出席番号14番の話
世界には理解出来ない様な不思議なことが溢れてる。不思議で魅力的で怖くて恐くて未知なもの。
どっかの本で読んだよ。世界は不思議で不思議で、不思議に溢れているんだって。それはとても素敵なもの。それはとても不思議なもの。
私たちの桜ヶ原で起こる不思議はちょっとホラー味が強め。でも、基は華麗な花びらが舞う桜の不思議なんだ。
桜の花ってさ、元々は白いって言うよね。樹が血を吸って花が赤くなる。そうも言うよね。
不思議な桜の話に別の不思議な話が重なる。上書きされる。変化する。別のものへと。
そういうことってあるんだよ。誰も気づかないうちにさ。
あれはそういう話なんだろうね。
「まもなくー
砂時計ー
砂時計ー
お降りの方は瞼を閉じぬようお気をつけください」
かたん。かたん。あれは誰の見てる夢?
なーんてね。
~『砂時計・後編』~
同じ教室で過ごしていた時から眠ることの多かったそいつ。
ついたあだ名が「眠りウサギ」。
一時期は病気か?と疑ったこともあったけど、いたって健康だった。
でも、中学・高校と上がるに連れてそいつは変な夢を見るようになった。
今日はこんなだった。昨日はこんなだった。
俺はよく、そいつから夢の話を聞かされた。初めて変な夢を見た時も、真っ先に俺の方へ向かってきたそいつ。
俺たち同級生は仲がいいと思う。
他のとこがどんなかは知らないけど。
隠し事なんてあり得ないし、男女関係なく付き合いがあった。「いじめ」なんて言葉を知ったのは、進学でバラバラになって外に出た後のことだし、中には人ですらない同級生だっている。
事故で亡くなったやつの代わりに教室へ通い続けた猫。それがさくらだ。正式でないにしても、この猫は俺たちの同級生。
その関係は大人になっても続いている。中には同級生同士で婚約したやつらもいたし、地元に長い間帰ってこれないやつもいた。
でも、半分以上が地元に戻って就職するなりして外に出たやつらの帰りを待ってるんだ。俺は地元就職組の一人。
毎年、恩師の墓には大量の手紙と花が届く。
「また、みんなで集まろう」
そう俺たちは約束している。
誰も欠けることなく、また会えるんだ。
そんな「同級生」の中で何でそいつが俺に話を持ってくるかなんだけど。
単に俺が怪奇オタクだから。
UMAを信じてるやつとか、寺の家のやつとか、変なやつに好かれるやつとか。いろいろいるんだけど、怪奇現象全般に詳しいのは俺だな。
だから、大抵何が起こっても冷静に分析できるんだよ。あと、どんなはっちゃけたことでも信じる。
嘘だったら論破する自信はそこそこあるし、みんなからも何か変なことでわからなくなったらひとまず俺!ってくらい一目置かれてる。
だからだな。
そいつ「眠りウサギ」が俺に夢の話をしてたのは。
俺たちの地元にはさ。七不思議ってのがあるんだ。
あるきっかけがあって、その七不思議をクリアしよう。そう言い出したのは俺だった。
同級生に七不思議を割り振って、解明に乗り出したんだ。
バカだと思うだろ?
バカなんだよ。
バカみたいに信じた。
一つ目が「切り株」。
これは、母校の小学校に実際あったし、生徒の中でも話が有名だった。
さすが、一個目だよな。
この切り株は今でも学校にある。
ちゃんと探せば、古い文献も出てくるんだ。
二つ目が「バス停留所」。
これは、古い地図をもとに実際に回らないと話にならない。
大事なのは「地図」じゃなくて、「停留所」。辿る道のルートじゃなくてポイントさえ押さえればなんとかいけそうだった。
そして三つ目。
これが「砂時計」。
「眠りウサギ」が担当したやつだ。
さて、怪奇オタクの俺から「砂時計」の話をさせてもらうわけなんだけど、長くなるぜ?
あと、勘違いしないでくれよな。
この「砂時計」の話を解くのは眠りウサギであって、俺じゃない。
俺はただのヘルプなんだ。
本を漁って調べるのは簡単だ。でも、現実はその内容の通りとは限らない。
今、「砂時計」の七不思議を体験してるのはあいつなんだ。
それにさ。
俺の担当は七つ目なんだぜ?
じゃあ、始めるか。
『砂時計』
砂時計って知ってるか?
見たこと、あるか?
上と下に分かれていて、砂が落ちていくんだ。その時間が一定だから時計として使える。「時間を知る」というより、「時間を計る」時計だよな。
砂は上から下へ流れていく。
流れきった砂は、時計を逆さにすることでまた流れ始める。
砂時計っていうのはそういう物なんだ。
俺たちの町にある七不思議の「砂時計」の話、聞いてくれ。
これは、上書きされる前の七不思議だ。
七不思議、三つ目。
「砂時計」
この町のどこかにある池には砂時計が沈んでいる。
砂時計の中の砂は落ちきっている。だから、池から出して逆さにして欲しい。時間を進めて欲しい。
時間を進めてもらえたら、砂時計は何かお礼をしてくれるだろう。
そういう話が七不思議として残っていたんだ。
池の名前も場所もしっかり文献に示されていた、ちょっとファンタジー?な七不思議。
そんな印象を、始め俺は持っていた。
実際に体験したことのある人の手記やら何やらを調べた。
一つ目の「切り株」もそうだったけど、簡単な七不思議ほど体験談は多い。
それでわかったこと。
この「砂時計のお礼」っていうのは、未来予知らしいんだ。
ある人は自分の結婚する女性を。ある人は命の危険にさらされる事故を。ある人は人生で重要な影響を与える人との出会いを。
夢の中で見たらしい。
そして、それは的中する。
砂時計をひっくり返すだけでこんなお礼がもらえるんだったら、ラッキーだよな。
ただ、連続でこんな幸運は起こるはずないだろ?
まず、そもそも池があったとしても砂時計があるかは分からない。
沈んでる砂時計なんて見えねぇよ。
第一、砂時計って沈むほどの重さあるのか?
砂時計があったとしても、砂は落ちきっていないと「お礼」は発生しない。
そりゃそうだ。落ちている途中の砂時計は、いきなりひっくり返されても感謝しない。
運が良かったら更に運が良い「お礼」が手に入るんだろ。
そういうもんだ。
そういう七不思議だったんだ。
かつてはな。
悪意の全くない七不思議。
もし、砂時計を探そうと池に入って溺れても自己責任だ。七不思議は関係ない。
実際、そこそこ池での水難事故とかあったらしいけど欲を出した報いだ。
でも、今はそんな七不思議じゃない。
現に、眠りウサギはうなされて眠り続けている。体はげっそりと衰弱しているよ。
どうしてこんなことになったのかって?
