すみません、俺のツレに何か用ですか?」

「あん?」

「あ、飛鳥ー!」


 俺が声をかけると、金髪の男が視線を向けてくる。それとほぼ同時に、結愛はニコニコしながら俺の元へと来ると、ギュッと俺の腕に抱きついてきた。


 それが俺を待っていたという証明になったのか、金髪の男は舌打ちをしながら、どこかへと去っていった。とりあえず何とか追い払えてよかった。


「結愛、怪我してないか? あいつに変な事されてないか?」

「大丈夫! 飛鳥がカッコよく助けてくれたから!」

「いや別にカッコよくはないとは思うが……」


 口ではそう言いつつも、顔が自然とにやけてしまう。好きな女の子にそんな事を言われたらにやけちゃうって……!


「あれ、なに変な顔してるの? ひょっとして褒められて照れてるのか~?」

「べっ、べつに照れてねーし!」

「おぅおぅ、愛い奴よの~うりうり」

「だー! 肘で脇腹をつつくな!」


 いくら照れているのを隠していても、付き合いが長いせいか簡単にバレてしまう。こればっかりは付き合いが長い弊害だ。


「ったく……結構長い時間いるけど、そろそろ出るか」

「そうだね~でもこの後どうする?」

「ん~……カラオケでも行くか?」

「お、その案乗った! いこいこっ!」


 意見が一致した俺達は、ゲーセンを後にしてカラオケへと向かって歩き出した――のはいいんだけど、さっきからずっと腕を組んだままになっている。正直かなり恥ずかしい。


「なあ結愛……なんでさっきから腕組んだままなんだ?」

「え? あ、その……で、デートなんだし、腕を組むのくらい普通だって!」

「デートっていっても、ガチャで出たからしてるだけだろ」

「それでもいいのっ!」


 腕を組むどころか、ちゃっかり恋人繋ぎもしながら腕を組むという、なんとも器用な事をする結愛は、特に悪びれもせずに言う。


 結愛は良いかもしれないけど、俺の方が良くないんだよな……でかい胸が当たってるし、結愛のような美少女が腕を組んでるせいか、まわりの人達の視線をかなり集めてしまっている。


 もしかしたら、他の人だったら周りの視線に気づいて離れたりするのかもしれないけど、結愛は変なところで天然だったりするから、全く気付いてなくてもおかしくない……仕方ない、何とか恥ずかしいのを我慢しよう。


 そう決めた俺は、嬉しそうに微笑む結愛と一緒にカラオケへと向かって歩き出した――



****



「ふ~楽しかったねぇ!」

「そうだな」


 カラオケで歌いまくった俺達は、そのまま電車乗って最寄りの駅へと戻ってきていた。かなり長時間遊んでいたからか、もう外は真っ暗になっていた。


 ちなみにさっきから結愛はずっと俺と恋人繋ぎをしながら、腕を抱きしめた状態を続けている。もう地元についてるんだし、誰かに見られたら勘違いされるぞ……?


 俺としては、恥ずかしいけどメチャクチャ嬉しい事には違いない。それに結愛も嫌がってる感じはしないし、このままでもいいか。


 ……いや、やっぱり心臓が爆発しそうなくらいドキドキして死にそうだわ。


「楽しい時間ってあっという間だな~」

「また今度一緒に出掛ければいいじゃないか」

「お、それってまたデートをしようってお誘いですか? お兄さんやりますなぁ」


 やべっ……ついぽろっと言ってしまった。これじゃ本当は俺がデートしたかったんじゃないかって思われる! いや間違ってないけど! めっちゃデートしたいけどさ!


