0009(2) プレゼントはもらっておくもの
誕生日のことを思い出してしまったウォルフのサポートもあって、どうにかセガルタを外へ連れ出すことに成功したバージルは、寂しくなった財布の中身のことを忘れようと努めながら玄関を開けた。
「ただいまーっと。今夜は肉を焼くぞー、肉」
「ただいま。あ、肉を買ってくるには遅かったか。もういい匂いがしてるな」
買い出しの手伝いを称して連れ出した二人には、武器や罠の修理や改造に使う部品や道具を抱えさせている。こちらはチームに必要なものなので経費として落とすが、バージルが自身で持っている肉は自腹である。
ウォルフに「良い肉を食いたいな。なあ、セグ」とわざとらしく強請られ――セガルタにことを黙っている口止め料といったところか――、買わざるをえなかった予定外のプレゼントだ。
「肉? シチューを作るって言ったでしょ」
「シチューも肉も食えー。俺のおごりだぞー」
バージルがやけくそ気味に言いながら、キッチンのツキナとアビーに紙袋を渡す。
セガルタも荷物を抱えたまま、バージルの横から顔を出す。たっぷりの白いシチューに、サラダ、これから焼くのか卵もたっぷりの具材と一緒にボウルで混ぜ合わせられている。
「わ、いつもより気合いが入ってる? なにか良いことでもあった?」
「えっと、良いこと……ええっと」
「――いいからあんたは荷物を置いてきなさいよ。ツキ、せっかくだからお肉も焼こうか」
アビーに手で追い払われたセガルタはちらりとツキナを見て「ごちそうだ」と作った笑みを向けてから、ごきげんな様子でバージルの部屋へ勝手に入っていく。
誕生日に気がついたのではなく、単純にいい匂いを嗅いでご機嫌になっているらしい相棒にウォルフが笑いを噛み殺していると、バージルがそれを小突いた。
「――他人事みてえな顔をしてるけどよ、お前のでもあるんだからな」
「分かってる。ただ、あの部屋には見られちゃいけねえものを置いてるんじゃないのか」
「分かるように置くほど油断しちゃいねーわ。……いいから今年もしっかり食って、遠慮せずもらっておけよ」
「はは。誕生日はプレゼントだって決まっているから、か」
笑ったウォルフがセガルタを追うようにバージルの部屋に入った。セガルタが適当な場所に荷物を置いているのを見て、隣に下ろす。確かに目につくような場所に、いかにもプレゼントといったものは置いていない。
自室でもない部屋に長居する意味もないし、あまり居てはバージルも落ち着かないだろう。ウォルフがさっさと出ようとしたところで、セガルタがその腕を掴んだ。
お、流石にこいつでも気がついたか、と思いながら振り返る。
「ウォル。やっぱり何かがおかしい」
いや、これは気がついていないな、と分かって吹き出す。
「そんなことねえよ。――ほら、飯にしようぜ。俺も腹が減った」
「待って待ってウォル。その反応だとウォルは分かってるだろ」
珍しく口が早くなっているセガルタに人差し指を立てて見せる。「しー」と口元にそれを持っていくと、セガルタはむぐっと口を閉じた。
「いいから、後は飯の席に座っていれば分かる」
アビーの手が後ろから伸びてくる気配がして、セガルタは反射的に振り返った。
「ちょっと。ねえ、大人しくしててよ」
「その手はなに」
「別に取って食いやしないわよ。仲間の手くらい信用したら?」
「そういう問題じゃない」
じりじりと顔に手を伸ばしてくるアビーの手首を掴んだまま、セガルタがウォルフの方をみれば彼は肩を震わせて――笑いをこらえているのだろうがこらえられていない――、机に伏せていた。体を起こす様子もない。
「え、なに」
「とりあえず、この手を離しなさいよ」
「セグ。アビーの言うとおりにしたほうがいいぜ」
「なんで……」
そうは言うもののウォルフが大人しくしているので、セガルタもしぶしぶと手を離す。アビーがその手で視界を塞いだ。
「……俺は今から誘拐でもされるのか」
「あんたみたいに大男を誘拐出来るほどパワフルじゃないわよ」
「アビーなら出来そうだけどな」
「ウォル! 手は塞がってるけど、足は隣のあんたに届くわよ!」
「はは、悪い悪い」
セガルタは塞がれた視界を瞼でも閉じ、音を聞く。扉の開け閉めはバージルと、もう一人は軽い足音からしてツキナか。それから、ツカサがキッチンから持ってきたのか、テーブルに皿がコトコトと並べられていく。
この妙に浮かぶようなメンバーたちの楽しげな様子は何か、と唇をへの字に曲げる。まるで何かお祝いのようだ。
そういえば少し前にバージルの誕生日の時にも同じようなことをアビーと一緒に――。
「あ」
ようやく納得のいく着地をした瞬間、アビーが手を離した。彼女がウォルの肩を叩いて「いいわよ」と声をかけているのを聞きながら、目を開く。
「おお……すごいな」
「ウォルと俺の、誕生日だ」
「流石にお前も思い出したか」
ダイニングテーブルにはシチューや肉が並んでいて、中央には四角のケーキが陣取っている。甘そうなので食欲側にはあまり意識は振られないが、フルーツソースで書かれた自身と相棒の名前は読めるし、誕生日おめでとうのメッセージもはっきりと視界に焼き付く。
「ということで。セグもウォルも、お誕生日おめでとーう!」
「おめでとうさん。お前らも誕生日くらいゆーっくりのーんびり仕事をしてきてくれりゃあいいものをよー」
アビーとバージルの拍手に混じって、ツキナとツカサも遠慮気味に手を合わせているのが見えた。
「はは、ありがとう。それにしても、なんだ……今日はやけに豪勢だな」
