第21話 禁書庫。

 薄暗い禁書庫内のさらに奥へと足を進める。

 足取りに迷いはなく、この場所へ向かうのが初めてではない事を表している。


 何重にも張られた結界に守られた書庫内の更に奥へ奥へと進むと、一見すると黒い壁に辿り着く。

 これは、この国の皇族、それも皇位継承者の血を持つ者にのみ目視出来る壁である。どのようなカラクリでそのような扉が出来ているのかも不明であった。

 その扉は選ばれた者以外には、輪郭を持たない闇が続いてるように見える。

 気が遠くなる程昔から存在している為、その強い幻術を誰が施したか皇族ですら知らない。


 黒い壁に手を触れると、白い光が扉をかたどるように光った。

 その扉の中心に浮かび上がった魔石のようなものに今度は魔力を流しながら

 指で触れる。

 光っていた扉は魔力を認識するとそのまま消え、そのまま中へと入室できる。



 入室すると、まるで水の中に入ったように耳が詰まった。

 身体も水の中を移動する時のような抵抗を感じて歩みが重くなる。

 二十冊程の禁術の本が並べられた小さな本棚の前に辿り着くと、その中から精神魔法関係の禁術がたくさん記された本を取る。


 特別な書庫内には、小さなテーブルと、一脚だけの椅子。

 椅子に腰を下ろし、禁術の書を広げるとぱらぱらと魅了の術のページを探す。


「強力な魅了ではない気はするが…魅了された人数に際限がない事が気になる。」


 魅了のページを見つけ、その関連の魔道具の欄をじっくりと読んだ。


 魅了の禁術は魔力量で人数や術の掛かり具合いが決まる。

 どのような方法で知り得たか不明だが、仮に禁術を使用したとして、クシュナ子爵令嬢レベルの器と魔力で、あれほど盲目的に大人数を魅了出来るなど有り得ない事だった。


「だとすると、魔道具による禁術の使用になるが…。」


 皇国の物は禁術指定された時に全てを回収し、その影響力の高さから破壊完全消失が決定された筈だ。

 だとすれば、未だ精神系魔術の恐ろしさを甘くみている他国が作った製品しかない。

かつての皇国製レベルを持つ魔道具なら厄介だが、どうだろうか。


回収して徹底的に調べてみたい所だが、見目のいい男を嬉々として侍らせこの世の春を謳歌させてくれる道具は、あの女にとっては得難い宝物だ。

どんな事があっても常に身に着けているだろう。

となれば、あの令嬢が外す時は、即ち本人の身柄が拘束される時であろう。


「常に身体に身に着け、常時発動させられる状態を保てるもの…」


ほぼ確定で装身具だと予想している。

 装身具なら常に身に着けられる。

 ピアス、ネックレス、ブレスレット、指輪―――

 大きさにもよるが、クシュナ令嬢の傍で確認しなければ分かりづらいものもある。


 見目のいい男を特に好むようだから、探らせるには魔法術師団の中でも上位の美貌を誇る男を用意したが、念のため、魅了耐性の高さを測定中だ。

 魔法耐性装備を付けても、万が一魅了された場合、こちらの動きをペラペラと喋られても困る。

 先に魔法術師団の者を数人近づけさせて包囲させてから、自分自身が近づいて探る予定である。

単身で無謀に探るような事はするつもりは最初からないが、魅了の強さが未知数な分、慎重にならざるを得ない。


魅了の禁術の魔道具を調べるついでに、禁術を跳ね返す魔道具を知る。


『反射鏡』という特殊な鏡を使用して作られた魔道具らしい。

魅了のみに使用できるのではなく、精神系の術にはほぼ全て対応できるらしい。


「これはこれは、なかなか便利な物が考案されていたのだな。ああ、実際に完成はしたのか―――」


ぺらりぺらりと夢中で読み進める―――が、段々と指先が痺れてきた。

肺の中に酸素がないような息苦しさが増し、そろそろ限界を知る。


「ふぅ……吸われ過ぎた。流石にそろそろキツイな。」


 この特別な書庫内は水の中に居るような感覚を身体に与えながら、魔力を吸い取っているようなのだ。

 長く滞在すればするほど魔力が減り続け、身体がきつくなる。

それも結構な量を吸われる為、並の魔力量では数分と持たない。

 だというのに、禁書はこの部屋から持ち出す事が出来ない為、読みたければ魔力を吸われ続けるしかない。

膨大な魔力を持つ王族の中でも、過去に類をみない程の魔力所持者なクロード。

禁書庫を調べるには自分が一番適任なのだが―――


しかし、膨大な魔力を持つクロードでさえ、一時間を超えると辛くなってくる。

このまま枯渇まで吸われると意識が混濁し、部屋を抜けれなくなる。


「頃合いか。」


