幼馴染だった人妻と同棲することになりました。

書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!

プロローグ

「雫、俺、お前のこと」


 あれは、高校三年生の夏のこと。


 神社の境内で無駄にカッコつけた服装にきざったらしいポーズ。

 当時にしては最大限の勇気を持って挑んだ一世一代の勝負だった。


 肩くらいまでのウェーブがかった髪に、焼けて少し茶色い肌。

 一緒にプールにも行ったから、その肌がどんな風に焼けているのかも知っている。


 俺よりも少し背の小さい女の子。


 この告白が終わったら夏祭り。

 幼稚園からの幼馴染から彼女へと変わった七津星なつほししずくと一緒に、高校生最後の夏を満喫する。

 その為の通過儀礼的なものだって、そう思っていた。


 むせ返る様な暑さの中で、額から汗を垂らしながらぎゅっと拳を握って、まるでこれから死ぬんじゃないのかってぐらいの心臓の鼓動音を耳にしながら、俺は言葉を紡いだ。


「俺、ずっとお前の事が好きだった!」


 どこかに自信はあった。


 毎朝の様に起こしてくれて、たまに作り過ぎたと弁当を用意してくれて。

 通学の時も喋りながら歩き、帰りが一緒だとそのままどちらかの部屋でゲームして遊んで。

 好きな本から好きな俳優、好きな歌から好きな洋服まで、雫のことなら全部分かる。


 好意がなければここまでしてくれない。

 だから、俺達は両想いなんだって、そう思っていた。


 だけど。


「…………ごめんなさい」


 幼稚園年少から高校三年生までの俺と雫の十五年にも及ぶ関係は、三秒で破綻する事となる。

 今でも忘れられない高校三年生の甘酸っぱい思い出だ。

 あれが人生最後の日にならなかったのは、親友である男友達がいたからだろう。 

 



 あれから九年の月日が流れた。

 自暴自棄になりながらも大学には行き、それなりに遊んで、それなりに勉強をして。

 今はとある会社の課長代理なんて立場になってしまっていた。


 働き方改革だろうがなんだろうが、俺は夜の九時まで働いている。

 定時が五時で支社長が帰るのが八時なんだ。

 未だにハンコを左側に傾けて押す様な会社の従業員が、上司よりも早く帰れる訳がない。


 通称ブラックと呼ばれる属性に含まれてしまうのだろうな、当社は。

 既にきられたタイムカードを恨めし気に睨んで、背伸びと共にエレベーターに乗り込む。


 一階に到着し、徒歩十分のターミナル駅から電車に乗り揺られること三十分。

 途中のコンビニで夕食のおにぎりとスパゲッティサラダを購入して、薄暗い家路を歩く。


 駅から一人暮らしの家までまた徒歩で二十分。

 近い方だって言われるけど、十分に遠いと思う。

 会社の給料的に都心は無理だったし、独身寮にいられるのも二十五歳までだった。


 二年前から今住んでいるアパート「クリスタルガーデン」。

 白基調の二階建てのアパートだけど、1LDKと一人で暮らすには十分な間取り。

 月々四万ジャストという破格さに加えて、駅周辺にコンビニを始め様々な店が揃っている。


 アパートに到着する頃には、すでに二十二時半を回ってしまっていた。

 明日も七時には家を出ないといけない、会社と家の往復だけの寂しい人生。

 あと三年で三十路を迎えてしまうのに、イベントらしいイベントが何もない。


 あったとしても参加できない。

 同窓会のお誘いや学生時代の友人からの誘いもあったけど、仕事最優先だ。

 だからこそ課長代理なんて役職も貰ったのだけど。


 なんだかな……って、思ってしまう日々。


 近所迷惑にならないよう、階段を音を立てない様に上がる。

 上がったとこを左に曲がって三個目の扉の前。

 そこが我が居城であり、俺の唯一の憩いの場なのだが。


 五月、うすら寒い夜空の下で、俺の部屋の前で一人の女性が蹲っていた。

 茶色いタートルネックのニットに、スクエア柄のロングスカートに茶色のシューズ。

 黒の薄いコートを羽織った女性は、俺の事を見上げると、にっこりと微笑んだ。


 九年の月日が経った今でも、彼女を見ると一瞬で思い出してしまう。

 肩くらいだった髪を少し伸ばして、焼けた肌は今は純白へと戻っている。

 俺よりも少し背の小さい幼馴染。


七津星なつほししずくが、そこにいた。

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