第二の幕間
第二の幕間「幕の合間で」
幕の合間はだんまりで。
これは、どの舞台にも言えたことで、運営側が許可しない限り、観客は黙って最後まで幕を見続けなければなりません。
たとえ目を覆いたくなるような惨劇が起きても、耳を塞ぎたくなるような叫びが聞こえても、見続けなければなりません。
ですが、ですが、それでももし、見られなくなった、叫びたくなった場合は、どうぞ静かに席をお立ちになって、ホールを出てから声を上げて泣き喚いてください。
「も、もう限界です。こ、こんな悪魔の所業を聴き続けられない」
そう声を張り上げたのは、元組織対策犯罪課の勝田秀夫だった。彼はスキンヘッドの頭の先まで真っ青になると、そのまま閑散とした捜査一課の部屋を駆け出して、外に出てしまった。扉の奥からは、三十を過ぎた男性のうなり声が聞こえる。
「まったく、怖がりであれば無理に聞かずともよかったのに」
泣き喚く扉を見ながら捜査一課長の岩波は嘆息をついた。逃げていった勝田は、スキンヘッドに強面であることから、組織犯罪対策課から熱烈なラブコールを受けていた。しかし、彼は生まれながらにして小心者でもあった。なので、組対に一度は入ったものの、裏社会の人間とまともに張り合うことができず、一時期PTSDにもなっていたそうだ。
それでも、彼はかつて自分のことを守ってくれた警察官に憧れて強くなりたいと決意し、警察に戻ってきた。その意欲を買った岩波が彼を自身の側近に置くことにしたのである。おかげで正義感は人一倍持つようになったのだが、こういった心霊ものにはまだ慣れておらず、ご覧の有り様だ。
「しょうがないなぁ、俺ちょっと様子見てきますよ」
この中で一番の若手である羽生元が勝田を追うように捜査一課をあとにした。部屋は再び静寂に包まれ、聞こえてくるのはラップトップから再生される事件当夜の会話だけになった。
「いやぁ、素晴らしい。ここまで気迫のある語りだとは、恐れ入りました」
「い、いえ。みなみさんから、トラウマを克服するためにも自分自身でコントロールできるように、事細かに覚えとけと言われたので」
「そうですか、そうですか。麻理さんも私やみなみさんのように怪談師を目指したらどうです」
「い、いえ、滅相もない。私としてはこのまま中学校の一教員としていられればそれでいいです」
「あらまぁ、それは残念」
「あ、あの、私、ちょっとトイレに行ってきてもよろしいですか? 東さんも戻ってきていないことですし、少し様子を見てきます」
「ああ、頼むよ、水島くん」
「あっ、俺のビールも忘れずお願いします」
ここまでの会話で岩波はある疑問点が浮かび上がった。この段階でジャーナリストの東が戻ってきていない。確かに、一色麻理の話が始まる前に席を立ってから戻った気配がなかった。もしかしたらこの間に殺害されたのかもしれない。しかし、事件の当事者である宮坂はまだここにいるはずだ。一色麻理が話している最中に誰かが部屋から出た気配はない。では、いったい誰が?
しかし、彼が考察する余裕を与えることなく会話は進行していく。まるで鉄骨の吊り橋の下を流れる小川のように。暗闇の中で濁流のように聞こえる小川のせせらぎのごとくテープの中の会話は弾んでいく。
「あの、次の話、俺がしてもいいっすか?」
そう声をあげたのは被害者の中で一番の若手、国本大貴だった。彼は焼死体で発見されている。胃の内容物まで判明不能なほど焼き尽くされており、その様子は被害者の中でも一段と凄惨であった。
「なんか、意外とみんなガチの怪談持ってきていて、このままだと自分が最後の華を飾らなきゃならないんで」
「ええ、構わないですよ。では、彼の後に私が。そして最後はこの企画を提案してくださった宮坂さんで締めましょうか」
「ええ? 他の方を差し置いて、私なんかがしてもよろしいのですか?」
松倉裕樹に言われた宮坂陽子の反応はまんざらでもない様子だった。岩波はそこに何かを感じ取ろうとしていた。この事件は宮坂陽子によって引き起こされた無理心中である。彼女があえて自分が一番最後になるように仕向けているのではなかろうか。彼女の言い方からはそうも読み取ることがでできた。
周囲が賛同の空気に包まれると、国本は安心したように口を開いた。
「それじゃぁ、始めますね。別に、マリさんみたいにガチガチのホラーじゃないので、気を楽にして聞いてください」
大変お待たせいたしました。間も無く再開でございます。
本来ならば存在することはなかった幕間。ですが、それを体験できるのもライブならではありましょう。
この後も予想外のハプニングは起こるかと思いますが、それも込みで、どうか楽しんでいただければと思います。
さあ、語りましょ、語りましょう、六つの物語を語りましょ、
次に語るは、四つめの噺。
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