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大学に入った頃のダリは運動ができるサークルに入りたいと考えていました。自身の身体を改善するためにも、運動して筋肉をつけるのが一番だと考えたのです。そこで「高校時代に運動部でなくても大歓迎」というキャッチフレーズをしたマラソンサークルに入ることにしました。
幸運にも、サークルの先輩や同期もとても良い方たちで、ダリの身体を強化するために様々な練習メニューが組まれました。まず、朝起きたら一限が始まるまでジムで筋トレ、授業の合間には走り込みを行い、放課後には日が沈むまで公道を走り続けました。もちろん週二回の休日もあったのですが、疲れを取るのに使ってしまい、実質、彼の生活はトレーニングを中心に周っていました。
おかげで持久力はかなりついて、三年になる頃にはサークルでもトップレベルの速さになり、陸上部からも一目置かれる存在になりました。しかし、とうの体型はまったく改善せずガリガリのまま。相変わらず肋骨は全部浮き出て、骸骨に皮を被せたような見た目をしていました。ただ唯一、変化があったとすれば、日頃のトレーニングのおかげで筋肉が少し見えるようになったかな、なんて具合でしょう。
こればっかしは周囲も諦めて話題にする人はいなくなりました。むしろ、その体型はマラソンにとって強みなんだと言い始め、ダリから痩せていることへのコンプレックスを取り除く方向へシフトしていきました。
そんなある日、霊感があるという同期のAさんからこう言われたんだそうです。
「本当は言うべきか迷ってたんだけど、ダリ、お前の後ろに頭のない口だけの幽霊が噛み付いているんだよ」
まさか、とダリも最初は信じていなかったそうです。けど、Aさんは彼が太らない原因はその幽霊がダリのエネルギーを吸い続けているからだ、と推測しました。その証拠に、生まれつき肩が凝りやすいでしょ、とも言われたのです。確かに、ダリは中学生のころから肩こりの持ち主でした。それもAさん曰く、その幽霊がダリの肩に乗っかっているからだと言うのです。
周囲はAさんの話をそこまで信用していなかったのですが、ダリ本人は少なからずとも不安を覚えていました。ここまで医学、スポーツ科学を駆使して自身の身体を改造しようとしてきましたが、目立った成果は上がりませんでした。ですがもし、万が一この世にエネルギーを吸い取る幽霊、または未知の文明があったとしたら、これまで自分が行ってきた努力が無駄に終わるのも頷けたのでした。
ダリはいよいよ不安になって一度だけ霊媒師に見てもらおうとAさんに協力を仰ぎました。すると、Aさんはある霊媒師を紹介してくれました。その名もイゼウシ。人によっては最近知った名前だと思います。
Aさんによると、そのイゼウシ家と言うのは代々霊媒師の家系らしく、Aさんの地元では土地神との会話を許された一族として有名だったそうです。Aさん自身も幼い頃から幽霊が見えることについて彼らのもとを尋ねて以来、良くしてもらっていました。少し胡散臭さも感じたそうなのですが、知り合いの紹介なら無料で会ってくれるというので、ひとまず会ってみることになりました。
Aさんの地元は山間部の村で、イゼウシ家はその村を見渡せる山の中腹にありました。座敷で待たされていると、出てきたのは巫女装束に身を包んだそれは美しい娘だったそうで、彼女が現イゼウシの当主であり霊媒師だと言うのです。
彼女は黒髪を腰まで伸ばし、雪のように白い肌、そして全てを見据えたような座った目をしていました。ダリはこの少女をはじめ見た時には何かのオカルト集団ではないかと不安に思ったものの、その目を見たことで、もしかしたら本物の霊媒師かもしれないと思ったそうです。
イゼウシさんは従者からダリのことを聞くと、こう尋ねました。
「もしかして、妹さんはおられましたか?」
そこでダリは核心を突かれたような心持ちになったそうです。そう、ダリには幼い頃、二つ下の妹がいました。しかし彼が五歳の頃、交通事故で妹は他界。思えば彼が痩せ始めたのはその頃だったのです。それをイゼウシさんに伝えると、
「ああ、やはりそうでしたか」と言って、しばらく間を置くと、
「おそらく、あなたに憑いているのは二口女の亜種でしょう」と言いました。
どう言うことかと尋ねてみると、二口女という顔の表面とは別に後頭部にも口がある妖怪がいるそうなのです。かつては実体を持った怪異として悪戯をしていたそうなのですが、やがて人々に退治されてしまいました。しかし、二口女は霊体として生まれ変わり、誰かに取り憑いてはエネルギーを吸い取り生き延びていると言われていました。
「今回、二口女はあなたとあなたの妹、二人同時に取り憑いたのでしょう」とイゼウシさんは言いました。しかし、不運な事故で妹が他界。その際に二口女の口も一つ消えてしまったのです。
ですが、それでも二口女の体は残っていました。そもそも彼女が二口になったのは、人より多くの食物を摂取しなければならなかったからだそうです。なので、口は一つでも体は二口分のエネルギーを求めているため、ダリから二倍のエネルギーを吸い取っているのだ、とイゼウシさんは説明しました。
であれば、Aさんが見たというダリに取り憑いた霊も説明できます。後頭部の口がダリの肩に噛み付いているのですから、頭のない口だけの幽霊に見えるわけです。
彼女の説明にどこか納得したダリは、二口女の亜種を払うことはできないのか尋ねてみました。すると、少女は残念そうに首を横に振って、亜種となった怪異を払うことは宿主本人の命も危険に晒すためお勧めできないと前置きした上でこのような提案をしてきたのです。
「しかし、彼女の力を弱めることはできるかと思います。それでもよろしいですか?」
もちろん、これで自分の身体が改善できるのであれば嬉しいことはありません。かかるお金もそこまで高額ではなかったので、お試しということでダリは了承しました。
すると、イゼウシさんは二口女の状態をよく見たいと言い、ダリの手をとり彼の腕毛を撫でたり、首筋を優しく撫でました。彼女の手は冷たく、火照っていたダリの体温を程よく冷やしてくれました。この時、彼は本気でイゼウシさんのことを好きになりかけたと言います。
やがてイゼウシさんはダリから離れると、従者と一緒にいったん部屋を去りました。しばらくして戻ってくると、彼女はダリに紙で作られた小さな包みをいくつか渡しました。
「この中には二口女がエネルギーを吸い取る事を阻害する粉が入っています。効き目は一日ですので、朝起きたら飲むように心がけてください」
てっきり火でも焚いて祈祷をするのだと思っていたダリは、こんな簡単なことで良いのですか、と尋ねました。すると、少女はくすりと笑って、
「私たちは祈祷だとか儀式だとか、非科学的なことは致しません。論理に基づいて怪異を分析し、それに見合った解決策を提案するだけです」と言いました。その笑みはこの世の終焉を見てもなお、その滅びを受け入れるかのようで、ダリは彼女に底知れぬ「何か」を感じとったそうです。
そこから彼は、イゼウシさんの言う通り、粉を服用し続けました。するとどうでしょう、毎日筋トレを欠かさず行っていると、今までの苦労が嘘だったかのようにみるみる筋肉がつき始めたのです。
しかも、飯を食えば食うほどそれに見合って体重が増えていきます。ダリは、イゼウシさんの言う通り二口女の亜種が今まで自分のエネルギーを吸い取っていたんだと信じるようになりました。
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