0013(1)昔と変わらないこと
仕事帰り、小型トレーラーを運転しているのはウォルフだ。助手席にはセガルタではなくバージルが座っている。
「そういやまだ言ってなかったんだけどよ」
ウォルフももちろん汚れてはいるが、セガルタほどではない。運転席にかぶせた汚れ防止のシートで十分こと足りる程度だ。
「なんだ」
そして、周辺調査と採取要員だったバージルは殆ど汚れていない。その彼は窓枠で頬杖をついたまま、ずっと外を見ている。
「もうすぐツキの誕生日だぞ」
自身の誕生日だけではなくメンバーそれぞれのものにも無頓着なウォルフだが、つい先日に祝ってもらったばかりだ。流石にきょとんと間抜けな顔をする間もない。
「……いつだ?」
しかも次に誕生日を迎えるらしいツキナは、彼らの誕生日祝いにケーキやら料理やらを朝からせっせと準備をする頑張りようだった。これは黙って見過ごすわけにはいかない。やり返さなければならない。
ウォルフは片手でハンドルを握りながら、首の後ろを掻いた。何かしてやろうという気持ちは大いにあるのだが、肝心なところは何も浮かばない。
「カサの誕生日はもう過ぎちまってたんだけどなー」
先日のウォルフたちの誕生日を準備する際に、バージルが新しくメンバーとなった彼らの誕生日を確認してくれたらしい。
「とりあえず、ツキ本人に誕生日を言わせちまったし、サプライズにはならねーだろうけどよ。何かはしてやるだろ」
「もちろん。――その何かは決まってるのか」
「そこんところを相談しておきてえのよ。ただ、ツキがいなくて、俺ら全員が揃うタイミングなんてあんまりねーだろう」
今がちょうどその状態には近いのだが、あと一人、ツカサが足りない。ツキナの兄である彼がいたほうが主役の好みや喜ぶポイントもはっきりするだろうし、チームの一員として外せない。
だが、
「俺たちの休みを揃えるか?」
「ツキが食堂の手伝いに行く日で揃えられたらベストだけど、もう依頼も詰まってるだろ。プレゼントの用意もあるし、早めに話が出来るほうがよくねーか」
ウォルフが小さく呻く。ぱっと思い出すだけだが、言い出した自身のスケジュールが埋まっている。いくらかは融通をきかせるとしても、それを全員分調整するのは難しいかもしれない。
「で、だ。通話だと声が聞こえるかもしれねーし、メッセージのやりとりで夜にでも相談しようってアビーが言っててな」
ハンドルをきりながら、ウォルフが頷く。顔を合わせて話すよりはスピード感は薄れるが、確実にツキナの見えないところで話し合うことが出来そうだ。
「分かった。俺は構わないぜ」
「じゃ、ま、そういうことで。今、たぶんアビーがおんなじ話をセグにしてると思うわ」
手早いな、とウォルフは笑う。自身もセガルタも誕生日という日付にあまり思い入れがない。こうやって彼らが動いてくれなければ気づかないどころか、存在を忘れたまま過ぎ去っていくだろう。
祝われて嬉しいとも思うし幸福も感じるが、自身のものも相手のものもなかなか定着しない。覚える努力が足りないのだろうかと考えながら、ウォルフがひとりで首を傾げる。
「ツキは十五になるんだってよー。それを聞いたら、久々にお前らのことを思い出したわ」
もう一度、助手席を見る。バージルは先程と変わらない姿勢で窓の外を見ている。壊れた町並みは何も変わったところがない。ただ、こんな風に壊れた場所で、彼らは出会った。
ウォルフは壊れた道を運転しながら、肩をすくめる。
「俺たちもあの頃は可愛いかっただろう?」
「生意気でどうしようもなかったわ」
バージルが笑って前を向いた。
ウォルフもからからと笑い声を転がしながら、ハンドルを両手でしっかりと握った。
「――本当、あんたは昔から変わらずお人好しのままだな」
「いいや。泣く子供をひっぱたくほど腐った奴じゃねーってだけだよ」
ドアのノック音が二回。
ウォルフは机に広げていた資料から目を離さないまま「入れよ」と誰かを招き入れた。誰だと問う必要もない。
のんびりと、他のメンバーよりも緩やかなノック。セガルタが来たことはそれだけで分かる。
「会議の時間」
