出席番号17番ちゃんの話
いくつもの停留所をバスは通過していく。
がたん、ごとん。心地好い振動と一緒にバスは道を走っていく。
友だちっていいよね。何でも言い合える友だち。何でも解り合える友だち。
私は本当に最高の友だちに出会えたと思うよ。同級生っていう、友だち。
だがしかし。女の子としてはもう一歩。
同級生どもよ。おまへらは私をどこぞの珍獣と勘違いしてはおらぬか?
なにその扱い! 小学生の頃から女子として扱ってないよね! 特にそこの男子! 給食のおかわり競争に毎回巻き込むな!
呼ばれなくても参戦するけど!
げほっ…
むせた…
とーにーかーくー。
こんなでも私は女の子。
お洒落をしたいし、お化粧もしたいし、甘いお菓子だってだーい好き。もちろん、コイバナだって興味ありますわよ?
だって、私は女の子。いくつになってもキュートなレディに見られたいの。
特に、好きな人には、ね。
「まもなくー
廃病院ー
廃病院ー
当院は移動しましたー」
お忘れ物、ございませんか?
好きな人の真似をしてみる。そういうちょっと恥ずかしい遊び。
~『ラブ・レター』~
ちょっと、みんな聞いてー。
私にはね、とっても大好きで素敵な親友がいるの。ちょっと変わってるかもしれないけど、そこも含めて大切な親友。
さてさて、これはそんな親友とのある体験談ですな。
ある日、あるホラー動画を観た。
山田さんという人が廃病院に行き、残されていないはずの電話が残っていて、それが急に鳴り出す。止まったけど、山田さんは電話をかけ直す。「移動しました」という案内が入る。そりゃそうだよねー、で終わると思ったら目の前のガラスにいないはずの女性が写る。
というもの。
私と友人はその廃病院に行ってみた。
友人っていうのは、最初に言った親友のこと。親友親友って軽く言ってると、何となくその価値も下がりそうな気がするから、友人って言うね。
その動画の病院が本当にそこなのかは断言できなかったけれど、地元でも同じような噂は聞いていた。
ただ、私の聞いていた噂はもう少し詳しかった。
ある看護婦と医師が付き合っていた。
彼女は嫉妬深い性格で、医師は見目が良かったため頻繁に他の看護婦と噂になった。
遂には彼女は彼と心中しようとした。
という話だった。
実際に心中事件はあって、それがどうなったのかは知らない。
止めておけばいいものを、私と友人は好奇心に負けて廃病院へ向かった。
まだ病院がやっていた頃には、何度も利用したこともあるその病院。そんな場所に夜中忍び込むなんて…
なんてドキドキワクワクするの!
私たちはホラーや絶叫系等のスリルがあるものが好きという共通の趣味を持っていた。
一緒にDVDを借り漁り、互いの部屋に泊まって、朝方まで興奮と震えが止まないまま手を繋いでテレビに釘付けになることなど数えきれないほど経験した。
私たちは、とても仲のよい親友だった。
出会いなんて覚えていないけれど。何でも話せる互いに唯一の人。
それが、私たちの共通の認識だった。
そんな私たちが近場に「おもしろそう」な穴場があると知った。これは行くしかない。
時刻はもう既に夜10時を過ぎていた。辺りはもう真っ暗だったけど、病院が近いということ、そしてふたり一緒だったことが背中を押してすぐさま向かうことにした。
病院に着くと外も中も真っ暗だった。
他にもそこへ行った人がいるのだろう、入り口の鍵は壊れ門は風にガタガタと揺れていた。
私たちは懐中電灯の光を頼りに「キャー、こわーい!」などとふざけながら動画が撮影されたであろう部屋へ向かった。
そして、その部屋へ着いた。
動画と同じように、部屋の中には電話があった。
私たちは自然に手を握りあっていた。
「ここ、よね?」
「うん、電話だけあるし、多分そうよ」
心臓がバクバクいっていた。
私の手が、ぎゅっと強く握られた。
私も強く握り返した。
そのとき。
電話が鳴り出した。
動画では、鳴った電話は取られなかった。
