第10話

 カイニス王国、王立騎士学校の寮──

 

 月明かりの綺麗な夜だった。

 涼しい風が吹く。

 それはとても冷たく、

 何か羽織りたいと思うほどに。

 

 騎士になった私は誰かに守られるなんてことは無かった。

 今私の目の前に居る白色の髪の騎士。

 

 ──銀の鎧を着た騎士が私を守ってくれる。

 

 咆哮して狂化した影の異形から。

 殺意を剥き出しにした悪魔から。

 月光の下で金色の刃を振るいながら。

 私を助けてくれる。

 

 ──勇者だ。


 聖剣により選ばれた救国の騎士。

 最強の存在。

 私ですら会ったことが無い存在。


 「大丈夫かい?」


 そう言って手を差し伸べる。

 おとぎ話で出てくるような紳士的な騎士。

 私を安心させるように優しく穏やかに。

 

 「彼はとても凶暴だ。君は逃げろ」


 そう言われ動こうとしたが動けなかった。

 恐怖ではない。

 この騎士と悪魔の戦いが見たかった。

 お互い魔術で強化した高速の動き。

 目で追いかけることが出来ないほどのハイレベルな戦闘だった。

 自分がこの領域まで行けるのだろうか?

 こんなにも鮮やかな武技の数々。

 相手の悪魔もかなりの使い手だ。

 勇者様と同等。

 強化しているのにその技術は洗練されていた。


 その敵に彼は光を纏って応戦する。

 わずかだが勇者様が優勢に感じた。

 だが、決定的な隙が無い。

 ここで私が行っても足手まといなだけだろう。

 

 やがてその異形の悪魔は黒い影に包まれてどこかに消えてしまった。

 耳の中に変な音が響くほどの咆哮を残して。


 月明かりの下に私と勇者様。

 そして彼が振り返ると手を伸ばして言う。


 「無事でよかったよ」


 柔らかく、静かに。

 彼は微笑む。


 ──白銀の髪を風になびかせながら。


                  ♰


 悪魔神とは──


 悪魔は昔から存在する。

 人間が生まれた時からずっとである。

 

 好きなものは負の感情。

 それが尽きることが無ければ、永遠に生き続けられる。

 

 そして永劫を生きてきたのが悪魔神だ。

 人間を実験にかけ、退屈を癒してきた。

 そしてたくさんの世界を作った存在である。

 

 神は基本的に天上と冥界を見る者。

 悪魔神は現世を見る者であった。

 

 悪魔王もそんな悪魔神の退屈をしのぐために送られたのである──


                  ♰


 時は少し戻る──


 寮より教室に向かう所であった。

 制服に着替えて、姿見の鏡の前に立つ。

 うむ、ちゃんと着替えられている。大丈夫だ。

 そして櫛で髪を手早く梳く。

 そして髪を編みこんで後ろに束ねる。これが一人でやるにはかなり大変だ。

 少し時間がかかる。

 そうして準備を終えると、教科書の入ったカバンを手に部屋を出た。

 

 「おはよう、セルビアさん」


 「あ、ああ。おはようリヤン」


 不意に声を掛けられて、振り返る。

 声を掛けられるなんて久しぶりだったから、応える挙動がぎこちない。

 表情は驚いたものになったし、何よりも声がひっくり返ってしまった。

 対して、おはようの言葉をくれた彼。

 明るい声。

 明るい表情。

 元気が良く、あんなにも手を振って。

 昨日転校してきた、明るい髪の男。

 その綺麗な顔は、人とは思えない風貌だ。

 

 「今日は体術の授業だね。僕は初めてだから教えてくれない?」


 「ああ、私に任せておけ」


 あれからリヤンとよく話す。

 彼は紛れもない好青年だった。

 少しチャラけているが、心優しく、そして頭のいいそんな青年だ。

 そしてなぜだか彼に会うと、胸が苦しくなる。

 鼓動が速い。

 頬が熱くなる。

 こんな気持ちは初めてだった。

 

 「セルビアさんは、一人で登校することが多いのかな?」


 「え?」


 無垢な顔で聞いてくる。

 顔が近い。恥ずかしい。

 

 「一人でいることが好きなのかな?」


 「そ、そんなことは」


 「ふ~ん」


 顔がどんどん近くなる。

 もう少しで触れ合いそうだ。

 目がぐるぐるとする。

 まるで太陽のような光のような笑顔で微笑みかけてくる。

 人懐っこそうな顔。

 彼はこの笑顔で、一瞬にしてクラスメイトと仲良くなった。

 一人で居るところはあまり見ない。

 そして特に私に話しかけてくる。

 私も初めて出来た友達なので、とても嬉しい。

 授業でも分からないところは聞いてくる。そしてすぐに覚えてしまうんだ。

 そして、こんなにも一人でぐいぐい来る男を私は知らない。

 この国は女性に対等に話しかける男は少ない。私は貴族や騎士が身近なところで育ったので、こんなにも自然に近づいてくる男性は初めてだった。

 

 「僕の故郷の友達も、一人でずっといることが多い子だったんだ。まぁ、君とは少し違うけど」


 「リヤンの故郷の友達?」


 「ああ、そういえば。セルビアさんはここ最近の王都の噂を聞いた?」


 質問に質問で返されたしまった。

 またいきなり話題が変わっている気がするが。

 だが噂は知っている。私もその事件を担当しているからだ。

 王都の噂。

 ここ最近、変な死体が多数見つかっている。

 外傷は全くない。内臓にも変化はない。なのに死んでいるのだ。

 魂を抜き取られたような、そんな死体。

 王都の門前で衛兵の死体が見つかってからこんな状態だ。そのため同一犯による犯行とみている。

 だが、その話を私ではなく、彼が詳しく私に話していた。

 そういう系の話が好きなのだろうか?

 

 「リヤンは、転校したばかりなのによく知っているのだな」


 「そんなことはないよ。僕もまだ知らないことだらけで、目が回りそうなほどさ。ああ、でも幾つか分かったことがある」


 「なに?」


 「君のことさ」


 「ふぇ!」


 急に何を言うのか。

 変な声が出てしまった。リヤンはそういうところがあるからその、感違いしてしまいそうになる。

 

 「君は本当は一人で居たくないのに、友達を作ろうとしないよね」


 「そんなことは……」


 ないとは言い切れなかった。

 自分はあまり人と話せない。それは心の中できっと。


 「あるよね」


 もっと顔が近い。

 まずい。顔が触れ合いそうだ。

 あっという間にクラスの女子から人気を得た青年。

 男子からも人気を集めた好青年。

 いつも笑顔で微笑むこの男子。


 「君は」


 瞬間、彼から


 「もしかして」


 その笑顔が消えて。


 「人間が嫌いなのかな」


 無表情な。そして、その綺麗な緑の眼が、血のように赤かったような。

 そんな気がした。 

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