参考資料②

(個人情報保護のため一部表記を変えさせていただきます)



八巻泰三著「犯罪者はその時なにを思ったのか」

(竹房出版、2009年1月28日初刊)より

 第二章四節「異形の警備員」




 部屋に入ってきた彼をみて、私はかける言葉を失ってしまった。今まで幾度となく様々な容貌の人物を相手にしてきたが、今回ばかりはそれと一線を画する迫力があった。


 Fビルの警備員を勤めて今年で十五年目となるA氏は、重度な顎変形症とハンセン病を患っていた。おかげで顔の構造はめちゃくちゃ。垣本が化け物と表現するのも無理はない。


「この顔のおかげで、かつてここにあった人体実験場の亡霊だと間違われてね、盗人の間では恐れられていますよ。父がブラジル移民の二世で母が白人だから、外国人の亡霊なんて噂まで立てられちゃって。リアリティを高めるために、警察には僕の存在は犯人たちに言わないようにお願いしています。まあ警備員としては奴らがやってこないに越したことはないんですがね」


 そう言いながら彼は笑顔で語った。


(中略)


 しかし私が聞きたいのは彼の生い立ちや苦労ではない。今回の垣本の検挙にあたっていくつか気になる証言が出てきていたのだ。


 ——犯人を逮捕するとき、どのようにして逮捕しましたか?


 そう尋ねるとA氏の態度は一変した。


「いや、どうやったかなあ。無我夢中だったから覚えてないよ」


 と、これまで一言一句間違えなかった彼が言葉を濁し始めたのだ。


 ——逮捕された者の中にはあなたに執拗に追いかけまわされたと証言してる方もいらっしゃいます。その点についてはどうですか?


「いや、ンフフフ、そりゃ犯人を追いかけますから、ンフフフ、犯人にとっては亡霊に追われているように、ンフフフ、錯覚するのかも、ンフフフ、しれません」


 ——では、犯人がトイレに立て篭もった際にドアを勢いよくノックしたり、頭をぶつけたりなどして脅したという証言に関してはいかがですか?


「きみ! さっきから聞いてたら失礼だな! そうですね、ンフフフ、何かの聞き間違いじゃないですか? 私は人が恐怖のあまり泣き叫ぶ様子が大好きなんだよ、それの何が悪い! 


 ダメよ、ダメよ、千鶴くん。ンフフフ、相手はお客様なんだから丁重に扱わないと。奴らは罪を犯している人間だぞ。彼らがどんな目に遭おうとも自業自得じゃないか。


 そんな開き直ってはダメよ、ンフフフ、これは取材なのよ、キーガラガラ。下手にボロを見せたら、ビービー、あたしの評判が、が、が、が、ガガガあがががアガガガガアガがが」


 そこまで言って彼は私に襲いかかってきたので取材は中断となった。警備員の仲間に取り押さえられたA氏は病院で検査を受けたところ自律神経失調症の可能性があるとのことだった。


 幾多の病に犯されようとも、彼には強く生きてほしい。そう切に願わずにはいられない。(一部抜粋)

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