かけ直していたんだ。
じゃあ、私は。
「私、出るよ」
「え」
友人の手を引っ張って、空いている方の手を電話に伸ばす。
「やめなって!動画見たでしょ?!」
それでも、私は…
「男は度胸!女も度胸!」
がちゃ
「も、もすもす?」
電話をとった私の第一声は噛んだ。
あの動画のように。
「―」
「も、もしもし?」
「―」
「切りまーす」
がちゃ
電話の先は無音だった。本当になんにも聞こえなかった。
変な声や音が聞こえるよりも遥かにいいと思い、私はそのまま受話器を置いた。
置いた瞬間、するりと手に誰かが触れた気がしたが、気のせいだと思い込むことにした。
私は友人を見て
「ナニモキコエナカッタヨ。カエロー」
片言で言った。
内心、ものすごくビビっていたのだ。
「はは、ほらね」
友人も苦笑いをしながら返事をした。
そして、私たちは何事もなく帰路についたのである。
このとき、私は気づかなければいけなかった。
友人の手に、電話が置かれていた机の上に乗っていた万年筆が握られていたことに。
あの肝試しから数日が経った。
私は今日も何事もなく会社へ出社する。
昼休憩の時間、お茶を啜りながらメールを開くと友人から連絡が入っていた。
(どうかした?)
(今日、アタシの家来れる?)
(うん、だいじょーぶ)
(ちょっと見てもらいたいのがあるんだけど)
(おk。終わったら行くね)
「見てもらいたいのかぁ」
なんだろ?
湯飲みを洗いに席を立つ私の耳に、あるニュースが流れるのは届かなかった。
その日の終業後、私は慣れた足で友人の家へ行った。
家に着いてチャイムを鳴らすと、友人は疲れた顔で迎えてくれた。
友人と会うのは肝試し以来だ。
「お疲れ。上がって」
「うん、」
ソファで寛いでいると、友人がコーヒーを持ってきてくれた。私の大好きなミルクと砂糖たっぷりのお気に入り。何も言わなくてもスッと出してくれる位、私たちは親しい時間を過ごしてきた。
「ありがと。あつっ」
「貴女、いつもそれよねー」
「何回やっても学ばないんでー」
「ふふっ、はいはい」
ああ、よかった。笑ってくれた。
疲れてそんな顔してるあなたなんてらしくないわ。
「で、メールで言ってたのって?」
「うん、これ」
友人がテーブルの上に置いた物は、見たことがない万年筆だった。
「?これ、あなたの?見たことないけど」
友人が好むような物でもなかったと思う。
「この前、動画の病院行ったでしょ?電話が鳴ったあの」
「うん。それが?何もなかったよね?」
「あの後あったのよ」
友人は話始めた。
あの病院で、私が鳴るはずのない電話に出ている時、友人は同じ机に置かれたメモ書きと万年筆を見つけた。
きっとこれが動画に出ていたメモだ。
あの日二人で観た動画は、同じように電話が鳴った後出なかった。その代わり、机に残っていたメモの番号にかけ直したのだ。
そしてその後、ガラスに看護婦の姿が写る。
おそらく、噂の看護婦じゃないかと思う。
実は、二人が入った部屋の扉には「立入禁止」のテープが貼られていた。
何か事件があったということだ。あの病院で起こった事件と言えば、看護婦と医師の心中事件。
動画の看護婦はその看護婦で確定だろう。
で、私が電話に出ている間見つけたメモの横に置かれた万年筆を手にとって見ていたらしい。
そして、思わず。本当に思わずそれを持ってきてしまったのだと言う。
その万年筆が、今テーブルの上に置かれているそれ。
私を呼んだのは、一緒に万年筆を病院のあの部屋へ戻しについてきて欲しいのだという。
「行くけど、何で急に?」
「あのね、これ」
そして、次にテーブルに置かれた物に私は言葉を失った。
ばさりと音を立てて置かれた物は、大量の手紙であった。
「うわなにこれ」
「手紙」
「いや、見ればわかるけど」
「病院から帰ってきてから届くようになったのよ」
「はい?!全部?」
「全部よ。しかも、中身がマジヤバ」
中身?
