それは小さな5界です
大宗仙人
第一章 第一話 5界のきっかけ
スマホが鳴っている……これはオレの電話の音だ。だが、遠くの方で聞こえている。なぜだろうか……いや、そんなことはどうでも良い。早く電話に出よう……でも、面倒くさいから別にこのままでもいいか。……これが本当の『電話にでんわ』なんちゃって……フ、フフ……
ピリリリリリ! ピリリリリリ!
「……あ?」
ゆっくりと瞼を開いた。見慣れた自室の天井がオレの目に映った。
そう、既に朝だった。端的に言えばオレは寝ぼけていただけなのだ。現実は携帯がいつもの時間に目覚まし時計として機能したに過ぎなかった。
頭がボーっとしている。
これほど目覚めが悪いというのはオレらしくない。一体、どういうわけだ……
「おい! ブタ!」
「……ん」
オレはまだ完全に頭が回転していなかった。ひとり暮らしの部屋に一体なぜ人の声がするのか事態が飲み込めていない。
「ブタ!」
「違う! ひとりではない!」
『ブタ!』という怒声にようやくオレは目が覚めたのだが、同時にとっさに叫んでしまった。そうだ、昨日とんでもないことが起きたのだ。
『ハガイ』と名乗る変な男が来て、オレの前世に問題があって、だからいろいろな世界の王女を預かって……
うむ、この家には昨日からプリンセスと呼ばれる別世界のカワイイ女子達が五人居る。
精霊界、魔法・妖魔界、獣人界、冥界、魔界、それぞれの界王の娘達をここに集めて、オレが監視役になるそうだ。ただの浪人……いや、プータローのオレに何故そのような奇妙奇天烈な大役が回って来たのか……
「な、なんだあ!? おいおい、ブタ、大丈夫か? 頭がおかしくなっちまったんじゃねえのか?」
オレが記憶を呼び覚ます作業をしている途中に声をかけてきたのは魔界のプリンセス。彼女は何度声を掛けても無反応だったオレが急に大声を出したものだから、随分と驚いたようだ。
「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと寝ぼけていただけだ」
「そうか、ならいいけどよ。メシができたそうだから、早く顔を洗ってこいよ」
「え!? そうなのか。……ああ、わかった」
彼女はそれだけ言ってさっさと出て行ってしまった。オレはそれを横目で見ながらゆっくりと体を起こす。
「ふああ~」
大きなあくびをしてから立ち上がり、まずは布団をたたんで押入れに放り込んだ。そして着替えをしながら昨日のことをぼんやりと思い出し始めたがまだ頭が回らない。
ちなみに今、オレを起こしに来たのが『エキドナ』。
上から下まで完全無欠のSM女王スタイル。オールバックのヘアスタイルと濃い目のメイク、ボンデージファッション、5人の中でも一番の高身長、そのままその手の店で就労可能であろうと思わせた。魔界の王女たる人物がまさかまさかのこんな姿であったとは、ある意味爽快ではあるのだが。もう一つ付け加えるなら美人だ。鼻筋が通っていて髪と瞳は黒いのだが、肌は透けるように白いし足が長いので白人っぽい。
まあ、とにかく昨夜はバタバタした。あの娘達は部屋割りをして各々荷物を片付けていたが、終わる頃にはもう夕食の時間になっていた。当然何か食べなくてはと考えたものの、今までと違い一挙に5人増しだ。食材を買うにしてもファミレスに行くにしても何をどうしたらいいかわからず(というより面倒)、とりあえずピザ屋に出前を頼むことにした。
日本の人間のメシが彼女達に合うかどうかは知らなかったが、あの娘達もこちらの事情を知ってか知らずか、特に文句を言うこともなく黙々と食べてくれた。
そのあとは覚えていない。というよりオレはたぶん疲れて寝てしまったのだろう。
無理もない。
あんなことがあれば、そりゃあ誰だって……そういえば誰が布団を敷いてくれたのだろうか? 手間を掛けさせてしまった。……そうだ、オレが寝ちまったということはアイツら、あの後ちゃんと大人しくしていたのだろうか。
オレがいろいろなことに不安に駆られて、ひとりで唸っていると、妖魔・魔法界のプリンセスが入ってきた。
「あら~、パンイチで何をやっているのかしら~? もしかしてエッチなことをしようとしていたところを邪魔しちゃったかしら~?」
