『ポスト投函、ラヴレター』

とまあ、こんなこともあったんですのよ、奥様。

大丈夫大丈夫。ちゃぁんと切り株のことも見ておいたから。


さてさて。次の停留所は廃病院。

まもなくー、当バスは旧病院を突っ切りー


ポスト投函、ラヴレター。

た・だ・し。

返事は要りませんってね。




まだ私たちがコンクリートの校舎で堅苦しい教科書を開いてた時代。セーラー服を着てたり、学ランを着ていたり、ネクタイを締めてブレザーの人もいたかな。

ノートを破って秘密の手紙を回し読みしたね。校庭の木の下で告白した人はカップルになるとか、放課後図書室の奥で会うと誰にも邪魔されないとか。いろんな噂もあったんじゃないかな。

冷暖房なんか付いてなくてさ、夏はギガ暑くて冬はギガ寒い。


ふふっ、今じゃ信じらんないよね。


今の若い子たちはマスク着けてパソコンで授業するとこもあるらしいって、ほんとっすか? 先生。

顔が見えなくて、どうやって気持ちを伝えるの? 先生は何を教えてくれるの? てか、学校がある意味ってなんぞや?

めんごめんご。

別に先生って職についた人をディスりたい訳じゃないんだよ。

私たちだって先生の悪口くらい言ってたさ。友だちの悪口だって言ってたさ。嫌いで嫌いで大好きだったよ。学校っていうのはそんな場所なの。

うまく言えない表せないが集まっちゃった、微妙なとこ。未熟で微妙で、そんな時間を過ごす場所。

私たち、子どもが集まる場所。


最新の知識とか、毎年更新される情報なんて家にいても手に入るよ。適正価格でお金払って手に入れればいいじゃん。欲しい情報だけさ。卒業論文の内容の大半は本とかからの引用なんでしょ? 書いたことないけど。

同じクラス名簿に載ってる人とメッセージをやり取りするだけならアプリがあるでしょ。すぐ横にいてもメールを送ればいい。悪質な悪口で罵りたいなら、インターネットの裏サイトって手もあるよ。

でも違うでしょ?

同じ教室に集まって机を並べて先生の肉声で授業を聞く。わかんないとこもわかるとこも手を挙げて「はい、先生!」って声をあげる。内容がないような話を笑いながら聞く。テストに出ないようなマニアックな知識を吸収してまさかの数十年後に披露する。

私には無駄な時間じゃなかったよ。

ねえ、みんなはどうだった?


あー、古くさい話になっちゃたな。

そんな無駄だ無駄だって言われる昔、今もなのかな、そんな学校のあり方なんだけど。その中には昔々、多分陰陽師がお札に筆を走らせていたくらい昔から密かに伝わってきた秘伝の術があると思うんだよね、我。

例えば早弁の方法とか、バレないように授業をサボる方法とか、悪戯の仕方。

今回の話ではね。恋文の送り方をみんなに言いたいんだ。

書いて、封筒に入れて、投函? そんな単純な話じゃないんだって。


聞いたでしょ? 廃病院の幽霊から送られてくるラブレター。あんなことしたらドン引きだよ! 死んでもそんなことしちゃダメダーメヨ。

ちゃんとマナーと順番があるんだって。そこの君、知らないって顔してるね?

ちゃんと学校で教えてくれたはずだぞ☆


おふざけはここまでにして、私の話を聞いてもらおうかな。







私の初恋の人は、ずっと言ってるみたいにあのバスの車掌さん。私が恋したのも、あの車掌さんただ一人。




好きな人に想いを伝える。でも、恥ずかしくて顔を見て言えない。

だから、まずは手紙を書いてそっと送るの。手渡しでもいいし、勇気がなければ下駄箱に入れるのもアリだよ。

大事なのは伝えたいってキモチ。私はこんな風に思ってます、ってね。

想いを書いて、そっと包んで、いつか届けと願う。


赤い果実みたいに甘酸っぱい青春だね。


だけど、この方法で想いを伝える時はね。たったひとつだけ注意しなきゃいけないことがあるんだ。

想いはその人に届いても、返してくれるかはわかんない。返事を期待しちゃいけないの。YesでもNoでもね。

恋文とかラブレターっていう手紙は、いつだって一方通行になりがちなものなの。

もちろん、現代風にメールを送信してもおんなじだろうね。きっと、既読も付かずに放置されることだってある。

それでもいいなら想いを綴ってみて。好きな人に想いが届かなくても、書いた人の心にはその恋は残り続ける。


私の恋した人は、小さな頃から乗り続けたバスの車掌さん。その人だけだった。

ずっと、ずっと、その人だけだった。


今でもそう。


これからも、きっとそうなんだ。


それが、私の恋なの。


カッコいい大人、世話を焼いてくれる近所のお兄さん、軽口も言い合える気心知れた兄、自分より長く生きてる先輩、知らない何かを知ってるオトナ。あの人に対する認識は時間と共に変わってきた。あの人には私はどう見えていたのかな。

