第27話
泉さんからの電話を出ると、今から俺の家に来るとの連絡だった。
住所だ何だは事務方の泉さんなら把握済みなのだろう。
玄関から起き上がり、色々と片付ける。
だけど、雫の残していったものが多すぎて、泣きたくなる程多すぎて。
俺は思わず片付ける手を止めて、自分から溢れる涙を拭う。
「若草さん! 着きました! 開けて下さい!」
泣いてる場合じゃない。
外から聞こえる泉さんの声に急かされて、俺は玄関を開ける。
そこにはいつものミルクティー色の髪をアップにまとめた、どこか甘い香りの泉さんが俺を見るなり、ホッと息を付いていた。
「はぁ、良かった。生きてたんですね」
「……死んでるのと同じようなもんだけどな」
「そんなこと言わないで。それよりもちょっと部屋に入れて下さい、お見せしたいものがあります」
そう言うと、泉さんは俺の家の中に入りカーテンを閉める。
すーっと部屋の中を見回して、彼女はスマホで文字を打ち始めた。
ここからは筆談だ。
「この部屋、盗聴されてます」
「……え?」
「私、四神の家に行ってきました。そうしたら得意気に四神が教えてくれたんですよ、馬鹿な家をずっと盗聴してるって陽気に教えてくれました」
「四神の家!?」
「写真も撮ってきました、この女性って確か若草さんの幼馴染さんですよね?」
泉さんが見せてくれた写真には、どこか暗い部屋で鎖に繋がれた彼女が写し出されていた。
奪い取る様にして写真に見入る。
写真の日付は今日だ。
「彼女ずっと泣いてました。何があったんですか? 彼女は若草さんが守ってたんじゃないんですか? なんでアイツの家に戻っているんですか!?」
「それは……それよりも、泉さん四神の家に行って大丈夫だったのか?」
「私も本当はアイツの家なんて行きたくなかったんですけど、今日の若草さんの話を阿久津部長から聞きましてね。居ても立っても居られない心境になっちゃったんです! 出されたもの一切飲み食いしないで家の間取りだけ調べて、それでとっととお暇しました。なので私があの家に入るのはもう無理だと思って下さい」
十分だ、十分すぎる程。
何とかして雫を助け出したい。
でもどうやって、どうすれば俺はアイツから雫を奪えるんだ。
……どうにもならない。
この写真を基に警察に訴えた所でアイツの事だ、合成だ何だと言い張るだろう。
それに雫が助けを求めるとは思えない。
きっと彼女は自分が動くと周囲が、俺が傷つくと考えている。
そんなの、どうでもいいのに。
「あれ? 若草さん、これって何ですか?」
泉さんが手にしたのは、清春兄さんが置いて行ったお見合い写真だった。
「それは……そうか、もう、俺にはこの手しか残されてないのかもしれないな」
「え、この人って。え? お見合い? この人がお見合いの相手さんなんですか!? 可愛い!」
俺は少し悲し気な表情でスマホを打つ手を止める。
雫が自分の身を呈してまで俺を救ってくれたんだ。
今度は、俺がそれをする番。
立ち上がり、泉さんからお見合い写真を受け取る。
盗聴されているのなら、それでも構わないさ。
「もしもし、清春兄さん? うん、この前のお見合いなんだけど――」
権力に立ち向かうには、より強い権力を持つしかない。
大金に立ち向かうには、より多くの金を持つしかない。
頼りたくなかった。
それは、俺の人生が親の用意したレールの上の人生になってしまうということ。
誰にも言わなかった、俺は俺の力で生きていけると思っていたから。
『彰人、お前は自分の力で、好きな様に生きなさい。若草の名に縛られる必要は何もない』
祖父の言葉が胸に突き刺さる。
でも、出来ない。
俺は無力だ。
「一日も早くお願いしたいんだ。あと、父さんと母さんにも一度会って話がしたいんだけど、いいかな。忙しいと思うんだけどさ」
これをしたら、多分もうこの生活には戻れない。
株式会社ゼクトの若草彰人は、この日を以て死ぬこととなる。
でも、それでもいい、雫の事を救えるのなら、それがいい。
彼女も自分の命と俺の命を、天秤に乗せたのだろうから。
「若草先輩、今の電話って」
「……泉さん、色々とありがとう。唐突だけどさ、俺、ゼクト辞めるよ」
「え、え?」
「次はもっとカッコいい俺になって帰ってくるから、出来たらなんだけど。この写真、俺のスマホに送ってくれないかな? 大切な、本当に大切な人なんだ」
「それは構いませんけど……若草先輩って、一体」
にっこりと微笑んで、俺は最高の後輩へと感謝を述べる。
いつの日か、この恩は必ず返すと伝えて。
「……ん? 着信? これは、夢桜? 一体何なんだ急に……」
電話に出て、俺は全てを知る。
あの日の夢桜の行動の真意、彼が何を考え、裏で何をしていたのか。
彼の行動の全ては、とある事を一貫して守り抜いたに過ぎなかった。
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