第13話 僕は、それでもいいと思っていたから。

 愛が普通では有り得ない程に重い?

 美しく優秀な彼女の全てを束縛して、成長を阻害している?


 何て煩わしい。

 普通とは何だ?その基準を決めたのは誰だ。

 愛の形を無理やり型にはめただけだろう。

 それを少し逸脱すればすぐに騒ぐのやめろ。


 彼女は僕の温かくて居心地の良い美しい鳥籠の中で満足しているではないか。


 僕のこのドロドロとした始末の悪いねっとりと縋り付くような愛の中、彼女らしさを失う事なくちゃんと呼吸している。


 僕だって彼女から束縛されたいし、僕の全ては彼女のものだ。

 誰より何より酷い執着でねっとりと絡め取って欲しいのに・・・

 残念だけど、まだ彼女の心はそこまで育っていない。


「愛してるよ、サフィ」

「私もよ」


 毎日何度だって囁いてるけど、彼女はきっと同じ温度じゃない。

 僕を見つめるその愛らしい瞳から伝わるものは、家族に対するような愛だと思っているよ。


 婚姻してからでもゆっくりと教え込んでいけはいいさ。

 まずは婚姻で全ての人間に堂々と彼女は誰のものかを知らしめて、最初の数年は二人の時間を持ちたいな。

 それから、たくさんたくさん二人の愛の証を世に生み出そう。

 たくさんの愛の証はきっと彼女を僕の傍から離さない素敵な枷になる。


 だから、今は彼女からの愛が家族愛だって何だって全然平気。


 僕はそれでもいいと思ってたんだ。


 ―――学園に入学してしばらくするまでは。


 学園で過ごすうち、理解していたけどサフィはモテる。

 隣に僕が居なかったら、身の程を知らないバカがもっと増えて、頭がお花畑になった虫が接触を図って来てただろうな。

 学園で虫掃除させられると思っていたけど、こんなに湧いてくるなんて。

 近づきすぎた虫を側近や影に掃除して貰っても、次々と新しい虫が出てくる。

 皇太子の婚約者にちょっかいかけたいとか自殺願望でもあるのだろう。

 半年程徹底的に潰したら、少しは静かになるだろうけど。

 それまでが苛々して仕方がない。


 入学して一か月も過ぎれば、なぜ虫が湧くのかもうひとつの理由がわかってきた。


 それは…

 ―――サフィが僕に恋してないからだ。


 サフィの僕に対する態度は、どんな時もとても仲の良い友人と同じだから。

 唯一無二の特別じゃない。


 ゆくゆくは皇太子妃になるサフィだ。

 頭の弱い令嬢のように熱に浮かされたような態度など取るはずがないのは分かってる。

 学園は貴族社会の縮図なのだから。

 どんなに学園内で身分関係なく平等だと言われようとも、それは建前で常に精査され査定されている。

 学生時代までしか自由がないと羽目を外せると勘違いするバカは、卒業後に痛い目を見る。

 内容によっては、貴族としての立ち位置すら危うくなるのだ。


 僕の妃としても愛する相手としても素晴らしい存在であるサフィは、その事を気にして己を律してくれているのだったら、どんなに幸せか。


 けれど違うから、虫はその空気を敏感に嗅ぎ取って飛んでくるのだ。


 もしかしたら、もしかして?

 そんな可能性を捨てきれない気持ちにさせられるんだろう。



 既に婚約者が居る者は多く、婚約者同士で学園に通っている者も多い。

 手を繋ぎ見つめあう姿は学園内のあちらこちらで見られる。

 勿論、政略での婚約者もいるのだから、全ての生徒がそうではない。

 けれど、正直すごくすごく羨ましい。


 僕達は政略見せようとしているけど、真実は僕が強請って無理やり結ばせた婚約だから。

 いつだって、手も繋ぎたいし傍に居たいし常に抱きしめていたいし、

 ・・・キスだってしたい。

 ソフィは人前でするのは頬ですら嫌がるから、ソフィの意思を最大限に考慮するとして…。

 白くて柔らかくて甘い花の匂いからする手の甲に、優しくそっとチュッと…はぁ、したい。


 こんなに毎日毎日傍に居すぎるから、家族愛・友情愛になってしまってダメなのか? 近くに居すぎて、僕が押し過ぎて、ソフィが僕という存在を考える時間を与えてないのかもしれない。


