『くたばれ暴走族事件』

さあさあ、バスは折り返しでございまーす。


まずは停留所、切り株の上。

まもなくー、当バスは切り株を回ってー


くたばれ暴走族事件へと突入します!

総員、戦闘体制に入れ!




端折って更に端折ると、悪い奴には罰を与えよ。『切り株の上』ってそういう話じゃないかな? いや、違う? まあ、そういうことにしておいて。

みんな、知らないと思うけど私たちの小学校に暴走族が突っ込んで来た事件があるんだ。

ほらほら、知らなかったでしょ?

これはその話。




まず、最初に一言言っとくね。

桜ヶ原の七不思議、一つ目の切り株があるのは、私たちの母校である小学校の裏庭。最近行ったけど、そこにはまだちゃんとあったよ。


一本の切り株が、ちゃぁんとそこに。




その日はちょうど休日でね。

たまには散歩にでも出掛けようかな、そう思ってたんだ。雨が降りそうなどんよりとした灰色の雲。空に向かってこう言ってみる。


「出来るもんなら、他のものも降らせてみな」


例えば、雪とか霰とか、雹。飴とか蛙とか魚とか。いやいや、もういっそ槍でもいいか。そんなくだらないことを考えながら、ぼんやりと外を眺めたもんだよ。


つまり、ものすごく暇だったわけだ。


季節は冬。さむーいさむーい、朝には氷がはるくらい寒い日。

天気予報では、午後から雪が降るでしょう、そう言ってた気がする。

次の日からはまた仕事だったんで、いくら暇でも貴重な休日。

今日しかない。行くなら、今日しかない! 行かねば! 行かねばならぬ! 約束の大地が私を呼んでいる! っていう、いつも通り謎のスイッチが入っちゃった私は出掛けたんだ。


午前中に家のことを終わらせちゃって、昼には学校の事務室の方に「行きますよー」っていう連絡を入れた。

事前に連絡さえあれば大抵誰でも校内に入れちゃう。ちょっと問題だろって委員長は心配してたよね。安心してよ。今じゃもっと厳しいセキュリティになってるんだから。

もっとも、そうなったのはその日の事件が原因なんだけどさ。


やばい。そろそろ雪が降りそう。そんな雲行きになってきてはいたんだけど、電話しちゃったんだから今さらキャンセルなんてできないぜベイベー。

お昼御飯を食べ終えて一息ついた私は、放課後、大体授業が終わるだろう時間まで本を読んだ。


学校までは近くのバス停から学校までバスに乗っていく。いつもの、あの車掌さんが運転するバス。

もしあの人が、近所のお兄さんとかだったら。まあ、見知った学校に行くぐらいジャージでいいか。寒かったらパーカーなりもこもこの厚着をすればいいか。それくらい軽く考えられたんだろうな。


成人して、大人になって、女の子から女性になって。私はやっと自覚した。あの人が好きなんだって。

その「好き」は同級生や先輩や後輩に対する「友情」としての「好き」とは違う。異性として、一人の女性として、あの人が「好き」。

でも、その時はまだ自覚したばっかでね。好きで好きで大好きで。どうすればいいのかわかんなかった。今までだって「大好き」だったんだよ? それが急に恋人になりたい、結婚したい、君の子どもが欲しい! そんな風になっても意味わかんない。

色んな「好き」がごちゃ混ぜになって、ぐちゃぐちゃになってた。全然、全く、意味わかんなかった。

それでもね。一個だけ確かにわかることがあったんだ。

あの人は他の人とは違う。あの人は、私の「特別」なんだって。

何度も何度も夢を見たよ。あの人の隣でテレビとか雑誌で見たウェディングドレスを着て笑う自分。つまり、そういうことなんだなって。

あの人のことが「特別に好き」なんだなって。


そんなあの人が乗ってるバスにジャージでなんて乗れないよ。

おやおや? なにかな? その顔は。まるで私が普段平気でジャージ着てバスに乗ってるとでも言いたそうだね。そんなの、一年に一回くらいだよ!


笑うな! そこ!!


