『ランドセルの中には』

今の私にとってはもちろん全部過去の話。

最新を更新し続ける主人公は、頭の中にある記憶の引き出しからどんな話でも引っ張り出せる。

昨日の夕飯のメニューは何だったって? えっとー、酢豚? あれ、一昨日だっけ?

あはは! たまには引き出しの整理もしないといけませんわな!

中身さえしっかりしていればいつだって、どんなタイミングでだって自由に記憶のノートを開ける。

これが今の私なのかもね。


それともう一個。

確かにただの紙ぺらちゃんである無限メモなんだけど、一瞬一瞬を刻むだけじゃなくて付箋を張り付けることができるんだなー、これが。

本だとどこまで読んだっていう栞になっちゃう。ノートだと書いてある内容自体が変わってきちゃう。付箋だとね。刻んだ一瞬の何年あとでわかったことを追記できるの。

一枚のメモが持つ情報が無限に膨らむ。あの時のあれはこういうことだった。あの時のこれはこうなった。

こう思った。違った。正しかった。間違えた。直せる。直した。こうなのか? こうなのか。

未来にいるはずの私から見た過去。仮定、推測、想像、全部を織り混ぜて。一枚の一瞬にたくさんの付箋を貼り付けてくの。


だから、いつだって私の語るお話は時間がばらばら。

付箋を張り付けるために、何度も何度も別の一瞬を刻んだメモを引っ張り出すんだからね。




これが、私の停留所の話し方なんだよ。

今、この瞬間に此処に立っている私の。




あの車掌さんは違うみたいだけどね。




次だよ。

あの角のとこにあったコンビニ。

本当にあったときは助かったよ。オーナーさんも店長さんも店員さんもいい人たちでさ。

商品だって接客だって、丁寧に丁寧に私たちのことを考えて対応してくれた。

外の人たちだったのにね。

話にものってくれて、何より雰囲気がすごく優しい。そんな空間だったよ。

私、あのコンビニすごくスゴく好きだなぁ。また来よう。また来たい。そんな風に思わせてくれるお店。


あの場所ってさ。危険リストナンバーワンで有名なとこなんだよね。

地元の人でさえ借りようとしない年中空き店舗。家賃、安いんだろうね。たまーに風変わりな人が借りて、何かお店を開いてたりもしたけど。次に見たときには別の人が別のお店やってたりもする。

おーい、前の人どこ行ったー? 何度遠くから声をかけたくなったことやら。


まあ、ねえ。私も含めてみんなだってさ、遠くから見てただけでしょ。ああ、バカが馬鹿やってるなーって。あんな危ない所で店やるなんて笑っちゃかわいそすぎぷすっ。まぁたどこぞのおバカちゃんが性懲りもなくバカしにやってきたぞーってくらいにしかさ。小さかった私もそう思ってたんだ。

桜ヶ原のことをなんにも知らないで、知ろうともしないでノコノコ危ないとこに自分たちで入ってったんだもん。外の奴らなんてバカ揃い。

あのコンビニを見るまではずっとそう思い込んでた。

外を知ろうとしなかったのは自分もおんなじだったのにね。笑っちゃうよ。




でもね。一回だけ、すごく親切にしてくれた人がいたんだ。




これは製菓業界の陰謀でチョコレートの日にされた、冬の日の話。




次の停留所は角の店。

まもなくー、当バスは甘いものを詰め込んでー


あなたに贈りたい!

ランドセルの中にあるあの甘いもの!




赤いランドセルの中には教科書、ノート、筆箱、等々。詰めに詰めて背負ったら、ルン♪ルン♪気分で学校までスキップ。

なんてチョロい小学生。

なーんて、思ったら痛い目見るぜよ? 諸君。

自動販売機にだって背伸びしないと届かないくらいちっちゃなレディは、大安売りのセールにだって果敢に飛び込むソルジャー・ガール。コンビニのお菓子売り場でキャピキャピ可愛らしくお喋りしてるのだって、最新のオトコを落とすチョコの話で持ち切り。


世間はチョコレート合戦の真っ最中。


今年のトレンドはブラック? それともビター? ショコラにトリュフ、カカオは何%がお好みで?

そんなの全然わかんない!