1枚を手に取って広げて見ると、頭に1つの単語が浮かんだ。
ストーカーだー!!!
私が見た手紙にはこう書いてあった。
『一目見てあなたの可愛らしい笑顔に惹かれた』
更に次の手紙。
『細く美しい指をお持ちだ』
更に次。
『綺麗な目をしている』
次。
『よく手入れされた髪と爪だ』
つぎ
『ピアスはよくない』
つ
『バランスの取れた体型だが、もう少し筋肉を減らそう』
…
『その日焼け止めは肌に合っていない』
私の顔は既にチベットスナギツネと化していた。
「…よくモテてるね」
「違うわ。これ、おかしいのよ」
「えっとー…何が?」
私はもう考えることを諦めていた。
「まずわね、手紙の封筒見てみて。全部同じだから1枚だけでいいわよ?」
私は見た。
見たことがある住所だった。そして、差出人。
消印は
なかった。
「…これ、おかしいね」
「そうでしょ?」
書かれた住所は病院のある場所だった。それも、あの廃病院のものである。
そして、差出人は男性の名前。
「アタシね。あの後この手紙が来るようになって事件のこと調べてみたのよ。そしたら」
心中事件の看護婦と医師は死亡している。
医師の名前は
「この差出人、その医師の名前と同じなのよ」
偶然?
「それに気持ち悪いわ。男からこんな手紙来るなんて」
アタシ、男なのに。
そうだ。私の友人は見た目ガッツリムキムキ男性だ。
言葉づかいや雑貨とかの好みだけは女の子だけど、れっきとした男性。オネエっていうの?
詳しいことは知らないし、全く気にしていない。だって、大事なのは「彼」が私の大切な友人だってこと。
とにかく、男性が男性に対して「可愛らしい笑顔」「細く美しい指」とか言うだろうか?
それに、なんかやけに体について褒めてるみたい。
ようは、キモい。
「内容がこれだから」
かたん
郵便口から音がした。
「今、郵便が」
「まって」
彼が私の手を強く握った。
手が、震えていた。
「あの病院から帰ってきてから、ずっと届くのよ。こんな手紙が。今みたいに」
かたん
また、郵便口から音がした。
「気持ち悪いわ」
そうだ。気持ち悪い。
「止めないといけないよ」
テーブルの上の万年筆を見る。
万年筆には、手紙の差出人と同じ名前が刻まれていた。
きっかけは、きっとこの万年筆。
「返したいんでしょ?これ」
私は笑って、彼の大きな手を握った。
答えはわかっていたのよ。
万年筆を元の所へ返せばこの手紙は止まるんだって。
一応、そのとき郵便口に入れられた手紙を廃病院へ向かう車の中で開いてみた。
すぐ閉じた。
他の手紙と一緒にコンビニの白い袋に詰めた。
帰りにでも、コンビニに寄って捨ててこよう。うん。
その手紙には
『あなたの体はとても魅力的だ』
『だから、僕の万年筆を返して』
と書かれていた。
万年筆を返してと言うだけなのに、こんなストーカー染みた「ラブレター」を大量に送りつけやがって。
廃病院に着いて、部屋へ行って。あの時と変わらない机の上に私たちは万年筆を置いた。
電話が鳴らないうちに病院を出た。
手紙がぎっしり詰まった白い袋は、角のコンビニのゴミ箱へ入れてきた。
すまん、コンビニ店員くん。
私たちは彼の家へ戻り、いつものようにひとつの同じ部屋で眠りについた。
郵便口からは、もう新たな手紙が届く音は聞こえなかった。
今回の「ラブレター事件」が相当堪えた私たちは、しばらく軽い気持ちでホラーを観たり肝試しをしなくなった。
廃病院へ行っちゃだめ。
廃病院で鳴った電話に出ちゃだめ。
更に、その電話にかけ直しちゃだめ。
更に更に、電話の近くの万年筆なんて持ってきちゃだめ。
後日、私は知り合いのストーカー相談を受けた。
不気味な手紙が来るんだって。どこかで聞いた話だと思って手紙を開いたら、彼に送られて来たラブレターとほぼ同じ内容。
お嬢さんや。どこかの病院に肝試しに行きはしませんでしたかい?