とにかく。

私はスカートを履いて、タイツで足を保護した。靴は厚底のブーツで攻撃力を上げて、ちょっと静電気が気になるセーターの上から防御力と保温性を上げるために100%ウール素材の上着を羽織った。家を出る直前には、ニットの帽子と耳当てを着けて、もこもこのもこ手袋に手を通した。

ああ、これでどんな冬でもあったかーい。状態であったとさ。

簡単に言えば女の子装備だよ。それだけあの車掌さんが特別だってこと。こんな私だって特別な人には女の子に見られたいの。


実際はどんな風に見られてるか知らないけどね。

それでも、近所のただの子どもより妹みたいに見られる方が幾分かまし。最低でも性別は女でありたいのだよ。きゃ☆


とまあ、恋する留華さんはバスに揺られてえっさかえっさかと学校に向かいました。今思い出すと、何か直感的なものもあったのかもね。




ちょうど一緒に乗ったお婆ちゃんにみかんをもらったりしながら学校まで楽しい時間を過ごす。時々チラチラと車掌さんの方を見ちゃったりもして。

あーーーーーー。

そんな自分にも気づいてなかったんだろうなぁ、あの車掌さん。


美味しいみかんのお礼に300円をお婆ちゃんに渡して、外の景色に目をやった。

まだ、雪は降るのを待っていてくれてるみたいだった。


学校が近づいてきて、チャイムの音が届くくらいの距離に差し掛かった頃。私は聞こえるはずのない音を耳にした。バイクの音だった。

なんじゃこれ、と首を傾げてると、後ろの方に乗ってたおじさんが不機嫌な声を出した。


「何か煩くないか?」


白髪混じりの頭に眉間のシワ。まさに雷オヤジって感じのおじさん。こわって言いそうになったけど、その前に別の人の声が遮った。


「これ、大型バイクだな。しかも改造されてる」


おじさんと距離を離して座ってた金髪のお兄さん。意外と柔らかい声でそう言ったの。


「改造バイク?」

「例えば、暴走族とかが乗ってるやつ」

「暴走族ぅ? そんなもん、ここいらに来れるんかい」


暴走族なんて私は見たことがなかったんだ。

だって、この町の人たちはそんなことしないでしょ? やったとしても原付。あ、何回かスーパーカブを愛する会がたむろしてるのを見たか。それくらい。

外の人だって、わざわざこんなとこに来ないでしょ。来れない、でしょ? 桜の木が追い払っちゃうもん。

でも、その時はいたんだよね。しかもよりによって小学校の校内。

マジでふざけんなって思ったよ。小さな子どもたちがいるのにさ。


学校のバス停に着いて、バスが停まって、車掌さんは一旦エンジンを切った。私は降りずに、窓からそーっと学校の方を見た。おじさんとお兄さんも同じで、私たち三人は窓にへばりついてた。お婆ちゃんだけは席を立てずに、心配そうに外を見てたよ。

校舎の方からは異常に煩いアクセルをふかす音。なのかな。ぶぉんとかいう、エンジンを空吹かす音。あと、マンガとかドラマでよく見るパラリラパラリラっていう暴走族のBGM。一体どこから出ているのやら。そんなのが響いてた。

小学校のバス停からは門と校庭、運動場を挟んで校舎が丸見えだった。所々は植えられた桜の木が邪魔をしてくれているけど、大半は丸見え。

あの造りはね、町の人は子どもたちに危害を加えないっていう信頼から出来ているんだ。弱い子どもたちを大人は絶対に傷つけない。むしろ見守らないといけない。だからバス停がある道路からは校舎が丸見えなの。


本当だったら世界はこうあるべきじゃない?

弱いものを強いものは守る。弱いものが力を付けたら、威張るんじゃなくて次の世代を、自分より弱いものを守る。自分がしてもらったみたいにね。

強いものが弱いものをいじめるなんて、ほんっと意味不明。

大きいものが小さいものを踏めるのは当たり前でしょ。踏んでいいわけじゃない。小さいものを踏まないように努力するのが大きいものの義務だよ。小さいものは踏まれないように努力するのが義務。

踏んで、いじめて、笑ってる奴らは地獄に堕ちろ。

地獄に逝けば、きっと閻魔様なり鬼たちなりが踏んでくれるよ。そこで後悔すればいいさ。自分がどんだけ最低なことをしてきたか。そこで自覚すればいいさ。自分はこんなにちっぽけだったんだって。

ぷんすこぷんすこ。


ああ、じゃなくて。

そんなことする人は町にはいないんだよ。

だから学校はおおっぴろげになってて、外、町の外ね、そっちから悪者がやって来るなんて想定してないの。

学校は学ぶ所なんだもん。これから成長する若い苗が並ぶ場所。苗を育てる場所にわざわざトラップを仕掛ける必要、ある?