この七不思議がこのままだったら問題なかったんだ。でも、変えられた。
池が埋め立てられたんだ。
砂時計は、もう時間を進められない。
まずは、眠りウサギから聞いていた夢の話からだな。
あいつの「変な夢」の始まりは、今考えるとまんまその七不思議だったんだ。
池の中に沈む砂時計を手に取る夢。
それを皮切りに、誰かの死ぬ時の夢を見始めた。それも、その死ぬ人の視点でだ。
なんでその「変な夢」が「誰かの死ぬ時の夢」かわかったかなんだけどさ。
ある時の夢の中であいつ、夢の中だと違う人なんだけど、同級生の名前を呼んだらしいんだ。そりゃ、知ってる奴の名前くらい夢の中でも呼ぶだろうさ。でも、夢が夢だったからその名前の奴に確認したんだと。
当時、俺たちは小学生。
名前の奴は、近場で亡くなった人はいないって言った。
名前を呼んだ声は、しゃがれた爺さんの声だったんだと。
確かに両隣の家にそれぞれ爺さんと婆さんが住んでいるけど、まだまだ元気だぜ?そうそいつは言っていた。
数年後、その両隣の家の爺さん婆さんが亡くなった。
たまたまだろ。俺たちはそう思った。
たまたま爺さんの夢と婆さんの夢を見た。それが本人たちかは分からないけど。
それでおしまい。
とはいかなかったんだな。これが。
「変な夢」が「誰かの死ぬ時の夢」だと断言する理由はその後にあるんだ。いや、実際は死ぬ瞬間の夢じゃなかったんだけどさ。
きっかけは大雨続きの末に起こった土砂崩れ。
名前を呼ばれた奴、「両隣の家」の奴な、そいつの家の一帯が土砂崩れに呑まれたんだ。
マジか!ってそいつの家だっただろう所へ行ったら変なことになってた。三軒続きのそいつの家。爺さん、そいつ、婆さんっていう風に家が横に並んでたはずなんだ。
土砂崩れってこんなだっけ?って笑うくらいの状況だった。
婆さんの家だけ綺麗に土砂に呑まれてて、他の二軒は無傷。な?笑えるだろ?こんなのあり得ねぇって。
ふざけて俺はそいつに言ったんだ。
「お前、なんか憑いているんじゃね?」
そいつは同級生の家の寺に行ったとき「憑いてますね」って言われたそうだ。泣いてたぜ、そいつ。
で、何が憑いていたかというと、隣に住んでいた爺さん。もう亡くなってた爺さんだ。
「え、憑かれるくらい親しかったのか?」って俺は聞いた。そしたらさ。そいつは逆だって言ったんだ。自分に対してずっと雷おやじだった、ってさ。いつもキツく厳しく当たられてたって。
でもおかしいよな。土砂崩れで無傷なのはその爺さんのせい以外考えられねぇじゃん?
それで思い出したんだよな。「変な夢」。夢の中で爺さんはそいつの名前を呼んで謝ってたらしいんだ。
こじつけかもだけど、その爺さん、最期に後悔してたんじゃないのか?
それともう一つ。その土砂崩れが起こって片付けるまで誰もしらなかった事実。
両隣の家のもう片方に住んでた婆さんなんだけどさ。床下に事故で先立った旦那さんと愛犬の骨を埋めてたそうなんだ。まさに「真実は墓場まで」ってな。
その婆さんが死んでも隠した、本人の意思で隠していたかは分からないけど、「骨を床下に埋めた」という事実。土砂崩れで家が崩壊するまで誰も知らなかったし、気づきもしなかったそうだ。
でも、ただ一人。いや、婆さん本人ともう一人と言うか。
知ってた奴がいるんだ。
そう。眠りウサギだ。
爺さんの夢とは別にあいつは、婆さんの「床下に骨を埋める」夢を見ていたんだ。
亡くなった本人以外知らないはずのことを夢に見た。
俺は、それを理由に断言した。
お前が見ている「変な夢」は、実際の瞬間かは別として「誰かが死ぬ時の夢」だ。
これがよくなかったのかもしれない。
あいつ自身が「これは誰かが死ぬ時の夢だ」って自覚しちまったんだ。
しかも、話だと夢の中じゃ「誰か」は「自分」。何回も何回も自分が死ぬ夢を見てるのと変わりないだろ?
しかも、夢を見る度にその「変な夢」を見るらしいんだ。
夢の相談をされたの、10や20じゃ納まらない。
あいつのあだ名。
「眠りウサギ」な。
学生の頃に付けられた名前なんだけど、その理由がこれなんだ。
熟睡できないんだよ。あいつ。
毎回そんな夢を見るんじゃしょうがないよな。だから、いつも時間があれば眠ってた。というよりも、あれは意識を失ってたの方が正しいかもな。
始めはまだまし、夢の内容も回数も、だったけど、段々ヒートアップしてきてさ。高校卒業は辛うじてできたけど、受験に受かった大学は中退した。
中退するって相談をそいつから受けたとき、目の下には濃い隈があって睡眠薬を常用しているって聞いた。眠っているのに眠れていなかったんだよ、そいつ。
週に数回だった相談が毎日になって、日に一度だったものが数回になって。
その度にそいつは、夢の中で死んでるんだよ。俺だったら耐えられない。
それでさ。
最近、妙なことを言い出した。
夢の中で君に会った。
同級生~さんと会った。
あれはきっと~くんだ。
その「変な夢」に俺たちが出てくる。
眠りウサギはそう言い出したんだ。
どういうことかわかるか?
