第22話 ひとつ引き受けると続くもの。

 魔法師団の精鋭から魅了耐性のある者を数人用意出来たと連絡が来た。


 マルセルから報告書類を受け取り、メンバーリストのページを探す。

 パラパラと紙を捲る音だけが執務室内に響いた。


 急いては事をし損じる。


 これは父である現王から耳にタコが出来る程にしつこいくらいに言われている言葉だった。

 どうもせっかちな気質の本来の自分を見抜かれているようで、説教? 苦言? の度に必ず織り込んでくる。

 まだまだ遠い頂きに君臨する存在、それが父だ。



 お目当てのリストを見つけ、それにサッと目を通す。

 魔力が多い者ほど魅了耐性も強いの言葉通り、メンバーリストは貴族の子息の名がズラリと並ぶ。

 平民は二名程――――

 その二人は、今年魔法師団に入団している。

 平民の高魔力持ちは学ぶ場が限られている中で不屈の精神で這い上がって来た実力者達ばかり。

 入団する栄誉を勝ち得た平民は優秀な者が多かった。

 今年入団した二名も上昇思考が高く、そして努力を怠らず己に妥協を一切しない性格から実力主義な魔法師団の上層部に気に入られており、平民でありながら早くも将来を有望視されている二名だった。


 とりあえずリストにいる全員に魅了耐性の底上げを図るつもりではいるが、する前からこの平民二名が一番能力が伸びるだろう予感がした。

 これまでクロードの予感が外れた事はない。


「ねぇマルセル。魅了耐性プログラム開始日はいつになりそう?」

「二日後と伺っておりますが。」


 マルセルからの報告に、クロードはうぅんと思案する。

 魅了耐性プログラムが開始される前に、メンバーリストに載った者達に会っておきたかった。

 特に、優秀だと評されている平民の二名に。

 スケジュール的にどうにか出来そうではあるが、予定に面会を捻じ込んだとして、

 今度はサフィとのお茶の時間を失いそうなスケジュールになっていた。


 厄介事を引き受けると続くもので、サフィの為にと動けば動くほどにサフィとの時間が減るジレンマ。


 一応、我が側近も非常に優秀であるから側近として重用したのだから―――


(質問リストを渡して面会はマルセルに任せるか?)


 書面上で分かることには限界がある、一度顔を見て話さない事には知り得ない事がある。


 結果、自分で見極めるのが最良で最適。


「はぁ・・・サフィの為、サフィの為・・・。」

 誰に訊かせる訳でもない。己に言い聞かせるように呪文のように何度も呟く。


 執務机を挟んで立ちつくす側近の顔が引き攣っているのが見えたがスルーした。


「二日後、魅了耐性プログラムを実行前にリストのメンバー1人1人と面談をしたい。そのように伝えて貰えるか?」

「承知致しました。そのように魔法師団には伝えておきます。」

 引き攣った顔が瞬時に側近としての顔に戻ってマルセルはクロードに返答した。


 さて、あの面倒事になりそうな予感しかしない子爵令嬢に魅了耐性を付けた魔法師団員を近づける為にいくつか餌を撒いておかなければな。


 美貌と権力とお金、あの子爵令嬢の大好物を揃えた優良物件に見えるように潜伏する団員達を仕立てなければならない。少々学院側にも融通をきかせてもらわなければ。


 忙しくなりそうで、たったひとつ引き受けたつもりでも、気付けばやることが次々と出てくる。


 サフィ不足で今日の仕事は捻らないなー・・・

 クロードは、鬱々とした気持ちで溜息をついたのだった。





「あのぅ・・・クロ? 私、絶対邪魔になってると思うの・・・だけれど。」

「いや? 今までで一番仕事が進んでいるから問題ないよ。」

「問題しかない! ・・・ような気がしますわ。」

 大きな声で言い切ったかと思えばハッとした顔になり、最後はボソボソと小さな声になっていくサフィリーン。


 そんなサフィリーンの頭頂部に頬ずりしながら、うっとりとした吐息を漏らすクロード。


「そうですね、殿下の仕事の進み具合が普段の二倍程かと思われます。」

 何も見てない風を装いつつ、問題ない事をサフィリーンに告げるマルセル。


「私からすると問題しかありま・・・せんけど。今とか・・・人に見られながらとか・・・」

 髪の匂いをスンスンとクロードに嗅がれていると気付いたサフィは真っ赤になってしどろもどろになる。


 今、サフィリーンは執務椅子に座るクロードの膝の上に座らされていた。

 正直、非常識もいいところである。


 皇妃教育を済ませた帰り道、今日はお茶を一緒には出来なかったが挨拶だけして帰ろうとクロードの執務室に顔を出したのが運の尽きである。

 扉前の護衛から執務扉を開けて貰い、ちょこんと顔を出したサフィリーンに、瞬間移動したかのような速さで移動し、サフィリーンを抱き上げた後・・・気付けばクロードの膝の上であった。


 頭のてっぺんに降るようなキスの嵐を受けた後、頭頂部は勿論のこと頬にまでスリスリと頬ずりされた。

 ハッと気付いて膝から慌てて降りようとするも、片腕でガッチリと固定されて一切動けなかった。



「執務中にこのような破廉恥な事はするべきではありませんわ。」

「サフィ、破廉恥なこと等してないよ。婚約した相思相愛の男女がする求愛行動なのだから、サフィが気にする事なんてないんだよ?」

「きゅ、求愛行動・・・・・・」

 ボッと顔が赤くなるサフィ。その頬を愛しげに見遣ると凄い勢いで書類を決裁していくクロード。

 仕事を適当にしている風ではなく、この速さで適格に全てを判断して決裁しているのだからクロードは恐ろしい程に優秀だ。


「クロが寂しいのなら、私、そこのソファで待っているわ。」

 だから、降ろしてくれと言外に匂わせる。


「それはとっても魅力的な提案だね。けれど、今のままが一番いい。帰りは送ってあげたいから、サフィにはこのまま僕の傍に居て欲しい。」


 請うように耳元で甘く囁かれ、ゾクリと甘い何かが背筋を伝う。そんなクロードにサフィのHPがゴリゴリ削られている。


「サフィの為に子爵令嬢が魅了使いか調べる為に頑張っているんだよ? ちょっとしたご褒美が欲しい。」

 潤んだ瞳を見つめ、サフィリーンは大きなため息を漏らす。


 そして、クロードが仕事を終え、両腕で大切そうに抱えあげられると、蕩けるようにら見つめられながら、クロードから馬車へと乗せられたのであった。

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