第一の幕間
第一の幕間「ラップトップの前で」
ここで幕は一回下されます。
客席の灯りもぼんやり点いて、目の前には六芒星が刺繍された緞帳が見える。
これよりは幕間。只今より五分間の休憩を取らせていただきます。
用のないお客様はパンフレット後半にございます、関連資料などに目を通していただけると、より今宵の舞台を楽しめるかと思います。
では、幕が再び上がるまでしばしお待ちを。
N県警の捜査一課長、岩波は考え事をしていた。六人それぞれが別々の死に方で、円形状に配置された状態で見つかった「浅馬不審死事件」。その被害者たちが事件当夜に行なったとされる会話が録音されているのが見つかり、彼は部下数名とともに録音されていた内容を聞いていたのだ。その中で、岩波はあることに疑問を持っていた。
「なぁ、小舘」
岩波は音声を再生しているラップトップの前に座る鑑識の小舘に尋ねた。彼がこのレコーダーを発見した張本人である。
「ジャーナリストの東は本なんか出していただろうか」
そう、彼の疑問は捜査で調べた被害者の情報と、テープの中で繰り広げられている会話の内容に齟齬があったのだ。例えば、最初に語っていた水島は社内の間ではムードメーカーとして知られ、飲み会などでもよく盛り上げることに徹する男だったと聞いている。そんな彼が自身のことを「弱腰」と表現するのは引っかかった。
でも人間の内面は捉え方によって大きく変わってしまうもので、周囲からはお調子者と呼ばれていても、実は自身の弱みを見せたくない見栄っ張りだったのかもしれない。
しかし今回の東に関しては全く違う。「犯罪者はその時なにを思ったのか」という本を出版しているときた。東の近辺を調べた際、彼はジャーナリストと銘打ってはいるものの、事実上のフリーター状態で、ここ数年週刊誌に記事を載せておらず、ほぼアルバイトで生計を立てている状態だった。そんな彼が本を出しているという情報はないし、あったとしたら真っ先に岩波の元に上がってきているはずだ。
「い、いや、分かりませんね」小舘はラップトップの画面を見つめながら言った。
「私も初めて知りました。後で確認を取っておきましょう。もしかしたら彼がこの場で嘘をついてる可能性もありますし」
東の近辺調査を担当した坂本が言った。確かに、調べた限りの東の性格ならやりかねないな、と岩波は思った。彼は自尊心がとても高く、実質フリーター状態でも周囲にはジャーナリストだと
この東は、本当に「東」なのだろうか。
岩波が思考に耽っていた時、二児の父親でイクメン刑事と署内で評判の森島博文が手を挙げた。
「すみません。自分、トイレ行ってきます」
「おう、行ってこい」
小走りで部屋を後にする森島を岩波は目にもくれず空を見ていた。録音された音声も噺の後の感想戦が終わったところらしく、東が言葉を発していた。
「では、わたしはトイレに行かせていただきます。ついでにアルコールも補充して来ましょうかね」
「あっ、じゃあ俺のビールもいいスか?」
東が立ち上がる音と共に若い男が声をあげた。東は「はい、はい」と生返事しながらリビングを去る。正確にはリビングの扉が開く音からそう考えたまでだ。
一人の初老がいなくなった後も会話は続く。
「えっと、では次はどなたにしましょうか」
なぜか進行役をすることになった水島が周囲を窺う。
「でしたら、次は私でよろしいでしょうか」
声を上げたのはお淑やかな若い女性の声だった。その声が中学校教諭の一色であると岩波はすぐに分かった。彼女は胸部を執拗に何回も刺された状態で発見された。まるで昔年の恨みを晴らすかのような殺害方法だが、心神喪失となった宮坂であればそれくらいしても不思議はないだろう。
「一色さんですね、他にやりたい方はいないようですし、お願いします」
そこで会話はいっときの静寂を迎える。聞こえてくるのは周囲を取り囲んでいるであろう鈴虫の鳴き声。事件が起きたのは七月、この頃に鳴く鈴虫もかなり珍しいもの。これも地球温暖化のせいだろうか、岩波含む誰もが気に留めることはなかった。いや、あえて無視したのかもしれない。
間も無く再開、間も無く再開、あなた一人しかいないお客様、座席にお戻りください。パンフレットの内容はお気に召したでしょうか。
さあさあ、さあさあ、間も無く再開でございます。
客電も落ちて、舞台にはぼうと柔い灯が燈る。
どうぞ、ゆるりとお楽しみください。
さあ語りましょ、語りましょう、六つの噺を語りましょ、
一つと、二つ、
これより始まるは
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