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 私はゾッと背筋が凍る思いがしてメッセージを送ってきたアカウントを確認しました。アカウント名は「怪談師・みなみ」。松倉さんなら知ってるでしょう。……ああ、やはりそうですか。彼はその界隈ではとても有名な怪談師で、自身も怪奇現象を何度も経験している方なのです。なぜ、この方が私が「つばめ荘」に住んでいることが分かったのか尋ねてみました。すると、


「いえ、以前そこの住人が殺されているんですよ。その人が赤いワンピースを身に付けていたというから、もしかしてと思ってね」と、返事が来たのです。


 私は鳥肌が立つ思いがしました。もしかしたら、この人は私の身に起こっていることについて何か助言をしてくれるのではないか。その週末に私はみなみさんと会う約束をとりつけました。


——みなみさんと会えたのですか? あの人、滅多に人前に姿を見せないのに……。


 そうみたいですね。本人も今回は特例だと言っていました。みなみさんは少し太った方で、ぱつんぱつんの黒Tシャツとシルクハットをかぶって私の前に現れました。彼は名刺を渡し、軽く自己紹介をするとパソコンを取り出して説明をはじめました。


「こちらを見てください」と言って出された画面には地図が広がっており、所々に紫色のマーカーが置かれています。これは事件・事故が起きた人と所以がある建物がリストアップされたサイトで、無論、「つばめ荘」にもマーカーが置かれていました。みなみさんはゆっくりとカーソルを「つばめ荘」のマーカーに持っていき、クリックします。すると、事細かにこの「つばめ荘」に関する事件・事故が表示されました。


「今から二年前、『つばめ荘』に住む女性が数十メートル離れた公園で刺殺体で発見されました。しかも、遺体は土に埋まっていたために、死後数週間で発見されたそうです。警察の調べによると、女性は家にいたところを何者かに襲われ、逃走するものの公園まで来たところで捕まり殺されてしまったそうです。


 犯人は女性の元交際相手だった男で、現在服役しています。このことから考えられるあの写真ですが、あなたの部屋にはその女性の霊が取り憑いていると思われます。おそらくトラブルもなく平穏に過ごしたあなたを羨ましく思い、同時に憎いと思ったのでしょう。あなたのツイートは一通り確認させていただきましたが、事態はかなり深刻かと思われます。すぐに霊媒師のもとへ行った方がいいと思いますが、どうでしょうか?」


「ちょっと、待ってください」


 私はそう言って、これまでの経緯でツイッターに書いていない内容を話しました。特に警察の件についてです。何者かが私の部屋に侵入した形跡があること。豚の血痕が付着していたということ。ですが、それらを話してもみなみさんは動じませんでした。それどころから恐ろしいことを口にしたのです。


「実は足跡を残す幽霊もいるんですよ。アメリカのカンザスあたりの話ですが、シングルマザーの女性とその子供が殺害される事件が発生したんです。現場からは裸足の足跡が見つかり、動線的にもその足跡の持ち主が彼女らを殺したことが間違いないと結論出ました。


 しかし、その足跡についてた指紋を分析してみると、何と数年前に亡くなった彼女の婚約者のものだったのです。このことから、我々怪談師は、幽霊の中には実態を持って顕現し、目的を果たしている者もいるのではないかと考えるようになりました」


 そんな、まさか、と私は一生懸命のぼった岩壁から突き落とされる気分になりました。


「な、何とか祓う方法はないのですか?」


「あなたのツイートを見ている限り、彼女の力は普通の幽霊よりも強烈なものだと予想できます。私の知り合いの霊媒師に聞いてみましたが、完全に祓うのは難しいだろうとのことでした。ですので、私としては『つばめ荘』から引っ越して、霊媒師にあなたに取り憑いた邪気を祓ってもらうのがいいと思います」


 私は彼の言う通りにするしかありませんでした。これ以上、怖い思いをしたくなかったし、引っ越すことで解決するなら楽だと思ったからです。すぐに次の住居を探し始めて、翌月には「つばめ荘」を後にしました。萩野さんとは離れ離れになってしまいましたが、今でも連絡は取り合っています。


 新しい住まいはみなみさんから教えてもらったサイトを参考に事故物件じゃない場所を選びました。そのおかげでしょうか、今では怪奇現象を見ることもありませんし、道中で赤いワンピースを着た少女を見ることもなくなりました。


 ですが、時々、私の後を尾けてくる気配は感じます。みなみさんの紹介してくれた霊媒師で邪気を祓ってもらっても、「つばめ荘」を離れても、です。


 これはあくまで私独自の予想で、みなみさんや他の人にも言ってないのですが、私の周辺にはがいたと思うのです。


 一人は「つばめ荘」に潜む赤いワンピースを着た少女、そしてもう一人はどこかで私自身に取り憑いた赤いワンピースを着た少女。


 もしかしたら、私は今もなお、もう一人の少女に苦しめられているのかもしれません。

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