私はないと思うな。罠にかかる前に悪者は仕留めないと。そう、私は思うよ。


でねでね。私が乗ってるバスからも学校の様子は丸見えだった。視力の関係もあるけど、運動場で嫌なことが起こってるっていうのは誰でもわかった。

心配で心配で、胸が嫌な感じにどきどきした。真っ黒でドロドロした苦くて苦しくて痛い、あの感じ。誰かが傷つくのは見たくない。


「囲まれてるな」


すぐ横から静かに声がした。車掌さんだった。


はい、みんなー、聞いてー。

好きな人の声が真横で、それも耳元でしたらどうなるかなー? 変な声が出ました。


「ふぁい???!!」


笑わないで。ほんと、ビックリしたんだから。

多分顔も真っ赤だったと思う。ほんと、ビックリしたわー。


ごめん、話戻すね。

車掌さんの囲まれてるって言葉を聞いて、私はよーく目を凝らした。

運動場では大きくて変な形のバイクがぶぉんぶぉんいいながら走り回ってた。やけに長くて、旗みたいなのを刺してるのもいた。あれが噂の暴走族か。カッコ悪いな。そういう目で私はそいつらを凝視した。

するとね。煩いエンジン音に混じって子どもの声が聞こえたの。

何処から聞こえたかって? バイクの走り回ってる中心だった。あいつら、子どもたちを逃げられないようにバイクで走り回って囲ってたの。

最低な奴らだよ。泣いてる子どもたちをビビらせて喜んでたんだ。

一歩間違えば大事故だよ。大事件だよ。殺人だよ。そんなこともわかんないのかな。

先生たちもどうすればいいか判断できなくて、助けられずにいた。そりゃそうだよ。ほとんどの人が暴走族なんて奴ら見たこともないんだから。そいつらがなんでそんなことしてるのか、理解できないの。私だって理解したくないよ。あれだね。頭パッパラパーっていうやつだね。かわいそ、かわいそ。

そんな奴らに巻き込まれた子たちが本当に可哀想!


暴走族から少しでも早く子どもたちを助け出さなきゃ。そのことで私の頭は一杯だった。焦ってもいたかな。

どうすればいい。どうすれば暴走族が子どもたちから離れる。どうすれば子どもたちから暴走族が離れる。どうすれば子どもたちから暴走族を離せる。


煽ってやれ。


こっちに向かってくるよう、あいつらを煽ってやればいい。


そう思った瞬間、私はバスから飛び出していた。もちろん、全くの考えなしだったわけじゃないよ。

飛び出す直前、運転席の下。そこにあるある物を入手していたのだ! そして、ポケットの中にはアレを詰め込んだ。勇気とか形のないものは心の燃料にして奮い起たせた。

後ろから車掌さんの声が聞こえた気がした。珍しく大きな声出してさ。振り向きたかったけど、最優先は子どもたちの安全。

私は走った。

そして、運動場に走り込んだ。まずは第一声。


「ひかえおろー!」


知ってるかい? みんな。「ひかえおろう」って、「控えよう」って意味なんだよ。だから私は叫んだのさ。「みんな! 静かにしようよ!」ってね☆

適切な表現でしょ?


それで、何人かはこっちを向いたの。でも、エンジン音が大音量過ぎて声が届かない。

暴走族自体は五人くらいの集まりだったんだけど、注意を向けたい囲ってる三人には全く聞こえてないみたいだった。せっかくの決め台詞だったのにな。

だから私は投げた。いや、何をって、ポケットの中に忍ばせたアレ。みかんの皮。

み か ん の 皮。

おもいっきり、投げた。暴走族に向かって。

みかんの皮はゆっくりと、落ちていった。まるで、時間そのものが今にも止まってしまいそうなほど、その瞬間はゆっくりと感じた。

暴走族っていうからには交通ルールなんてガン無視だよね。だからさ、ヘルメットだってねぇ。してないのさ。

落ちていったみかんの皮は、偶然暴走族の一人の頭に、いや目の前かな。出現した。そいつの視界を奪ったみかんの皮は、動揺して暴走し出した暴走族の顔にこれでもかとしがみついていた。

