停留所にきたるバス
車掌さんのことを知ってもらいたいな。
まずは一番大事なこと。あの人は、私の好きな人! ほらほら、ずっと言ってきたでしょ。いくつも話をしてきたけど、どれも最後は車掌さんがしゅき! その一点に尽きる。
そりゃもう、ずっとずっと好きで大好きで、毎回彼の運転するバスに乗ろうとしちゃうくらい!
キャ☆
でも、それはあんまり良くないことなんだ。みんなも言ってたでしょ? 彼は七不思議の一つなの。
一生の内に何度も何度も七不思議に関わるなんて、それは普通じゃない。
七不思議の中には出会ったら一回きりっていうようなものもあるよね。例えば、七不思議の最後の七つ目なんてそうだよ。七つ目はこれっきりなんだ。
でもね。最後まで踏み込まなければセーフっていうのも確かにあるの。
一つ目の切り株なんかは、処刑しなければ何回だって上に物を置ける。置かれる方になったら、そりゃあ、うん。終わりだけどね。消えちゃうんだから。
四つ目の地下通路だって多分そうだよ。レアなケースだけど、喰われずに生還すればもしかしたらまた地下通路に入り込む機会があるかもしれない。レアなケースだけどね。
車掌さんの場合もそう。七不思議の二つ目のバスに乗るには条件があるの。それを満たせば、いつだって彼のバスに乗ることはできる。まあ、切符みたいなもんだね。
いや、ちょっと違うか。
実はね。あのバスの切符はもともとみんな持っているの。それは、終点までの切符。それを使えるのは一回だけ。
終点まで行っちゃったら帰ってはこれない。
うん。はっきり言っちゃうとね。
あのバスは◯◯へ向かうの。
桜ヶ原の人はね。◯◯とそれぞれの停留所に立つんだ。そこから彼の運転するバスに乗っていく。
つまり、私の話の中でのバスの同乗者はみんな◯◯。私はというと、◯◯かけってとこかな。昔からちょっと体が弱かったから。
え、なに。うまく聞こえないって?
ま、いいや。次だよ。
車掌さんはね。
口が悪い。
私がその影響を受けた第一人者だコノヤロー。よく一昨日来やがれって私言うよね。それ、彼の口癖。
でも、優しいんだよ。飴くれたりする。餌付けじゃないって。今までの話、聞いてた?
あとね、たまに軍艦マーチ歌ってる。二人で一緒に歌ったこともあるよ。
車掌さんの見た目はね。えーっと、ちょうど今の私たちくらい? 三十才にいくかいかないか、かな。
年齢は聞いたことないよ。だって、初めて会ったときから全く姿が変わってないんだもん。
そう。彼は歳をとらないの。
私が恋した車掌さんは、生きている人じゃない。もっと言うとね、人だったかも怪しい。かといって、バケモノかと言うとまた違う。そんな感じ。
ああ、そうだ!
七不思議、切り株の処刑人! あんな感じじゃないかな。私、あの話聞いてて車掌さんを思い出したんだ。
えっとね。七不思議に守り人がいるならそんな感じなのかなって。そう思うんだよね。
そういえば、みんなは車掌さん見たことないって言ってるけどさ。絶対会ってるよ。
誰かのお葬式の時。事故があったその現場。何かの事件が起こってる被害者の側。場違いな、ちょっと古いバスが止まってるの、見たことない? バスじゃなくても、金髪碧眼で、軍服を着てて、制帽を目深にかぶってる、目付きの鋭い男性。そんな人がそこにいるはずだよ。ほら、見たことあるって顔してる。その人が、私の言ってる車掌さん。私の、好きな人だよ。
彼はね。その七不思議はね。誰にだって見えるんだよ。それがどういうことかわかる?
人はいつだって◯◯んだよ。次の瞬間にはあっけなく、ぽっくりと、ね。
だから、彼はいつでもバスを迎えに来させられるように自分の姿を見せているの。
その車掌さんはね。
結構時間にルーズ。つまり、バスは遅れたり早く来たり。その時によってだよ。
気まぐれに遅らせたりもするし、早足になることもある。それは車掌さんの気分次第。
ただね。私の家が埋まったあの日、彼が早く着かないようにしたのは意味があったんだ。
あの後、小さな私は彼を叩いて怒った。なんでもっと早く走らせてくれなかったのか、って。でも、もし早く着いて家の中に入れたら私は確実に土砂の中。
彼は私に生きろって言ってくれたんだよ。◯◯だ人を運ぶ車掌さんのくせにね。終点までの時間なんてほんのわずかなのに、その一瞬を少しにしてくれたんだ。少しだけ、増やしてくれたんだ。
これって、ちょっとは期待してもいいのかな?!