夢の中で「同級生と会う」、「夢の中で自分が同級生になる」ってことの意味。
同級生の死ぬ時を見るって、そいつは言い出したんだ。
眠りウサギはな。俺たちのクラスの中でも気が弱いんだ。すぐに何かあると「どうしようどうしよう」「大丈夫かな」「こわいこわい」。すぐプルプル震えてさ。まさに弱虫ウサギ。でも、誰よりも俺たち同級生のことを大切に思ってくれてる。そんなやつなんだ。
そんなやつが俺たちの最期を見る。
そんなの耐えられるわけねぇよ。
やつれたあいつから話が来たとき、第一声から「どうしよう」だぜ?こっちが「どうしよう」だよ。話の最後になってくると、もう、泣いてた。
どうしよう、みんながあんな終わり方を迎えてしまう。どうしよう、僕には何もできない。
俺にもさ。何にも解決策はなかったんだ。
ただ、やつれていくあいつを見ていることしかできなかった。
どうしてそんな夢を見るのか。
俺には分からなかったんだ。
だって、当時の俺は、七不思議の三つ目がこんなことになるなんて予想もしていなかった。
池も砂時計も、まだちゃんと残っている。
そう思っていたんだ。
ちゃんと調べておけばよかった。
そうすれば、少なくともこんな風にあいつを苦しめなくて済んだのかもしれない。
話は現在。
あいつが緊急搬送された病院の、病室の前。
俺と、すぐに集まれた同級生たちが頭を抱えていた。
「どうすればいいんだよ」
「これって七不思議なんでしょ?」
「このままじゃあいつ」
決まってる。
「やるしかないぜ」
みんなの視線が俺に向けられる。
「この七不思議を解明する」
今起こっている、この七不思議を解明するしか眠りウサギを救う方法はない。
あいつは、俺たち同級生の最期を見てしまった。
耐えきれずに持っていた睡眠薬をありったけ飲んだんだ。全部終わらせよう、って。自殺未遂を起こしたんだよ。
これを招いたのは七不思議なんかじゃない。
俺たちの甘さだ。
なんとかなるだろうと甘く見たから、あいつを苦しめた。
ごめんな。
「これが七不思議の一つだったら、解明するしかないだろ。
俺たちの手で解明するんだ」
どうか、どうか、ひとつの願いのもとに集まった仲間たちよ。
「みんな、力を貸してくれ」
その場にいた全員が頷いた。
今、あいつはどんな夢を見ているんだろう?
たった一人で終わらない夢を見続ける「眠りウサギ」。
終わらない悪夢を見続ける「眠りウサギ」。
なんでこんなことになったんだろう。
俺たち同級生全員がのぞんだ「七不思議」の先は、こんな結果じゃなかったはずなんだ。
俺たちが望んだのは、あの人との××なんだ。
ああ、ごめん。
俺の独り言だ。
とにかく。
俺たちはクラス全員でこの「砂時計」の七不思議を解明することになった。30人、眠りウサギを除いてだから29人、全員でだ。
絶対、助けてやるからな。
信じて、待ってろよ?俺たち、友だちだろ?
俺は眠り続ける眠りウサギのベッドの横にイスを引っ張ってきて、一冊のノートを広げる。そこには、眠りウサギが「砂時計」に関して調べたこと、見た夢のことが細かく書かれている。
ほらみろ。あいつはしっかり努力しているんだ。
俺は居残り要員としてこの場所に残された。
まずは、わかりやすいところから。
あるはずの七不思議「砂時計」はもう話したよな。
それと、実際今七不思議を経験している眠りウサギがどうなっているのかも。
じゃあ、次は「今、以前の七不思議のやり方を辿ったら」だな。
もうすぐ連絡が入るはずだ。
砂時計が沈んでいるはずの池は近くだから。
俺が知っているのは、人づてに聞いた話だけ。「その池、ちょっと前に埋め立てられたぜ?」いつだったか、そんな話を聞いた。
実際には見に行ってないんだ。
ああ、電話だ。同級生の現場に行ったやつらからだ。
ああ、うん。おい、なんか犬吠えてるぞ?さくら連れてったんだろ?大丈夫か?
いや、それ犬か?犬なのか?おーい、さくら大丈夫かー?んー、まあいいか。
で、そっちどうよ?そっか。やっぱりな…さんきゅ。どうすっかな…
ああ、一旦戻ってきて
うわ!うるさ!おい、なんか変だって!それ、やっぱ犬じゃないって!
…あ、切れた
変な電話だったな…
同級生からだったぜ?池を見に行ったやつら。
池はもう影も形もないってさ。埋め立てられて、ビルが建ってるって。住所は確かだから間違いはないはず。
いつの間にこうなったんだろうな…
お、メールだ。
池のあった場所が辿った経緯がこれでわかるな。
よし。じゃあ、一緒に辿ってくぜ?
なんか外で犬が吠えてる気が…
いやいや、気のせいだ。
えー、まず埋め立てられた年。
俺たちが七不思議を調べ始めた時はまだ無事だったらしいな。そりゃそうだ。「この七不思議、もうありませーん」なんて言われてたら問題だ。
埋め立てられたのは高校生になってから。
意外と最近のことだったんだな。
で、埋め立てられた理由。
「池に飛び込む人が急増したから」
…嘘だな。
池に飛び込む人は元々いたって話だ。七不思議の砂時計目当てのやつらだな。「砂時計」の七不思議自体はずっとあるんだ。それが今さらになって突然有名になるなんて、考えにくいだろ?他に原因があったとしても、地元民である俺たちが知らないはずない。
偶然…だよな?
背筋にぞくっとしたものがはしった。この15の数字が何を示しているのかは、俺には解らない。
埋め立てられた年の名前の名字は一個前とは違っていた。そして、それまで規則正しく並んでいた名前が、その年を最後にプツリと途絶えていた。
その年から、既に15と2年経とうとしていた。
今の…土地所有者ってどうなってるんだ?
単純に考えれば、「土地所有者」こそ一番その土地に詳しいと思う。だって、自分の「持ち物」のことは大体知っていているのが当然だろ?
うわ…わからん。
マジでこんがらがってきた…
…
……
………よし。
ここはあいつの登場だな。
元・学級委員長。
現・役所勤め!
こいつに聞けば一発だろ!
はい、電話ー。
(あいつのとこって確か、まだ黒電話だったよな。通じるかな?)
つー、つー、つー(がちゃ)
あ、俺だ。俺、俺!俺だって!俺なんだから分かるだろ?!
俺俺詐欺じゃないって!
だーかーらー!お…
あ、切れた。
あ、かかってきた。律儀な奴め。
あー、ごめんご。
ちょっと聞きたいことあってさー。ほら、眠りウサギのこと連絡あったろ。あれだよ、あれ。
砂時計なんだけどさ、あるはずの池が埋められてんの。年とかはわかったんだけど、どうしてそうなったのかがわからんの。
うん、そう。ふんふん。え、ヤバくね?
