二の噺「東駿介——Fビルの亡霊」

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 捜査資料:東駿介 五十八歳(男) 自称ジャーナリスト 死因:首を麻縄で締められたことによる窒息死




 では改めまして、ジャーナリストの東駿介と言います。こんな太々しい老人の見た目をしていますが、れっきとした大手出版社の記者でして、本も数冊出してるのですが、なにぶん小難しい内容ですので、読んだ人はいないでしょう。


 えー、ジャーナリストと言ってもたくさんの種類があります。芸能人のスキャンダルを追うもの、企業・政治の動向を追うもの、そしてわたしのように刑事事件を追うもの。


 中でもわたしは人一倍珍しい、犯罪者の心理というものを中心に取材しております。まぁ、学生時代に犯罪心理学を学んでいた所以なのでしょうな。おかげで数多くの服役囚と話をするのですが、これがなかなかに面白いもので、ついクセになってしまうのですよ。おかげで還暦間近の現在でも飯を食っていけております。


 さて、今回お話しいたしますのは、ある窃盗犯から聞いた世にも不思議な物語でございます。どうぞ、ゆるりと最後までお付き合いください。




 彼、ここでは垣本と呼びましょうか、垣本は生まれながらにしてコソ泥を働くような人間でした。家庭環境が悪く正義と悪の概念も曖昧なまま育った彼は生まれて初めてものを盗んだのは六歳の頃だったようで、それ以来、何か不満な事があると憂さ晴らしに盗みを働いていたそうです。


 それは中学に入っても止むことはありませんでした。しかし不思議なことに、彼の盗みが一度もバレたことはないそうです。それを垣本は次のように分析していました。


 もともと影が薄く、防犯カメラの死角を瞬時に見分けられるほど空間把握能力が高かった、と。加えて一度盗みを働いた店には少なくとも半年間は訪れなかったそうで、それも捜査が進まなかった所以ではないか、と鼻高々に話しておりました。


 そんな彼ですが、とても貧しい家で育ちましたので、高校に進学する金はありませんでした。もとより、垣本は小学生の頃から中学を出たら働けと言われていたので何の躊躇いもなく就職を選んだそうです。


 しかし、人付き合いの悪かった彼は職場に馴染む事ができず、日々ストレスを溜め込んでいきました。そして、それを発散するように盗みを繰り返す。そんなストレスを感じては盗みを働く、といった悪循環に陥っていました。


 もちろん、彼の理念に基づいた窃盗はバレることはありませんでした。それが垣本にとっては心地よかったらしく、バレるのか、バレないのかという、どこか安心したスリルを味わうようにまで精神が盗む事に汚染されてしまったそうです。やがて、彼の行為は小売店の商品から同僚の物に走り、しまいには彼らの財布から現金を盗み出すまでにエスカレートしました。


 そこまでやりますと、たとえ盗みに慣れていたとしても流石にバレてしまいます。なにぶん容疑者が絞られていますから、彼ら一人一人の同行に注視していれば犯人は自ずと垣本に決まりました。生憎、彼の勤めていた会社は広域指定暴力団の窓口会社で、ふざけた真似をしたとして彼は暴力団本部に連行され、若頭の前で首を切られそうになったそうです。


 ああ、もうここまでかと諦めた時でした。そこの若頭がなかなか温情のある人だったらしく、垣本のけじめを止めて、プロの盗人にならないかと誘って来たそうです。若頭の思惑としては彼の盗人として才能を見抜いて手中に収めたかったのでしょう。


 プロの盗人というのは皆さん聞き馴染みないかも知れませんが、簡単に言えば依頼通りのものを盗んできて、成功したらそれに見合う報酬が支払われる、というものです。映画の中でしか聞かないような職業が裏の世界には実際にあるのですよ。


 断れば死ぬしかなかった垣本は無論、プロの盗人になりました。それが彼にとっては天職だったらしく、次々と依頼を成功させ手柄を立てていきました。それは一般人のクレジットカードや免許証から、ある会社の機密情報が入ったUSBなど多岐に渡ったそうです。


 面会で彼は人の心以外は全て盗んだと豪語していましたよ。盗人になっても人付き合いが苦手なのは変わらなかったようです。


 おや、つい話が脱線してしまいましたね。本題に戻りましょう。依頼を次々と成功させた垣本は他の同業者からも一目置かれる存在になりました。たいていの盗人は生活には困らなくなると辞めてしまうのですが、垣本の場合は盗むことへのやりがい、快感というものに溺れて、次から次へと依頼をこなしていったそうです。


 そうしてプロの盗人として成功していた彼のもとにある依頼が舞い込みます。それは十年近く成功者のいなかった依頼で、一定の功績を修めたものにしか受理することのできない最高ランクの依頼でした。


 どういったものかというと、町田にある雑居ビル——ここではFビルとしましょうか——そこの最上階にある製薬会社の資料置き場に、揮発性の劇薬の製造方法が記された書類があるんだそうです。依頼というのはその書類を盗むというものでした。


 ですが、ただ書類を盗むだけであれば、他の依頼とさして変わりありません。問題はそのFビルに生き霊が住み着いているということでした。


 どうやら、そこは戦時中に在日外国人を使った新薬の実験場があったらしく、夜になるとその薬の影響で顔面が膨れた外国人の霊がうろついているともっぱらの噂でした。この依頼を受けた盗人の中には実際にその霊を見たものもいるらしく、それを伝え聞いた盗人たちは怖がって、長らく依頼を受理することはありませんでした。


 しかし、そこを稀代の盗人、垣本は受けようと思ったわけです。今まで誰もやったことのない偉業を達成したい、という欲が上回ったのでしょう。報酬も数億ほどだったと言いますが、生活に困っていなかった彼にとっては眼中になかったそうです。

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