「な、なんだと!? お、お前なあ、朝っぱらから何を……」
「部田さん、発情期に入られたのですか?」
今度は獣人のプリンセスが入ってきた。彼女の格好はヒョウ柄ビキニである。昨日からなのだが、そのスタイルでそのセリフを言うと、誤解されるぞ。
「ち、違うから……と、とにかくメシにしよう」
オレは一度にたくさんの情報を処理できず、軽い頭痛を覚えた。
「あら、残念ね~。お手伝いしても良かったのよ。貴方の世話をしろと言われているんだし~」
妖艶な上目遣いで誘うようにささやく妖魔のプリンセスはまるで……いや、別にいいか。
「わ、私もできることがあるのなら!」
「い、いいから、ガイア」
朝から疲れる。激変の朝だ。
オレにひとりH疑惑を掛けてきたプリンセスは『アテナ』と言う。
細身であるものの、いわゆる出るところは出ていて、くびれている所はくびれている。彼女は司祭スタイルなのだが、なぜそんなことがわかるかというと、すっぽり被ったデザインとは違い、ショート丈のジャケットとビスチェ、さらにミニスカートと一般男子にはとても神秘的な組み合わせの服だからだ。
帽子は被っておらず、美しいロングレイヤーの髪が印象的だが、その瞳の妖しい輝きの方がより一層インパクトがある。涼しげで余裕を感じさせるようではあるが、悪い言い方をすれば、全てを見透かされそうでもある。さすが魔女……いや、妖魔だっけ? それともおんなじ? 彼女の顔立ちは高校生くらいに見えるが雰囲気や態度は経験豊富な二十代半ばの魅惑の美人お姉さんだ。
オレに発情期かと心配してくれたのが『ガイア』。
非常に礼儀正しくて昨日の自己紹介の時もそうだった。
彼女は目がクリッとしていて、顔立ちも背丈も中学生くらいに見える細身の女の子だった。髪型は自然にまかせているのか、それともショートのシャギーボブできっちりセットしているのかわからないが、特筆すべきはその髪の毛から出ている異物だ。アレはどう見ても完全に『ネコ耳』だ。
見た目が中学生なのにビキニを着ているのはここに彼女を連れてきた天界人の男『ハガイ』に起因する。実にけしからんが少しだけ『その意気や良し』と思っている。
キッチン前に行くと見慣れないテーブルの上にちゃんと六人分の食事が用意されていた。しかも、焼き魚や目玉焼き、味噌汁まである。
「こりゃあ、すごい。食材もないのに誰が作ってくれたんだ? それにこのテーブルはどうした?」
メシは美味そうだが、疑問は解消しておかないと。何せ異世界人ばかりだからな。
「ハガイさんが昨日の夜に家具も食材も持ってきて下さいました。ごはんを作ったのはみんなで協力してやりました」
そう答えたのはエプロン姿がまぶしい精霊界のプリンセス。
「あ! ブタしゃん、おはよ~」
「ブタじゃない」
オレは冥界のプリンセスに軽く返答しつつ、精霊界プリンセスに顔を向けた。
「ハガイのヤツ、来たのか?」
「はい、初日から使うものもたくさんあるでしょうって」
実際、お箸も皿もイスもある。これは本当に助かった。そうすると生活用品はあと何が必要なんだ? まずはそれの調達をしなくてはならない。オレは真新しいイスに腰掛けてからあれこれと考えていた。
精霊界のプリンセスは『メリア』という。
五人の中では一番物静かな雰囲気で、はかなげな印象がする娘だ。何と言うか過去に悲しい出来事でもあったのだろうかと余計な心配をしてしまうほどなのだが、それはその寂しげな下目遣いによるものが大きい。ただ、ルックスは目鼻立ちのはっきりしたかなりの美人だし、背も先ほどのアテナ同様に高い。その金髪ショートボブのヘアスタイルもとてもよく似合っている。
その一方で、彼女のいでたちは勇ましいスタイルだ。
いわゆる防具というのだろうか。全体として鳥をイメージするデザインではあるのだが、肩当て、肘当て、膝当て、スネ当てをバッチリ装着。腹当て部分はあのミニスカで見えないだけかもしれないが、一部は素肌が露出していて全くの無防備だ。
簡単に言うとビキニを下に来ている防具付ガッ○ャマン(昭和)て感じ? それにしてもあの恰好じゃ豊満ボディがまるわかりだ。まあ、突っ立っているだけならあの羽マントみたいなやつで隠れるからいいのか?
