第三の幕間
第三の幕間「暗闇の中で」
ここで再び幕となります。お手洗いの際には十分にお気をつけください。
と、言いますのも先ほどから電気系統の調子が悪く、客電がつかない状態が続いております。
これでは今回の舞台のためにオーダーした六芒星の緞帳が見えなくて台無しです。残念極まりません。
ご来場の皆様の中で、もしお席を立たれる方がございましたら、足元にはじゅうぶん注意しながらお進みください。
かといって、客席にはあなたしかいないのですが……。
それでは、再開までしばしお待ちください。
⁉︎
突如、目の前を暗闇が覆い、ラップトップの灯だけが気味悪くあたりを照らした。周囲が真っ暗な中、目の前のLEDライトが直接目に入り、捜査一課長の岩波晋也は目を細めた。
「停電か?」
「そう見たいですね。様子を見てきましょうか」
捜査一課の紅一点、野津諒子が名乗りを上げた。男しかいないN県警捜査一課で唯一の女性捜査官である彼女は、周囲の視線をものともせず捜査に尽力していた。時には女性らしさで話者の気持ちを和ませ、時には見た目からは想像もつかない怒気で犯人を威嚇する。その両方を使い分ける彼女は、一課の刑事たちも一目置く存在になりつつあった。
「じゃあ、私も同伴しましょう。女性一人で暗闇を歩かせるのも悪いですから」
そう名乗りを上げたのは坂本だった。岩波は二人に頼むぞ、と短く伝えると、二人はそそくさと部屋をあとにした。
扉の閉まる音がして部屋は再び静寂に包まれる。いや、ラップトップからは「浅馬不審死事件」の事件発生当時の音声が再生されているから、静寂というわけではない。
ここまで五人が怖い話を順番に語ってきた。一つはひとけのない吊り橋で首と胴体が分かれた女性の霊を見た大学生の噺。二つ目は忍び込んだビルで、奇怪な現象に遭遇した盗人の噺。三つ目はアパートに住み着いた赤いワンピースを着た少女の霊とそこに住む女性の噺。四つ目は一夜を共にした時に性病にかかった男の噺。そして、五つ目はエネルギーを吸い取る霊に取り憑かれた男が謎の霊媒師の力を借りながら対峙する噺。
どれも繋がりがあるわけではない。だが、岩波の頭にいくつか疑問に思うことがあった。
「あれ、停電ですか?」
テープの中からアマチュアで怪談師をしている松倉の声がする。
「ちょっと俺、様子見てきますよ」
四つ目の噺をした国本大貴が言いながら立ち上がる音がした。
「なら、私もご一緒します。お手洗いも行きたくなりましたし……」
そう言ったのは、赤いワンピースを着た少女の怪異を話した一色麻理だった。
そうしてリビングの扉が開く音がし、二人が出て行ったのちに再び閉まった。この録音の中でも停電が起きているのか。しかも、その様子を見に男女一組が部屋を出た。岩波は先ほどからどうもテープの中で起きている出来事と捜査一課で起きている出来事がマッチしているように感じがして仕方なかった。
「な、なあ、小館。俺もちょっとトイレに行ってきていいか?」
試しに彼は今聴いている音声を見つけた鑑識の小館に尋ねた。
「こ、小館?」
しかし、ラップトップの前にいる若い鑑識は何も変化のない画面に釘付けのまま微動だにしない。本当に聞いているのか。岩波は彼の肩を揺さぶろうとしたその時、ラップトップから中年女性の声で、
「では、最後は私ですね」と聞こえた。声の主は宮坂陽子、この「浅馬不審死事件」の首謀者とされている人物だ。彼女が一体これから何を語るのか。岩波はこれが聞きたくてここまで我慢してきたのだ。変に自分の周囲で起こっていることと、テープの中で起こっていることが合っているからって、気にしすぎなのかもしれない。
岩波は小館に近づけた手をそっと離した。
「これを話すと、皆さん私のことを頭がおかしくなった人だと言うのですけど……」
宮坂は喉を使ったガラガラ声で静かに語り始めた。彼女の声質は凸凹の荒地のようなのに、聞いてみると滑らかな大理石の床のようで変な錯覚を起こしてしまう。そのせいだろうか、岩波は先ほどまでの心配事など忘れて、彼女の噺に聞き入るようになっていた。
さてさて、間も無く再開いたします。
席にはお戻りになられましたか?
お手洗いは大丈夫ですか?
化粧は?
悲鳴をあげる準備は?
目を瞑ることは簡単ですが、耳を塞ぐには手が必要です。手はしっかりございますか?
暗闇の中で忘れないようご注意ください。
それでは、緞帳が上がりまして暗闇の中、物語は始まります。
ああ、ご安心ください。先ほど電力が回復いたしまして、舞台の照明は使えるようになりましたから、何が起きているのか包み隠さず見ることができますよ。
では、引き続き舞台をお楽しみください。
さあ、語りましょ、語りましょう、六つの噺を語りましょ
一つに、二つ、三つに、四つ、
五つときたら、
残るは六つ目。
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