第6話 たった一口すら分け与えない皇子。
許可はアッサリと出た。
母様が神妙な顔で皇子の許可が出るならというし、父様も兄も難しい顔をしていたから、
皇子から絶対に嫌がられる事なのかと心配してしまった。
嫌がられるどころか、皇子は大喜びで許可を出してくれたし、とても喜んでくれたので神経質になる必要はなさそう。
幼い年齢だから殿下に訊くようにと言ったのかと尋ねたら、それではないと言われたし。
という事はやっぱり令嬢として褒められた趣味ではないのかもしれない。
まして私は、このままいけば皇妃の立場だしね。行動への監視が厳しくなるのは仕方ないか。
心配しなくてもシェフが横で必ず見守るだろうし、道具は火は使わないのだから危険はないと思う。
前世でいIHみたいな道具で、火など一切使わない。
婚約式でのあれだけのスイーツがあっても無かったケーキを作る事にしている。
フルーツたっぷりのロールケーキを作るつりだ。
皇子に許可を貰ってから早速ロールケーキを作った。
スポンジに関しては、我が公爵家の優秀なパティシエに作った貰ったから、
クリーム作りとカットして貰ったフルーツを混ぜるだけの簡単な作業だった。
欠かせないのは苺と桃とキウイ。
平たくて正方形のスポンジ生地を作るには器具が足りないので、今回は丸いスポンジケーキ。
それのサイドを正方形になるようにちょっと切って、少しいびつだけど丸の状態にした。
出来上がったロールケーキは、今日の皇子とのお茶に出すつもり。
喜んでくれるといいな。
結果、皇子はとても喜んでくれた。
「サフィ、こんな形のケーキ見たことないよ!」
皇子はとても驚いた後、ほにゃっと微笑ってくれた。
皇子然とした艶のある笑みではなくて、子供らしくて自然な可愛い笑顔だった。
(うん、どう見ても天使)
いつもの子供とは思えない皇族として完成された微笑より、今のほんのり甘くて柔らかい空気の笑顔は何倍も素敵に見える。
皇子、こんな風に無防備に笑うことも出来たんだ。
「これ、サフィが作ったんだよね?サフィが初めて(僕の為に)作ったケーキ…」
いろんな角度からしみじみと眺めた後、フォークを手に取ると優雅な所作で一口一口味わうようにゆっくりと食べる。
その所作につい見惚れていたら、あっという間にぺろりと食べ終えていた。
皇子とのお茶に用意したケーキは4つ。
驚く事にその全てを皇子1人で食べた。
私は味見でつまみ食いしていたから、別に食べられてもよかったけれど、
皇子って普段こんなに甘いの好きだったっけ…?
いつもお茶を共にしているけれど、出された甘味ってそこまで好んで食べてなかったよね?
それとも、このフルーツたっぷりロールケーキが皇子の好みど真ん中の味?
そんなに好きなんだったら、今度作る時もフルーツをたっぷり使うスイーツを作ってあげよう。
どちらにしても、こんな風に喜んで食べて貰えるのはとても光栄で嬉しい。
「サフィ、とても美味しかったよ。本当に有難う。また僕の為だけに作って欲しいな。」
「うん、気に入ってくれて嬉しいよ。また作るから楽しみにしててね! クロード様はフルーツ系が大好きだって覚えておくね。」
「サフィ、もう一度。」
「……クロ。」
「宜しい。フルーツ系が好きっていうより、サフィが作る物が好きなんだ。どんな物だってサフィが作ってくれた物なら何だって特別だよ。」
「……(またキザなこといってる…)」
「また変な事考えてたでしょ。こんな事を僕が言う相手はサフィだけなんだけど。」
「クロ、私の頭の中を覗くのはやめて。」
「覗かなくたって、サフィの思ってる事は全部顔に書いてあるよ。」
「えっ! ウソ!」
室内に設置してある壁掛けの鏡を覗く。
当たり前だけど何も書いてない。
「ふふっ、サフィは本当に素直で面白い。そんな所は僕の前だけにしてね。
サフィの鈍くて可愛すぎる所を僕以外に見せちゃダメだよ。
すぐ皆サフィの事好きになっちゃうから。」
「そんな事言うのクロだけだから!クロ以外の異性なんてお兄ちゃんくらいだけど、そんな事言われた事ない。」
「ふぅん? (サフィに近づく異性なんて、物理的にも精神的にも潰していくだけだけどね。)」
ん、何かぞぞっとしちゃった。風邪かなぁ?
次は何作ろうか考えながら皇子とのお茶を終えた。
そういえば――
最近、この距離感とスキンシップを受け入れてから、皇子は兄とも共に過ごす時間を容認してくれるようになった。
皇子の嫉妬深い態度も軟化し、たまにならと容認して貰えた。
けれど、私お手製の物は絶対に一切れも渡さなかった。
皇太子とは思えない心の狭さ。
やっぱり通常どおりの皇子である。
それから何度も皇子が望み乞われるままにケーキやクッキーなどを作った。
その度に皇子があまりにも大切そうにお菓子を見つめるものだから、毎度毎度全て皇子が独り占めして食べても文句も言えなかった。
皇子が9歳、私が8歳になると皇太子妃教育が始まった。
皇太子妃教育で毎日登城はするけれど、皇子が毎日公爵邸に来て居た時よりは一緒に居る時間が激減した。
それをとても不満に思った皇子が、皇太子妃教育の後の週末に一度の交流になる筈だったものを、皇太子妃教育後は必ず皇子と会ってお茶をする事になった。
皇子は既に親友のような存在になっていたので、毎日会わなくなるのを少し寂しく思っていたのに…
――結局毎日会っている。
皇太子妃教育が休みで公爵邸に居る時も皇子が会いに来るので、本当に顔を見ない日はないのだ。
皇子の交友関係って狭すぎない?
やがて皇帝になる身でもあるんだから、もう少し交友関係を広げて欲しいと思ったりする。
私にそう注意されても、皇子はひらりと躱して、飄々と私だけに会いに来るのだろう。
「サフィ、こっち。僕の膝においで。一緒にお茶にしよう。」
「サフィは、何でこんなに可愛いんだろう。ずっと一緒に居ても足りないくらいだ。」
「サフィ、学園に通うようになっても、僕以外の男と話しちゃ駄目だよ。」
思えば、毎日毎日蕩けるような微笑みと眼差しを惜しみなく与えられ溺愛されてきた。
そう。まごうことなき溺愛。
さすがにここまで毎日のように大切に扱われれ、言葉でも態度でも示されれば
時折「ヤンデレ臭」がして怖くなったりしたが、とりあえずは許容出来る範囲の溺愛で蜂蜜漬けにでもされるんだろうか? と思う日々だった。
――インフェリア皇立学園に、私が十二歳で入学するまでは。
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