これほど大人しくて、精霊っていうのはオレのイメージとかなり違った。いや、それとも何かきっかけがあれば、すごいのかな? 実はサラマンダーとか……
冥界のプリンセスは『シルク』。
オーバーアクションぎみで元気いっぱいで甲高い声が特徴の女の子だ。見た目が小柄でまだ小学生くらいの華奢な体つき。そしてそれを象徴するかのようなツインテールの髪に白タンクトップに黒色ショートパンツ、縞々ニーソックスというファッション。
その大きな瞳でよく上目遣いにオレを見て、さらに小首をかしげて、舌をペロッと出す仕草をする。まるでアニメキャラそのものだ。異世界とはいえ、リアルの住民とはとても思えない。
だが見知らぬプータローに常に愛想を振りまくのはまだ小さいのに頭が下がる。
「あ、いや待て!」
オレは急に思いついてまたプリンセス達の前で声を張り上げてしまった。
「なんなんだ、ブタ! 何度もびっくりさせるな!」
エキドナが文句を言うのも仕方がない。皆が食べようとした瞬間だったからだ。
「す、すまない。じゃあ、食べよう。いただきます!」
そう言ってからオレは両手をパンッと合わせてお辞儀をした。
「……」
妙な沈黙が食卓を包む。オレも一瞬その空気に飲まれてしまう。しかし、すぐにその理由に気付いて慌てて説明した。
「ん? あ、そうか。……ええっと、みんな、人間界では食事の前に誰もがこう言うんだ。覚えてよ」
「ほう、そうなのか。わかった。じゃあ、皆で言おう! いただきます!」
「いただきます!」
エキドナが音頭を取ってくれた。なかなかいいヤツじゃないか。だが、『おはよう』とか『こんにちは』とかはみんな知っているのに『いただきます』はなぜ知らない……
ま、ハガイの手抜きだな、どうせ。
それにしても、食品や日用品と同じくらいの重要度で早々に手に入れなくちゃいけないのは彼女達の衣類だ。ハガイはああ言っていたが、ずっと狭い部屋の中に閉じ込めておくのは可哀想だし、外に出なくても下着は最低限必要だろう。そうであれば日用品と衣類を買うことが今日最初にやることだ。
「そうだ! パンツも必要だ!」
食事中に急に立ち上がって天を睨むように一点を見つめ、大声でエロいことを口走ってしまう男など、傍から見れば完全に頭がおかしいとしか見えない。これはマズった。しかし、時既に遅しで、我に返って周りを見ると『ブフーッ』とエキドナとアテナが口に入っている食べ物を吹いてしまっていたところだった。
「い、い、いい加減にしやがれ!! 食っているときぐらい静かにできねえのか!」
エキドナは箸を振りかざして激高していた。そりゃあ、当たり前だ。食事中に大声で『パンツ』などと言われれば誰だって驚く。オレが言われてもそうなるだろう。
「ごめん、本当にごめん。ただ、キミ達の日用品や衣類の心配をしていたんだ」
オレは起立したまま何度も頭を下げて謝った。するといつの間にかオレのすぐ傍にメリアが悲しそうな顔をして突っ立っていた。
「部田さん、何かとお心づかい頂いてすみません。急に私達が押し掛けたものだから、さぞかしご迷惑でしょうね。本当に……」
「い、いや、そんなことは思っていないし、そもそも悪いのはハガイで……」
「で、でも……」
「まあまあ、子豚ちゃんもメリアちゃんもとりあえず、ごはん食べちゃいましょ。冷めるわよ」
混乱しかかった朝の食卓に落ち着かせる一言を発してくれたのは意外にもアテナだった。彼女の穏やかで優しげな語り口は母性にあふれ、今までとは印象が違った。
