0009(1) プレゼントはもらっておくもの
「はいよ。プレゼント」
そう言ってバージルが出した両手にはそれぞれ小さな包みが乗っていた。
頼まれていた夕食を準備していたセガルタとウォルフは、包みとバージルを交互に二回見て、相棒同士で目を合わせ、そしてもう一度バージルを見た。
ぷれぜんと。贈り物。
ただ、そんなものをされる理由は分からなかった。
「……プレゼントって?」
「贈り物。誕生日だろーが」
「……誕生日?」
バージルは揃って怪訝な顔になる二人の手に、強引に包みを押し付ける。
「決めただろ。覚えてねーのか? 今日だぞ」
未だにぴんと来ていない二人は仕方なく受け取ってしまった包みを眺めている。
「……いや、決めたこと自体は覚えている。ただ、これ」
「いいからもらっておけって。誕生日にはプレゼントだって決まってんだからよ」
受け取るべきか突っぱねるべきか決めあぐねた顔をしている二人の頭をわっしわっしと撫でる。少し下にあった頭も今では高さが変わらない。そして、「いやー、もう一年も経つのか。あっという間だなー」と感慨深く頷いた。
セガルタがウォルフと共に家へ戻ってくると、玄関を開けた途端に甘い匂いが出迎えてくれた。
「ただいま。……ん? なんだ。誰か焼き菓子でも作ったのか」
「この前はアビーがクッキーを焦がしたし、リベンジをしたのかな」
大雑把な汚れはタオルで拭き取ってきたが、それでも二人はまだ黒く汚れている。彼らがどちらから先にシャワーを浴びるのかと言い合っているところ、勢いよくキッチン近くの扉が開いた。バージルが自室からぎょっとした顔で出てくる。
「うお。え。お前ら、もう帰ってきたのか。おかえり」
「ただいま。早く終わったって連絡を……ウォル、したんじゃなかった?」
「したと思うんだが……。――ああ、悪い。エラーで送れてなかったみたいだ」
「どうかした? 帰ってくる前に頼み事でもあった?」
セガルタが使わなかった
「お使いがあっても俺はもう出る気にならないから、ウォルに頼んで」
「そういうわけじゃねーんだけどよ……。いや、まあいいわ。いいからシャワーに行ってこい。お前ら二人で一緒に仲良く入ってこい」
「いや、流石に一緒には入らねえよ」
「じゃあ俺から入ろうっと」
セガルタはバージルがいそいそと何かをしているのを小首を傾げたが、あまり気にせず洗面所の方へ体を向けた。
「あ、セグ。待て、ずるいぞ」
「言ったもん勝ち」
「なら、ウォルもそのまま一緒に入ってこい」
「さっきからバージルはいったいどうしたんだよ」
ウォルフが苦笑しながら、そのままセガルタを追いかけるように洗面所の方へ向かった。
「セグ。手と顔だけ先に洗わせろ。入るぞ」
「どーぞ」
バージルは二人が仲良く洗面所に入ったのを見送り、体で隠してあったケーキスポンジを持ち上げて慌てて自室へと持っていった。そして、すぐさま扉を閉め、机の上に置きっぱなしだった小型の端末を掴み取る。そのままアビーへ通信を発する。
「――アビー、やべーぞ! あいつらもう帰って来やがった。ケーキの、ええとなんだ、土台はとりあえず俺の部屋に移したけど、どうする」
ウォルフは手と顔だけを洗面台で洗ってすぐに出てくるだろう。バージルは部屋の外を気にしながら端末を耳に押し付ける。アビーも通信の向こうで慌てているのが分かった。
「まだ気付いた様子はねーな。まあ、まず思い出さねーだろうけどよ」
二人にと用意した誕生日プレゼントはバージルの部屋に置いてある。荷物の多いこの部屋なら二人が急に入ってきても目立たないし、ちょっとした物陰に隠しておけばまず気付かれない。しかし、誕生日ケーキをここで匿い続けることは出来ない。最後の飾り付けはキッチンで行うはずだ。
「――ああ、おう。そうだな、俺がどうにか外に連れ出すわ」
と、言いつつ、セガルタに外出する気分がないのは先の反応で分かっている。あの出不精を連れ出すのは骨が折れるかもしれない。が、やるしかない。
「無理でも部屋には押し込む」
バージルがヘアバンドごと額を押さえてふうと息をつく。予定の何時間も早くに終わらせて帰ってくるなんて誰が思うかよ、と心の中でぼやいた。
そうしているうちにウォルフが洗面所から出てきたらしい。バージルを呼ぶ声がした。
「ウォルが呼んでるわ。それじゃあ、とりあえず切るぞ。また状況は伝える」
そのまま端末をポケットに入れ、部屋を出る。髪までは濡らしていないが、顔の汚れは落としてすっきりしたウォルフが腕組みをして待ち構えていた。
「バージル。何を隠している?」
軽いジャブもなしに飛んできたストレートの疑問符に、バージルは「いやー?」と半分笑いながら再びキッチンに入った。ツキナが朝から作っていたフルーツソースが入っているので開けられたくない。
「珈琲でも飲むか」
「バージル」
「そうだ、後でちょっと一緒に出てくれねーか」
「どこへだ」
それは今から考える、と真っ正直に言うことも出来ず、「まあ、そのへんに」と盛大にぼやけた返しをしておく。
ウォルフはバージルが妙に落ち着かない理由を探してか、怪訝な顔でまじまじと彼を見ている。まだ自身と相棒の誕生日には気付いていないようだが、このままでは時間の問題かもしれない。
「セグも連れ出してえんだけどなー」
「……だから、どこへ、何をしに」
「そのへんへ、買い出しとかに」
ウォルフが疑いの目でバージルを見ながら、口元に手を当てた。今日の日付でも考えられてしまえばもう隠せないだろう。幾ら誕生日というイベントに無頓着な彼らでも、誕生日の存在自体を忘れているわけではない。
「――バージル」
あ、勘付かれたかもしれねーな。
バージルがそう真顔になりかけた時、セガルタが頭にタオルを乗せて出てきた。
「ウォル、どーぞ。……なあに。まだバージルがおかしいのか。隠し事?」
「別に隠してはねーよ」
「ふーん」
すっかり部屋着に着替えたセガルタがキッチンに立つバージルを下から覗き込む。
セガルタもウォルフもすっかりバージルの身長を追い抜いていってしまったが、三人で暮らしていた最初の頃はまだ彼らの方が多少低かった。こうやって下から覗かれると、改めてでかくなったなあと思いもする。
「なんだよ」
「バージルは嘘をつかないし、ついても下手。よく分かる」
「嘘くらいつくわ。今夜はごちそうだぞー、なんてな」
「んー?」
緑色をした瞳を真っ向から見返してやりながら、ウォルフへひらひらと手を振って「お前もさっさと浴びてこい」とシャワーを促す。
そのウォルフは鼻を鳴らすように小さく笑い、洗面所の方へ向いた。途中、キッチンでまだバージルを見て遊んでいる相棒の背中をぽんと叩く。
「セグ。この後、おでかけに誘われているぜ。行く気なら着替えておけよ」
「えー。どこに?」
「さあな。そこのバージルから聞き出せよ」
「出かける気分じゃない。二人でどーぞ」
そういうわけにはいくか、とバージルがセガルタを誘う文句を考えつつ、ウォルフを見た。にやにやと薄い唇を片側だけ上げて、ウォルフが無音で笑っている。
あの笑い方は完全に気がついたな、とバージルの眉間に軽く皺が寄った。このままセガルタまでもが気づかないよう願いながら、彼の気分をどう外出へ向けようか唸るのだった。
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