俺は、今は役所で働いている元学級委員長へ電話をかけ、片っ端から質問を投げ掛けていった。
俺は七不思議に関して極力こいつに頼みたくなかった。同級生みんなに七不思議のことを話したのは俺。でも解明しようと誘いをかけたのは、実は、この学級委員長だったんだ。責任感が人一倍強い学級委員長。今回の件も含めて、俺はこいつに全部を背負わせたいわけじゃない。
だから、遠ざけたかったんだ。
と言っても、結局は向こうもそれがわかっちまってるんだよな。
俺たちは仲が悪いわけじゃない。信頼してるから避けるんだ。あいつができないことを俺がやる。俺ができないことをあいつがやる。それでいいじゃないか。
だから、忘れないでくれよ。
『同窓会』の話にはきっと自分の番まであいつは出てこない。出席番号が一番最後の学級委員長。
誰とも関わっていないっていうことじゃない。首をあえて突っ込まずに見守ってるんだ。
だから。
頼るのは今回限り。
あいつのことは誰も語らないからな。
代わりに俺が語ってやる。
俺たちが同窓会で語る話に誰かしらの他の同級生が出てくるように、学級委員長もずっとそこにいるんだ。
学級委員長は誰よりも先にそこへいって、俺たちを待っているはずだから。
だって、あいつは。
学級委員長は
わりぃ。
話がずれたな。
電話は終わった。
必要なことは全部教えてくれたぜ。さすが、役所勤め。の、社畜。仕事が早え。
しかも、ちゃっかり電話を切る直前に「落ち着いてしっかりやれば、おまえなら助けられる」なんて言葉を残しやがった。
やーっぱ、わかってるんだよな。あの学級委員長は。
まずな。
15年ごとの土地所有者が代わるのはそのままの意味だ。名義の奴が死亡して、他の奴に所有権が移る。大体血が繋がった誰かだってさ。事故だったり、病気だったり。ここの関係性ははっきりとは言えない。
で、約17年前に今の名義になったらしい。その時、今までと違うことが一つあった。
この町出身じゃない奴が土地を所有したんだ。
つまりな。
元々そこの土地を持っていた人と全く関係のない人が名義に載ったんだ。今まではどんなに遠縁でも血の繋がりはあったそうだ。でも、その時、とうとう誰もいなくなった。
外から嫁いできたり婿入りした人は、様は「他人」。その子どもは血が繋がってる。「この町出身」ってことになるな。
理由は分からないけど、そこの土地を所有して15年でいなくなる。その時、大抵は周りの人、家族とかだな、も一緒だ。
ほんと、わけわかんねぇな。
俺たちのこの町にはな。結構古い話とかが色濃く残ってるんだ。
町中に植えられていた桜の木。
一番古い、公園に残る一本の桜。
七不思議。
変に強い地元の団結力。
他にも数えきれない位の伝承がある。
例えばさ。
俺たち同級生の団結力。異常だろ?
いじめとかが普通にある「外」から見るとキモいだろ。
でもこれが「俺たち」なんだ。
意識はしていないけど、「地元民」ってことだけで無条件に心を許してる。俺にはそう思えるんだ。
だから、逆に言えば「外」の奴らと一線引いてるとも言えるかもな。
いや、「外」の奴らが引いてるのかも。
名義が外の奴らに代わったとき、向こうはどう思ったかな。
土地が手に入ってラッキー?
池の管理なんて面倒だ?
地元の奴らが変な言い伝えを信じている、気味悪い?
多分どれも当てはまるよな。
現に、何百年も残っていたはずの池を呆気なく埋め立てたんだから。
俺たちにとっての価値が、そいつらにとっては無価値だったんだ。まあ、しょうがないさ。
土地が手に入るって話が出た段階で、池の埋め立てはほぼ決められたらしい。地元連中の話も聞かないで、というよりこっちには全く話がなかったらしいんだ。業者ももちろん外の連中。
気付いた時には池の水は抜かれてた。
もう、どうしようもなかったんだろうな。
本当に古い池だったし。
七不思議だって、時代と共に変わるもんなんだよな。
なーんて易々と受け入れてたまるかよ。
池の埋め立てはしょうがないとしても、問題はその後!
そいつら、マンション建てやがった。金儲け目的に池を潰してたんだ。やけに最近知らない奴増えたなー、って思ってたんだよな。
こういうことかよ。
ということで、砂時計が沈んでいるはずだった池は今じゃコンクリートの下。
はぁ…
でも問題があるんだよな。
こんなことになったら、七不思議「砂時計」なんて消えるはずだろ?
池が埋め立てられてから、もう15年以上経ってる。それでも今の今まで「砂時計」はまだあると俺は思ってたんだ。
俺は学校の教師をしてる。だから、そういった話題の時事的なネタもすぐに手に入るんだ。でも、「七不思議が変わった」なんて話、少しも聞いたことがない。池が埋め立てられたって話も、今回のことがなければ「ふーん」で終わってた。
俺だけじゃないぜ?
同級生の誰もが知らなかったんだ。
おかしいと思わないか?
で、だ。
俺、思うんだけどさ。
七不思議とか都市伝説っていうのは誰かが話を流さないと消えるもの。誰かが少しでも信じていれば、その話はまだ「生きて」いることになるんじゃないかって。
だからさ。
「砂時計」、まだ池だったとこに埋まってるんじゃないか?
じゃあさ。
もし元の七不思議みたいに砂時計を拾い上げて時間を動かせば、眠りウサギも目を覚ますんじゃ?
これしかない…のか?
というか、これくらいしか打開策浮かばねぇ。
(わんわんわんわん!)
うーん。と言っても、どうすんだよ。池はコンクリの下だぜ。
(わんわんわんわん!)
うるせぇ!
あー
そう言えば、眠りウサギも犬飼ってたっけな。変な犬。ちっさい頃に山で拾ってきた犬。
どっかの昔話みたいに怪我してたのを拾ってきて、手当てしておいといたらなつかれたっていうお決まりの話なんだけどさ。
ずいぶんと長生きしてるよな、あの犬。俺たちが幼稚園児の時の話なんだぜ?それ。
電話口で吠えてたのもあの犬かな?
犬じゃないような気もするんだけど…
その犬を拾った山も、半分もうないんだよな。池ほどじゃないけど、町を跨いであった山だから土地開発で切り崩されたんだ。今じゃ、俺たちの町に入ってる部分だけ辛うじて残ってる状態。
可哀想だよな。その山にいた生き物たち。
ああ、可哀想なんだよ。
その池にあった砂時計も。
勝手な都合で潰されて、消されて。
だから、もし砂時計に意思があったら俺たちにも怒っていいんはずなんだ。なんで助けてくれなかったのかってね。
今のこの現状ってさ。
もしかして「砂時計の呪い」じゃなくて「砂時計のSOS」なんじゃないか?
…考えすぎかな。
俺の勝手な想像だ。
なんにしても、眠りウサギを助けないことには話は終わらない。
さあ、どうすっかな。
どうすれば池のコンクリを打ち破れる?