昔のSFホラーの映画でありそうだな、って思った。地球外生命に寄生されるやつ。

言葉の通り暴走し出した仲間に驚いて、走っていた他の奴らも巻き込みながら暴走族たちは混沌としている運動場を走り回った。

そこにすかさず、私はアレを投下する。

キャップを外し、流れるような動作で空を滑らせた。学生の時に鍛えぬいた肩で思いっきり投げつける。

私は発煙筒を。


あれ?


発煙筒を。


んんん?


煙が、出てなかった。

これ、発炎筒の方だー。


気づいたときには真っ赤な炎を吹き出した筒が暴走族たちに向かっていた。私は全力で謝った。


「さーーーーーーっせん!!!」


その瞬間、真横を私が投げた物と同じような物が飛んでいった。そこからは煙が吹き上がっていた。

発煙筒だ。

後ろを振り向くと、バスから降りた車掌さんが腕を大きく横に降っていた。そこをどけ。声は届かなかったけど、口の形がそう言ってた。

私は素晴らしいフォームで跳んだ。近くにあった木の所に滑り込んだ。セーフ! セーフ! 何のセーフかわかんないけど、とりあえずセーフということにしといた。滑り込みセーフのつもりだった。

後ろを見ると、暴走族たちがもくもくと立ち上る煙の中で悲鳴をあげながら走り回ってた。そしてやがて奴らは地に伏したのである。


いい仕事をしたな。

私は満面の笑顔だった。


そして、車掌さんに殴られた。

グーだった。


あんな危ないこと、二度とするな。

助けてくれたじゃん!

助けないと死んでたかもしれないんだぞ。

私が死ななくても、この子たちの誰かが死んでたかもしれない!

安全に助ける方法を考えなかったのか。

私、そんなに頭良くないもん!

じゃあ賢くなれ。


自分も、周りも、助けて守れるくらい賢くなれ。車掌さんはそう言った。わんわん泣く子どもたちの手を引いて、ゆっくり歩きながら車掌さんは私にお説教をした。


私は頭が良くないよ。賢くない。それは誰よりもみんなが一番知ってるでしょ?

私はこんななんだよ。

昔からずっとずっと変わらない。

それを知ってるからさ。車掌さんもその時笑いながらお説教したんだ。




生きることと死ぬことってさ。結構近くにあるっていう人もいたりするよね。私も「死」っていうのは近くにあると思ってる。

ううん。違うな。

「死」っていうのは、いつでも自分の中にあると思うんだ。そういう種が生まれつき誰の体の中にもあってさ、段々大きくなるの。

芽が出て葉っぱが広がって大きく高く伸びて蕾が出て花が咲いて、実ができる。

もしかしたら、それは「死」じゃなくて「命」って種かもしれないね。でも、どっちにしろいつかはなくなっちゃう。そんなものが、誰の中にもあると思うんだ。

知らなかったでしょ。知らなかったよね。そうだよそうだよ。知っちゃったら、いつ死ぬか、いつその種が育ちきって終わっちゃうかびくびく怯えちゃうって。死に怯えて生きるって、きっとそういうこと。いつ終わりが来るか怯えて、心配して、ニコニコ笑って遊んでもいられない。

私は嫌だな。そんな人生。


私だったら、地面に埋まってるようなそんな種を知らんぷりして水をかけてあげる。大きく育って、どんな花が咲くか見届けてあげる。たとえそれが最期の瞬間になったとしてもね。

ほら、こういう風にね。私にとって、死ぬことなんて全然こわくないの。私「は」死ぬのはこわくない。

でも、他の人はダメなんだ。どうしても、他の人が亡くなって逝くのはダメ。

小さい頃。まだ家が外にあった頃。目の前で家族が土砂に埋まっていくあの瞬間が、頭から離れないの。




その日、帰路に着く時間には空から真綿のような雪が降り始めていた。




暴走族はどうなったかって?

それはまた後で、ね。

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