「そんなに顔を赤くしちゃって~かわゆい奴よのぉ」

「うっせえ! さっさと帰るぞ!」

「は~い♪」


 誤魔化すために声を少し荒げながら結愛の手を引っ張って家へと向かって歩き出す。


 はあ……ただでさえゲームで勝てないっていうのに、日頃の会話でもこうやって俺がからかわれてばかりだ。俺はこのままずっと結愛には勝てないのかもしれない。


 そんな事を考えながら結愛と喋りながら歩いていたら、いつの間にか家の前にたどり着いていた。ホントに楽しい時間ってあっという間だな……。


「……着いちゃったな」

「そうだね……」


 さっきまでずっと一緒に楽しく遊んでいたからか、別れるのが名残惜しいというか……端的に言ってしまうと、もっと結愛と一緒にいたい。


 それは結愛も思っているのかは定かではないが、少し寂しそうに眉尻を下げながら、両手にギュッと力を入れていた。


「……少し寄ってくか?」

「うんっ!」


 結愛は寂しそうな顔から一転、笑顔の花を咲かせながら、「いこいこっ!」と俺を家の中に引っ張っていった。


 おかしいな、俺の家に帰るはずなのに、なんで結愛が先導しているのだろう?


「あれ、カギがかかってるよ」

「誰もいないのか?」


 俺は家の鍵を取り出して入り口を開けると、中は暗闇に支配されていた。ホントに誰もいないのか?


「真っ暗……ちょっと怖いね」

「……俺から離れるなよ」

「なに自分の家でカッコつけてるの~?」

「ほっとけ」

「あはは、冗談だからすねないでよ~」


 別に俺はカッコつけて言ったわけじゃない。万が一この暗闇の中に家族以外がいたら、即座に結愛を守るためには近くにいてくれた方が都合がいいだけだ。


 でも確かに結愛の言う通り、カッコつけてるように聞こえるな……恥ずかしい。


「あれ、テーブルの上に何かあるよ」

「ホントだな。これは……置き手紙?」


 暗闇を手探りで進み、なんとかリビングにたどり着いた俺達は、部屋の明かりのスイッチを入れると、そこには一枚の置き手紙があった。


 その手紙は母さんからだった。今日は父さんと外食に行くから適当に済ませておくように、お釣りはいらないって内容だった。手紙の下には五千円札が一枚ある所を見るに、これで済ませろって事だろう。


 やれやれ、相変わらず父さんと母さんは仲がいい。俺もいつかは結愛とこんな生活を……って、俺は何を考えているんだ!?


「おじさんとおばさん、相変わらず仲良しさんだねぇ」

「そうだな。これで出前でも取ってすませるかな」

「わーい賛成ー!」

「おい、なんで結愛が喜んでるんだ? お前は家に飯があるだろ」

「いやー今日飛鳥とずっといるつもりだったから、ご飯の準備なにもしてなくて!」


 てへっと自分の頭をコツンと叩きながら言う結愛。俺の使える金が減るじゃないか……でも可愛いから許す!


「出前といってもいろいろあるけど、結愛は何が食べたい?」

「うーん、ピザ!」


 リビングでスマホを見ながら何を頼むか選んでいると、目を輝かせる結愛に提案された。


 昼にハンバーグを食って夜にピザとか、普通に太ると思うんだが……結愛はわかって言ってるのだろうか? まあ結愛は一部を除いてかなり細いから、少しくらい肉がついたくらいが健康的に見えそうな気もする。


「よし、とりあえず注文したぞ」

「えへへ〜楽しみだな〜。よしっ、じゃあ来るまでゲームしよっ!」

「さっきたくさんしたじゃないか」

「あれはあれ、今は今! ゲームは一日に二十七時間まではしていいのだよ!」

「一日の時間超えてるんだが!?」


 俺のツッコミなどどこ吹く風かと言わんばかりに、結愛は俺の手を引っ張って二階の俺の部屋の中へと入ると、一緒にベッドを背にして座った。


 正直ちょっと疲れてるからゲームじゃなくて普通におしゃべりとかしたいんだけどな……まあいいか。結愛がしたいっていうならしてあげよう。


「あっそういえばさ」

「なんだ?」

「ゲーセンで沢山勝負したじゃん? あたしがたくさん勝ったんだから、飛鳥に沢山ガチャ引いてもらいます!」

「ふぇあ!?」

「ちょっ、なに変な声出してんの? ウケル~」


 結愛の提案に驚いた俺は、思わず変な声を出してしまった。


 だって、ゲーセンでの勝負に罰ゲームがあるなんて話、一切していないんだぞ! 急にそんな後出しじゃんけんみたいな事を言われても困るって!