かわいいパッケージにお手軽値段、ヒーローもののカード付きウェハースだってきっと喜ばれる。年上の人には甘さ控えめの板チョコをピンクの甘ぁい恋心で溶かして固めれば、手作りチョコの完成よ。

好きな人に好きだと言って手渡すチョコたち。

ランドセルを背負った女の子たちには「VALENTINE」の意味なんて知ったことじゃない。海の向こうのバレンチヌスさんのなんたらかんたらなんて、そんなの、えっと、何ですか? どちら様?

って話。

意味を知らない女の子たちにとって、あの日はチョコレートを贈る日なの。チョコを贈ることに意味があるの。

ね? そうでしょ?


男子には解んないよねぇ。

毎年いくつもらえたかで競ってるお子ちゃまボーイたちには、あのチョコたちに込めた女の子のハートがわかんないのよ。

なによ、その顔。解ってるって?

じゃあ、なんでホワイトデーのお返しがいっつもマシュマロかクッキーなのよ!

ちょっとそこ! 覚えてるぞ! 小学生の間、ずっとお返しグミだっただろ! 意味、本当に知ってた?!

マシュマロとグミは「嫌い」、クッキーは「友達のままで」って意味!


そこはもういいや。

とにかくね、どんなにちっちゃな女の子だって「女」なのです。女の子だったらわかるでしょ?

だからね。どんなに歳をとっても女は「女の子」なのです。


わかるでしょう?


バレンタインでチョコを選んで贈る楽しみだって、女の子だからわかるんだよ。いつの時代でだって、特別な人には特別なものを贈りたい。

どんな時代でだって、女の子たちはそんな想いを煌めかせていたんだよ。


私がその「女の子」の先輩に逢ったのはね。まだ赤いランドセルがキラキラ艶々していた頃。

あの角のお店が駄菓子屋さんだった時だよ。


あの角にはね。たっくさんのおかしがならんでるお店があるんだ。

ひもにくっついたあめ。スーパーボールとかすずのくじ。コインの形の金色チョコ。銀紙につつまれたバニラアイス。ビンに入ったビー玉がカラカラいうラムネ。

まだまだあるよ!

でもね。なんていったって、いちばんはそこにいるおばあちゃん。

お店のおくにすわってる、いつもえがおのすてきなかわいいおばあちゃん。


「おやおや、小さなお嬢ちゃん。また来たのかい」

「またきたよ! おばあちゃん!」


赤いランドセルを背負った女の子は、駄菓子屋を営む女の子と出会ったの。

私以外にもお客さんはたくさんいたよ。

みんなだって行ったことがあるかもね。

おこずかいを袋に入れた小学生が、学校帰りに押し寄せる。やめろ、押すな、カゴがないぞ。わぁわぁ言いながら子ども大天国と化した駄菓子屋さんは凄まじい。列の順番に学年なんて関係ないね。ちゃんと並んだ順に並べ。ノー横入り。中には中学生も高校生も、


おとなの人だっていたわ。それだけ人気だったってこと。


あの、コンビニみたいにね。


お客さんの数はとても多かった。でも、切り盛りする人はおばあちゃん1人きり。だから私たちは、特に毎日と言っていいほど頻繁に通っていた子どもたちは、おばあちゃんを助けたの。


かってにお店のしょうひんをもってかれないようにみはったり、お客さんにならんでーって言ったり、かごをわたしたり。そりゃもう、ちいさなてんいんさんだったわ!


小さな店員さんたちはおばあちゃんを手伝った。もちろん、その中には私もいたわ。

みんな、親切心で手伝った。胸を張って、えへん。自分たちのやってることは正しいんだぞ。そう思って、おばあちゃんを助けていた。

そんな子どもたちに、おばあちゃんは


「お手伝い、ありがとね」


って言ってね。いつもジュースをいっこ、くれたんだ。そんなのいらないよってわたしたち言ったよ。でも、くれたんだ。

わたしのおきにいりはね。パックに入ったりんごのジュース。まっかなパッケージにひえたあまずっぱいジュース。

あつい日はね。すっごくすっごくおいしいんだ!


ある2月に入った頃、私はおばあちゃんに相談した。


「しゃそーさんにチョコあげたいの」


あのバスの車掌さんにチョコを贈りたかった。特別な甘いチョコ。

おばあちゃんはこう言ったわ。時間が経った今でもはっきり覚えてる。


「ファーストレディのたしなみね」


意味は解んなかったわ。でも、思い出すと彼女の目は青みがかかっていたし、髪も黒でも白でもなかった。きっと、アメリカの人の血が混じっていたんだと思う。

だから「ファーストレディ」っていう単語が出てきたんだね。


ふぁあすとれでぃは何かわかんなかったけど、すてきなひびきよね。

わたしはげんきよくへんじをした。


「うん! そうなの!」


おばあちゃんは笑って相談に乗ってくれた。

誰にあげたいの?

