4話 黒板消しも意外とね。
この世界では、魔力なるものが存在し、それをコントロールすることで、魔法を使うことができる。
魔法は、種類や用途が多岐に渡る。
火属性、水属性、木属性、風属性、土属性など多くの属性が存在し、発現する魔法も組み合わせ次第で、無限大とまで言われている。
この魔法を、人々は様々なものに活用して、生活を送っているのだ。
この世界での事象の理、要は、物理や化学の原則、万有引力などのルールは、地球とほぼ一緒である。
しかし、魔法がある。
地球と違うところはそこだ。
例えば、コンロなんかは必要ない。だって、火の魔法があるから。窯と道具さえあればいい。
水道なんかもいらない。井戸さえあれば、あとは水魔法で事足りる。
車もいらない。馬車と風魔法で、かなりの速さが出せるし、風魔法を極めた者なら、そのまま空を飛べさえする。
もっと言えば、ショベルなど重機類もいらない。土属性で掘ったり埋めたりできるし、重力魔法で重たいものは軽くできるから。
とまぁ、今あげた例は極論ではあるのだが、最低限の生活でいいなら、魔法が使えれば良いのだ。そこまで魔法というものは便利なものである。
ただし、技術革新への欲というものは、どこの世界でも一緒なのだと感じさせられた。
ここ、ヒューマニア王国は、人族の王国であり、魔法工学の先進国でもある。
魔法工学とは、魔法と物理学や化学を組み合わせ、豊かさを追求する学問、とでも言えば、わかりやすいだろう。
そんな王国で、常にトップの就職率を誇るブラックボード魔術学園。
魔法工学の第一人者であるワイド=チョークが、教授兼講師を務めていることも加わって、毎年の応募者は、千を優に超え、その競争率は何十倍にもなるという。
そして、俺はどうも、その学園の講義室にある"黒板消し"へと転生したらしい。
あれから、数日が経ち、普通に考えればゾッとする転生劇において、幸運なことに俺は発狂せず、自我を保つことに成功していたのである。
え?
なんでかって?
そんなん決まってんだろ!
毎日授業があるからだよ!
俺が悩んでようが、苦しんでようが、目の前で、魔法陣とか属性とかの話をしやがって!
チョー気になるわ!
童心をくすぐるわ!こんなもん!
前に生徒に教えてもらった"ラノベ"の世界感だろ?密かにハマってるとか、そんなことないけどさ!
チクショー!
あ〜、もっと読んどくんだった…
……
はぁ〜…
しっかし、黒板消しに転生って何なんだ?
そして、それを許容できちまった俺って、アホなんじゃないか?
ラノベでも剣とかだったのに…
黒板消しってさぁ…
意思のある剣とか最強じゃん。
んで、持ち主と一緒に無双するとか、ロマンじゃん…
それが…意思ある黒板消し………黒板消しって………
何なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!
……ハァハァハァハァッ
しっ、しまった!
無意識に叫んでしまった。
いかんいかん!教師たるもの、常に冷静でなければ!生徒たちに示しがつかん!
しかし、やっぱ黒板消しって…無くないかぁ…
とは言いつつも、異世界の授業は、意外と新鮮で面白かった。
魔法学から始まり、魔法薬学、魔法化学、魔力学、人体魔学などなど。
もちろん歴史や言語学、数学など、元いた世界と同じような授業もある。
そんな中で、1番興味を引いたのは魔工力学だった。それは俺にとって必然だろう。
だって…専攻、物理だし!
そして、魔工力学の担当講師。
ワイド=チョーク。
彼の授業は、一言で言えば"おもしろい"。
さっきも言ったが、この世界では地球にあるような、便利な道具や機械はほとんどない。だが、彼はそれらに似た革新的なアイデアを例に挙げて、授業を進めていく。
生徒たちにとっては、未知の授業なのだ。毎回、驚かされる彼の授業には、自ずと生徒が集まる。強いて言えば、学園に集まってくるのだ。
加えて、魔法の才能もピカイチであり、前職は、宮廷魔導士。
そう。よく聞くアレである。
なもんで、生徒の親からの信頼も厚く、周りの教師からも慕われていて、学長からも、もっと言えば国王からも一目置かれているのだ。
まるで、塾界ナンバーワン講師である、俺みたいではないか!
……
とまぁ、ワイド=チョークという男は、かなり評価の高い人物だということが、わかって頂けだだろうか。
しかしである。
そんな彼に対して、俺には気に食わないところが一つだけある。
それは、モテることだ!
周りの話から推測するに、ワイドは超のつくほどイケメンのようだ。そうだな…想像するならば…いや、やめておこう…悲しくなる。
それほどのイケメンなので、女子生徒やお母様方からの評価が高いこと高いこと。
それで終わるならまだしも、男子生徒にも人気があるときたもんだ!
"ここだけ"は俺とは違うところだな。
……
もうごめんなさい。俺の負けです…
ハァ〜、まぁ黒板消しだから、まあ顔とか関係ないんだけどね…
おっと、噂をすれば次はワイドと授業だったな。気を取り直してっと。
ゆっくり無い腰据えて、授業を聞かせてもらおうじゃないか。
◆
授業を聞いているタケシに、唐突に声をかける者がいる。
「黒井さん、黒井さん」
タケシは授業に集中していて、返事をしない。
「黒井さん?聞こえてます?」
誰かの声に気づいてタケシは、
ーーーん?ちょっと後にして。今いいとこ。
と答える。
「え?あ、いや!そうなんですね。ごめんなさい。」
ーーーいいよ、わかれば。
「…じゃなくて!黒井さん、話を聞いてもらえますか?」
ーーーいや、今いいとこなんだって。ワイドの話、聞いてんだから。
「そうは言っても、こちらもあまり時間がないんですよね。彼の話は、後でも聞けるんだから、私の話聞いてもらえます?」
ーーー授業中の私語厳禁。
「いやいや、あんた聞く必要ないでしょ!"黒板消し"なんだから!」
ーーーあれ?なんでそれを…?