 それに、いつもの結愛が相手でもメチャクチャ恥ずかしくてドキドキしたってのに、今日の結愛はおしゃれをしていて、いつも以上に可愛い。そんな結愛と昨日みたいな恥ずかしい事をしたら……嬉しさと恥ずかしさで死ぬ未来しか見えない。


「きょ、今日はやめとこう……な?」

「え~なんでよ~怖いの? それとも今日の可愛いあたしに昨日みたいな事をするのが恥ずかしいのか~?」

「うっ……わ、悪いかよ……」

「え、何その反応……こっちまで照れちゃうじゃん……」


 完全に図星をつかれた俺は、思わず結愛から視線を逸らしてしまった。


 か、顔どころか身体中が熱い……凄い汗かいてる……恥ずかしすぎて結愛の顔がまともに見れない。


「う~~~~っ! もうっ! いいから早く引いて!」

「うわっ!?」


 結愛は俺の手を取ると、無理やりスマホの画面をタッチさせる。その画面は……あの幼馴染ガチャの画面だった。


「あ、あれ? カプセルが金色だぞ?」

「ホントだ……もしかしてSSレア演出?」


 昨日した時は、結愛のミニキャラが青いカプセルを開けてお題を出していたんだけど、今は金色のカプセルを開けている。なんかやたらとミニ結愛が喜んでいるし。


 これは結愛の言う通り、ソシャゲのガチャでよくある最高レアが確定した時の演出なんじゃないか? こんな所まで細かく作ってるのかよ……。


 いや、ちょっと待て。レアでも普通に恥ずかしいものだったし、Sレアでもデートとかいう、かなり恥ずかしい内容だったんだ。SSレアとか来たら、どんなものが要求されるかわかったものじゃない。


「「SSレア、キス……」」


 結愛のミニキャラがカプセルから出したお題を一緒に見た俺達は、その場で画面を見たまま固まってしまった。


 キス……って、あのキスだよな? あの恋人同士がする奴だよな……え、ええ??


「あ、わかった! これ魚のキスの事を言ってんだよ! お姉ちゃんってば変なボケを入れてきて~」

「あ、ああなるほどな! 結愛は賢いな!」

「そ、そそそうでしょ~!」


 あははと互いに笑い合いながら見つめ合う事数秒——すぐに気まずくなって、お互い顔を背けてしまった。


 結衣さんは一体どんな意図でこれを作ったんだ? マジで全然意味がわからない。


「……飛鳥」

「え、結愛……?」


 結愛の様子を確認しようと視線を戻すと、結愛は目を潤ませながら俺の事をジッと見つめて……ゆっくりと顔を近づけてきた。


 も、もしかして本当にキスするつもりか……!?


「飛鳥……」

「ゆ、結愛……ダメだ!」


 どんどんと顔が近づいていき……あと少しで触れてしまうといったところで、俺は咄嗟に結愛の両肩を掴んで、少し乱暴に突き離した。


「飛鳥……?」

「こんな罰ゲームなんかでキスしちゃダメだ! 結愛にはもっといい人が現れる! だからその時までに自分を大事にするんだ!」


 あ、あれ? 罰ゲームでキスなんてしちゃいけないってのは本音だけど……なんで俺以外の男を勧めてるんだ……?


「っ!? バカっ!」


 パンっと乾いた音が部屋に響くとほぼ同時に、俺の頬にヒリヒリとした痛みが広がるのを感じた。


 俺……結愛に叩かれたのか?


「なんでそんな事言うの!? 飛鳥以外の人なんかとしたいわけないよっ!!」

「え……?」

「ぐすっ……こんなにやっても気づいてくれないなんて……なんでわからないのよぉ! 鈍感! とーへんぼく!」


 大粒の雫を大きな目から零しながら、結愛は声を荒げる。


 頭が混乱して結愛の言っている事がイマイチ理解できない。俺以外の人としたくなって……もしかして結愛は俺の事を……?


「恋人繋ぎだって、あーんだって、膝枕だって、デートだって……飛鳥以外の人となんて絶対したくない! 毎日朝起こしに来て、お昼も下校も一緒に居たくて誘って……隣にいる時に飛鳥が恥かかないように無理に行儀良くして……あたしバカみたい……もういい! 飛鳥なんて知らない!!」


 悲痛な叫びを残して、結愛は部屋を出ていってしまった。本当はすぐに止めるべきだったんだけど……俺は頭が混乱して、すぐに動くことが出来なかった。


 結愛が俺の事を想っていてくれていたなんて、微塵も思っていなかった。てっきりいつも俺をからかって遊んでいるだけだと思っていた。


 でも、本当はずっと一人で苦しんでいたんだ……!


「結愛……!」


 俺は勢いよく立ち上がると、すぐに部屋の窓を開ける。目の前には結愛の部屋があるから、ここから入ろうという事だ。


 だが、俺の思惑を打ち砕くように、結愛の部屋の窓のカギがかけられているのか、びくともしなかった。


「いつもはカギなんてかけないくせに……なら玄関から!」


 すぐに隣の結愛の家に行ってみたが、家のカギもかけられていた。インターホンを鳴らしても反応がない。


 結愛の家は母親が既に亡くなっていて、父親はいつも夜勤でこの時間には既に家を出てしまってる。結衣さんもまだ帰ってくる時間じゃないし……誰もカギを開けてくれる人がいない。


 くっそ! 早く結愛と話をしないといけないのに……!


「んにゅ? そこの迷える子羊くんや~い」

「え?」


 結愛の家の玄関の前で頭を抱えていると、背後から気の抜けた声が聞こえてきた。振り返ると、そこには結愛によく似た顔の女性——結衣さんが立っていた。


「ゆ、結衣さん……? 仕事は?」

「今日は少し早めに終わったからね~久々の定時退社さ~。それよりも、そんなところでどしたの~?」


 結愛の姉である結衣さんは、ぼさぼさの髪をかきながら欠伸を一つ漏らす。相変わらず気の抜けた人だ。


 でも、そんな結衣さんを見ていたら毒気が抜かれたというか、少しだけ落ち着くことが出来た。


「その、結愛に会いたいんですけど……締め出されちゃって」

「あれま~、もしかして喧嘩? あ、ひょっとしてボクの作った幼馴染ガチャは駄目だったかね?」

「えっと、その……」


 結衣さんにさっきあった事を説明すると、「にゃるほど」と言いながらウンウンと頷いていた。


「飛鳥クンって優しいけど、いまいち自信がないよねぇ」


 ゆったりした動きで俺の隣に立った結衣さんは、カギを探すためか、ガサガサと鞄を漁りながら言う。


 結衣さんの言う通りだ。俺は自分に自信がない……だから他に良い人が現れるなんて綺麗事を言って、結愛の気持ちから逃げたんだ。


 本当、最低だ……こんな大事な時に逃げて、なにが結愛の事が好きだ~だよ……ふざけんのもいい加減にしろよ俺。


「……飛鳥クンや。なんでボクが幼馴染ガチャを作ったと思うかね?」

「……暇つぶしで罰ゲーム用のアプリを作ったからダウンロードさせられたって、結愛が言ってましたよ?」

「うにゅ、全く素直じゃないな我が妹は……」

「どういう事ですか?」


 俺の問いに、結衣さんはこっちを見ながらニッコリと笑いながら続ける。


「結愛は飛鳥クンと親しくなるためにどうすればいいか、ずっと悩んでいてね。頑張ったけど振り向いてくれないから、何か案は無いかって相談されたのだよ。だからボクは罰ゲームに使えるいう名目で、イチャイチャできるアプリを作ったのさ~。二人とも変に負けず嫌いな所があるから、罰ゲームって名目なら恥ずかしくてもお題をやるって思ってね〜」


 俺と親しくなるために……? 結愛はそこまで俺の事を……?


「それにしても……結愛が不器用っていうのもあるけど、飛鳥クンも大概ニブチンだねぇ。昔から好意をめっちゃ表現してたと思うんだけどにゃ~」

「うっ……面目ない……」

「ほい、開いたよ」

「ありがとう……ございます」


 結衣さんに続いて家の中に入ると、真っ暗な玄関に、結愛の履いていた靴が置いてあった。どうやら家に帰ってきているようだ。


「あ、そうだ。ボク買い物があったの忘れてたよ~」

「ゆ、結衣さん?」

「我が妹の事、頼んだよん」


 そう言うと、結衣さんはひらひらと手を振って何処かに歩いていってしまった。


 多分だけど、俺達に気を使ってくれたのだろう。今度お礼を言わないとな。


「結愛は……自分の部屋にいるか?」


 俺は暗い家の中を、ゆっくりと歩いて結愛の部屋へと向かう。本当は電気をつけて走って向かいたいところだけど、気付かれて窓から俺の部屋を経由して逃げられてしまうかもしれないから、焦る気持ちを抑えてこうしている。


「着いた……」


 結愛の部屋の前で一回深呼吸をしてから、ゆっくりと結愛の部屋のドアを開ける。真っ暗の部屋の中、結愛と思われる女の子の嗚咽が聞こえてきた。


「ひっく……ぐすっ……」

「結愛……」

「飛鳥……? どうやって入ったの……?」

「丁度結衣さんが帰ってきて……」

「そう……話したくないし、顔も見たくない。帰って」


 部屋の電気をつけながら結愛の名を呼ぶと、体育座りでベッドの上にいた結愛が答えてくれた。ここからじゃ顔は見えないけど、きっと泣き顔になってしまっているだろう。


「来ないで! あたしなんて……こんなアプリなんかに頼らないと何もできない、バカでズルイ弱虫の事なんて放っておいてよぉ!」


 俺が部屋に入ってくるのを拒むかのように、結愛は枕やぬいぐるみを投げつけて反抗してくる。その顔は悲しみと涙でグチャグチャになっていた。


 もう結愛にこんな顔をさせてたまるか。だから……結愛にちゃんと謝って、俺の気持ちを伝えるんだ!


「ごめん……俺のせいで、結愛を苦しめて……」

「同情なんていらない! 帰って!」

「俺の話を聞いてくれ!」

「ヤダ! どうせまた飛鳥以外の男の子を勧めてくるんでしょ! そんなの聞きたくない!」

「結愛!」


 まだ暴れ続ける結愛を止めるため、そして俺の気持ちを伝えるために、俺は結愛の元へ行くと、優しくその身体を抱きしめた。


「あ……飛鳥……?」

「俺、昨日結愛といろいろした時も、今日のデートも……恥ずかしかったけど、凄く楽しくて、嬉しかったんだ! でも……俺は自分に自信がなくて……キスされそうになった時、咄嗟に思ってもいない事を言って、結愛の気持ちから逃げたんだ……でも、俺はもう逃げない!」


 俺は結愛を抱きしめる腕に力を入れながら言う。


 こんなに力を込めたら結愛の小さい身体が壊れてしまうかもしれないのに……それでも結愛を離したくなくて、力を緩められなかった。


「俺は結愛の事が世界で一番大好きだ! アプリに頼らせるまで待たせたどころか、咄嗟に逃げるようなバカで弱くて情けない男だけど……結愛の隣に立っても恥ずかしくないくらいに強くなる! だから……俺と付き合ってください!!」


