第7話

 貴族アルブラード家の屋敷──


 月明かりに映える豪華な屋敷。

 街でも一番古い貴族家の家である。

 王家にも絶対的な発言権を有し、壮麗な建物は支配者の座す場所に相応しい。

 事実として、この街の支配者といってもいいくらいの存在感だ。


 月明かりの下を私は歩く。

 幼い体が速く歩くのを邪魔する。

 歩幅の長さが足りない。嫌でも子供と認識してしまう。

 早く大人になりたい。

 綺麗な人になりたい。

 もう、一人でトイレに行けるからって「すごい」と言われるのは飽きた。

 暗い廊下の中を歩く。

 不気味な絵画に怪しげな蝋燭。

 私と同じくらいの年の子が見れば怖いと言うだろう。

 だが私は優秀な魔術師だ。

 故にこんなことで怖がることは無い。

 

 「……」

 

 私は前庭を見つめる。

 私は昔から天明眼を持っていた。

 絵や銅像でもいい。

 人の形を模したものを見るだけでその人の居る場所が分かる。

 そういう眼だ。

 実際使える時は少ない。

 機会が無いからだ。

 でも今は使える眼と言えるだろう。

 そのまま私はお父様の銅像を見た。

 二階の書斎。

 そこにお父様が居る。

 

 あれは昼の出来事。

 いつも通り昼食をいただいていた時だった。

 髪の毛を後ろに束ね、丸眼鏡をしている私のお父様。

 お父様は何も言わずただ黙々と何かの作業をしていた。

 そして独り言なのだろうが、何かを呟く。

 私にもよくは聞こえなかったが、一つの単語だけは鮮明に聞こえた。

 ”悪魔”という単語のみが。

 なぜお父様が悪魔のことを考えているのか分からない。

 ただ、嬉しそうに笑みを浮かべているお父様の姿は娘の私から見ても不気味だった。

 するとお父様が私に「夜に私のもとまで来なさい」と言った。

 私は「はい」とだけ返事をして、その場を去る。

 そして今、その夜に至ったというわけだ。 


 そのことと関係があるのだろうか?

 私は二階まで上がると、お父様の書斎まで顔を出す。

 

 「お父様、お呼びでしょうか」

 

 思えばこんな遅くに行くのは初めてであったと思う。

 ベッドを出てから部屋着に着替えてここに来ている。

 お父様は高名な魔術師にして大貴族だ。娘とはいえ、礼節を尽くさねばならない。

 

 「エリサか、入りなさい」

 

 お父様のお許しが出たので、私はその重い扉を開ける。

 几帳面なはずのお父様が本を床にまき散らかしながらソファーに座って本を読んでいる。

 その内容は悪魔関連の内容。

 やはり悪魔と関係がありそうだ。

 そして私を見るなり、穏やかな表情でこちらを見た。

 私はその表情に安堵しつつ、不安にも思う。

 悪魔など碌なことにならない。 

 それに父が興味を持っているのであれば不安にもなった。

 

 「なぜ私をお呼びになったのでしょうか?」

 

 胸に抱いていた疑問をお父様に問いかける。

 お父様は私を穏やかな顔で見ながら、ここまで来なさいと手を招く。

 私は言われるがままに近づいて行った。

 そして、お父様は映写の魔道具で撮った、絵を見せてくる。

 

 「この人は今どこに居るんだい?」


 大勢がその絵の中に居る中、お父様が指を差したのは一人の男の人。

 綺麗な顔立ちの人だった。

 この世の人でないような綺麗な顔。

 そしてオレンジに輝く髪に、緑の瞳の年若い男の人だった。

 

 「誰?」


 思わずそう呟く。

 私とも、お父様とも接点が無いであろう男の人。

 なぜ最大の大貴族たるお父様が気にするのか分からなかった。

 

 私がそう思っていると、奥から長身の男の人。

 お父様お抱えの魔術師にして私の家庭教師のパラフススが扉を開けて大量の本を持って入ってきた。

 そして私の様子を確認して言う。

 

 「お嬢様、その写絵の方は明日来るお客様です」


 「お客様?」


 こんな貧相な格好の男がお客様?

 そのことに疑問を持っていしまう。

 格好は普通の一般人と大差ない。違うのは人離れした顔立ちぐらいだろうか。

 そんな人を高貴な屋敷に入れるのはこちらとしても抵抗があった。

 そんな私の心を見破ったのか、お父様が言う。


 「大丈夫だよエリサ、彼はこの屋敷に入っても問題ない人物さ。

 だけど恥ずかしがりやでね、私達にも居場所を突き止められないんだ」


 恥ずかしがりや……

 子供扱いしているような口調に少しイラっとする。

 でも、お父様は尊敬しているし、パラフススも私の師として尊敬している。

 なら、得体はしれないけど、この男を探して期待に応える。

 私は眼でその男の顔をよく見る。

 

 ──やっぱり入れたくない。

 

 そう思わざるを得なかった。

 彼は地下水道に居たのだ。汚い。

 そんな人をこの高貴な屋敷に入れるのはものすごく嫌だった。

 だけど父もパラフススも早く言えといった眼を向けるのでしかなく教える。


 「王都の門近くの地下水道です」


 お父様は私に「ありがとう」とだけ伝え、退出するように言う。

 私は失礼しましたと言って部屋を出た。

 先程の男は誰であったのであろうか?

 悪魔とはいったい?

 そう言った疑問が頭の周りに渦巻いていたが、私は部屋に戻る。

 元来た暗い廊下を通りながら。

 

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