 ―――それが全てなら。


 それなら、今とは真逆に少し素っ気なくして………


「いや僕が死にそうになるからダメだ。」


 貞淑な淑女ぶった仮面を被り、欲を持った顔を厚い化粧で隠し、僕の肌に少しでも己を染み込ませようとでもいうように香水をこれでもかとふりかけた、蛆のように湧いてくる側妃か愛妾狙いの数多の令嬢達をソフィだと言い聞かせてソフィの前で微笑みかけてみるか?


「それでソフィに勘違いされたら、死ねる。」


 誤解されて、ソフィの中で何かが育ち始めていたものがあったとしてそれも消えて、婚姻後の何年か後の側室候補とかを僕が考えてるかもしれないと納得され、ゆくゆくを考えてソフィからの推薦とかを考えて、吟味とかされたら―――


「僕はソフィを閉じ込めてしまうかもしれないな。」


 

 閉じ込める、想像するだけで甘い思考になる。

 僕だけのソフィが、本当の意味で僕しか存在しないソフィになる。

 なんて甘くて夢のような、幸せなんだろう。

 しかし、まだそれには時期が悪い。

 ソフィと子を成し、子を徹底的に教育し僕が後見として大きな仕事は手伝いつつ、早期譲位…とか?


 まぁ現実的ではないか。


 ソフィは子を二人か三人程産んで貰って、身体が弱くなった設定でも悪くないな。

 あまり表に出なくして、子供達に仕事を頑張って貰って、僕も半分隠居…とか。


 ふふ、悪くない。


 けれど、それら全てはソフィが自分からもっともっと強く僕に絡め取られ、どろどろに愛され全てが僕に満たされてからだ。

 心が追い付いてないのにそんなことしたら、二度とソフィの綺麗な心を僕は貰えない気がする。

 僕は無理矢理に僕を愛さざるを得なくなったソフィが欲しい訳じゃない。

 家族愛や友情は欲しくない。

 正妃だからと王の僕を尊重して欲しい訳じゃない。


 男として望んで欲しい。愛して欲しい。

 ―――贅沢なのかな。

 例えそれが贅沢だとして、僕の思いが重くて押しつけがましかったとして、

 僕は必ずソフィの愛を心を手に入れたい。


 ああ、ソフィ。ソフィ。大好きだ。愛してる。

 ソフィだけだ、僕を一喜一憂させるのは。


 この世界で僕がやろうとして出来なかった事はなかった。

 どんなことも簡単すぎて、単純過ぎて、何の手ごたえも感じなくて…

 何の感情も湧いてこず、呼吸だけして生きる事がつまらなかった僕。

 そんな僕がソフィと出会えた事で、バカみたいに優柔不断になったり、ソフィにそんなつもりは無かったとしても少し素っ気なくされるだけで恐怖で一歩も動けなくなったりする程なんて知らないでしょう?

 ソフィを失うかもしれないと思うだけで、死にたくなるのも。


 僕の感情を動かすのは、全部全部ソフィだけ。


 だからさ。


「私では貴方に相応しくないわ。貴方と同じような思いを返せる人がきっといるわ。」と言われない為にも、僕は、焦っては駄目だと。


 ずっとそう思って、耐えてきたんだよ。


 そう言われる事は、僕に死ねと言われる事と同義だから、耐えられないから。


 それに比べれば、同じ思いを返して貰えなくて辛い事なんて、いくらでも我慢できると思っていたのに。


 ――――次々に虫が湧くから。


 僕の唯一愛するソフィが、その虫にすら僕に向けるものと同じ笑顔を与えるから。


 抑えても抑えても、今すぐもっと愛して欲しいと願ってしまう。

 僕だけの特別な笑顔を望んでしまう。


 ああ、婚姻してからでいいと思っていたのに。


 僕はソフィの愛が欲しい。

 ドロドロの熱い愛が欲しい。

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