0011 ハードワーカー
「はー……。急ぎで返事をしろと来たか……」
そのままメンバーにリビング集合を知らせる通知を発信した。これでメンバーのそれぞれの端末が呼び出し音を鳴らすはずだ。現に、アビーがすぐに自室を出て階段を降りていく音がした。
ウォルフもずっと相対していたディスプレイを暗くしたあと、立ち上がった。一日中デスク仕事をしていたので肩が凝っている。
「他所との仕事だし、セグは嫌がるかもしれねえな」
そうなると、自身が依頼を受けなければならない可能性が高まる。必死に作っているこの書類はいつ作ればいいんだと考え、ため息が出た。
いざとなったら嫌がる相棒に行かせようと思いながら、階段を降りる。あの相棒は自分の頼みに弱い、利用しない手はない。
すでに集合していたアビーとバージルがキッチンにいるのが見えた。珈琲を用意しているらしい。
「セグは」
まだか、と訪ねようとしたまさにその時、見計らったようにセガルタの部屋が開く。階段を降りてすぐのそちらを見ると、寝ぼけ眼のセガルタがこちらを見ていた。
「ふあ……。急ぎの仕事?」
「お疲れのところを悪いな。明日の朝一だ」
「いいや、疲れてはいない。ちょっとうとうとしていただけ」
「私は疲れたけどね。セグが余計なシンズにちょっかいを出したおかげで」
そう言って笑うアビーは今日の昼間にセガルタと共に町の外へ出ていた。彼女は疲れを見せない明るい顔でバージルの端末をちょんちょんと指でつつく。
「どんな依頼? 私、まだ内容を見てないのよね」
「護送だ。急に人手が足りなくなったらしい。ナルシサスまでの道中を守るヴェールがほしいそうだ」
「ナルシサスまでねえ……。――おー、あそこのチームと合同か。知った奴らだし俺が行っても構わねーけど、俺じゃあちょっと戦力不足か」
「そうよね。この手の依頼はバージル以外の方が――あ、でも、依頼人数が二人よ。それなら、バージルが入っててもいいんじゃないの」
アビーがバージルの端末を覗き込んでいる。
珈琲のいい匂いが漂ってきて、セガルタはようやくはっきりしてきた頭でウォルフに手を向けた。その大きな手のひらに端末が乗せられる。
「お前はやっぱりパスか」
「んー。気は乗らないな。……一応、日帰りではあるのか」
依頼の詳細を読みながら、セガルタが苦い笑みを浮かべて肩をすくめた。
四人が依頼内容や設定されているルートについて話していると、階段を降りてくる足音がした。セガルタとウォルフは背後へ顔を向けると、ツカサが自身の端末を小脇に挟んで慌てて降りてくる。
「ごめん。ツキナの部屋で手紙を書いていたから、通知に気がつかなくて……」
先程にウォルフが発した呼び出し通知は、セガルタたち三人は当然として、ツカサの端末も鳴らす。
「いや、まだ依頼のことを話してるだけで、誰にするかも決まってない。悪いな、手を止めさせて」
「ううん。大丈夫。――ええと、護送の依頼だね」
端末を開いて依頼を確認しているツカサ自身は
依頼を受ける受けないを決めるのはセガルタたち本人だが、ツカサはそんな彼らのスケジュールに無理がないか、調整が出来るかなどを確認する手伝いをウォルフから頼まれている。慣れた今ではウォルフよりもメンバーのスケジュールが頭に入っていることがあるくらいだ。
「それじゃあ、バージルはとりあえず固定でいいの?」
「このルートならでかいのが目撃されたなんて報告もねーし、向こうのメンツも腕は確かだし……。そうだな、俺が行っても問題ねーか」
ツカサが降りてきたことで、受けるメンバーの選出の話が進み始める。
「私も出られるわ。調査依頼を受けてるけど、日数にはまだ余裕があるし。ウォルは作ってる資料があるんでしょ」
「行ってくれならもちろん助かるが、疲れたんじゃなかったか?」
「この程度、寝てとれない疲れじゃないわよ」
進む話を聞きながら、気乗りがせず黙っていたセガルタが端末から顔をあげた。見ていた情報を開いたままウォルフに押し付け、口を開く。
「俺が行く」
ウォルフ以外の視線が「え?」「は?」とセガルタに向いた。他所のチームと合同の仕事を避けたがる彼が自ら手を挙げるのは珍しい。
唯一セガルタを見なかったウォルフは戻ってきた端末を見ていた。わざわざセガルタが行くと言い出した理由がそこにある。
「……ルートの途中、濃度が妙に動いてるところがある。目撃はされてねえが、でかいシンズか群れがいるかもしれないぞ」