期待しちゃうぞ? 自惚れちゃうぞ?
よし、キタコレ!!
えー、ワタクシの愛し敬愛する車掌さんこと人生の師匠の必殺技はー。
上段回し蹴り。かーらーのー。目潰し。
いや、目潰し必要ないでしょ? 蹴りだけで十分でしょ? しかも、あえてとどめはささないっていう。
つまりですねー。
彼、かなりひねくれてます。マジでひねくれてます。
ちなみに、ワタクシの必殺技は膝カックンからのかかと落としで、ございます。文句あっか。
師匠ありきの弟子ってね。
私は何回も何回も彼のバスに乗って、ずっとずっと彼を見てきた。バスを運転する、真っ直ぐに前を向いて走る彼。
すごく、かっこいいんだ。
そう、真っ直ぐ前を向いて迷いなくカーブを曲がるひねくれさ。脱帽です。
ふふっ。
それと、やる気のないあのアナウンス。
すごく良い声なのにね、わざと間延びした言い方をするんだ。
まもなくー、どこどこで、ございまぁーす。
車掌さんが言う。
止まらないから、スルーしまぁーす。
ふざけた私が言う。
もちろん彼は私を叱る。
ふざけるな。じゃあ、止まるの? 止まらない。次のバス停、スルーしまぁーす。
兄妹みたいに何度も何度もふざけあって、一緒に笑った。一緒に乗ってた人たちも一緒になって笑うときもあった。
私たち二人、思ってたことは同じだったんだよ。◯◯の道は笑って進みたい。だから、一緒にふざけたの。
結構、相性いいと思うんだよね。
そうそう。これは内緒なんだけどね。
車掌さんは意外と甘党。
実はチョコレートなんかだいっ好きでね、運転席の後ろに隠してある皮のカバンの中にはいつだってお菓子が入ってる。飴だってビスケットだってクッキーだって。
おい誰だ! 彼にマフィンをあげたの? 足りぬ、足りぬぞ! こんなんじゃ全然足りない! マドレーヌとパウンドケーキを追加しろ!
なーんてね。そんな凝った物より、銀紙に包まれて紙でくるりと包装されただけの板チョコの方が彼のハートをゲットできるんだ。その証拠に私は毎年箱に入った某有名メーカーのキャラメルをもらってる。
ホワイトデーのお返しのキャラメルの意味、知ってる? 一緒にいると安心する、だってさ。
あの駄菓子屋のおばあちゃんが終点までの道で教えてくれた雑知識。ちゃんと役に立ってるよ。
◯◯◯ら全部が水の泡。そんなこと、きっとないんだよ。誰かがいた跡は、絶対に他の誰かのところに残ってる。
私、そう思うんだ。
私、そう思うんだよ。
車掌さんにはね。
彼には、好きな人がいる。らしい。
その人はね。優しくて、笑顔が可愛くて、正義感が強くて、勇敢で、他の人のことがちゃんと考えられる、そんな人。少しヤンチャが過ぎるとこもあるらしいけど、「バカな子ほど可愛い」範囲だって彼は言う。
ほんとに、好きなんだなって。その顔見れば私にだってわかるよ、車掌さん。
私だってさ、彼のこと好きなんだもん。どんな気持ちで想ってる人のこと言ってるのかくらい、わかるよ。
私だって、もうそんなに子どもじゃない。
私だって。私だって! 恋をして、恋をし続けて、恋慕った。
私だってね。車掌さん。もう、大人なんだよ。
ねえ、車掌さん。もう、私に返事を返してくれてもいいんじゃないかな。どんな返事だって受け入れるよ。それくらいの覚悟、とっくにできてるよ。
私、ずっとずっとその人のこと好きだったの。ずっとずっと好きで、これからも好きでいられるんだってそう思ってた。
でも、もう最後なんだ。
私の、最期の話になっちゃった。私の番が来ちゃった。
この同窓会が終わって、みんなにさよならしたら。私たち、きっとバラバラの道をいくことになる。そうだよね、みんな。そうなんだよね。
これが、この同窓会がさいごなんだよね。
ぐす、一人になるの、寂しいよ。
一人であのバスに乗って、一人で終点で降りて、一人でわかんないとこにいくんだ。
みんなにも! 車掌さんにも!!