祝われると分かっていたはずのウォルフは照れているのか恥ずかしそうにはにかみ、それを隠したいのか手の甲を鼻の近くに持ち上げている。
「今年はツキとカサがいるもの。二人のためにって朝からケーキを焼いたり下準備をしたり、頑張ってくれたんだから」
アビーが飛び跳ねるような軽さで「ね、ツキ」とツキナの後ろに回って後ろから顔を寄せた。
セガルタは何かをぽそと零しそうになったが、それを察したウォルフが机の下で脛のあたりを軽く蹴飛ばしてきた。蹴飛ばされる意味は分かっているので、きちんと微笑む。
「えっと……ふたりとも、お誕生日、おめでとう」
「おめでとう。それに、いつもありがとう」
ツキナとツカサの祝いを受けて、まっすぐに、じっと、二人を見返す。
「――ありがとう。嬉しいよ」
そして、本心を混ぜてから、いつもどおり目を反らした。
反らした先にはウォルフが居て、ウォルフはよく出来ましたと言わんばかりにこちらを見てにやっと笑っている。
分かってるよと返すように笑い、ゆっくりと湧いてきた喜びに頬を緩めた。
「だからバージルはあっさり肉を買ってくれたのかあ」
くすくすとセガルタが笑い、肉を指差す。
「プレゼントはこれ? もう食っていい?」
「それはお前への口止め料にって買わされただけだよ。ちょっと待て」
「おいおい、俺は口止め料を寄越せなんて言ってねえぜ」
「あれは言っていたようなもんだろうが。お前もセグみたいに忘れていてくれればよかったものを……」
バージルが苦い笑顔で呻きながら、ツカサとツキナの背を押した。前に押し出されたツカサとツキナの手には小さな包みがそれぞれある。
ウォルフが腰をあげたので、セガルタも合わせて席を立つ。
「これ、みんなからのプレゼント」
「その……気に入ってくれると……嬉しい、です」
目の前に来てくれたツキナに合わせ、しゃがみ込む。ウォルフは立ったまま、相変わらずの照れくさそうな顔でツカサから受け取っている。
「ありがとう。ツキもみんなと一緒になって選んだのか」
「……うん」
遠慮がちな、逃げるような視線の弱さだ。あまり凝視も出来ず、セガルタも少し視線を逃しながら包みを大事に受け取る。
「大変だった?」
「ううん。私は、これくらいしか……出来ないから」
「こんなにも出来るんだ、だろ。開けてもいい?」
「……うん。どうぞ」
セガルタが立ち上がって封を開けた。
「あ。新しい首輪だ」
「はは、まだまだお揃いが続きそうだな」
そういうウォルフの手にも同じ型の、シンプルな首輪があった。
「お前ら、ずっと同じものを使ってるからボロになってきてるだろ」
「バージルがくれたあれも気に入ってるんだけどなあ」
仕事を終えた後の今こそつけていないが、二人がいつも巻く首輪はずいぶんと古い。昔にプレゼントしてもらった揃いのものを大事に使っているからだ。
「俺はそろそろ買い換えようと思っていたところだ。ありがとう。大事に使わせてもらう」
「じゃあ俺もまたお揃いでつけよう。――どう。似合う」
セガルタがまだタグのついていない首輪を緩めにつけ、ウォルフに見せた。ウォルフも同じように首輪をつける。
「俺も、お前と同じくらい似合ってるか?」
顔を見合わせたセガルタとウォルフは楽しそうに笑った。
「なんだかんだで、お前は完全にツキに胃袋を掴まれているよな」
「……美味いんだよ、ツキの料理」
余るほど作ってあったシチューだったが、すっかりセガルタの胃の中に収まっていた。ぺろりと平らげた彼は「食わない方が間違ってる」と独りごちる。
ツキナはそんなセガルタにほっとするように肩を揺らしてから、アビーに誘われるように立ち上がった。
「それじゃ、次はケーキね! セグも少しは食べるでしょ」
「少しだけ」
「そうよね、食べるわよね。フルーツたくさん乗せてあげるわ」
セガルタの答えがどうであれ同じこと問答無用で言いそうなアビーが包丁を取りに行き、ツキナは取り分ける皿を持ってきた。バージルは「俺はもう腹いっぱいなんだけどなー……」と呻いていたが、アビーがそれを聞き入れるはずもない。「ひと口だけでも食べて」と笑った彼女が遠慮なしにケーキに包丁を差し込む。
「……アビー。俺の名前を真っ先に真っ二つにするのはやめろよ」
「え? ああ、ごめん。ウォルはウォルのところが食べたかったの? あんたも可愛いところあるのね」
「そういうことじゃねえが……」
一刀目で名前を半分にされたウォルフがからからと笑いながら、「誕生日なんだし、でかく切ってくれよ」と切るラインを指示するように指で虚空に線を引いている。
「セグはどれくらい食べる?」
「甘くないところ」
「ないわよそんなところ。これ、パンじゃなくてケーキよ。――あ、でも、ツキの提案でフルーツソースは後がけにしたから、そっちはかけないでおいてあげる」
セガルタ用に切られた小さな端っこには、フルーツソースの分なのか生のフルーツが幾つも乗せられる。砂糖で甘い菓子類はあまり好まないが、フルーツの甘みはまた別だ。
ウォルフの三分の一ほどしかないケーキを――味の好みはともかく――幸せそうに見下ろしたセガルタは、頬杖をついた体を傾けて相棒の肩にぶつけた。
「――誕生日おめでとう、ウォル。これからもよろしく」
「お前もおめでとう、セグ。ずっと一緒にやっていこうぜ」
「もちろん」
そして、二人は揃いの首輪をしたまま、仲良く笑った。
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