第5話
カイニス王国、陣地──
勇者であるキュルスはレンゲルス王国に送り込んでいた密偵が命辛々に逃げ帰ってきたのを聞いて、その情報を聞いていた。
まさか攻め込んだ国が一瞬で滅ぶとは思わなかった。
それは今朝の出来事だったと思う。
早馬で伝令が届いた。
その内容は驚愕のものだった。
攻め込んでいた国が滅び去ったのだと言う。
密偵も早く逃げねばやられていた。
何が起きたか聞いたが、何が起こったのかはわからないのだと言う。
急に周りの人々が悲鳴を上げだした。
その悲鳴がどんどん近づいてきたのだとかなんとか。
「今、攻め込むのは情報が無さすぎるな」
危険過ぎる。
得体のしれない何か。
その正体がつかめなければ攻め込んでもやられるだけだ。
まずは偵察を行う必要がある。
だが、今のレンゲルス王国に送り込むのは危険かもしれない。
何があったというのだ。
そう思いながらも、陣地の中で顔を洗う。
冷たい水。
さっぱりする。
持っている湯にタオルをつけて体をふく。
しばらく湯に浸かってもいなかったから、体をお湯に浸けたタオルで拭くのはこんなにも気持ちのいいものだったと思い出す。
戦争をするのは本意ではない。
人を殺すのは嫌いだ。
でもやらねばならない。
僕が勇者に選ばれたのであれば、国に忠誠を誓い、そしてそれに応えねばならない。
「はぁ」
ため息。
たぶん疲れたのだろう。
ここ最近はずっと戦い続きだった。
だが、向こうの国で何かあったのなら、帰還する理由にはなるだろう。
そう思っているところに部下がテントの中に入り、どうするのかと支持を乞う。
そんなこともちろん決まっている。
「帰還する。皆陣を引け」
♰
悪魔の禁忌の蘇生魔術について──
人間の魂。
集めるべき魂の正確な数字は分からない。
悪魔は魂を食すことによってその強さを増す。
そして神にまで近い存在になった時、悪魔は禁忌の蘇生魔術。
黒魔術の最大魔法。
約束を果たすため、そしてこの世界を殺すため。
──そして今宵も悪魔はその魂集めを行っている。
♰
今、この迷宮は悪魔だらけのダンジョンに変貌した。
ごつごつした岩の汚い場所ではなく、磨かれた大理石の壁。
研究目的に用いられたと思われる培養槽の数々。
普通は大勢の魔物たちがダンジョンを守るものだが、ここは悪魔達だ。
間違いなく最強のダンジョンだろう。
龍之介ことリヤンはこのダンジョンの最奥で魂の受け渡しを悪魔達と行っている。
近隣の村々を襲って殺し、奪い取った魂。
それを一つにまとめて摂取する。
悪魔にとって魂は御馳走なのだろう。
今まで感じたことの無いような味だが、とっても美味だ。
中毒性がある。
このまま部下たちが集めた魂を食すのも良い。
楽だし簡単だ。
だが、それではつまらない。
退屈という苦痛が押し寄せるだろう。
俺はクロスに言う。
「俺が自ら人間の住む集落に行ってみてもいいか?」
クロスは驚いたような顔をした。
そして聞く。
どのようにして行くのですか?と
「人間に擬態する」
「擬態?」
俺はクロスにそう言うと、いかにも好青年のような容姿に擬態してみせた。
黒い髪はオレンジの髪に。
褐色の肌は白く透き通る肌に。
黒の眼球に深紅の瞳は、緑の綺麗な瞳に。
我ながらよく出来た擬態だ。
なぜ俺がそのようなことをするかは理由がある。
この世界で障壁になりそうな存在の調査。
そして協力者だ。
同盟関係といってもいい。
資金の調達。
情報の共有。
それを行ってもらえる場を探すのだ。
大丈夫。
脅せば何とでもなる。
俺の気に入る人間であれば、生かしてやろう。
半ば力尽くだが、悪魔となった自分にはそれが一番いい。
これからの計画は噂を流し、表側ではこのダンジョンに俺が居ると思わせる。
だが本当の俺は人間の街に紛れて悪魔を召喚し続ける。
そうして慎重に、少しずつ魂を集めていく。
必ず死者の蘇生が出来るようになるまで少しずつ。
じっくりと。
すべては君が笑いながら世界を見ることが出来るように。
そのためだけにこの命を懸ける価値がある。
そうして取り込んで保存している少年に語り掛ける。
──生き返ったら、君に体験できなかったことをさせてあげるよ。
──今度は二人で星を見よう。
──感動すると思うよ。
そうして爽やかな青年に擬態したリヤンは、クロスとベルにあとは任せて空へと飛び立っていった。
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