 俺は結愛から少しだけ離れて真っ直ぐ顔と見つめながら、嘘偽りない俺の気持ちを伝える。


 だが、何故か結愛は目を丸くしながら俺を見つめるだけで、すぐに告白の答えを返してくれない。


 これは……さっきの事で愛想を尽かされたか……。


 でも全ては俺が自分で蒔いた種だ。俺が悪いんだ……そう思っていると、俺の背中に結愛の腕が回された。


「飛鳥はバカじゃないし、弱くも情けなくもない……優しくて、面白くて、あたしが泣いてたり困ってるとすぐに助けてくれる……世界で一番カッコイイ男の子だよ……」

「結愛……」

「ごめんね……あたしが回りくどい事をしないで、もっとわかりやすいアピールをしてればよかっただけ……それに、飛鳥はあたしを傷つけないようにしてくれたのに、勝手に感情的になって責めて……ビンタまでして……ホントにごめんね……」

「いや、結愛は悪くない。全部俺が悪いんだ」

「いやあたしが……」

「俺が悪い!」

「あたしが悪い!」


 お互いに顔を見合わせながら、自分が悪い合戦をしながら睨み合ってると、どちらからともなくクスクスと笑い始めてしまった。


「えへへ……あたし達、なにやってるんだろう」

「だな。それで……結愛の答えを聞いていいか?」

「あ、うん……そんなの決まってるよ」


 結愛は目尻に涙を溜めながらも、笑顔で俺を真っ直ぐ見つめる。その笑顔は世界で一番可愛くて……思わず見惚れてしまうくらいだ。


「あたしも……小さい頃からずっと、飛鳥が大好き! あたしと、付き合ってください……!」

「結愛……!」

「飛鳥……んっ……」


 結愛の返事に感極まってしまった俺は、勢いよく結愛の唇を奪った。それに応えるように、結愛は俺の事を強く抱きしめ返してくれた。


「ぷはっ……もう、さっき拒絶したのとは大違いだね?」

「うっ……悪かったって……」


 数秒程の短いキスを済ませた後、結愛はジト目で俺を見つめながら、痛い所を突いてきた。それを言われるとホントに弱いというか、申し訳なさしかない……。


「あはは、冗談だよ。これからもずっと……ずっと仲良くしようね!」

「ああ……!」


 太陽よりも眩しくて可愛い笑顔を浮かべる結愛の気持ちに応えるように、俺は再度結愛とキスを交わす。


 大切な人の笑顔を二度と悲しみに変えまいと、強く心に誓いながら――



 ****



「ほら飛鳥、起きて~」


 ゆさゆさ――


「朝だよ~早く起きて~」


 俺は身体が揺れる感触を感じて目を開けると、そこには俺の幼馴染で、最愛の人が笑顔で俺の腕の中にすっぽりと収まっていた。


 もう朝か……昨日は結構遅くまで起きてたから……まだ眠い……それに、このまま結愛を抱きしめていたい……離したくない。


「んう……あと五年……」

「あたしに三年で文句言ってたくせに自分は五年って……起きないといたずらしちゃうぞ?」

「…………」

「よ~し、黙ってるって事はオッケーって事だね。ふっふっふ……なにしてくれようか……」


 いたずらって子供じゃあるまいし……俺は眠いんだよ……結愛のいたずら程度、スルーして二度寝をかましてやる……。


「……ん?」


 俺の唇に、なにかとても柔らかいものが押しあてられた衝撃で目を開けると、そこには結愛の顔——は無く、結愛の手の甲が押しあてられていた。


 くっそ、キスされたと思ってビックリして起きてしまったじゃないか! 朝から心臓に悪いいたずらしやがって! この小悪魔め!


「あはははっ! キスされたと思っただろ~!」

「結愛、おまっ……俺の純情な心を弄びやがって!」

「すぐに起きないほうが悪いんです~♪ あたしの唇はそんなに安くないのだよっ!」


 くっ……めちゃくちゃ可愛いドヤ顔で俺のほっぺをぷにぷにしやがって……ちょっと悔しいから反撃してやる!


