第9話

 カイニス王国、王立騎士学校──


 ここは騎士を育成する学校である。

 あらゆる試験を潜り抜け、絞られに絞られた者が入れる学校。

 そして、この学校で優秀な者は学生の時から騎士として取り上げられる。

 

 ここの学校に入学して、騎士として働いている優等生。

 セルフィール家の長女にして、騎士団の長の娘である。

 名をセルビア・セルフィール。


 彼女は窓を見ながら授業が始まるのをじっと待っていた。

 小鳥が木々に止まる。

 始まる座学のため、ノートを広げ、先生を待つ。

 生徒たちは友達と話をして盛り上がったり、最近の流行りについて話したりと何一つ変わりない光景だった。

 騎士団の中でも彼女は歴代で一番と呼ばれるほどの使い手であった。

 故に誰も近寄りがたい。

 孤高の存在と認識されており、彼女は誰も友達がいなかった。

 

 彼女は一騎の騎士であると共に、一人の女なのだ。

 周りが彼女にどう思っていようと、気軽に話せる人が欲しいのは人としても当然のことだろう。

 彼女の退屈。

 それはつまらないという感情ではあったが、孤高が故にのことではない。

 もっと生徒らしく暮らしてみたかった。そう思ってのことだった。

 

 一人寂しく彼女は机に突っ伏す。

 そうして、先生が来るのを今か今かと待っていた。

 

 「はい、席に着きなさい」


 女の先生。

 騎士学校で私が目指す存在。

 アイフェ先生。

 ここで先生から騎士道を学べるのは私が持てる誉だろう。

 先生はそのまま教壇の前まで行き、持ち物を置いて話す。

 さぁ、授業が始まる。そう思った時だった。


 「今日は、転校生が来ました」


 転校生?

 この由緒正しい学校に転校生など、試験を突破したならまだしも、今はその時期ではない。つまりありえないのだ。

 教室中が疑問と、初めての転校生に騒めく。

 女は男かと胸を膨らませ、男は女を期待して希望の眼差しを向けていた。

 

 「では入って」


 アイフェ先生の合図で転校生が入り込む。

 オレンジ色の髪に緑の瞳。背は高く、人離れした綺麗な顔の男だった。

 女は歓声を上げ、男は少しがっかりしたような顔をしていたが、祝福はしている。

 そんな中、私は歓声も上げず、ただ驚いた。

 彼は私が王都への正門で出会った男だったのだ。

 あの時私は「怪しい男はいないか?」と聞いた。

 その時に「いいえ」と答えた彼であった。

 思わず目を見開く。

 まさか、彼が転校生だとは思わなかった。

 綺麗な顔をしていたから印象には残っていた。でもまさかこの学校に来るとは。


 彼はアイフェ先生に自己紹介をするように言われ、爽やかな笑顔で返事をする。


 「僕の名前はリヤン・アルブラードです。どうぞ、気軽にリヤンと呼んでください」

 

 彼はとても涼やかな声で言う。

 その声に女子生徒は聞き惚れていた。

 そしてアルブラードの性。

 この王都で最も力を持つ貴族家の家名だ。

 実子ではなくとも、その繋がりがあるのならば、間違いなくこの学校で人気が出るだろう。


 「皆さん仲良くしてください」


 爽やかな笑顔。

 その顔に女子は虜にされていた。

 そして私も初めて会った時から綺麗な顔の人だなと思っていた。

 だから他の女子と同じように少なからず興味はあった。

 

 「じゃあ、そうね……」


 先生が彼の座る席を探す。

 空いている席は三席。

 入口側と真ん中、そして窓側にある私の隣の席だ。

 私はまさかなと思うが、どこか期待している自分がいた。

 

 「それじゃ、セルビアさんの隣がいいかしら。セルビアさんはしっかりしてるし。セルビアさん、リヤン君をお願いしますね」


 「え!あ、はい」


 考えていたことが現実になって、ビックリして変な声が出てしまった。

 騎士として少し恥ずかしい。感情が制御できていないのは未熟者の証ではないか。

 私がそのように思っている時にも、彼は先生に私の隣に行くように言われ、ここまで歩いてきた。心なしか、他の女子の視線が痛い。

 彼は椅子に座ると、こちらをニッコリとした笑顔で「よろしくね」と言ってきた。

 そしてこうも言ってくる。

 

 「よかったら、友達になってくれないかな」


 私はその言葉に心から嬉しくなる。

 友達になろうと言ってくれたのは初めてであったし、友達ができることすら、初めてである。

 なぜだろう?

 そう彼に言われた瞬間に心がうるさい。

 顔が熱くなる。

 今まで感じたことの無い感情だ。

 そしてなんか恥ずかしい。

 だけど……

 だけど私は彼に精一杯にその返事を返す。

 嬉しさとこの何か分からない感情を感じながら伝える。


 「はい、よろしくお願いします」


                  ♰


 悪魔との契約──


 契約は魂を貰い受ける代わりに召喚主の意思を聞くと言う約定が建つ。


 悪魔がその契約を破ろうとすれば、意志によって消えてしまう。

 故に魂さえ差し出せば、安全に契約が出来た。

 そのため戦争で呼び出すことも少なくない。


 だがそれが通じるのは低位の悪魔のみである。

 上位の者であれば、契約など破り捨てれる神に等しい。

 故に契約を自分の意思で破棄することは可能であった。


 特に悪魔王には──


                  ♰


 二日前、アルブラード家──


 リヤンはアルブラードの屋敷を根城に魂を回収していた。

 ここはとても住みやすい。

 なかなか気に入っていった。

 外では雨が降り、その景色を映す窓を見ながらワインを飲んでいると、この屋敷の家主、ジョニー・アルブラードが近づいてきた。


 「だいぶここに暮らすのは慣れたかね?」


 丸眼鏡をつけながら悠然と歩いてくるその姿。

 さすがと言えよう。

 気品がある。そして内部から感じる魔術の才能。

 そして野心。

 最初、この者を見た時にはその野心を垣間見えていたので殺そうと考えていた。

 この屋敷に住まう小さな女王に出会うまでは。

 使い魔の犬を通してこちらの様子を見る度胸。

 臆することなくただ俺の眼をじっと見つめていた気概。

 それに俺は魅せられた。

 故にこの一族は命在ることを赦してやった。

 聖者の魂を復活させるにあたって、必ずこの権力はいい材料になる。

 そう思ってのことでもあった。


 「明日、君は私の養子ということで王立騎士学校に入学するわけだが。やっていけるのかね?」


 この男の言う通り、俺は王立騎士学校に入学する。

 もちろん手はアルブラードの者が後ろから回している。

 そのため入学には何の苦労もなく出来た。

 

 「問題ない。俺を他の悪魔と一緒にするなよ。学業など人並みにできる」


 前世でも出来ていたので問題ない。

 そして今回入学する目的としては、魂集めの障害になる強者を割り出すためだ。

 ここの騎士学校の学生は見習いとはいえ、騎士として動くことが出来る。

 そのため情報収集も容易くなるだろう。


 「そうか。では制服は君の部屋に用意した。あとは任せるぞ」


 「ああ」


 俺は雨が降る窓を見ながらワインを一口飲む。

 人が食う食べ物は悪魔の口にはいまいち合わない。だが、このワインは唯一口に合う飲み物だ。

 その味を噛みしめながら、俺は自然と口から独り言が出てきた。

 これからの殺戮を予言するこの言葉。


 「死之遊戯デスゲーム

 

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