どうすればコンクリの下の砂時計を取り出せる?
聞こえていたはずの犬の鳴き声は、いつのまにか遠くなっていた。
季節は夏から秋へと渡っていった。
既に眠りウサギが眠り始めて3ヶ月が経とうとしていた。
俺たちは何もできずに、毎日あいつの病室を訪れて、話しかけ、唇を噛み締めながら病室を後にした。誰もが眠りウサギの薄くなった手を握って
「絶対に助けるから待っててくれ」
と声をかけていた。
「信じてくれよ。俺たち、友だちだろ」
眠る友に俺は語りかける。
何もできない自分に苛立つ。なんで、何もできないんだよ。時間だけが過ぎていく。
もうすぐ、冬になろうとしていた。
「砂時計を掘り出す」。ただそれだけのことができない。やるべきことは同級生全員が満場一致だった。だが、上には既に建物が建ってしまっている池からどうやって掘り出すかが壁となっている。池のどこにあるかもわからない、そもそも実際にあるかもわからない砂時計。そんなものを取り出したいと「外」の連中に話をしても無駄だった。
役所の連中も証拠がないからと、みんな頭を下げていた。
どうしよう
どうする
どうすればいいんだよ
俺たちは焦っていた。
眠りウサギの体は、日に日に薄くなっていく。
もう、眠りウサギも俺たちも限界かと思われたその日。
事件は唐突に解決へと転がり出した。いや、どちらかと言えば、転がされ始めたという方が正しいのかもしれない。
池の上のビルが倒壊した。
俺たち、何もしてないぜ?
さすがにテロリストにはなりたくない。
しかも、爆破とかそういうものじゃなくて、土台から崩れた様な感じだったらしい。地面、つまり埋め立てられた池の方に問題があったんだ。
俺たちはすぐに現場へ行った。
いやー、見事に崩れてたぜ。
はっきりと池の形に沈み込んだコンクリートの塊。そこからはごぽごぽと水が滲み出していた。
俺は思わず口元が緩んだ。誰かが興奮したように言った。
「おい!あの池、まだ生きてるぜ!埋め立てられてもまだ生きてやがる!!」
その通りだった。
池は生きていた。
俺たちの、桜ヶ原の七不思議「砂時計」はまだ生きていたんだ。
俺たちは声をあげて笑った。どれくらいぶりだっただろう。その声の中には、もちろん俺たち同級生以外の声も聞こえた。
ああ、七不思議は俺たちの予想の範囲を軽々と越えていきやがる。これだから「怪奇」現象はおもしろい。
さて。ずっと壁だったビルが倒壊して掘り出し作業に取りかかる。
とはいかなかった。
ぱっと見て、俺たちは倒壊した原因は池からの水だと思った。埋め立て不足だったんだろうな、って。一部の人は、池が息を吹き返したとも言うくらいだった。
でも違ったんだな、これが。
池が埋め立てられて15年以上経っていた。今になって埋め立てが不充分でしたなんてあり得ないんだよ。俺たちにしてみれば「結果オーライ」で、それより早く探索させてくれっていう気持ちの方が急いでいたから気にもしなかった。
専門家は下に穴が空いているのかもね~、という気の抜けた話をしていた。
その人は地元民だったけど、他人事だな。まあ、他人事なんだけどさ。
要は原因不明だったわけ。
瓦礫の片付けも含めて調査するからってことで、しばらく立ち入り禁止になったんだ。さすがに瓦礫がそのままだと俺たちも入れなかったからそこはよかったかな。
池の水は今日も溢れてきている。
季節はもうすぐ冬。
吐く息も白くなってきていた。
池の水が、凍ってしまう。
池が凍ってしまえば砂時計を探すことは不可能だ。氷がとける春まで待つしかなくなる。
待てるはずがなかった。
眠りウサギの体はもう限界だ。
俺たちは、瓦礫と重機が退かされる日の夜を待って行動に移すことにした。
話は変わるが、最近眠りウサギの家の庭にある犬小屋にイヌ以外の動物が出入りしているらしい。というか、イヌそっくりの動物らしいんだけどさ。
俺は思っている。あと、同級生のさくらも。
さくらはネコだ。
「あれって…タヌキだよな(にぇ)?」
幼い頃に眠りウサギが保護した「犬」は「狸」だ。
眠りウサギ本人は気づかないで、そのまま「イヌ」という名前をつけた。まあ、犬っぽいと言えば犬っぽいんだろうな。
だから、眠りウサギの家で飼われているのはタヌキ。
みんな「イッヌ!イッヌ!」とか呼んでいるから、気づいている人も「あそこの家のタヌキはイヌだ」ということになっている。
なんかもうわけわからん。
まあ、愛されるタヌキの「イヌ」ちゃんってことだ。
俺もあいつの家に行く度にイヌを呼んで撫で回しているから、いつも癒されている。
そのイヌそっくりの動物といえば、もうタヌキしかいない。
え、タヌキ大量発生?
もうすぐ冬なのに?
今日もふくふくと脂肪を蓄え、もふもふと冬毛に包まれたタヌキたちが眠りウサギの家に出入りする。
なんだかわんわん言ってる気がする。
おい、その中心にいるイヌ。
もうすぐおやつの時間だぞ。
今日は多めにジャーキー用意してやるからな。
みんなで分けろよ。
今日も俺たちは癒されるのであった。
そして、やっと撤去作業が終わった日の午後。
俺は同級生たちに「○時に開始。掘り出すぞ」とだけメールを一斉送信した。一度病院へ寄って、眠りウサギの顔を見てから池に向かうことにした。
池に向かう道で、なぜかイヌに会った。自由なタヌキは俺についてくるようで、首輪にリードを付けて一緒に行く。
辺りも暗くなってきて、池の周辺に人の気配も少なくなってきた。
メールに書かれた通りの時間に俺たちは集まった。半分集まればいいと俺は思っていたが、なんと全員集まっている。あの、学級委員長さえもだ。
おい、なんでお前までいるんだよ。
眠りウサギのためだ。数がいれば短時間で終われる。
そりゃそうだけどさぁ
おーい、懐中電灯足りないぞー
二人一組でやればいいんだってばー
長靴組みと懐中電灯組みでペアねー
貴重品ここにまとめておけよー
さくらが見張ってるにゃー
あちらこちらで声があがる。
お前ら、全員来たのかよ。
思わず笑みが浮かぶ。本当にどうしようもない同級生たちだぜ。
そうして俺たちは一晩かけて砂時計を探した。
砂時計は
見つからなかった。
もう、どうしようもなくて。
どうすることもできなくて。
俺たちは朝を迎えた。
砂時計はどこにあるんだよ。
砂時計はどうしてないんだよ。
そもそも
砂時計なんて本当にあったのか?