「へっ……よく言うな。昨日はあんなにキスしたがってたうえ、くっついて離れようとしなかったくせになぁ」

「なっ……そそそ、そんな事無いもん!」

「そんな事あるって。昨日だけで何回キスしたかなぁ? それに、今もこうしてくっついてるし」

「わーわー! 聞こえませーん!」


 俺はニヤニヤしながら言うと、結愛は顔を真っ赤にしながら俺の胸をぽかぽかと叩き始めた。


 まあ否定したくなる気持ちはわからんでもないが……残念ながら事実だ。


 昨日の告白の後、俺の部屋に戻って出前のピザを食べさせあいっこしていたら、互いに表に出せなかった好きって気持ちが爆発して……その、ここでは言えないくらい、たくさんイチャイチャしてしまった。その時に、結愛はかなりの頻度でキスをおねだりしてきた。


 あの時の結愛、可愛すぎて死ぬかと思ったくらいだ……やべっ、昨日した事を思い出したら恥ずかしさで爆発しそう……恥ずかしさに耐性がついたかもって思ったけど、そんな事はなかったみたいだ。


 ちなみに今日の寝不足はそのイチャイチが長引いた結果だ。だから結愛も寝不足だと思うんだけど……元気なんだよな……なんか肌がツヤツヤしてるように見えるし……不思議だ。


「からかって悪かったって」

「そんな謝罪なんかで……許さない……もん……」


 謝りながら結愛の頭を優しく撫でてあげると、目をとろんとさせながら大人しくなった。口元も緩んでいて、とても可愛らしい。


 結愛は昔から頭を撫でられるのが好きだったのだが、こんなになるのは初めてだ。付き合い始めた事が影響してるのだろうか。


「で、なんで俺の布団に入ってるんだ?」

「えっと、近くで寝顔を堪能しようかな〜って潜り込んだ! ついでに起こしに来た!」

「今までの主目的が、ついでに格下げされてる!?」

「まぁまぁ、そんな事よりも……もっと撫でてよぉ」

「朝からお盛んですなぁ」

「「ふぇっ!?」」


 このまま朝から糖分濃度がとんでもないくらいのイチャイチを始めてしまいそうになった瞬間、部屋の窓から間の抜けた声が聞こえてきた。その声に驚いた俺達は、勢いよく上半身を起こしながら窓を見ると、そこには窓の縁に座る結衣さんの姿があった。


「お、お姉ちゃん!? なんでここに!?」

「いや~我が妹がリビングに降りてこないから、部屋を中を見に来たらもぬけの殻だったからね。もしかしたらこっちに来てるのかと思って、結愛の部屋の窓から入ったんだけど……お邪魔だったかにゃ~?」


 にゅふふ~と気の抜けた笑い方をする結衣さんを、隣の結愛は涙目で恨めしそうに睨んでいる。


「むふ~……どうやら上手くいったみたいでなによりだにゃあ。さて、我が妹の愛い顔も見れたし、か〜えろっと。あ、そうだ……付き合えて嬉しいのは大いにわかるけど、もう少し声は抑えた方がいいかもねぇ。イチャついてる声、ご近所さんに聞かれたら恥ずかしいっしょ? 特に我が妹は声がデカかったぞ……にゅふふ」


 え? そこまで結愛は大きい声を出してたか……? 一緒にいたけどそこまで大きいとは感じなかった。俺がそんな事を気にするほど余裕が無かっただけか?