 大体は理解したし、気になる箇所はまた禁書庫にて確認するとして、もうそろそろ出る事にする。


 特別な書庫の部屋を退室し、また薄暗い禁書庫内の入口へと戻る。


 禁書庫を出ると、扉前に側近のマルセルが立っていた。

心配だったのだろう、不安な表情が隠しきれていない。


「殿下、顔色が悪いですよ。」


「夢中になり魔力を吸われ過ぎた。今日はもういい、部屋に戻るぞ。」

 ふらっとした身体を支えようと手を伸ばしたマルセルを手で制し、弱みを見せぬと言わんばかりに背筋を伸ばすと歩き出す。


「無茶をなさる。」


「サフィが心配してるんだ。」

 それが全てだというように。


「サフィリーン様? 失礼。オルペリウス嬢の事となると、殿下は本当に無茶しすぎですよ。殿下が倒れられたらオルペリウス嬢にご心配をかけてしまいます。

 もう少しご自愛ください。」


 うっかりの名前呼びくらいでいちいち妬かないで頂きたいものだと心中思いながら、クロードへクドクドと説教をしつつ、マルセルはクロードの後ろをついていく。


「そうだな、サフィは優しい。心配をかけるのは本意ではない、この事はサフィには伝えるなよ。」

サフィリーンの名を呼ぶ時だけやけに声が甘いな…とマルセルは半目になりつつ、オルペリウス嬢に心配をかけるのは己も本意では無い。


「勿論です。

それで…何かわかりましたか?」


「ここでは話さない。」


「承知しました。」

こんな場所で訊くなんて失敗したな…と反省する。


「サフィと愛を育む以外にしたいことなど何もないが、この国が平和で無ければサフィの幸せに水を差されるかもしれないからな。

ああ面倒だ。本当にうんざりする。」


ぐちぐち文句を言いながら歩みを進めるクロードの少し後ろに着いて行きながら、オルペリウス嬢が心配しなければ此度の禁術の件も徹底して静観してたんだろうな…と呆れた。






 クロードは私室の座り心地の良い一人掛けソファに気だるげに深く腰を下ろし、手にした温かいお茶に口をつけた。


 結構な量の魔力を失い冷たくなり始めた身体がぽかぽかと温まる。

魔力は血のようなもので、失いすぎると血圧が低下する。

そして、それを引き金に低体温を引き起こすのだ。


「結論から言うと、禁術の魅了で間違いはない。

 だが、やはり魅了にも制約はあり、あれほどの人数を魅了し続けるには膨大な魔力と、それに耐えうる選ばれた器が必要だ。

当然の事、それ無しでは絶対に無理な事がわかった。

今現在、絶賛魅了振り撒き中の愚かなクシュナ子爵令嬢には、そのどれもが不足している。

 とすると、元々魔法が込められた魔道具の線が濃厚だ。

 我が国では以前に魅了の危険性を重視し、殆どを回収し破壊しつくした為、令嬢が使用しているとしたら、粗悪な他国製だと思われる。」


「なるほど、魔道具ですね。そうなると装身具辺りが一番可能性が高そうですね。」


「ああ、ほぼ確定で間違いないと思うのだが、決めつけると本質が見えなくなる危うさがある。実際に目にして確認してみないことには断定はできない。」


 クロードは記憶を手繰り寄せるように目を閉じた。

 遠目からチラリと見ただけで、興味がない為によく見ていなかった。

 そもそもサフィを見つめるのが忙しい為、記憶にすら引っかからない。


「魔法術師団の者を数名近くに侍らせようと思うのだが、今魅了耐性の測定中だ。」


「わかりました。」


「一番問題視しなければならないのは、クシャナ子爵令嬢が使用するものが魅了の魔道具だとして、その物が粗悪な他国製であるとして…

 その魔道具を入手した経緯と手渡した相手がどの国の者かで重要性が変わってくるということだ。」


 我が国の領地を虎視眈々と狙っている隣国だと嫌な予感しかしない。

そうだとすれば、魅了だけに済まない話になってくる。

隣国は常日頃からこの国を手中に収めんと欲を向けてくる国だ。

魅了で内側から壊し、そして何かを発端に外からも仕掛けてくるつもりだろう。


ああ、面倒過ぎる。

隣国などさっさと滅ぼした方が世の為か? と思えてくる。



「そろそろサフィが皇妃教育から戻ってくる頃だな。

 お茶と菓子の準備をして貰うか。

 この話は、サフィの前では一切するつもりはない。いいな?」


「承知しました。」


 サフィリーン嬢にそろそろ会えると思った皇子の顔といったら…

 とろとろでろでろだとマルセルは呆れるのだった。

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