5話 本人気づかず、やらかした。
ワイドの授業が終わると、その日の最後を告げる鐘が、学園に響き渡る。
「さぁ、今日はこれで終わりだ!寄り道せず、帰って勉強しろよ!」
ワイドがそう告げると、生徒たちは一斉に講義室から出て行く。
そんな中、教壇にいるワイドに近づく、2人の生徒がいた。
「先生!ここ教えてください!」
元気の良い声をあげるのは、エミリア=スクリーン。
赤毛にぱっちりとした吊り目で、笑うと見える八重歯が、妙に妖艶的な女子生徒だ。
その後ろには、自信なさげにモジモジとしている、黒髪おさげの女子生徒がいる。
彼女はマリン=イレイザー。
垂れ目のおっとり系女子で、黒縁の眼鏡が象徴的だ。
「スクリーンにイレイザーか。どこがわからないんだ?」
2人に対して、ワイドは慣れたように対応していく。
「なるほど!そういうことかぁ!」
「エミリアちゃん、よっ、よかったね。」
「そこは間違えやすいからな。しかし、良い視点に気づいたな。」
笑い合う3人を見ていたタケシは、少し物寂しく感じていた。
本来であれば、自分もあ〜やって、生徒たちの質問に答えて、笑い合っていたはずである。しかし、黒板消しとして転生したタケシには、もうそんな場面は訪れないだろうから。
タケシは思う…
若林先生に会えないのも寂しいけど、やっぱり生徒に会えないのが、1番つらいな。
でも、悔やんでもどうにもならないのは、事実だから、くよくよしても仕方がない。
俺はこれから、魔法を学ぶのだ。
それをモチベーションにするんだ!
そう言って上がりもしない…いや、無い腕を上げた気になる。
しっかし、魔法を使うにはどうすりゃいいんだろうか。
今のところ、ここの教室では、魔法の基礎を学べる授業はやっていないからなぁ。
いや待てよ?よく考えると、人体魔学でこんなこと言ってたな。
"魔力は魔法に欠かせない要因で、有機物であるならば、大気中の魔力は魔臓器へと自然に蓄積されていく"
だっけ?
でも、無機物って魔臓器はないのが当たり前だから、魔力の蓄積ってどうすんだ?
あれ?あれれれれ?初っ端から詰んでない?これ…
あっ!再び待てよ?
あの女神さま、能力をサプライズで一個おまけしてくれたよな。あれって何なんだろ。てか、どうやって使うんだ…?
あ〜あ、せめて使い方とか聞いておけば良かった…。ふざけて女神ってこと隠してることに、突っ込んでる場合ではなかったなぁ…
とりあえず頭で念じてみるか。
え〜っと、俺の能力って、何ですかぁ?
すると、頭の中に一つの言葉が浮かんできた。
"クリーナー"
はぁ?クリーナーって…あのクリーナー?これって能力なのか?
何だよもう…この取説無しで、初めて見た家電を扱う感じは!
えぇ〜い!とりあえず使ってみよう!
で、唱えればいいのか?
クリーナァー!!!
その瞬間、黒板消しのタケシの体に、何が満たされていく感触が現れる。
おっ!おおお〜!!
これ、きてる感じ?溜まってる感じ?魔力ちゃんが!?
暖かいなぁ、魔力の蓄積ってこんな感じなんだなぁ…
しかし、タケシが"クリーナー"という能力を使っているその一方で、学園中、いや王国中では、その影響により、大変な事態となっていたことを、タケシは知る由もない。
◆王国中枢
「緊急事態発生!国内中で、魔力の枯渇を検知!魔力災害警報を発令せよ!繰り返す!魔力の枯渇を検知!」
◆王城内部
「陛下!緊急の伝達です!国中の魔力が、突如として急激な低下をみせており、国内の至る所で、魔力供給不足が発生!このままでは、市民の生活はもちろんですが、多くの重要機関に多大な影響が発生します!」
「なっ、何じゃと!?原因はなんじゃ?」
「それが…」
「わからんのか!?」
「はい…我が国の諜報機関の情報力を持ってしても、未だ解明ならず…」
「何ということだ…魔王の復活や竜王の出現ではないのか!?」
伝令兵は、下を向いたまま首を横に振る。
「そうか…国防大臣は何をしとる?」
「既に、国内の影響について調査に取り掛かっておりますが…その…範囲が広過ぎて時間を要していると、伝言を承っております。」
「わかった…大臣には引き続き、市民の保護を優先させよ!他の者は原因の究明に尽力するのだ!」
「はっ!」
兵士たちは、すぐさま駆け出していく。
国王は窓の外に見える青い空を見据えて、小さく呟いた。
「一体、何が起きているのだ…」
◆学園内
「がっ、学園長!大気中の魔力の枯渇が認められました!」
「なっ、何と?!」
「しかも、園内の生徒たちが魔力欠で、次々と倒れていっとります!急ぎ、教師たちが保護に回っておりますが、生徒の数も多く、対応が遅れてお…り…」
「きょっ、教頭?どうしたのだ!」
「いえ…少し…目眩がしま…し…」
そう言って教頭は、その場に倒れ込む。
学園長は教頭へと駆け寄ると、
「まっ、魔力欠か!?」
人は魔力を生命活動の一部として使用している。魔力が不足すれば、貧血のような症状が現れるのだ。
(教頭ほどの魔導士が魔力欠だと?生徒たちにしろ、一体何が起こって…)
そう考えていた学園長も、目眩を感じる。
(なっ、私もか…これは何者かに急激に吸い取られているような…)
そう考えながら視界がぼやけていく学長。そのまま、教頭の横へと倒れ込んでしまった。
◆講義室
ウホホーイ!
魔力が溜まったぞ!すんげぇ、暖かいなぁ、魔力って!
よぉーし、これで、授業を学びながら魔法を習得できるな!まずは、動けるようになる方法を探すかな!
楽しくなってきたぞぉ!
タケシが喜んでいるその横で、学園内では生徒が1人、また1人と、魔力欠によって、倒れていく。
目の前で、2人の生徒がいきなり倒れたことに動揺しつつも、ワイドは冷静に駆け寄る。
「どうしたんだ!2人とも!こっ、これは…魔力欠…?なぜ急に…2人は健康そのものだったし、魔法も今は使ってなかったが…」
ワイドは異常に気づいた。エミリアとマリンだけでなく、講義室にいた生徒の全てが倒れている。
(なっ、何が起こっているのだ…)
そう思い、立ち上がった瞬間、ワイドも目眩を感じる。
(この俺も…魔力欠…?いや…これは何者かに魔力を吸われて…いる?)
宮廷魔導士としての力量を備えたワイドは、常人より魔力の量はかなり多い。しかし、そのワイドでさえも魔力の枯渇を感じるほどとは。
(誰だ…誰が一体…まっ、まさ…か、奴か…)
ふらふらとよろめきながらも、教壇に体を預け、残った魔力を振り絞り、感知魔法を使う。
(どこだ…どこに…い…る…)
しかし、元凶を突き止める事は叶わず、魔力尽きて、その場にズルズルと座り込むワイド。
霞んでいく視界に、残った感知魔法の効果が、薄らと映し出されていた。
現実なのか、夢なのか。
そこには、ただの"黒板消し"が映っていたのだった。
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