「あ、ああ。……よし、メリア、とにかく食べようよ。話はあとだ」
「はい……」
そう小さく返事をしたまま下を向いているメリアにシルクが駆け寄った。シルクはメリアの右手をそっと握り、笑顔で席までいざなう。他の娘達も優しく微笑んでいた。
5界のプリンセス達は昨日の今日で上手く対応してくれていると思うが、オレの方はどうにも昨日から物事の展開が早すぎて、今現在、目の前で起きていることへの頭の処理が間に合わずおかしなことを口走ってしまう。まあ、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
オレがエキドナとシルクから『ブタ』と呼ばれているのは別に『ブタ野郎』という意味ではない。ここはキッチリ且つしっかりと申しておかねばならない。オレの名は『とりた』という。漢字で書くと『部田』なのだが、読み方が『とりた』なのだ。しかし日本人でもなかなかこの字をちゃんと読める人は少なく、大抵の人は『……すみません、なんとお呼びしたら宜しいのでしょうか?』とギブアップされる。
確かに『ブタ』と読めてしまうから多少諦めている。だが、昨日彼女らの前で紹介された時にこんなやり取りがあった。
オレもプリンセス達も天界人ハガイから今後のことの説明を受けていたのだが、その後質問コーナーになり……
「では、ご質問のある方?」
「はーい!!」
「はい、シルクさん」
注:シルクが何か主張するときは必ずといっていいほどオーバーアクションである。
「このおにいちゃんの名前はなんていうの~?」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
全員が驚きの面持ち。ついでにオレも、
「!!」
「……い、いやあ~、そ、そうだったねえ~」
実はここまで延々とガイダンスがあったにも関わらずオレの名前については一切触れなかったことに初めて気づいた。
「お、仰るとおりです」
オレとハガイは同じように頭をポリポリかいた。そうだろう。こんな大イベントでこれは失態だ。
「オレの名前は『とりた』だ!!」
オレは自分から名乗った。
「とりた? 鳥さんで田んぼさん?」
「違う!! 帰宅部の『部』に田んぼの『田』だ」
ちょっと説明がおかしかったな。勢いのわりに。
「え~? むつかしいなあ。う~ん、う~ん……あ! そうか!! ブタしゃんだ~!! ブタしゃん♪ ブタしゃん♪」
「う、歌うな!! それにブタではない!! 『とりた』だ!!」
「でも、ブタって書くんでしょう~?」
アテナがニヤニヤしながら、近づいてきた。
「そ、そうだが、全国のブタしゃん……じゃない!! とりたさんに失礼だろ!! 笑うな!!」
「わははは、コイツ、自分でブタと言ったぞ」
エキドナは大笑いしている。まったくもって腹が立つ。
「はいはい、静かにしてください。ブタしゃん……じゃなくて部田さんの名前はわかりましたね? それでは次に質問のある方は?」
ハガイのヤツは、今きっとわざと間違えたに違いない。ちくしょう。
とまあ、こんな感じだ。
何れにしても美少女異世界人との奇妙な共同生活は『ハガイ』、この男の来訪によって始まった。オレはこいつによって摩訶不思議な世界へと突入したのだ。
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