「……だったらなんでお前は俺の部屋に来たんだ。部屋で出来るだろう」
一階に自室があるのはセガルタとバージルだけだ。わざわざ二階へ上がってきたセガルタは、そのまま入ってきてウォルフのベッドに腰掛けた。
「一人で端末に向かっていると寂しい」
「静かに話せよ。何のためにこんな手でやりとりをするのかは分かっているんだろうな」
「分かってる」
そう言うセガルタは手ぶらだ。ポケットに持ち運び用の小型端末を入れてきたわけでもなさそうで、彼はずるずると枕元まで腰をずらす。机と並べて置いたベッドだ、彼が隣に座り込んでいる位置になる。
これから始める会議はツキナの誕生日の件だ。それぞれテキストのメッセージで話をすすめることは彼にも伝わっているはずだ。
「……端末はどうした」
「俺がウォルと一緒にいるって、みんなに言っておいて」
ウォルフの部屋にはチーム全員に渡している端末と呼ぶ小型の機械以外にも、据え置きのものが置いてある。
彼はわざとらしくため息をつきながら、資料を適当に端へ寄せて大きなディスプレイに顔を向けた。作っている途中の報告書を保存し、新しくメッセージの画面を開く。キーボードを叩いて、すでに始まりかけている会議に参加した。
セガルタはディスプレイに流れていく文字を黙って眺めていて、何も言わない。
「――反対はしなくていいのか」
ウォルフはポンポンと手早く短い文章を流すアビーの意見を読んではいるが、キーボードに置いた手は動かさない。
「分かっているなら聞くなよ」
いつもどおり、ゆったりとした口調。
そちらへ目を向けると、緑の瞳が真っ直ぐに自分を射抜いていた。
「……本当に胃袋を掴まれたな」
「そうかもしれない。――それに、あの二人は器用じゃない。俺たちに嘘をつけない」
嘘。
彼のいうそれが単純な言葉ではないのを、ウォルフは知っている。
「そこを信じていい気になったんなら、十分だ。――しっかり祝ってやろうぜ。この前は目一杯に祝ってくれたんだからな」
ウォルフが鼻を鳴らして笑い、セガルタにも見やすいようディスプレイを斜めに動かした。ちょうどプレゼントをどうするかと言った話で盛り上がっている。
「料理が好きなら包丁とか。……ウォル。そのアビーの服は反対しておいて。ツキの趣味じゃなくてアビーの好みになる」
「はは。目に浮かぶ」
笑いを噛み殺しながら、頬杖をついた。片手で器用にキーボードを叩き、セガルタの意見を打ち込んでいく。
「お前の包丁も、共用にならねえか。――ほら、バージルも同じことを言い出した」
「ツキ専用の包丁にすればいいんじゃない」
「真っ先にお前が専用共用関係なしに使いそうだぞ」
普段よりも少し声量を下げて話ながら、揃ってディスプレイを眺める。
時々ぽつぽつと入力しているツカサは実兄なだけあって、ツキナが欲しがっていたものから好きな色や柄などいろいろと情報を流してくれていた。
「……今は、好きなものも、変わったかもしれないけれど、か」
そんなツカサの一文を、セガルタが読み上げた。
ツカサもツキナの誕生日を祝うのは久しぶりのことらしい。事情があって離れ離れで暮らしていた兄妹だ、ツカサが一番良く知る妹はもっと幼い頃なのだろう。彼の寂しそうな、心配そうな、不安を押し隠した表情が思い浮かぶ。
セガルタは机に体を傾け、にゅっと手を伸ばした。人差し指一本で、喋る時と同じようにゆっくりとキーボードを確実に押し込んでいく。
「たとえ、前と変わっていても、俺は構わないと思う」
柔らかい声だ。
「俺は、昔のことを覚えていてくれることも嬉しい。忘れられていなかった、っていうのは、大事だと思う」
「――それじゃあ、俺も忘れないよう気をつけねえとな」
セガルタがこちらを向いた。垂れた目が一層下がった。
「忘れたいことは、忘れてもいいよ、ウォル」
昔から変わらずにいる彼の何を忘れる必要があるのか、ウォルフは自答出来ずに目を逸らす。
「馬鹿言え。お前のことだけは、何一つ、忘れねえよ」
「あはは。嬉しいな」
ディスプレイにある、彼が打ち込んだ言葉を読み返した。
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