そう言って、意識を声の主に向けると、そこには女性がいて、タケシに少し怒ったように微笑みかけていた。
「とりあえず、お話ししましょう。」
ブランドにウェーブのかかった髪。
目はぱっちりとした二重で、コバルトブルーの瞳が美しい。唇は真紅に染まり、妖艶さを醸し出しており、鼻立ちは高い。
一言で言うと、超絶美人。
だが、背には大きく広がる羽と、頭には金色に輝く輪がのっている。
そして、少し透けている…
あっ!えっちな意味じゃないぞ!体が透けて、反対側が見えてるってこと!
ーーー…だっ、誰?
タケシが言葉を失っていると、
「まずは今回のことをお詫びしないといけません。クリーナーの付喪神のせいで、こんなことになってしまって、本当に申し訳なく…」
ーーーん?ん?ん?待って待て!クリーナーの付喪神?どう言うことだ?
「順を追って説明しますね。」
そう言ってその女性は、事の発端を説明し出した。それらを要約すると、こうである。
毎日、タケシが使っていたクリーナー。かなり大切に使っていたため、心が宿り、付喪神となったらしい。
しかし、長年の苦労のためか、壊れてしまった。
クリーナーの付喪神にとっては一大事である。このままでは捨てられてしまうと思い、夜な夜な修理をしていたそうだ。
そしたら、そこに俺が現れる。
大好きな俺が現れた事で、クリーナーの付喪神は我を忘れて、俺を吸い込んでしまったとさ。
おしまい。
ーーーちょぉぉぉっと、待てぇい!好きすぎて吸い込むって、なんやねん!百歩譲って"付喪神"は許容しよう!だが、吸い込む必要ないだろぉぉぉ!
「はい、それは彼女もかなり反省しております。」
ーーー彼女?
「はい、付喪神の事です。」
ーーーおっ、女の子なのか…?コホンッ。まっ、まぁ好き過ぎたのだから、仕方ないかもしれないな。
その言葉に、女性は少しジト目でタケシを見る。しかし、すぐに気を取り直して、こう告げる。
「ではなぜ、黒板消しにとお思いかと存じます。これは私の失態でして…」
ーーーあなたの…ですか?
「はい、付喪神がいきなり吸い込んだものですから、あなたの魂を転生する際に、設定する位置情報を謝りました。」
ーーーまじかよ…
「それで本来なら、人間の赤子に宿るはずが、黒板消しに宿ってしまいまして…」
ーーーなるほどなぁ
「…。怒らないのですか?」
ーーーほんとは怒るとこなんだろうけど、授業を楽しんでる自分がいてさ。そんなんで怒るのは自分勝手かなって。黒板消しも意外と嫌じゃないと言うか。
その言葉に半透明の女性は目をパチクリさせた。
「そうですか…安心しました。が、やはり罪悪感は残りますね。なので、黒井さんには一つ力を授けようと思います。」
ーーー力…ですか?
「はい。そもそも今日はそのために来たのですから。何か身につけたい能力などはありますか?なんでもいいですよ。」
ーーーう〜ん…
タケシはじっくりと思案する。この人はおそらくラノベ風に言えば、女神様だろう。それから考えれば、話の流れの結果もよそくできる。
ーーーなんでも良いんですね?
「はい、何でもいいですよ。」
ーーーなら、魔臓器を貰えますか?
「まっ、魔臓器…ですか。」
女神と思われる女性は、少し悩んだ素振りを見せる。
「…元の世界に戻せとか言わないんですね。」
ーーーだって無理でしょう?
「うっ…。なぜわかるのですか?」
ーーーラノベの定番だからです。主人公が元の世界に戻れたら、物語が始まらないじゃないですか。
タケシは自信に満ちた声で告げる。
「…よっ、よくわかりませんが、帰れないのは事実なので。しかし、なぜ魔臓器なのです?移動する能力とか、色々あるとは思いますが。」
ーーーノンノン。自分でできるようになるのが、楽しいんじゃないですか。
タケシは楽しそうな声で、回答する。
ーーー人体魔学と魔力学で学んだんです。有機物には、魔臓器があるって。だけど無機物、要は黒板消しとかにはそんなもんないでしょ?
「なるほど。あなたらしい選択だと思います。わかりました。あなたには魔臓器を授けます。私の好意で、スペックは高めにしてあげましょう。」
そう言って女性が、タケシに向かって手を差し伸べると、光り輝く粉のようなものが降り注いだ。
ーーーこれで終わり?
「はい。あなたの中に魔臓器が構築されてます。ついでに、付喪神の能力もオプションで付けておきましたので、後で確認してください。」
ーーーへぇ〜、何ですか?
タケシがそう問いかけると「サプライズと思ってください」と言って、女性はにっこりとして消えていく。
ーーーありがとう女神様!
そうタケシが言うと、どこかでズデっと転んだ音が聞こえたが、そんなことは気にせずに、タケシは再び授業へと耳を傾けるのであった。
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