車掌さんは何も言わない。


一度だけ。たった一度だけ、車掌さんに聞いたことがある。


「好きな人、いますか」


まだ私がセーラー服を着ていた時だった。


いや、実際はそんな丁寧に聞いたわけないじゃん。聞けるわけ、ないよ。すごく緊張しててね、いつもは見れてたはずの車掌さんの顔も見えてなかった。

車掌さんは、一言だけぽつりと言った。


「いる」


ああそうなんだなぁって、頭が納得した。そりゃ、こんなに年上でカッコいい人なんだもん。恋の一つや二つ、したりされたりしたよなぁ。

もちろん、心の方は全然納得できてなかったけどね。


車掌さんの指には一度だって指輪があったことなんてなかった。職業的なものかもしれないけど、都合のいい私の頭は都合のいい方へと妄想を働かせていた。

車掌さんはフリーなんだ、ってね。

自分にとって悪いことを全部押し沈めて、いいことだけを思い込む。若い頃にありがちな脳内お花畑天国だった。

だから、車掌さんの答えは理解できても受け入れられなかったの。


聞きたいことは山ほどあったよ。

その人は誰ですか、私の知っている人ですか、どんな人ですか、いつからなんですか、なんでですか。

私じゃ、ダメですか。ダメなんですか。

一言も口にできなかった。

それ以上知りたくなかったし、恐かったのかもね。

恋は乙女を弱気にさせる。いつもは男勝りな私でさえプルプル震えるウサギになっちゃう。

可愛い例えでしょ? 笑いなよ。

笑わないの?

ありがと。


その日は帰って、もう大豪雨。ベッドの上は水溜まりになっちゃうし、声はガラガラになるまでなり続けた。


そんな顔しないでよ、みんな。

私ね。失恋だなんて思ってないんだ。

好きな人がいるかは聞いたけど、自分が好きだってことは言ってなかった。まだ伝えてなかったんだよ。




だからさ。私、書いたんだ。

ラブレター。


これこれこういうことあってこう思ってこうだから好きです。

本当に、ただそれだけ。

付き合って欲しいとか、もっと話したいだとか、そういうのは一切なし。自分は自分はってそればっかり。本当に一方通行の手紙だったよ。

でもね、出す前に気付くの。

なんてワガママな手紙なんだろうって。

相手のことを想って好きって言うのに、全然その人のこと考えてないの。好きです好きですって、その「好き」をただ押し付けてるだけ。

ほーんと。おこちゃまだったな。


「告白」っていうのはね。本当だったら手を伸ばして告げる言葉たちだと思うんだ。

手のひらを上に向けて、最後に相手の気持ちを確かめる。あなたはどうですか? って。手を取ってもらえるように。手を弾いてもらえるように。ちゃんと、その人の思いを、考えを受け取れるように。


手さえ伸ばせない手紙だけの告白は、予行練習にもならないものかもね。

それでも私は書き続けた。

一枚書いては封筒に押し込んで、別の一枚を書いては封筒に押し込んで、何回も何回も何日も何日も繰り返した。

で、ね。いつも最後に気づくんだ。


私、あの車掌さんの名前さえ知らない。


私の好きな車掌さんはね。ネームプレートを着けていないんだ。

だから、知りたかったら本人に聞けばいいんだよ。その勇気があればね。簡単な話だよ。貴方の名前は何というのですか。ほら、これで終わり。

でも、当時の私にはそんな勇気さえなかった。


いつも聞けない。宛名が書けない。まだ聞けない。手紙を渡せない。

聞けない。聞けない。聞けない。聞けない。

渡せない手紙は机の引き出しの中に溜まっていく。

それでも書くの。何でだと思う?


渡せない手紙だから、伝えられない気持ちを書くの。

好きです。好きです。貴方が好きです。名前さえ知らない貴方だけど、好きなんです。

名前を聞く勇気も、手紙を渡す勇気も、直接告白する勇気もない弱気な女の子。

そんな過去の私は、ただひたすら渡すつもりのない恋文を書き続けた。

そこまで来るとラブレター自体が可哀想に見えてくるよ。渡せないなら書くなよ、ってね。

でもどうしようもなかったの。どうしようもなく好きで、好きで、好きすぎて、でもその好きをどこへ向ければいいかわかんなかった。

その好きの先に何を望んだらいいのか、わかんなかったの。


時間が経って、いつの間にかそんなことをしなくなったけどね。それでも、その手紙たちは私の机の中で眠ってる。

いつか、そのこたちにちゃんと封をして、宛名も書いて。あの時の気持ちをあの人に届けようって切手を貼って。何かの祈りを込めてポストへ投函。


なーんてこと、これからもするつもりはないんだけどね。


諦めたってことじゃないよ。

落ち着いて、あの人の顔を見て、想いを伝える勇気がやっと持てるようになったんだ。まだ、言えてないけどね。

「貴方のことが好きです」

その言葉は、きっともうすぐ言えると思うんだ。




私の恋の停留所。

待つ時間が長くて長くて、いろんなものが増えちゃった。

だけど、やっと。やっとね。あの人のバスに乗って発車できる時が来たと思うんだ。

前に進む勇気が、覚悟が、やっと育ったと思うんだ。




なんとなく、桜の花びらが応援してくれてる気がするの。




ああ、ところでね。

廃病院から届くラブ・レターって話があったでしょ?

その手紙を送った人ってちょっと変わってるよね。変わってるどころじゃない? ははは、そりゃそっか。

でも、私が言いたいのはそこじゃなくてね。

そのラブレターたちって、ポストを経由しないで直接郵便受けに入れられてたんでしょ?

それって。家まで行く勇気はあっても、そこから先。扉の向こうにいる手紙を届けたい人に会う勇気がないっていうことじゃないの?

そんなの、へーんなの。


ラブレターを郵便受けの中に入れるとき、その人の一部は、もう扉の向こうに入っちゃってるっていうのにさ。

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