げ、とバージルが顔を歪め「どこだよ」とウォルフの端末を慌てて覗き込みにくる。
それと入れ替わりになるようにセガルタがキッチンの方へ向かい、カップを棚から出して並べた。そろそろ珈琲が出来上がる。
「最近はでかいのを相手にしてないし、出たらラッキーだ。狩りたい」
「こっちからすればアンラッキーだわ」
バージルがお手上げだと両手を肩まで上げてで揺らした。
「セグがやる気のうちに俺は下りるぜ」
「いいよ。俺のその気が失せないうちに登録しておいて」
「お前が行くっていうなら向こうも文句はねえだろうな。アビー、それでいいか」
「もちろんいいわよ。セグ、ちゃんと向こうの人に愛想よくしてよね」
ウォルフが依頼に対して派遣メンバーの入力をしかけたところで、ツカサが待てをかけた。セガルタを見ている。
「待って。……セグ。前に休んだのって、いつ?」
珈琲を注ごうとしていたセガルタが手を止め、視線をすっと横へ逃した。
「……昨日の午後は、休みだった」
視線を逃した先にいたウォルフが額に手を当てる。
「――そうか、昨日は俺と入れ違いだっただけか……。ずっと家にいたように見えたから、てっきり。お前、また休んでなかったな……」
「……明日行って、明後日は休む」
「じゃあ明後日に入ってるウォルとの調査依頼は誰と代わる?」
「えー……。俺が行く……」
ツカサの素早い返しと、アビーとバージルの呆れた視線にやられたセガルタがくしゃりと顔を歪める。ウォルフとの仕事を取るか、大型と遭遇する可能性のある依頼を受けるか。どちらも行きたいが、そうは上手くいかないらしい。
ウォルフがセガルタの側まで行き、ため息を押し付けるように背中をパシっと叩いた。
「明日は休めよ、相棒。――アビー、俺でもいいか」
「私は大丈夫。だけど、そっちは大丈夫なの?」
「……確実に遭遇ってわけじゃねーし、俺が出てもいいんだぜ」
「いや、大丈夫だ。目処は立っている」
気合いをいれたのか、ウォルフが肩を回した。そして、ツカサに苦味を混ぜたまま笑いかける。
「カサ。分かるところだけでいい、明日は
「うん、もちろん。後で確認しに部屋へ行くよ」
「助かる」
「ちぇー……」
せっかくやる気になっていた仕事を奪われ、セガルタがわざとらしく拗ねた顔をしたまま珈琲を人数分注いでいく。
「ほどほどに休んでくれよ。ケージからお前の稼働率が高すぎるって怒られるのは俺なんだぞ」
「ごめん、俺も今まで気付かなくって……。ふと見たら代休が休みになっていなかったから」
「いいや、カサは悪くない。こいつが突発で出ていったり、休みをどっかに振り替えたり、ややこしいことをして誤魔化しているのが悪い」
ウォルフはカップを手に取り、珈琲をひと口。そして、セガルタの肩に腕を回す。
「セグ。明日はお休みついでにお散歩でもしてこいよ」
「えー……」
「そのついでにケージへのお使いを任せるからな。絶対に行ってこいよ」
「嫌だ」
「お前が休むべき時にきちんと休んでいれば、お前に依頼を任せて俺がケージに行けたんだぜ」
「……えー」
アビーが珈琲に砂糖をいれながら、「自業自得よねー」と笑う。バージルも珈琲を取りにきたついでに「お前はなんの文句も言えねー立場だわ」とセガルタを小突いてから、椅子に腰掛けた。
セガルタは腑に落ちない顔で「疲れてなんかいないのに」と唇を尖らせ、テーブルに腰を引っ掛けるようにして立つ。そのままアビーやバージルと会話を続けている。
ウォルフは三人が談笑しているのを耳に入れながら、派遣メンバーについて入力してケージへ返事を打ち込む。
「カサ、今からで問題ないか。手紙を書いている途中だったんだろう」
「手紙は空いた時間にいつでも書けるから。この間からやっていたチームの運営状況がどうっていう報告書?」
「それは終わらせてある。残っているやつが――」
端末を小脇に挟み、珈琲を持ち直したウォルフの横をツカサがついていく。
「さあて、さっさとカサに伝えて寝ねえとな……」
「ウォルもきちんとした休みを作ってね。休みの日にもなんだかんだ言って家で仕事をしていると、セグと変わらないよ」
ちくりと釘を差されたウォルフは「……気をつけるよ」と苦い笑みを浮かべ、二階へと上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます