参考資料①

(個人情報保護のため一部表記を変えさせていただきます)




T新聞(2003年9月28日付)

 「遭難事故の真実 サークル会長『ご迷惑をおかけしました』」




 今年八月に男子大学生がS山にて遭難した事件は記憶に新しい。遭難した学生は警察・消防、総勢五百人を動員した大規模捜索の末、二日後に山中の森にて発見された。命に別状はなく、一週間ほど入院して彼は退院したという。しかし、警察の調べに対して彼は奇妙な証言を残している。


「首のない女の幽霊に追われた」


 男性が遭難した付近には国道同士をつなぐL吊り橋という怪奇マニアには名の知れた橋がある。そこで男性は先輩らと肝試しにいき、そこで幽霊を見て逃げ出し、遭難したと証言していることがわかった。警察はおそらく彼は同行者を幽霊と誤認してパニック状態に陥ったのだろうと解釈し、捜査は終了した。


 しかし、果たして本当にそれだけなのだろうか。いくら暗闇だからといって同伴者を首のない幽霊と見間違えるわけがない。しかもL吊り橋には昔から幽霊の噂が絶えないことで有名だ。もしかしたら本当に学生は幽霊を見たのかもしれない。本紙記者はことの真相を確かめるべく独自に取材を進めた。


 記者が聴取したのはサークルの責任者で事故当時、男性と一緒に肝試しに同行していたS氏である。すると彼の口から思わぬ内容が語られた。


「大変ご迷惑をおかけしました」


 S氏は記者と会うや否やそう言って平身低頭してきたのだ。詳しく聞いてみると、彼は仲間と共謀して男性に幽霊を見せていたのだという。


「俺は映画会社の小道具を作る仕事に就きたくて、その実績アピールのためにも何かリアルに見えるものを作る必要があったんです。それで思いついたのが首が落ちる女性の幽霊でした。首が落ちる仕組みは、衣服を着た首のない中身が空洞な人形の中に忍び込み、手で首を持ってタイミングよく落とすだけです。落ちた首は糸とつながっていて、引っ張ると笑うような仕掛けをしていました。


 それを実際に肝試しで使ってみたらどんな反応をするのか見てみたくてK君を利用しました。彼はサークルの中でも神経が図太かったので、彼を驚かせたらそれほど本物に近いことになります。雰囲気を出すために俺が幽霊を見たと嘘をついたり、吊り橋の両側から車のライトを交互に当てたりしました。ですが、まさかあんなことになるなんて……」


 そこからS氏は泣き始めて取材を続けられるような状態ではなくなってしまった。


 以上のことから、今回の遭難事故は被害者が本物の幽霊を見たわけではなく、サークル内でのやりすぎたドッキリの末に起きた不運な事故であった。大学に取材してみたところ、男性が所属していたサークルは今月いっぱいで解散するとのことだった。


 一人の軽はずみな行動が思わぬ結果を招くことは昔から往々にしてあることだ。記者としては本当に幽霊がいるのかもしれないと期待していたのだが、それ以上に教訓となる取材ができたと思う。もしかしたら、幽霊は自分たちの心に潜んでいるのかもしれない。

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