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——我が家の小遣いは他の子に比べて少なかったものですから、コンビニなどからお金を盗んできたそうです。そして、人や動物に関しては脳の時間だけを指定して止めれば体を自由に使えることも判明したと言っていました。


 息子はそれ以上のことは言っていませんでしたが、私には彼が何をしたか分かりました。もしかしたら不良グループと関係を持ったのはそういうところからかもしれません。


 そんなある時、彼は周囲の時間を停めてコンビニで毎週読んでいる少年誌を万引きしようとしました。懐中時計のノブをひっぱり、少年誌を手にとってそのまま出口に向かおうとした時、何か視線を感じて晴久はその方向をみました。すると外国人店員が晴久のことをじっと見つめているのです。そんなまさか、偶然重なっただけだろうと彼は思い、出口に一歩踏み出そうと足を前に出しました。


 そしたらなんと、外国人店員が険しい面持ちでゆっくり首を横に振ったのです。やばい、時間が止まっていない。そう思った晴久はすぐに頭を深々と下げて少年誌を雑誌コーナーに戻すとそそくさと店をあとにしました。


 そこから懐中時計は時々言うことを聞かなくなりました。時間を停めたつもりでも停まっていなかったり、早送りしたかと思うと、逆戻りしていたり。最初は十回に一回だったのが五回に一回、次第に二回に一回起こるようになりました。


 もしかしたら使いすぎたのかもしれない。少し休ませよう、と彼は考えました。ですが最後に一度だけ使いたいと思い——私にはその目的がなんとなくわかっていましたが——、一回だけ使用したそうです。すると、時計の針達は急に左回りに回転し始めました。最初は秒針が。次第に分針、時針、と続き、日、月、年針まで進むようになりました。


 おいおい、待て待て。止まれって、止まれって!


 息子は慌ててノブを回しました。しかし、針たちはどんどん速度を上げて回転しだします。やがて、彼の身の回りに不思議なことが起き始めました。その時、息子は教室にいたのですが、教室にいる人たちが次々と入れ替わり、校舎もどんどん新しくなりました。


 埃も消えて、シミも消えて、もう間も無く完成直後の校舎になろうという時、晴久の体を浮遊感が襲いました。下を見てみると、彼は校舎の床から浮いており、姿勢を保つこともできないまま、どんどん上昇しました。


 やがて周囲の景色の移り変わりも分からなくなり、自分が今どれくらいの高さにいるのか分からないまま浮遊を続けること幾星霜。いや、時間の概念なんてないのですから、本当は一瞬なのかもしれません。息子は突如、固い地面に転がるようにして放り出されました。


 それは苔が生い茂っるジメジメとした土でした。明らかに学校周辺のものではありません。次に耳に入ってきたのは男たちの雄叫びでした。それは数千数万にも達して龍が咆哮しているようにも聞こえたそうです。


 一体ここはどこだろう、いや何時だろう。晴久は辺りを見回しますが見慣れない荒涼と近くに川があるだけでした。やがて、先ほどの雄叫びと共に地鳴りのような足音が川を挟んだ両岸から聞こえてきたかと思うと、何千人もの人々が両岸からやってきました。皆、古代の甲冑を身につけ、中には金色の装飾をした鎧を身につけている人もいました。


 彼らはお互い川を挟み、しばし睨み合うと、大将のような服装をした男の雄叫びのような号令のもと、衝突し始めました。剣を抜き、互いの体を斬り合う。晴久の目の前は一瞬で血塗れに成り果て、目や鼻や耳がそこら中を飛び交いました。金色の甲冑を身に纏った男も間も無くして肉塊の一つになったそうです。


「Iste aut novus est quod guy. Fortasse enim secretum telum Judaico exercitu! Deinde, ego te hic collo illo stillabunt!」


 喧騒の中、隣から一際大きな声が聞こえて晴久は振り向きました。すると、そこには彼の倍くらいはあるがたいの男が大剣を振りかざして今にも斬りかかろうとしていたのです。状況の理解すら追いつかず、ただ分かったのは自分はこれから彼に殺されるのだろうということだけでした。


 もう避ける隙は残っていませんでした。彼が覚悟を決めて痛みを受け入れようとしたその時、キンと剣を弾く音がして風が巻き起こりました。恐る恐る目を開けると、そこには晴久くらいの青年が左手の剣で大男の剣を防いでいたのです。彼はそのまま右手に持っていた拳銃のようなもので大男の体に数発弾丸のようなものを撃ち込みました。大男は吐血しながらずしんと巨体を地面に転がしました。


「It was a dangerous place. I'm glad to be in time」


 青年は訳の分からない言葉で息子に話しかけました。息子は何を言ってるのか分からず、また、次の瞬間にはさっきの大男と同じで襲ってくるかもしれないという恐怖から尻込みしていました。


 青年はおかしいな、と言わんばかりに首を傾げると今度は中国語のような言語で話し始めました。晴久は中国語は意味が分からずともイントネーションは知っていたので、その反応から青年は何か思い当たったのでしょう。ポンと手を叩くと、頭の中で作文するそぶりを見せてから言いました。


「これで、伝わるかい?」


 晴久は無言でうなずきました。


「ああ、よかった。格好からして2000年代だったから公用言語の英語を話してみたけど分からなくて焦ったよ。でも、日本語が理解できてよかった。それ以上マイナーな言語だとこっちも喋れないから困るところだった」

「き、君はいったい……」


 晴久は彼の姿を見て戸惑った声を上げました。彼はナイロン製のボディスーツを着ており、加えて右手にはジジと音がする半透明な剣、左手には拳銃を持っていたのです。


「僕はマーチャ。君と同じ『かの時計』の持ち主で『旅人たち』のサブリーダーだよ」

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