第5話 優秀な皇子様。
皇子と私はいつも同じ本を読む(読まされる)ので、優秀な皇子が好む書物は私にはたくさんの知識を与えてくれた。
特に皇子は読後に解説も加えつつ、私が分からない所も詳しく教えてくれる為、凡庸な私は非常に有り難い。
皇子は私の意見を否定しないし、いつも微笑んで私の考察を訊いてくれる。
時に議論が白熱しても、その後はとてもスッキリしているし互いの考えを理解し合った達成感がある。
そんな日々が積み重なる度、当然の事だけれど皇子が驚く程優秀なのがわかる。
18歳までの記憶がある私でも理解が難しい本を、皇子はしっかりと理解して解釈を述べるし、教える事も出来るのだから。
皇子からしてみれば、6歳の私がこんな難しそうな本を一緒に読んで議論を交わせるとまでは思ってなかっただろうけど。
他人から見れば私だってそこそこ優秀な6歳児なのだ。
18歳まで学んだ時間は誰にも知られる事はないのだもの。
皇子は、一度読んだ本は記憶されるのか、淀みなく一文を口にする。
それは時に魔力の発芽の話や、魔法構築の話、皇国の在り方、皇国民に対する思いの話、そして皇太子としての在り方など多岐に渡る。
とても優秀な皇子だと話を聞く度に実感させられるのだ。
皇国民はこの皇子が皇帝になる事で、さらに豊かに幸せに暮らせるだろう。
そんなたくさんの話の中でも、私が特に興味津々なのは魔法のこと。
既に魔法教育が始まっているらしい皇子は、さすが皇族とあって様々な知識を有している。
幼い皇子では知り得そうもない高度な魔法の話もしてくるので、きっと皇子は独学で学んでいる部分もあるのかもしれない。
公爵邸に毎日日参しているのに、どこにそんな暇があるのだろう。
いつ寝てるか分からないスケジュールだ。
優秀なのに努力もしている事が伺えて、頭の作りが私とは異次元レベルなんだろうと嫌でも実感してしまう。
優秀な人間は元々優秀で、そこに学ぼうという努力が加われば凡人など叶うはずもない。
それはもう一種の才能なのだから。
皇子の優秀さに嫉妬の気持ちは微塵も浮かばなかった。
嫉妬というのは手が届きそうで届かない事に対して出来ても、届く事すら考えられないレベルだと湧いてこないらしい。
幾度も語り合ううちに、皇子をとても尊敬するようになっていった。
凄いなって思う相手に年齢は関係ない。
私が6歳になると、淑女教育が始まった。
公爵令嬢としてのマナーやダンスレッスン、座学などを学ぶ。
魔法を早く学びたかったけれど、魔法は7歳からと言われ諦めた。
皇子は6歳では既に学んでいたけれど、皇族だから早かったのかもしれない。
淑女教育が開始してから数日後――
私はずっと我慢していた事をどうしてもやりたくなった。
記憶が蘇ってからずっとやりたかった事を。
それは令嬢としては恐らく歓迎されず、良くない事だと分かっているけれど…
我慢出来ずに母に直談判しまった。
「母様、私、お菓子作りがしたいのです…!厨房に入る許可を下さいっ!」
皆が集まる晩餐の席で母に言ってしまったのだ。
「サフィリーン……。それは公爵令嬢としては歓迎出来ない話ね。」
父も兄も無言で私を見つめている。
母の淡々とした声色に、父も兄も私を心配している。
「淑女教育も手を抜かずに一層精進致します!お願いします!」
縋るような目つきになってしまうが、一生懸命母に頼み込む。
父が何か言おうと口を開きかけて、また閉じた。
兄も父と同じ様に開きかけて閉じる。
淑女として完璧な母に余計な口を挟む事は許されないと思ったのだろう。
横槍をいれられて母の怒りを買うのは、困る。非常に好ましくない。
「サフィリーン、殿下はどう仰っているの?貴方の菓子作りについて。」
「殿下には何も話していな…いません。」
淑女としての話をしている時に普段通りの砕けた会話を母はきっと許さない。
だって今「何も話していない」って言いそうになった時、目がギラリとしたもの。なにあれ怖い。
「そう…。殿下は将来の皇帝陛下になるお方です。殿下が許可を出すのならば、いいでしょう。
将来のサフィリーンの旦那様は殿下なのですからね。
出来上がったお菓子類は、身内のみ限定で振る舞う事を固く約束して貰うわ。」
「はいっ…!殿下にお話します!そして振る舞うのは殿下と家族だけに致します!有難うございますお母様!」
父と兄が肩の力を抜き、ほうっと息を吐き出した。
それを見て母がにっこり微笑む。
皇子はきっと反対しないだろう。むしろ喜んでくれそうだ。
明日、皇子が来たら早速話して、すぐにでも作りたい。
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