どんな人?

味の好みは?

甘いのは好き?


私は


ひとつもわかんなかったっ!

でも、おとなのひとです。せはこのくらい。いつもあのバスにのってる。こういうポーズするの。かっこいい。かっこいいの。おはよーさんって言うよ。笑わない。でも、わたししってる。おこってないよ。あめくれる。かっこいいよ。

わたしのだいすきなしゃそーさん!


そう、答えた。

おばあちゃんは笑って


「じゃあ、こういうのはどう?」


そう言って、小さなチョコたちを私の前に広げてくれた。


ハートにお星さま。まあるいのに、ビンの形! 四角くてうすいのに、さいころ形! 金のコインまである!

おばあちゃんはわたしにね。好きなのをえらんで箱につめましょう。そう言ってわらったの!

なんてすてき! たからばこね!

おばあちゃんはたからばこじゃないって言ったわ。


おばあちゃんは、貴女の好きをたくさん詰めた宝石箱を贈りましょう。そう言って、味も色も形も、全部が違うチョコたちを私の目の前に広げたの。

「好き」の形が違うように、貴女が好きな人の好みも違うのよって。

小さな私は車掌さんに、一方的な好意を押し付けようとしていた。私は貴方が好き。だから、貴方も私のこと好きになってくれるでしょ?


大人になれば愛し合うことの難しさが解ってくるわ。愛することは簡単でも、愛されることは難しい。愛されることはできても、愛することは難しい。愛されて愛することなんて、もっと難しい。

「貴方が好きです」っていう本命チョコに、「自分も好きです」っていうお返しのマカロンやキャンディが贈られるのかわかんないよね。もしかしたら、自分に届くのはマシュマロやクッキー、チョコかもしれない。

もしかしたら、花言葉の意味を込めた何かの花束かもしれない。

何も、手元に戻ってこないかもしれない。


そういうこともあるのよ。愛されることが当然だなんて思わないで。

だけど、好きを伝えるのをこわがらないでね。

おばあちゃんは、私にそう伝えたかったのかもしれない。


たくさんのチョコを入れたほうせきばこはね。わたしのまっかなランドセルに入れておうちにもちかえったわ。ちゃぁんと、リボンもつけて。

それでね。


バレンタインの当日、バスに乗って、降りるときに車掌さんにあげたの。

ただ、その時の私はまだまだお子ちゃまで。あーあ。なんであんなこと言うんだろうね、子どもって。前日にね、堂々と本人に言っちゃったんだよ。


しゃそーさん! 明日いいものあげるね!


こんなこと言われたら、わかるでしょ?

明日はバレンタイン。

だから次の日、私がチョコを渡す前に車掌さんは自分から手を伸ばしてね、こう言ったの。


「Give me chocolate.」


あはは!

せっかくの秘密のバレンタインも、これじゃ台無しだよね!


チョコは結局笑顔で渡したから、当時の私はそれで満足だったんだろうけど。




そうそう。そのお店のおばあちゃんね。

半年位でお店をやめちゃったの。

知り合いみたいな男性に怒鳴られてたのを見たわ。


「クソババア、勝手にこんなことしやがって。とっとと◯◯じまえ!」


恐くて車掌さんにその話をしたの。車掌さんもおばあちゃんのことは知ってたから。そしたら、車掌さんは


「もうすぐだ」


って言ってた。と、思う。

そのすぐ後にお店は閉まった。誰か、行方不明になったみたいだった。

お店が閉まったその後にね、1度だけ。おばあちゃんに会うことがあったよ。

あのバスの中だった。


さいごにたくさんたくさんおはなしをしてね。笑ってバイバイって言ったよ。

わたしはバスていでおりたわ。おばあちゃんは、


おばあちゃんは、終点まで乗っていったらしいわ。

ちゃんと、送り届けた。そう、車掌さんが言っていたから。


小さな私の大先輩のおばあちゃん。最後に、私たちはこういう話をした。

あのお店のあった所には、お腹を空かせた桜の木があったんだねって。

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