「え……ウソ……そんなにあたしの声、大きかった……?」

「やっぱりイチャついてたのか〜ボクの予想的中〜。あ、声は全然聞こえなかったよん」


 耳まで真っ赤にして震える結愛とは対照的に、結衣さんは楽しそうにケラケラと笑っている。これは完全に結愛がはめられたな……。


「結衣さん、あまり結愛をいじめないでください」

「お、さっそく彼氏らしく彼女を助けるとは〜! これにはボクもときめいちゃうかも〜? 飛鳥クン、結愛じゃなくてボクと付き合ってみないかね?」

「お、お姉ちゃん!!」

「お〜怖い怖い! 逃げるが勝ちってね〜」


 朝から元気に声を張る結愛から逃げるように、結衣さんは窓から家へと帰っていった……と思いきや、すぐに戻ってくると、とても優しい笑顔を浮かべた。


「二人とも、おめでとう。末永くお幸せにね」


 それだけを言い残して、今度こそ結衣さんは家へと戻っていった。


 結愛は子供の頃から俺の事を想っていてくれた。という事は、結衣さんもずっと俺達がくっつかないで中途半端な状態を見続けさせられたのだろう。


 だから、俺達がやっと付き合って仲良くしてるのを見て、祝福の言葉をくれたのだろう。


 そう思うと、心配かけた事への申し訳なさや、祝福してくれる嬉しさで、感情がぐちゃぐちゃになりそうだ。


「もう……お姉ちゃんったら……からかうのか祝ってくれるのか、どっちかにして欲しいよ……」


 口では悪態を付きながらも、きっと祝ってもらえて嬉しいのだろう……結愛は目尻を細い指で拭いながら、幸せそうにえへへと笑っていた。


 そんな結愛を見ていたら、どうしようもないくらい愛おしくなって……気づいたら、結愛の事を抱きしめていた。


「わわっ……どうしたの?」

「あ、いや……なんかギュッてしたくなって……」

「ふ〜ん、そうなんだぁ……ねえ飛鳥」


 結愛は抱きしめ返してくれながら、とても優しい声色で俺の名を呼ぶ。


「あたしの事……幸せにしてくれる?」

「もちろん。今まで悩ませて、苦しませちゃった分……いや、その何百倍も幸せにするよ」

「それはとても大変だぞ~? そうだなぁ……あたしがおばあちゃんになるまで幸せにしてくれれば……な~んて……」

「ああ、任せておけ」


 ばあさんになるまでどころか、結愛が死ぬまで離れないつもりだ。それで、幸せな人生だったって言わせるのが目標なんだが……長年の片思いを随分と甘く見られたものだ。


「~~~~っ! 飛鳥っ!」

「んう!?」

「んっ……ちゅっ……あすかぁ……」


 突然俺はベッドに押し倒されながら、結愛に唇を奪われた。昨日から何回もキスはしているが、何度やっても恥ずかしくて……でも凄く幸せな時間だ。


「嬉しすぎて、抑えきれなくなっちゃって……えへへ」

「ビックリするし恥ずかしいだろ……まったく」

「イヤ?」

「そんなわけないだろ」

「だよね~! こんな可愛い彼女の結愛さんのキスを嫌がるとか、不敬罪でギロチンの刑だよ!」

「そうだな」


 自分から言ったらやったりしたのに照れてしまったのか、顔を赤くしながら汗を飛ばす結愛。俺の彼女可愛すぎないか?


「あ、あう……そこは軽口で返すとこだよ……」

「だって事実だしな……悪いかよ」

「ぜ、全然! さ、さ~てと、今日もおばさんと一緒に朝ご飯作らなきゃ! 飛鳥も下に降りよ?」

「おう。なあ……朝飯、俺も手伝っていいか?」

「いいけど……急にどうしたの?」

「ほら、いつも作ってもらってるからさ。それに……付き合って初めての共同作業っていうか……今後は一緒に作ることも増えそうだし……」


 お、俺なにクサい台詞言ってんだ……結愛もキョトンとしてるし……ああもう! 変な事言うんじゃなかった! 恥ずかしくて今すぐ逃げ出したい!


「……えへへ。うん! 一緒に作ろっ!」

「うおっ! 急に手を引っ張るな!」

「はやくはやくっ! 時間は待ってくれないよ!」


 結愛は満面の笑顔を浮かべながら、俺の手をとって部屋の外に連れ出していく。


 これからも今日みたいに楽しい日もあれば、からかいあいすぎて互いにムキになったり、すれ違って喧嘩をする事もあるだろう。何か大きな試練が待ち構えているかもしれない。


 それでも……きっと結愛と一緒なら乗り越えられると俺は信じている。


 俺はもう結愛から絶対に離れない。この世界で一番大好きな人の、世界で一番輝いている笑顔を守るために――

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