チベットスナギツネは知り合いである彼女に尋ねた。
はぁ?行ったけど…?
そこで万年筆とか、拾ってきませんでしたかい?
拾ったかもだけど、それが何?
私は自分たちに起こった「ラブレター事件」を彼女に話した。
話したけど。
「はぁ?そんなことあるわけないじゃん。
相談して損した」
彼女は私を信じなかった。
多分、万年筆はあるべき所に戻らなかったんだろうね。
それから1週間もしない内に、彼女は行方不明になった。
そして、発見された。
見るも無惨なバラバラな形で。
鼻の形が可愛かった彼女。
鼻がなかった。
長い髪が綺麗で自慢だった。
バサバサに切られ、ショートになっていた。
足がすらりと伸びていた。
片足なかった。
彼氏に指輪を貰ったと幸せそうに話していた。
指ごと指輪はなくなった。
ヘビースモーカーであった彼女。
肺がズタズタに切り裂かれていた。
妊娠したと最近報告をされた。
…赤ちゃん…
私はあの気持ち悪い「ラブレター」に込められた意味に気づいた。
万年筆を返して欲しい。結局最後はそうなのかもしれない。
でも、私がずっと感じていた得体の知れない気持ち悪さ。
この「ラブレター」を送った医師の「ラブ」は、「体の部位」に対して。
心中事件の医師は、外科医だった。
知り合いの彼女は、手紙で指摘された部分を持っていかれ、気にくわない部分は潰された。
「あなたは素敵だ」の言葉の裏には、「あなたの身体は物体として素敵だ」という闇が潜んでいた。
可哀想に、こんなことになるなんて。
彼女の葬式に参列して私は涙を流す。
「私のこともっと信じてくれてたら」
こんなことにはならなかったのかもしれない。
「ダメよ。あの子は貴女を信頼してなかったもの」
アタシみたいに手を伸ばすことも、繋ぐこともしなかったわ。
私の隣には、彼が手を握って一緒に立ってくれている。
貴方を守れてよかった。
貴女を信じてよかった。
貴方が隣にいてくれてよかった。
貴女がアタシを見てくれてよかった。
あなたがあなたでいてくれてよかった。
私は。
言葉で言わないような想いを手紙に乗せて送ることは絶対にしたくない。
伝えたい相手は隣にいるんだもん。
手を握って、顔を見て、しっかり目を見て。
本当のあなたを見つめて。
心からの想いを声に乗せて、直接あなたに送りたいの。
私と彼はとても仲のよい親友よ。
互いの指に違う愛を込めたリングがはめられても、きっとそれは変わらない。
歪むことのないその愛は、他の人には理解されないものかもしれない。
それでも、私たちはずっとずっと手を繋いで歩いていくの。
こんな風に信じ合える友だちっていいよね。女の子でも、男の子でも。
私はさ。この地元の桜ヶ原から出たことがないんだよね。
ここで産まれて、育って、戻ってくる。みんなだってそうだったでしょ。桜ヶ原で育って、外の世界を見て、そしてまたここに帰ってきた。
でも、私はずっとここにいた。
実家が土砂で埋まって、円の中に入ってからは本当にずっとずっと桜ヶ原にいる。ここしか知らないの。
大学なんて行ってないよ。近場の高校を卒業して、すぐに就職。駅の近くの小さなカフェ。そこで使ってもらえたんだ。
修学旅行? 当日熱を出して休んじゃった。遠くへ行く遠足もそうだよ。
私の体も、心も。ずっとずっと桜ヶ原にある。
友だちがいなかったわけじゃないよ。みんなだっていたんだし。
でもさ。今だから言うけど、ほんの少しだけ淋しかったかな。
外へ出ていくみんなの背中を見るの、実は嫌だったりして。
そんな私の傍にずっといてくれたのは、両親でも親戚でも、同級生でも先輩でも後輩でもなくってさ。
おんなじように桜ヶ原から出れない、バスの運転手さん。
あの人が私の傍にいてくれたんだ。
傍じゃなくって隣にいたいって思い始めたのは、いつ頃のことだったかな。
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