もう、会えなくなっちゃうんだ。
最後なんだよ。
ごめんね。最期なのに、こんなこと言って。
笑ってお別れを言うよ。私の話は最後でも、まだ次の人の話が残ってる。まだ時間はあるんだ。
私の最期のとっておきの話。好きで好きで大好きな車掌さん。それと、大好きな同級生の話。
それを語り終えてからね! さいっこうの笑顔でこう言うの!
「まもなく最終点。語り忘れたことなきようご注意ください」
言い忘れた大切なことなかったかな?
まもなく最後の停留所。
桜ヶ原という町をぐるぐる廻る七不思議のバス。人という停留所に停まり、死者を乗せては去っていく。
車内には車掌の声が静かに響く。
「まもなく停留所。お乗りの方は速やかに御乗車ください」
向かうは死者の世界。天国か。それとも地獄か。
どちらにせよ、生きているものが降りることのない停留所である。
死者を送り届けた車掌は扉を閉め、再びバスを走らせる。たった一人で、バスに乗り続けるのであった。
今は桜ヶ原と呼ばれるその地には、かつて数えきれないほどの桜が咲き誇っていた。それは遥か昔のことである。
桜の木は一本、また一本と数を減らしていった。最後に残ったのは、女の屍を抱いたまま育ったあやかしの桜。散っていった女の姿を得て、彼の桜の精は現世に現れる。
待ち人は来ず。
往く年も往く年も過ぎ去り、数知れぬ命は過ぎ去っていった。
待ち人は今日も来ず。
一人孤独に耐えかねて、とうとう彼女は膝をついた。誰もいない桜ヶ原。戻っては来ない愛し子らを死へと送り出しては、彼女ははらはらと涙を散らせる。その姿はまさに桜が舞い散るかの様であった。
待ち人は来ず。されど従者は現れる。
その地を愛した桜は、いつからか「姫」と呼ばれるようになった。桜の姫が根付かした土地には加護が与えられる。その地に産まれ、受け入れられたものもまた加護が与えられる。人も、獣も、妖も。すべてを繋いで縁を強固なものとする。
幾代も信じ続けた人々は、血も繋がらないはずの隣人を家族のように、兄弟のように想うようになった。
これが、桜ヶ原の絆と呼ばれたものである。
桜の姫は彼らを愛しく思った。外のものから守ろうと囲った。
しかし、一本の木ができることには限界があった。
土地の外へ出た彼らを守ることはできない。外から侵入するものを拒むことはできない。彼らの意思を強制することなどできやしない。彼らの命が絶えるのを見ていることしかできない。
一が千に対してできることなど僅かなものなのである。
姫は再びないた。己の無力さにないた。
そんな彼女の足元に跪き、頭を垂れるものらが現れた。
我らが貴女の力となって、この土地を助力しましょう。
一つ、処刑人。かつてその地で悪を裁いていた男は、桜の切り株に腰を下ろした。
二つ、軍人。軍服を纏った異国の青年は、ハンドルを手に取った。
三つ、砂時計。空の星座に良く似た形の時計は、ゆっくりと眠りについた。
四つ、蛇。腹を空かせた二匹の蛇は、今か今かと獲物を待ちわびて口を開いた。
未だ語られぬは三つの従者。それもやがて誰かによって語られるのであろう。
彼らは桜の姫を主として、その土地の何処かへ散り散りとなった。
彼らは何処へいったのか。それは彼の地に生きる民のみが知り得ることである。
七つの従者は名を変え、桜の姫に次ぐ古き伝承としてこの地に生き続けている。もうお分かりであろう。彼らこそが、後に「七不思議」と呼ばれるよう怪異なのだ。
軍服を纏った異国の青年が今日も運転席でハンドルを握る。七不思議のバスが、今日も町の中を走り抜けていく。
今日は彼の機嫌が良いようだ。
久々に、生前ではよく耳にした軍艦マーチが背景音楽として車内で聴くことができそうである。それは彼が好む音楽であった。そして、彼が好く少女が褒めた音楽であった。
いつもはアナウンスを告げる口から、軽やかにマーチが流れ出す。
なにかいいことでもあったのだろうか。
彼はこう言った。
「今日は同窓会の日だ」
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