七不思議なんて、本当にあったのか?
砂時計も、七不思議も、本当は
はじめからなかったんじゃ
気づいたら俺は池の中で膝をついていた。水は首まで浸かっていて、沈まないように誰かが上に引っ張ってくれていた。
同級生たちの中でも、誰よりも限界だったのは俺だったんだ。
教師の仕事もこなして、毎日病院へ見舞いに行って、あいつの家の様子も見て、情報をまとめ、指示を出した。
しばらく休めと誰かが言った。
代わりは自分たちが何とかするから、と。
友だちだろ、信じてくれよ。
俺が眠りウサギに言った言葉を、今度は俺が与えられた。
土日にかけて俺は布団の住人になった。何もしないで、ただ体を休めて飯を食って、俺たちのアルバムを開いた。
そこにはかつての恩師が笑っていた。
先生、どうすりゃいいんだよ。
先生が教えてくれた、先生が話してくれた話が、俺たちを傷つけてる。
俺たちはただ、もう一度貴方に会いたいだけなのに。
外はもう暗くなっていた。
ふと、目が覚めた。
時刻はもう真夜中で、人なんてうろつかない時間だった。
窓の方からカリカリと音がする。俺は気にもしないでもう一度布団にもぐろうとしたときだった。
わん
小さく声がした。
聞いたことのある、犬にしては違和感のある声だった。タヌキだった。
俺は一度閉じた目を開いて、物音のする方へ目を向けた。
相変わらずカリカリと音をたてるそいつは、カーテン越しに影が月明かりに浮かび上がっていた。
「イヌ?」
どうしておまえ、そんなとこにいるんだよ?
ふらりと立ち上がって、俺は窓へ近づいた。そして、からりと窓を開けると、そこには。
そこには、一匹のタヌキがいた。そいつは首輪をして、野生とは思えないほどの毛づやをしている。
「イヌ」だった。
俺とイヌは窓ガラス越しに視線を交わした。イヌは何か言いたそうだった。座って此方を見ていた。早く気づけと、誰かが言った気がした。
「ちょっと待て」
俺は急いで服を着替えて靴を持ってきた。
そして、俺とイヌは白い息を吐きながら夜道を走り出した。
先を行くのはイヌ。俺がついていける速さを保ちながら、時々後ろに顔を向ける。その後ろを俺はただ追った。
月明かりの下、俺たちは走った。
切り株のある小学校、光が点滅する角のコンビニ、終電間近の駅、何かが潜みそうな地下通路の入り口、春には桜が咲く公園、廃病院が見える坂の下、花束が添えられる道路。俺たちはどんどん追い越していった。
行き先は、砂時計の眠る池。
その日は、満月だった。
池にくっきりと写し出された月は綺麗で。
でも、それすら忘れるくらいおもしろい景色に、俺は出会ったんだ。
ばしゃり
ばしゃり
池に着いてまず気づいたのは、大きな水の跳ねる音。そして、水面に浮かぶ大きな大きな甲羅たち。
その中に、がさがさと土を掘る音が交ざって聞こえた。
時折、わんだか、ぎゃぁだか、色んな鳴き声が聞こえた。
まだ水が戻っていない所でたくさんの獣たちが穴を掘っていたんだ。
たくさんのタヌキ、イタチ、ハクビシン、そしてネコ。多分、他にもいたと思う。その中に、一匹だけ首輪をしているタヌキがいた。横を見ると、いつの間にかいたはずのイヌがいなくなっていた。
水辺では相変わらず水音と甲羅が浮かんでは沈むの繰り返しだった。あんな大きな甲羅、海ガメくらいだ。
俺は地元の古い文献と同級生の話を思い出した。
『桜ヶ原の池にはかつて河童が集落を作っていた』
「俺の親戚の住んでるとこ、竜宮城と河童の伝承があるんだぜ」
その同級生と河童の話をしたとき、俺たちはこういう話をした。
「もしもさ。
俺たちの桜ヶ原にある池と、その親戚の所が繋がっていて、河童が行ったり来たりしてたら。おもしろいよな」
池が埋められた時、同時に住んでいた河童の集落も壊してしまったんだと思っていた。俺たちが追い出してしまった河童たち。
桜ヶ原には、もう、河童はいない。
河童は、もう住めない。
なのに
なのに
なんで
「わん!」
イヌが吠えた。いつの間にか下を向いていた顔を上げると、一つのコンクリの塊に乗り上げるイヌがいた。
まだ所々に小さな瓦礫は残っていて、それもその一つだった。
大きさは、
調度砂時計が一個納まるくらい。
水の中にはなかった砂時計。
もしかして、その中。
一匹の、一頭の?一人の?影がそこに近づいていった。月明かりがそれの姿をはっきりと浮かび上がらせた。
大きな甲羅。
頭に皿。
人の様に二本足で立って歩く。
両手に水掻き。
河童だった。
たくさんの書物で見てきた「河童」がそこにはいた。
河童は腕を振り上げると、信じられない速さで叩きつけた。すると、それがコンクリートという石の塊であったのが嘘のように、パカンと簡単に割れた。割れたように見えたが、一体どれ程の力でそうしたのかはわからない。
河童は数回頷くと、水の中に潜っていった。最後に、大きな甲羅がとぷんと沈んだ。
同じように次々と甲羅が沈んでいった。池の周りに集まっていた動物たちも、気づけば姿を消していた。
俺は呆気に取られて立ち尽くしていた。そんな俺の前にイヌが何かを咥えてやって来た。その後ろにはたくさんのタヌキたち。
『桜ヶ原の山には狸の村がある』
そんなことを思い出した。
俺はイヌが咥えてきたものを受け取った。
砂時計だった。
なんのへんてつもない、ただの砂時計。俺にはそれが「七不思議の砂時計」だと不思議とわかった。
ぽろりと涙が出てきた。
なんでかはわからないけど。
でも、なんでだろう。
砂時計に対して。
これまでの苦労に対して。
眠りウサギがやっと助かるという安堵。
そして、きっと、俺たちが今までやってきたことは、信じてきたことは、間違ってなかったんだという、安心。
そういうのがごちゃ混ぜになって、このとき溢れ出したんだと思う。
俺は、地面に膝を着いてイヌから砂時計を受け取った。
そして、彼らに頭を下げて
「ありがとうございます。
ほんっとうに、ありがとうございます」
感謝の意を示した。
俺たちの長い夜はもうすぐ明ける。
次の日、俺は早朝にメールを送信した。もちろん宛先は同級生。全員に一斉送信だ。
