第34話 さて、どうなった?
「えーーーっと」
目が覚めたトーマは、ゲームの装備をしているお母さんをマジマジと見つめた。
「本気で寝てたんか」
黒い魔道士のお母さんは、呆れながらも笑っていた。ずっと探していた息子が、なんてことはない、対応に困って神殿の地下でずっと眠らされていたのだ。
身の安全はものすごく良かっただろう。
「あー、うん。アリアちゃんは?」
「創世の女神んとこ」
「あ、やっぱり」
「やっぱり、って」
お母さんは呆れつつも、久しぶりに見る息子に思わず顔が綻んでいた。
「さて、本題」
「女神の石が集まったんだ」
ゲーム進行を熟知しているトーマは、あきらと同じようにお母さんと攻略をガンガンすすめられる。
トーマもなかなかチート能力を有してはいるはずだ。が、ずっと寝ていたのでは仕方がない。別の意味で、引き篭ったアリアだってチート能力は持っていた。だが、怖がりのせいで、攻撃が一切出来ないと言うのが難点だった。
「ゲームだったら、女神像の顔が変わるんだよね?ここでもそうなった?」
ずっと寝ていたトーマはお母さんに、尋ねた。
「いや、まだ、確認していない」
そんなわけで、二人で上に上がってみる。神殿にある大きな女神像は、果たしてどうなっているのか?
「ああ」
女神像は、ボロボロと頭の部分が崩れていた。
なんの力が作用しているのか分からないけれど、細かいヒビが入り、どんどんと頭部が崩れていく。
その様を眺めていると、背後に人の気配がした。
敵意を感じなかったので、ゆっくりと振り返る。
「聖教騎士」
白銀の鎧を纏った男が一人、こちらに近づいて来た。
「初めまして、黒い魔道士」
ゆっくりと頭を下げるその仕草が、日本っぽくて思わず笑いそうになる。
「随分と神殿が静かだな」
お母さんは、聖教騎士に尋ねた。
「先程、何かが弾けたような空気の揺れがありまして、神殿内にいた神官たちが倒れていたのです」
「襲撃でもあった?」
お母さんは、分かっているくせに聞いている。
「いえ、彼らに外傷はありませんでした。 なにより、彼らは随分前に死んだようでミイラ化していたのですよ」
聖教騎士からの答えにお母さんは満足した。あの三馬鹿精霊が千年近く好き放題していた間、同じように好き放題していたのは神官たちだった。それを享受するために、神官たちも女神の石から力を分け与えられていた。つまり、三馬鹿精霊たちと同じだけ生きていたのだ。真実に蓋をする見返りとして。
だから、創世の女神の神話は語られず、その詳細は世界から忘れ去られていたの出ある。
「あんたはこれをどうとらえてる?」
お母さんが問うと、聖教騎士は軽く笑った。
「長く隠されていた真実が明るみになるのでしょう?女神像が、ほら」
彼が指さす女神像は、頭部が崩れおち違う顔があらわれていた。一人の女神の顔。慈悲深い微笑みを浮かべた創世の女神の顔だ。
「知らせろ、それがお前たちの役目だろう?」
お母さんがそう言うと、聖教騎士は胸に手をあて踵を返して走り去った。
「お母さん」
ほぼ同じ背丈の息子が、お母さんを促す。
「さて、帰るかな」
「うん」
「挨拶ぐらいしておくか」
「ぼくは、初めまして、さようならだけど」
モリアナ公爵邸で、お母さんは簡単な挨拶を済ませた。もちろん、あきら、ヒロシ、こーた、ヒロトを連れて。四人はトーマがいた事に驚いたけれど、ずっと神殿の地下で寝ていたと言う話を聞いて笑ってくれた。
「短い間でしたが、良い時間が過ごせました」
セラスがそう言うと、邸の者たちがその後ろで頭を下げた。
「だいぶめちゃくちゃしたんだけどな」
小声であきらがトーマに教えると、お母さんからゲンコツが降ってきた。
「行くぞ」
転移魔法で全員を創世の女神の元に連れていく。
「まってたよー」
迎えてくれたのは、満面の笑みのアリアだった。
「うそ、鉄壁のアリアって、ひかりちゃんだったの?」
知らなくてよかった真実を知ってしまい、あきらは盛大に落ち込んだ。
「さて、女神」
子どもたちの戯れを放置して、お母さんは女神に向き合った。
「お待ちしていました」
茨の中から、女神が姿を現した。
土の力しか持たない少女の姿の女神だ。
「創世の女神ファリエル、あんたの願い通りに助けてやった」
そう言って、お母さんは三個の石を取り出した。
「ありがとうございます」
女神は深深とお辞儀をした。
「あんたを、この世界を約束通りに助けた。それでいいな?」
「はい、間違いなく」
ファリエルの体に三個の石が取り込まれていく。
「っふ」
力が蘇り、ファリエルは少女から大人に変化した。
「ご面倒をお掛けしました。皆様方をきちんと元の世界にお戻しします」
ゆるゆると茨が消え、お母さんたちの足元に大きな魔法陣が描かれていく。
「召喚したほぼ同じ時刻にお戻し致します」
それを聞いて、あきらたちは手を握りあって喜んだ。
「もう、呼ばないでくれ。それと、私はあんたのお母さんじゃない」
「はい、わかりました。お母さん」
「おいっ、だから……」
お母さんの抗議は途中で書き消えた。魔法陣が強い光を放ち、そうして、やわやわとした緩い光へと変化する。その中にもうお母さんたちの姿はなかった。
「ありがとうございます。お母さん」
ファリエルはそう言って、上空へと舞い上がった。全ての力を取り戻し、創世の女神ファリエルは可愛い自分の子どもたちに愛を囁く。それは風に乗り、水面を走り、大地を潤し、暖かな炎となった。
夕暮れの橙色が、部屋の中を満たしていた。
つけっぱなしのテレビ画面に、起動した覚えのないゲームのムービーが流れている。
なぜだかスタッフロールだ。
「なぜ?」
お母さんの家のリビングに、なぜだか全員がひとかたまりで寝入っていた。しかも、ゲームのアバター衣装のまま。
「雑すぎる」
お母さんはそう言いつつも、笑っていた。
だって、喘息の発作はもう起こらないから。
「そこだけは褒めてやろう」
問題は、この子どもたちを、どうやって家に返すかだけど。
「助けてお母さん」システムのせいで異世界に召喚されたようです ひよっと丸 @hiyottomaru
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