第2話

 自分が消えるという、索漠とした予感があった。

 抗おうという気も起こらない。元々そういうもので、あるべきことが普通にあるようになるだけ。自分が消えるのが、普通。

 誰もいない会社。元々、ここも空きテナント。ペーパーカンパニーということになっている。外面だけは普通の会社に見せかけていて、結局は租税回避地タックスヘイブンからの動きを見張る官邸の出先機関。消えていく自分が、消えていく金の流れを追う。それが、どこかおかしくて、そしてたのしかった。

 よお。おまえら。消えていく金に、なんとなく声をかける。おまえらも消えんのか。俺と同じように。

 意味がないことだけど、なんとなく、習慣として続けていた。金にも流れがあって動きがある。だから、生きているように見えるのかもしれない。

 おまえら。恋をしたことはあるか。ないだろうな、金だから。俺はあるぞ。毎日のように、自分のことを喋るんだ。もうすぐ消えてしまいそうだ、ってな。そうすると彼女は、俺を抱きしめてくれる。何も分からないだろうし、きっと、俺の言葉も理解されてない。それでも、抱きしめられている間だけは。そのときだけは、俺は、彼女の腕のなかで、存在してたんだ。たぶんだけどな。彼女が、俺を繋ぎ止めていたんだと思う。なんとなく、そう思う。なんとなくだけど。


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