「砂時計がみつかった。
放課後、病院」
それだけのメールだった。
勤務先の学校ではいつも通り。通勤鞄の中では、砂時計がひっそりとハンカチにくるまれていた。
何時間経っても、返信は一件も来なかった。
生徒たちを見送って、同僚たちから見送られて、俺は眠りウサギの元へと向かった。
何十回も通った病室の前で息を吸って、吐いた。右手に砂時計を握り締めて。
戸を開けると、そこにはもう同級生たちが揃っていた。何人かはいないみたいだが、きっとメールが送られてくるだろう。
「待たせた」
それだけ言って、ベッドで眠る同級生の側へ行った。
本当に、待たせちまったな。
俺は彼の掌を開いて、上に砂時計を乗せた。下に砂が下がりきった砂時計。
俺たちがずっと探していた、七不思議の砂時計。
くるりと反転させる。
時間よ、動け。
時間よ、進め。
さらさらと、砂が落ち始めた。
俺は、眠る同級生の顔を覗きこむ。
ゆっくりと、ゆっくりと、彼の瞼が上がっていく。
「…おはよう」
「遅すぎだ」
俺たちの、長い長い夜は明けた。
空はオレンジに染まって、もうすぐ本当の夜がやってくる。そして、また朝がやってくるんだ。
今夜は誰もが夢を見ずにすむだろうか。
それとも、彼が見続けたような最期の夢を見るのだろうか。
眠るのが怖い。
夢が恐い。
夜が、暗闇がこわい。
そんなとき俺は思い出すんだろう。
「ながい夢だったよ。
こわい夢だった。
でも、目が覚めてみんなの顔が見れて、そんなの忘れちゃった」
眠りウサギがその後に言った言葉と、
笑う大切な仲間たちの顔を。
「おはよう、眠りウサギ」
さあ、これで俺の話は終わりだ。
おっと、大事なことを忘れてたぜ。
今回、俺たちは眠りウサギを助けたくて色々やったんだけどさ。
結局何もできないで終わっちまった。
誰が俺たちを助けてくれたんだろうな?そこを明らかにしておきたい。
あとちょっとだけ、俺の話に付き合ってくれな。
俺は、今回のことを通していくつか疑問が残ってる。
砂時計と眠りウサギの関係
代わってしまった七不思議「砂時計」の内容
建物の突然の倒壊
タヌキと河童と動物たち
大まかに言えばこの4つ。
順番にいくか。俺がわからないことは…他のやつが教えてくれるだろ。
まず、砂時計と眠りウサギの関係。
全ては眠りウサギが妙な夢を見始めたことから始まった。
人が亡くなる瞬間の夢だ。
いなくなる人は、最期に何を思うのか。そんな、夢。
詳しくは省くけど、俺が聞く限りあいつが見始めたのは小学生。もしかしたらそれより前かもしれない。
眠りウサギが大人になるにつれて見る夢も増えていった。
俺は、これはあいつが得た情報量の変化によるものだと思う。ニュースだとか経験、生きてきた中での出会い。そういうのがあいつの中で多くなったから、それに関連した夢をより見やすくなったんだと思う。
現に、最後らへんは俺たち同級生の夢を見ていたらしいから。
辛かっただろうな。仲のいい友人が死ぬ夢を見続けるなんてさ。
そして、とうとう自分が死ぬ夢を見始めた。これ以上近い「存在」はないだろう。次の夢はなかった。
あいつは倒れて病室で眠ってる間、ずっと自分が死ぬ夢を見ていたらしい。
さて。終わりははっきりしている。
でもさ、そもそもなんで眠りウサギだったんだ?
砂時計自体に関わったやつはもっといるはずだ。埋まっている間だったらもっと限定できる。
例えば、仮定の話なんだけど。
もし、この砂時計が「掘り出してもらいたい」ってSOSとして夢を見させていたのなら。
「砂時計の七不思議を使ったことのあるやつ」、「砂時計が池にあることを知っているやつ」、「地元出身の工事関係者」。そういうやつらに見させた方がすぐに掘り出してもらえないか?
夢に砂時計が出てくれば「砂時計に何かあった」、「砂時計の呪いだ」って思うと俺は思うんだけど。
うーん…
本当に仮定の話だからなあ。
「掘り出してもらいたい」イコール「時間を進めたい」って流れで俺は考えているんだけど、俺一人じゃまたわからん状態じゃねぇか。
きみ、たまに頭が固くなるときあるよね。
お、眠りウサギ。イヌ、もういいのか?
うん。さんぽもごはんも終わってぐっすりだよ。
きみが疑問に思っていること、眠りウサギことこの僕が答えてしんぜよう。
全部は無理かも知れないけどね。
お?言ってくれるな。怪奇オタク、なめんなよ?
じゃあ、改めて今回の話『砂時計』をまとめようか。
僕が見た夢の話と
俺が見た狸の話。
どこかで「わん」となく声が、風にのって聞こえてきた気がした。
僕たちの地元、桜ヶ原には昔から七不思議がある。
切り株、停留所、地下通路、地図、同窓会、そして、
砂時計。今回の、七不思議だ。
俺たちは小学校の同級生で、ある理由から七不思議を調査することにした。そして、さいごにはとっておきの話を持って集まろうと約束した。もちろんクラス全員参加だ。
この「集まる」っていうのが「同窓会」なんだ。
俺が担当している七不思議。
同じように分担を決めて七不思議を調査しようとした。
「砂時計」の担当は、こいつ。
僕、眠りウサギさ。
僕の担当する「砂時計」は三つ目の七不思議。この町のどこかにある池には砂時計が沈んでいる。砂時計の中の砂は落ちきっている。だから、池から出して逆さにして欲しい。時間を進めて欲しい。時間を進めてもらえたら、砂時計は「夢で未来を見ることができる」というお礼をしてくれるだろう。そんな内容が桜ヶ原にはずっと伝わっていた。
そう。伝わって「いた」んだ。
うん。
俺たちがまだ学生の頃。同級生みんなで七不思議を調べようと決めたとき。それはまだ変わらずにあったはずだった。だから、俺は眠りウサギに「砂時計」の七不思議を担当させた。
簡単な話だった。
そのはず、だったんだ。
うん。
僕もそう思っていた。
でも、実際はそうじゃなかった。
文献を読んで僕が辿り着いたのは、コンクリートで埋め立てられた池の姿。そして、その上に建てられたビル。
七不思議「砂時計」は見る影もなかった。
どうしてそうなっちまったんだ?
