0015 仲間じゃない


 ちょっと待っていてくれ、と言ったウォルフはまだ戻ってこない。

 セガルタはヴェール協会ケージの中にあるベンチの中でも一番端っこの一番影になる場所に座って顔を伏せていた。町の用事ついでに連れて来られたのだが、こうやって一人寂しく待たされることになるならついてこなかった。

 視界は狭い。目深に下げたフードも、片目を覆う髪も、見えるものを削っている。加えて、自由に動くはずの眼球も、きょろきょろと遊ばせることをせず、斜め下にじっと固定していた。

 ただ、こうやって自身の視界を狭めるのは難しくなくとも、他人の視線がこちらに向くのはどうやったってコントロールが出来ない。見るな、見るな、と願っても意味がないことくらいはとうに分かっている。

 ――それでも、見られるだけなら、まだいいのだ。

「セガルタ」

 こうやって声をかけられることは、もっと苦手だった。

 自身の太ももに肘をつけて背中を丸めたまま、伏せていた顔をあげる。目線が合わない程度に相手の顔を視界に入れた。

 三人。何度もみた顔。同じ依頼を共にこなすこともある、確かアビーと昔馴染みの加護持ちヴェールだ。

「アビーは来てねえんだな」

「ひとりか。珍しいな」

「……ウォルが、あっちにいる」

 当たり障りのない、凪いだ笑み浮かべておく。顔を確認したので、視線を少し横へと外して、ウォルフが行ってしまった方向を見る。ケージの奥へ入った彼はまだ戻ってこない。

「最近、仕事の方はどうだ。北に大型のシンズが出たって話は聞いたか」

「仕事はいつもどおり。シンズのことは、小耳に挟んだくらい」

 寄ってきた三人は隣へ腰掛けることはしなかったが、すぐ近くのベンチに座って体をこちらに向けている。

 このまま会話が続くらしい。セガルタは笑みを崩さないよう気をつけた。指を絡める。

「北のあれこれは行く人間が決定しているらしいんだが、おかげでこっちに人手が回ってこなくてなあ」

 印象が良くないことは分かっていても、話している男に顔は向けなかった。どれだけ相手がだと知っていても、目を合わせたくない。

 じっと目を見ることが出来る相手は限られる。

 仲間だけだ。のない、仲間。

「狼は北の件に入っていねえだろう。ちょっと手を貸してくれねえか」

 ケージを通さない依頼の話だ。こうやって互いを知った相手であればケージを通さず手を貸し合うこともある。だが、それに頷く役目はセガルタではない。

 セガルタは肩を僅かに上下させる。

「依頼ならウォルに言うか、ケージを通して」

「あんたからもウォルフに言ってくれたって構わないだろうに」

 どうせ詳しい話や条件はウォルとするんだろ。俺が間に挟まる必要なんてないだろ。二度手間だと思うんだけど。

 ――などなど、言い返したいことも浮かんだが、全て飲み込んでしまう。仲間を相手にする時と同じように口は動かない。

「いいじゃねえか。同じケージの仲間だろ」

 ぱし、と肩を叩かれたからではなく。

 セガルタは言葉に反応して顔を上げた。視線は外したまま、微笑も崩れない。

「仲間じゃないだろ」

 端っこに映り込む男の表情が変わったのが分かった。目をぱちくり。口をぽかん。

「俺の仲間はご……いや、四人か。それだけ。……それ以外は、違うよ」

 何にも包むことなく、言った。

 言った後、これはわざわざ言う必要がなかったことだと、遅い判断を下した。しかし、言い訳をする気も、誤魔化す気もない。撤回するつもりもない。

 セガルタはそのまま立ち上がり「依頼ならウォルに言うか、ケージを通して」と先ほどと全く同じことを繰り返した。ようやく奥から出てきたウォルフの方へ向かう。

 その場に残された三人は、しばらく黙ってセガルタの背を見送っていた。彼がウォルフと何か言葉を交わしているのを見ながら、誰かが呟く。

「……狼って、あいつを含めて六人だよな?」

「一人、減らした、ような……」

「喧嘩か……?」

 何かあったのだろうか、と三人で顔を合わす。

 と、ウォルフが一人でこちらに向かってきた。セガルタはまた一人置き去りなのか、一瞬だけ不服の色が見えたが、その顔はすぐにフードの下の影に隠れる。

「よう。仕事があるんだって?」

 セガルタとは異なる快活な笑みを浮かべたウォルフに、挨拶代わりに手を上げる。

「ああ、ちょっと……護衛役が足りてなくてな」

「スケジュール次第だが、出来る限り手は貸すぜ。――ただ、あいつに直接で頼まないでくれよ。あんたたちも分かっているだろう、手順は踏んでくれ」

 今まで何度も手を貸しあっているんだから分かるだろう、とウォルフは肩を上下させた。あの他人嫌いの扱いを知らない仲ではない。

 軽く戒めにきただけらしいウォルフは「それじゃ」と片手を上げて話を切り上げたが、一人が「なあ」と引き止めた。

「……なんか、揉めてんのか?」

「ん? 俺がか? 誰とだ?」

「あー、いや、狼の中でだよ」

「いいや。どうしてだ?」

 本当に何もないのだろう、ウォルフは目を瞬かせている。

「ああまあ……。何もねえなら、いいんだけどよ」

「なんだよ。はっきりしねえな」

 ウォルフの整った眉の間に、皺が寄った。戻るのをやめたのか、腕を組んだ彼は改めて三人に体の正面を向ける。

 はっきりするまで動きそうにない彼に、ひらりと手を振る。たいしたことじゃないのだ、と前置きするように。

「喧嘩でもしてねえかと、ちょっと心配しただけだよ」

「だから、どうしてだ」

「――仲間の数が、あー、四人だなんて言うもんだからよ」

 五人だと即答しそうなあいつが、と男が苦笑いを向ける。

 心配する三人をよそに、視線の中心であるウォルフは「ああ」とすぐ納得して笑った。

「それなら、人数に入ってねえのは俺だ」

「……やっぱ、喧嘩か?」

「いいや」

 きっぱりと首を振ったウォルフは自慢気に、にいっと唇を吊った。鋭い犬歯がちらりと見える。

「俺は仲間じゃなくて相棒だからな。別格だよ」

 そう断言した彼は「それじゃ、仕事の話、待っているぜ」と片手を上げて颯爽と去っていった。



「仲間は四人らしいじゃねえか。俺は入れてくれないのか」

 帰路で、いきなり言い出したウォルフを見た。あの三人から聞いたのだろう。

 含まれない一人が自分だと理解している相棒に笑った。

 これだから、この男は他にはない相棒なのだ。

「ウォルは仲間なんて簡単な括りじゃないだろ」

 わざわざ言ってやると、その相棒はぷっと吹き出した。面白可笑しく言ったつもりはないが、彼は破顔している。

「簡単、か。馬鹿言え。お前の仲間になるのは結構なことだぜ」

「それじゃあ、相棒なんて至難の業だな」

「はは。そうだろうよ」

 随分とご機嫌だなあ、とのんびり思いながら隣を見る。同時にウォルフもこちらを見た。

「――で、その難関を越えられそうな候補は他にありそうか」

 確信を敢えて確かめる目に、今度はセガルタが吹き出す。

「いない」

 大きな手のひらで、隣の肩をぐいと押す。分かっているなら聞くなよ、と。

「それに、ウォルがいるんだから、他には必要ないよ」

 じゃれ合うように押し返され、セガルタはけらけらと笑った。

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