第20話 皇子、影を動かし思案中…

 多情なクシャナ子爵令嬢が学園で騒ぎをおこし、それがそろそろ高位貴族にも波及しそうな事について、クロードは何の思いもなかった。


 それは、国の一角を担う役割を持つ皇太子としても、個人的にも。

 サフィは優しい。

 友人の婚約者が誘惑に乗ってしまわないかを心配している。

 友人がそれによって傷つかないか不安に思わないかを憂いている。


 人は自分が一番大切だ。

 突き詰めれば、己に火の粉さえ降りかからなければ、正直、さほど気にする事でもないと、人の根の部分では感じているのではないか。

 物心ついた頃には既に相手の顔色を読む生活をしていたクロードにとって、

 偽善の皮を剥げば皆同じではないかと思っている。


 けれど、サフィがサフィたらしめる人格を形成する時、それがサフィから生まれるものであれば、クロードにとってはとても好ましいとして受け入れられた。


 友人の為に心を痛めるサフィの心だけ、本当に真実に感じるのだ。

 勿論、サフィのように何の野心も抱かず優しい人間も居るのは理解はしている。

 けれど、サフィではないというだけで信用も信頼も出来ないだけだ。



 結局、自分の方から接触して聞いてみよう何ていう面倒な事だって、

 サフィが心配しなければ、誰からか報告が上がったとしても、鼻で笑って終わってた話だった。

 皇太子としても、次期皇帝としても、一人の人間だけに執着する事は望ましくないのだろう。

 サフィが自分の中心という時点で、国の為に生きるなどという崇高な精神などありはしない。

 サフィを皇妃に迎え、サフィがこの国で幸せに過ごしてもらう為だけに、政務も外交も手を抜かないだけだ。


 自分からサフィを取り払った時に残るのは、無気力無関心、無い、何も。

 サフィを知るまでそんな子供だったのだから、そんな何もないものになるだけだ。



 サフィには「探ってみたけど、怪しいと思う背景はなかった。」と答えた。

 真実、クシャナ子爵令嬢にも子爵家にも後ろ暗い背景は無かった。

 ただ、背景が無かっただけで、クシャナ子爵令嬢に何もなかった訳ではなかった。


 優秀な影を数人放てば、すぐに詳らかにされた内容。

 内容的に下手すれば処刑されるのだが、本人に隠す気があるのかわからない程に杜撰な情報管理であった。

 見て下さいバレて欲しいと言わんばかりの…

 罠かもしれないなと警戒した為、サフィに話すのを保留にした。


 魔術、魔道具、そんな類の事に女は手を染めていた。

 それも国で最も禁忌とされる精神系の禁術を使用している。

 精神を乗っ取り傀儡にしているか…

 もしくは、魅了系か。

 魅了ならば一番面倒だ。手間という意味で。

 魅了はかけられた対象者の一番好意的に思っている存在を、魅了をかけた人間と認識を入れ替えるという記憶の改ざんを無理やりしている為、解除が手間がかかる。

 魅了の魔術を刻んだ魔道具を身に着けているのか、直接魔術で洗脳しているのか。

 探ってみなければわからないが、やはり精神魔法耐性がある僕が探ってみるしかない。側近はまだ精神系魔法に対する耐性は育っていない。


 念の為、魅了などの精神魔法耐性が上がる装飾品を側近に配っておこう。

 皇族は元々装身具に精神魔法耐性を強化した魔術を組み込んで身に着けているが、どれくらいの魅了の強さか分からないから、もう少し多めに身に着けておいた方がいいかもしれないな。



「居るな?」

 私室で独り言のようにクロードが呟くと、

 室内の空気が少し動く気配がした瞬間、クロードの目の前に全身を黒装束に身を包んだ男が現れ、少し距離を取って跪く。


「はっ、ヌル、参上致しました。」


「アインスは?」


 ヌルの影から黒い靄が現れ、人のカタチになる。


「アインス、ここに。」

 暗い声で聞き取りづらいが、ボソボソとアインスが答える。


「お前らが探ったあの女は報告に上がった通り精神系の禁術の可能性が高い。

 魔法耐性の装身具を身につけろ。もう少し探って貰う。

 後、ツヴァイとフィーアには皇都で違法に魔道具を作っている者を探るように伝えろ。見つけたらそいつらの身柄を確保しておけ。」


「承知致しました。今、ツヴァイとフィーアはサフィリーン様の…オルペリウス公爵令嬢の影にて身辺警護をしています。離れさせるなら変わりのものを入れたいのですが、誰なら宜しいですか?」


 サフィリーン様と言ってしまうという失態をおかしてしまい、クロードに睨まれたヌルはすぐに言い直した。

 身辺警護の任を与える影もクロードが選んだ者で無ければ大変な事になるので、ヌルはしっかりと訊いておく。


「そうだな…ゼクスとアハトにしておこう。」


「では、そのように手配してきます。他に無ければ失礼させて頂きます。」


「ない。頼んだ。」


「御意。」


 一言答えて、ヌルもアインスもパッと消えた。



 室内にはクロードだけが残された。


「はぁ…面倒な事になりそうだな。 手っ取り早く済ませるには、接触するしかないな。」


 サフィには自分が接触するといったが、正直あの令嬢には近づきたくもない。

 どういう方法を取るのが一番最適かクロードは明晰な頭脳をフル活動してこれからの問題解決の流れを何通りも組み立てる。


 クシャナ令嬢は節操なく手を広げ過ぎた上に分不相応のものを高望みしている。


 あの令嬢には誰を敵に回したかわからせないといけないな。


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