桜ヶ原は地元精神が強い土地だ。ここで育ったやつなら誰もが知ってる七不思議。それを壊すなんてこと絶対にしない。
昔からある七不思議の言い伝えの、更にはこの土地唯一と言ってもいい池が埋め立てられるなんてことあり得ないんだ。
答えは簡単。
池を含めたそこ一帯の土地所有者が替わったんだ。元々そこは一定周期で名義が変わる。それは、一定期間が経つと名義人になった人とその家族がなぜか亡くなるから。
何度も何度もそれを繰り返して、とうとうその血筋の人がいなくなった。だから全く無関係の、桜ヶ原の外の人が今回名義にあがっちゃった。
そいつらにとってこの土地は手に入ってラッキー。それっぽっちの価値しかない。
だから、簡単に埋め立てられた。
そう。僕も君も見た通り池は水が抜かれ、代わりにコンクリートを流し込まれた。
多分、その池にあるはずの砂時計ごとね。
その事実を知った後で、お前、眠りウサギは倒れた。
何ヵ月も眠り続け、変な夢を見続けた。
俺はこれを砂時計の呪いだと思った。砂時計が助けてくれと訴えているんだと。
さあ。まずはそこから話してもらおうか?
眠りウサギ。
もう、何か解っているんだろ?
では。
長い話となりますが?
もちろんそのつもりだ。
お前の七不思議『砂時計』、聴かせてもらおうか。
全ての始まりは僕たち同級生が七不思議を解明しようと約束したあの日。
よりも更に前。
僕が「眠りウサギ」と呼ばれるようになるきっかけとも言えるんだけど、僕は以前今回みたいに眠り続けることが一度あったんだ。
それは本当に偶然で、僕も君も、他の人たちも覚えていなかったこと。
今から30年近く前。僕が物心ついたかくらいの頃。
僕は池に落ちたことがあるんだ。
もう、父さんも母さんもいないから、証人はいないけどね。
そう。
それが、砂時計の沈むとされる今回のあの池。
僕が『砂時計』と関わったのは、今回が初めてじゃないんだ。
その時助けたのが、今僕の家にいるイヌ。
ははっ!当時の僕は本当に犬だと思って「犬だ!犬だ!」って喜んで、助けて家に置いた後も「犬」って呼び続けたんだよね。後で知ったんだけど、あれはタヌキ。近くの山に住んでたタヌキなんだよ。
でも、今さら呼び方を変えられなくて「イヌ」のまま。
でも、ま、それでいいんじゃないかな。
きみも大好きだろ?あのもふもふ。
ああ、ごめんごめん。
池に沈んだ砂時計の話だね。
あの時のことは本当に覚えていないんだ。なにせ、小さい頃の話だし、池からあがったあとしばらく入院生活だったみたいだし。
今回みたいにね。
ずーーーっと、眠ったまま。
池に落ちた時に砂時計を見つけたのか、眠っている間今回みたいに変な夢を見ていたのか。
そんなのもうわかんないよ。
でもね。僕が本当に小さい頃、池に落ちたのは確かだと思うんだ。
だってさ。家にその時助けたっていう「イヌ」がいるのが証拠だろう?
普通タヌキなんて家にいるはずないよ。
15年。
砂時計をひっくり返して15年。
七不思議と出会って15年。
七不思議がある土地の名義とされて15年。
この人たちみんなさ。
15年で亡くなっているんだ。
僕以外はね。
ここまで偶然に「15年」っていう時間が揃うことってあるのかな?
砂時計にはね。
それぞれに決まった時間があるんだ。砂が片方の空間からもう片方の空いた空間に流れ落ちるまでの時間。その時間は、形とか大きさによって違う。
3分のもの。5分のもの。30分のもの。1時間のもの。
造りによって違うんだって。
僕、おもうんだ。
この七不思議の砂時計ってさ。
「15年」の砂時計なんじゃないかって。
15年で砂が下に落ちきる砂時計。
うぅーん、単なる想像なんだけどね。
15年間同じ人の名前で池が保持されるでしょ?なら、砂時計も動かされないはず。砂が下に落ち続けるんだ。
さらさらさらー
ってね。
で、15年で上半分には何も残らない。
上半分が空になった砂時計。
池の名義が代わる。池を、まもる人が代わる。
くるん
砂時計はひっくり返されて、また15年分の砂が下に落ち始める。
え?変だって?
以前の七不思議は、砂時計をひっくり返すから、砂時計に感謝されて未来予知を与えられる。そういうものだったはずだって?
それって、本当にひっくり返したの?
本当に感謝されたの?
誰もそうだとは言えないよね。
本当にその人たち、「いいこと」を教えてもらったの?
事実だけを言えば、その人たちは15年以内で亡くなってる。それが予知されたことかは分かんないけどね。結局、その未来予知の夢って見た本人にしか分かんないんだよ。
僕が今回見てきた夢たちみたいにね。
夢は映画じゃないんだ。フィルムという記録が残っているわけじゃない。同じ夢を見ることはできないし、正確に他の人へ内容を伝えることもできないよ。
なによりね。
夢には「視点」というものがある。
見た人にとってはGood Endかもしれないけど、示すことはBad Endなのかもしれない。
最終的な彼らの結末は、どれも死を辿るものだ。
僕はこう思う。
以前の七不思議「砂時計」は砂時計に触れた者の死を予告するものだ、ってね。
だから、砂時計が池の中でどうなっていたのかわからない。
そうでしょ?
だって、きみが僕の為に探してきてくれた砂時計、どこから見つかったんだっけ?コンクリートの中からだよね。
砂時計は想像もできない状態で見つかった。水中でどうなっていたのかわからないんだよ。
この「砂時計」っていう七不思議は、その名の通りあの砂時計がキーポイントなんだ。
そう、それでね。
もう一つ思うんだけど、砂時計の中の砂。あれって
ここから先はまだ早い。
だって、これは七不思議の三つ目なんだから。
長いなー。でも、そのすっごく長い間、私たちはすぐ傍にあった七不思議に気がつかなかったんだよね。
でも、今さら真実を知ったとこで私たちの中の何かが変わるってわけじゃないと思うよ。
私たちはずっと同級生で、ずっとずっと友だちなんだから。
これからもそうだったんだからさ、信じてよ。
それに、私たちにはそれを証明できる手段がある!
そう! この同窓会こそが
♪ちゃら~ん♪
あ、時間が押してるようで。
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